砂煙に撒かれて
――カイなんて大っ嫌い。
ナナとリリが育った教会に、ある日カイがやってきた。
泣きボクロがある整った顔の黒髪の少年。思わず「綺麗。」と小さく呟いた日のことを今も覚えている。
教会にはナナが好きだった男の子が居た――ジャンだ。ジャンはカイが気になって仕方ないようだった。カイが教会に来てから事あるごとに、ちょっかいをかけていた。それがナナには気に入らなかった。
そんな中ジャンが伯爵家に引き取られることが決まった。ずっとジャンへ思いを馳せていたが、素直に好きな人が幸せになることを喜んだ。
そう喜んでいたナナにジャンは言う。
「あいつが助けが必要なら、一度だけ助けてやれってこと。」
ジャンはカイをよく見ていた。やり方は間違っていたが最後まで気にかけていた。
――何でカイを助けないといけないの?って思ったっけ。あの頃を夢に見て……今は思うの。ナナもジャンを見送らなければ未来は変わったのかな?
ナナはジャンの背を思い出しては考える。いつも答えは出ないまま。
ジャンが引き取られた後、今度はリクの引き取り先も決まった。皆が祝福する中でカイは違った。
「前に言ってたお願いまだ有効かなと思って。」
カイが両手を合わせて見せた。
「僕のお願い聞いてくれる?」
「もちろんよ!」とナナは承諾した。ジャンとの約束を守るために。
その後カイは、リクが引き取られる前にこの教会を出て行った。ナナとリリに、脱走を黙っているようにお願いをして。
ナナは呆れながらリリに語った。
「だから嫌いなの。カイはダメ。本当の愛が何か分かってない。貴族に引き取られることが、どんなに幸福か分かってないわ。愛しているなら、その人の1番の幸福を願って背を押すべきでしょ?私みたいに。」
そしてカイとリクの脱走を見逃した罰として、リリと二人鞭打ちに遭った。
隣で泣くリリが「……これがナナの愛なの?」とこぼす。
「そうよ!これが"ナナ"の愛!」
そう胸を張ったことを後悔はしていない。
――でもやっぱり引っかかる。聞いてない。本当のことは聞いてないけど……ナナには分かる。カイ、あんた知っててリクを逃したんでしょ?
その後セリナに引き取られ、ナナとリリは侍女になった。
まさか教会から逃げ出した二人と再会することになるとは思わなかったが、セリナがカイを気に入ってしまったのだから仕方がなかった。
その後ミナが件の伯爵に見初められたことをきっかけにカイはジャンや教会のことを調べはじめた。
――あの時は嬉しかったなぁ。ジャンに会えるかもって期待して。馬鹿みたい。カイにまんまと騙されて、浮かれて、張り切って。
調べれば調べるほど出てくる現実は悲惨だった。伯爵に引き取られた子供達の末路を見て、恐ろしくなってナナは部屋に篭った。
窓から見える空がジャンの髪の色を思い起こさせて、次第に現実逃避のため宙に向かって話しかけていた。
ナナを現実に引き戻したのは、リリが持ってきた木箱だった。蓋を開けると中にはタグ付けされた青みがかった灰色の髪の束が入っていた。
「……ジャン。」ナナの掠れ声が響く。
あとから聞くとカイが交渉して、証拠品の中から遺品として受け取ったらしい。
――自分の手で持ってこないところが腹が立つ。カイの全部がナナは大っ嫌い。
「なのに何で……」
ナナは路地裏から前方を睨んだ。
通りから見えるのは白い王宮へ続く裏門。
正門ほどの華々しさはないが、さすが王宮といったところだ。
よく見るとそこに立つ門兵とカイが何か話し込んでいる。
カイの背を見つめながらナナはぼやく。
「あいつなんて、ほっとけば良いのに。」
指示があり屋敷をリリに任せて、ナナは王都の屋敷へ向かった。
もともとは二人で充分と言っていたセリナが、自分を呼び寄せたことがナナには不思議だった。
そして着いて早々、カイを尾行して不足の事態に対処するよう告げられた。
ナナは「えぇぇやだー。」と即座に断った。
