語り明かすは夢物語
アウルの言う通り屋敷に着いたのは辺りが暗くなってからだった。
光が漏れる立派な屋敷を囲む柵。そして門扉に立つ私兵。月明かりに照らされてよく見える。
「それでどうするのだ?」
アウルの問いにカイは微笑む。
「確か縁者だと言ってましたよね?王子様。あとはご自身でどうぞ。俺はこれで失礼します。」
カイは踵を返す。
それを許さずアウルが通せんぼする。
「何勝手にお役御免しようとしている。許さんぞ。」
カイはため息を溢す。
「……ここまできたら俺なんて要らないだろう?」
「何を言う。ここまで来て!お前が言うから、ここまで連れてきてやったのに!」
「お前が帰りたくないって言うから、今晩の宿まで護衛してやったんだろうが。」
「は?お前知らないのか?旅は道連れ世は情けだぞ!」
「知らないな。何だそれは。」
カイはアウルの手を振り払う。アウルは胸を張る。
「ウタカタという国の言葉だ。」
「ウタカタ?」
カイが首を傾げる。
「たまたまとはいえ、ここまで一緒に冒険した仲だと言うのに!お前ときたら情け容赦がない!普通ここは一緒に行く流れだろう?」
パーンッ。
「痛っ?!」
衝撃を受けてアウルは頭を抱える。
「たまたま?何処がたまたまだ。勝手に道連れにしておいて。いつまでもお前のお守りなんてしてられるか。」
「あのー。」
その声にカイとアウルは振り返った。
どうやら騒ぎすぎたようだ。
先程の私兵が二人の前に立っていた。
カイはため息をついた。
「……仕方ないか。」
小さく呟いてからカイは笑顔で私兵に告げる。
「事前に連絡もなく申し訳ありません。夜分に申し訳ないのですが、ルミエールの遣いが来たと監査官様にお伝えいただけませんか?」
断られても仕方ない話だ。事前に連絡もなしに、男爵家の遣いを名乗っても門前払いされて当然だ。
だがレオンまで伝われば話は変わる筈。
――この兵が取り合ってくれれば良いが。
「黒髪。」
私兵はカイを見つめながら呟いた。
なぜ急に髪色を口にしたのか訳も分からず黙っていると再び私兵の口が開いた。
「涙ぼくろ。そして茶色い瞳。」
カイは眉間に皺を寄せた。
「そして見目が良い……お前名前は?」
「……カイと申します。」
その名前を聞いて私兵は「ああ。」と溢した。
――何を納得してるんだ?何だその態度?
カイが後退るとアウルに腕を掴まれた。
アウルは元気よく告げる。
「そうだ!ルミエールのカイだ!監査官にお取り継ぎ願おう!」
「了解した。ついてきなさい。」
私兵は屋敷に向かって歩き出す。
「何だ簡単じゃないか!こんなことならさっさと声をかければ良かったのに!」
はしゃぐアウルの声にカイは顔を顰める。
「簡単。簡単ね?いや異常だろ。俺の名前だけで通るとか……嫌な予感がする。帰りたい。」
アウルは笑う。
「今更何を言ってるんだ。行くぞ!」
アウルは軽快に歩き出す。その手に引きずられるようにカイも歩き出した。
応接室に通されてからかなり時間が経って二人は食堂に通された。
目の前に並ぶ豪奢な料理にアウルははしゃぐ。
「歩き通しで腹が空いていたのだ。有難い!」
カイは品の数々を眺めながら「通りで待たされた訳だ。」と溢した。
勧められるままにアウルは腰を下ろすが、カイは断った。
「屋敷前でお伝えしたように、たかが侍従です。そこまでの歓待は必要ありません。用が済めばすぐ去りますので。」
「用とは何だ?」と言って後ろから肩を掴まれた。
聞き覚えのある声にカイは辟易しつつ顔を向けた。
菫色の髪をした無愛想な男がこちらを見ていた。整った体つきだが、その目は落ち窪み不健康この上ない。
レオンだ。相変わらず表情筋が機能していない。
「……監査官様。」
「却下だ。」
切れ長の瞳に気圧されてカイは渋々呼び直す。
「お久しぶりです。レオ。」
「それで良い。」
レオンが頷く姿にカイはわざとらしくため息を溢した。
手を離しレオンは席へ座る。
「何をしている?座りたまえ。」
レオンの言葉に仕方なく先程勧められた席に座った。
「急ぎ用意をさせた。私は既に食事が済んでいる。君たちは遠慮せず食べなさい。」
レオンはアウルへ視線を移す。
アウルは微笑んだ。
「いろいろ確認したいところだが……食事をしながらで問題ありませんね。殿下。」
「ああ!そうしてくれ!腹が減って敵わん。」
「どうぞ。」
レオンの言葉に合わせてアウルは食べ始めた。
今までの言動に忘れそうになるが、その所作は王族らしい。
カイが黙って見ているとレオンがそれに気づいた。
「食べたまえ。」
カイは目の前の皿を一瞥してから口を開く。
「結構です。そもそも侍従風情が同席するのも厚かましい。もう一度申しますが、用が済めばお暇します。」
「却下だ。」
カイはどうしたものかと気を揉んだが、アウルは気にせず話し始めた。
「監査官が言うのだから、遠慮せず食べたら良いではないか。私も1人で食べるのは味気ない。ほら。食え。」
そう言って期待するように二人が見る。
その眼差しに仕方なくパンに手を伸ばした。
昔食べたようなパンとは明らかに違う。焼きたてで香ばしいパンはふんわりと柔らかい。
顔を上げる。
二人はまだこちらを見ている。口に入れるまでそうしているつもりのようだ。
カイはちぎって口に運んだ。
満足したのかアウルも食事を再開し、レオンはグラスに口をつけた。
はじまって間もない晩餐は胃に重く感じながらも、カイはまたパンをちぎった。
「それで用とは何だ?」
レオンの言葉にカイはアウルを見た。
アウルは気にも止めず食事を楽しんでいる。
「そちらの保護を頼みたいと思いまして。」
「保護?」アウルの手が止まる。
「監査官。今のは冗談だ。私は保護など頼んではない。」
「いやあんたじゃなくて、俺が頼んでるんだが。」
アウルは眉間に皺を寄せる。
「私はそんなこと望んでいない。」
「じゃあどうなさりたいので?」カイが呆れながら問う。
アウルは途端に目を輝かせ語り始める。
「ほとぼりがさめるまで適当にやり過ごしてから、ルミエールに向かう。そして男爵の商会を使って出奔する。場所はウタカタが良い!カイ。とりあえず男爵のもとへ行くまでは一緒に来てもらうぞ。どうせルミエールに帰るのだから、お前も丁度良いだろう。」
「ウタカタ?」どうやらレオンさえ知らない辺鄙な地のようだ。
――この自由人。この期に及んで俺を巻き込み続けるつもりか。そもそも王室監査官として、レオンが面倒を見るのが道理だろう。
カイは首を掻きながらレオンを見る。
レオンはグラスを傾けた。
「どんな問題に巻き込まれているかは分からないが、そのほとぼりがさめるまで2人で滞在したいということで相違ないか?」
「相違しかありませんね。俺はこちらに長居するつもりは毛頭ありません。先程も言ったでしょう。」
「そうか。それより何に巻き込まれているのか詳細が知りたい。」
――俺の帰りたいは無視か。こいつ。
カイは項垂れつつも「それは殿下にお聞きください。」と答えた。
アウルは話を振られて少し驚く。
「私が説明するのか?なぜだ?」
――当たり前だろう。糞王子。なぜと聞きたいのはこちらだ。俺が何に巻き込まれているのか、説明という説明も聞けてないんだから。
カイの視線に思いが通じたのかアウルは「まあ良い。」と言って語り始めた。
「監査官。私は王位継承権を放棄するに至った。だが弟は私の言葉を信用せず刺客を差し向け、仕方なくカイを連れ身を隠しに来たという訳だ。」
「そうか。歓迎しよう。」レオンはグラスを掲げた。
「……今の説明で納得するの、おかしくありませんか。普通そんな事態に陥った経緯とか、諸々確認することがあるでしょう。」
「無いな。」
その断言にカイは嘘だろと言わんばかりにレオンを見た。
レオンはまっすぐこちらを見ている。
「今の話で分かったことがある。」
カイは首を傾げた。
「殿下は話す気が無い。ならばこれ以上は時間の無駄だ。といっても今ある情報だけでは理解できん。だがお前が居る。カイ。お前と2人で話した方が早いということだ。」
レオンの視線が執事へ移る。
「客室を2人分用意させる。詳しい話は明日しよう。」
片手を挙げると執事が頷き部屋を後にした。
レオンが手を下げるのを眺めながら、カイは肩を落とした。
食後身綺麗にされ、カイはレオンの計らいで手当を受けた。矢が掠った耳や全身の打撲はまだ痛むが、適切な処置を受けられただけ幾分かましだった。だがアウルは気にしているようだ。
手当中にふざけて乱入したが、腹の古傷を見ると静かになって部屋から出ていった。
腹の傷を摩ってみるがそこに痛みはない。
「今回のこととは全く関係ないのに、何を気にしてんだか……それより気にして欲しいことはかなりあるんだが。」
カイはぼやきながら案内役について行く。
ついた先は客室のようだが何やら様子がおかしい。
侍従たちが総出で寝台を運んでいる。
「……」
やっと運び終えたと思うや否や、侍従たちは駆け出し暫くするともう一台を先程の部屋に向かって運び始める。
「……嫌な予感はしてたが、その程度は考えてなかったな。」
侍従たちが運び終えるのを待って、客室と思しき部屋へ足を踏み入れた。
部屋には三つの寝台が並べられていた。
子供のような笑顔でアウルは寝台を見ている。
侍従たちはその後も忙しなく寝台を整えていた。
カイはアウルを無視して、その隣で仁王立ちになっているレオンに問いかけた。
「レオ。これは一体どういう状況ですか?」