「ふふふ。ごめんなさいね。護衛で連れてきたのは傭兵ばかりだし、そもそも商会とは関係ない話だから身内で対処したくて。」
セリナの微笑みにナナは辟易した。
「そもそも尾行の必要ある?」
「ローズちゃんと柘榴くんが無事に引き渡されるならそれでいいの。そのまま兄妹水入らずで戻って来てくれたら良いわ。だって紫ちゃん。カイも柘榴くんも好きじゃないでしょう?無理に隣に並ぶ必要はないわ。」
「……畏まりました。セリナ様。」
全て見透かすようなセリナにナナは従う他なかった。
そして今に至る。
「セリナ様っていつもそうよね〜。ニコニコして、説明もそこそこに頼んでくるから。嫌ー。」と溜息をこぼした。
正直この指示の意図がナナには分からなかった。
当初の予定通り第一王子の協力のもと、リクとミナを回収する目的が叶ったという。不足の事態がある筈もない。
カイの背を見つめる。
「さっさとしなさいよ。それが済めば終わりなんだから。」
文句を言いながら待っているとカイが動いた。
何故か一人で裏門を離れていく。
「え〜嘘ぉ。」
首を掻きながら立ち尽くす姿を見るに、セリナのいう不足の事態とやらが起きたようだ。
気は進まないが、ナナは一歩踏み出した。
「いつもみたいに涼しい顔で済ませたら良いのに。手間かけさせないでよねぇ。」
そう言ってナナは即座に足を止めた。
白馬が駆けてきたと思ったら、カイの目の前で足を止めたのだ。
白金の髪を靡かせる騎手を見てナナは眉を顰めた。
――第一王子?えっ何で?
訝しんでいるとカイがその手を取って、馬上に上がりそのまま駆け出していく。
「へっ??」
ナナが戸惑っている中、白馬は遠ざかる。その背めがけて矢を構えた刺客が次々と追いかけていった。
馬によって立ち込めた砂煙が落ち着くまでナナは動けずにいた。
「……何なの?もう。」
セリナはいつもの笑顔で腕を組み此方を見ていた。
ナナは肩を窄めながらセリナから視線を逸らす。
「あら。ふふふ。私から目を背けるなんて許してないわよ?」
穏やかだが圧がある声にナナは従わざるを得ない。
「……それで。よく分からなかったから、最初からきちんと説明してくれるかしら?」
セリナの視線が刺さる。
――目が笑ってなくてこわぁい。
「だから、カイが第一王子に馬で攫われて。武器構えた刺客まで居て。キャハッ。もうお手上げ〜。」
そこまで言ってナナの肩が跳ねた。
セリナの顔から笑顔が消えていた。
「ナナに怒んないでよ!セリナ様も知ってるじゃーん。私は忍び込んで、内情調べるのは得意。でも荒事はリクの役割じゃ〜ん。」
「そうね。私の配役ミスね。」
そう言いながらセリナは徐に立ち上がり窓辺に立つ。
「でもそう。アウレリオン殿下が……」
セリナは窓に手をつく。
「ねぇ紫ちゃん。お痛をされたら、どうするのが良いかしら?」
ナナは少し考えてから答える。
「簡単だよ。弱味掴んでグチャグチャに壊してやるの。」
「うふふ。」
笑いながらセリナは掌を握りしめる。
「それ良いわね。ああ殿下。困った方だわ。貴方は一番触れてはいけない私の宝石に触れてしまった。」
「でも王子様だよ〜。どうするの?」
その言葉にくるりと身を翻しセリナは軽やかに近寄る。
包み込むように頬に両手を添えてきた。
所作の一つ一つが美しい。
でも触れる掌の冷たさにナナは息を飲んだ。
「何を言ってるの?紫ちゃん。」
途端にセリナの手に力が入る。
「弱味を見つけてくるのが貴方の役目でしょう?」
拒むことは出来ない。
「……はい。セリナ様。」
セリナの手が離れた。
「カイったら、いつも私を心配させて……何処に行ってしまったのかしら?困った人。うふふ。」
「……おい。」
カイは歩いていた。
アウルは鼻歌交じりに、カイの前を歩き続けている。
「おい。」
もう一度声をかけるがアウルは止まらない。
思わずアウルの頭に向かって手が伸びた。
ガッと掴むと小さく呻き声が漏れる。
「なっ何をするんだ?カイ。」
アウルは戸惑っているようだ。
「いつまでもダラダラ練り歩いて、いつになったら着くんだ。」