「ああカイ。良いところに来たな。今し方、我々の寝床が消えたところだ。」
「……」
――真面目な顔をして何を言ってるんだ。この監査官。
理解できずにいるとレオンは続ける。
「殿下が質素すぎるうえに、こんな小さくては落ち着かない。寝るには狭すぎると仰せでな。仕方なく寝台をくっつけることにしたのだが、うちは客人を迎えることはそう多くない。もともと客室は2つしかないので、仕方なくその2つ分と私の物を置いてみたのだ。」
カイは呆れてつつも、次の瞬間にはハッとして微笑んだ。
「それは大変ですね。ただ俺の寝床はルミエールにあるのでご心配なく。とりあえずこれでお暇させていただきます。」
「2人とも何を言っているのだ?」
アウルの静止にカイの顔が引き攣った。
「一緒に寝るんだぞ。」
「殿下。あなたが言う通り並ばせたのです。どういうことですか?」
レオンの問いにアウルは気まずそうに俯いた。
「悪いな。監査官。だがこう並べられると落ち着かないことに気づいてな。そこでだ!」
アウルは顔を上げた。
「私は真ん中で寝る。お前たちは隣の寝台で寝たら良い。それに……寝床がないと困るだろう。」
「……気遣い感謝する。枕が変わると眠れないから困っていたのだ。では私は奥の台で寝よう。もともと私のだ。」
そう言いながらレオンは自身の寝台の枕を手に取った。
――何言ってんだこいつら。隣にお前らが居て落ち着けるわけがない。寝れるものも寝れないだろうが。
カイは苛立ちを抑えながら扉に向かう。
「俺はご遠慮します。セリナ様のもとに戻らなければならないので。」
「カイ。説明はまだ、受けてないが?」
その言葉にカイは足を止めた。振り返る。
レオンは続ける。
「無責任に押し付けて去るつもりか。」
カイは少し悩んでから歩き出した。
空いている寝台にあがってため息を溢す。
寝転がると癒えてない背は少し痛んで横向きになった。
「……悪夢を見ることになりそうです。」
三人は寝台の上に寝転び意識が夢に堕ちるのを待っていた。
貴人をもてなすための寝台だ。体が沈むのが心地良い。このまま微睡の中に沈んでいきたいところだ。
「監査官はウタカタが何処か分かるか?」
アウルの声に現実に引き戻されて、カイは苛立ちながらまた瞼を閉じた。
「私が知る限りそのような地名も国も存在しませんね。」
レオンは律儀に答えた。
「この国の隣にある島国だよ。芸を身につけるのが教養で、薬草や医学に秀でた美しい国だそうだ。社交は好きではないが、美の探求者を名乗る男が自身の自叙伝だという一冊を渡してきてな。」
アウルは笑いながら続ける。
「周りからは散々棄てるよう言われたが、何故か気になってボロボロになるまで読んだ。探求録だの自叙伝だの本人は言っていたが、幼い私にとってあれは楽しい冒険譚だったよ。」
カイは瞼を開いた。隣ではアウルが天井に向かって手を伸ばしていた。
「彼は国内を渡り歩くだけに留まらず。この国を出て、大陸の西側諸国を巡り、そこから東の大国やウタカタのような島国まで渡ったらしい。あの本を受け取った時、男は目を輝かせながら、求めていた美を確かに見たのだと語っていたよ。」
アウルは広げた掌を握りしめる。
「でも戦続きの大国だ。そう長居もできなかったそうで、今度こそ大国を隅から隅まで巡り自分の求める美をこの目に焼き付けるのだって、次の冒険について熱く語っていた。」
「セヴラン・ド・アルジェン。」
レオンの言葉にアウルは手を下ろした。
「知っているのか?」欠伸混じりにアウルは問う。
「東の大国に渡った者はそういない。しかも貴族ともなれば、彼しかいないだろう。確か彼は東の大国を目指したあと、行方知れずだと伝え聞くが。」
レオンの言葉にアウルは答えない。
暫く黙っていると隣から寝息がたつ。
「寝ましたね。」
「ああ。まともに会話をするのは初めてだが、何とも自由なお方だな。」
「いや貴方も大概ですよ。」とカイは息を吐いた。
「ウタカタというのは本当に存在する国なんですか?」
「殿下の話に出てきた特徴に該当する国はある。だがあの島国の名前は——ウタカタではない。」
「……」
「そもそも公にはなっていないが、あの国は既にかの大国の属国になったのではないかと噂だ。殿下は何故あんな地へ行きたいのか。」
レオンの不思議そうな物言いにカイは少し考えてから答えた。
「ただの家出でしょう。話を聞くに、夢にまで見た物語の中、それも憧れの地なのでしょう。傍迷惑な話ですが。」
天井を見上げたまま、レオンは暫く黙っていた。
「……そうか。」
「レオ。俺から話せることは限られているが、聞きたいことができました。監査官として明日は話をして貰いたい。構いませんか。」
「了解した。」
夜は更けていく。各々の願いや想いを忍ばせて。