カイの手を振り払ってアウルは不満気に答える。
「そんなすぐ着くわけないだろ。」
アウルの指が空を指した。
空はいつの間にか赤味が差している。
「着くのは真夜中だろうな。」
カイは顔を覆う。
「……早いところあんたを押し付けたい。」
「何て白状な奴だ!急に素直になったと思ったら、それがお前の魂胆か。助けてやった恩を忘れたのか!」
カイは舌打ちをする。
「恩義せがましい……でもそうか。真夜中か、困ったな。」
「何が困るんだ?」
心底分からずにいるとカイの口が開いた。
「……セリナ様が。」と言いかけてアウルを見て続ける。
「いや気にするな。お前はただ案内すれば良い。」
アウルは顔を覗き込む。
「気になってたんだが、お前とセリナ嬢はどういう関係何だ?」
「答える義理はない。もう良いから黙って歩け。」
命令するカイにアウルは詰め寄る。
「良いのか?そんな口の聞き方して。ちゃんと案内してやらないぞ。」
カイは首を掻く。
「そうか、でも良いのか?置いていくぞ?王子さま。そろそろこちらも我慢の限界なんでね。」
「良いぞ!」
力強く迷いない言葉にカイは黙る。
「だがカイ。その時はお前、王子を拐かした大罪人となるが良いのか?」
アウルはカイを指差す。
「冤罪も甚だしいな。」
「しかも私が死体で見つかったら、お前は殺人犯になる訳だ。」
「最悪だな。」
カイの言葉にアウルは笑う。
「分かっていただろお前。ということで素直に答えるんだな。」
カイは渋々答える。
「セリナ様との関係……買い主。」
「飼い主?」
カイは首を傾げる。
「で、恋人?らしい。」
アウルから笑顔が消える。
「何だその羨ましい関係。」
「はっ?」
「つまり美人で肉付きの良い女人に、恋人として飼われてるんだろう。良いじゃないか。」
カイは空を仰ぐ。
「良いのか?まぁ俺の立場で考えれば良いのか。情夫くらいなら許されると思ってたが、恋人は想定外だ。俺で問題ないのか?……そもそも恋人って何だ?」
アウルは吹き出す。
「お前意外と馬鹿だなぁ。」
カイが睨むとアウルは歩き出した。
「そんなことも知らないとは、私が教えてやろう。恋人は――破廉恥なことをする相手だ。」
「そうか。教えてくれてありがとう。」
素直な感謝にアウルが微笑んだのも束の間、カイは続ける。
「お前の頭が残念だということが心底分かった。もう口を開くな。」
「お前ほんと口が悪いな。」
アウルは肩を落としながら歩き続ける。
カイはその後に続いた。
「……お前もセリナ様も。平民相手に何を望んでんのか。」と呟いた。
「何だ?」
アウルの問いかけを無視して、カイはその背を蹴る。
「痛っ!」
「いいから歩け。」
バンッと音を立てて、部屋に男爵とマルグリットが入ってきた。セリナとナナが驚く中、男爵が手を震わせながら書簡を掲げる。
「せっセリナ。ノクティス殿下がうちの侍従から暴行を受けたとして、謝罪と賠償請求が……なっ何だ?これは?しかもアウレリオン殿下の安否を応えろと??」
隣でマルグリットが男爵の肩を支えて立つ。
セリナは微笑む。
「暴行だなんて。ふふふ。殿下の身には一つも触れてないというのに。」
男爵は震えながら問う。
「まさか本当に?……お前はそれを見ていたのか?身にはということは、手をあげたのは間違いないのか?」
セリナはケロッとしながら答える。
「見てませんわ。ただ殿下の護衛に殴りかかったと報告は受けてます。」
「黒ではないか!」
男爵はハッとした。
「だからか?!だから第一王子に会いたがっていたのか?」
「うちの子を返して欲しかったのです。穏便に。」
その言葉に男爵は膝から崩れ落ちた。
「男爵様!」
マルグリットが叫ぶ中、セリナは笑いながら続ける。
「ノクティス殿下も自分の護衛が、白昼堂々叩きのめされて。たった1人を取り押さえるのに数十人がかりだったなんて公になるよりは、穏便に済ませてくれると思いましたのに。残念ですわ。」
「まっまさかアウレリオン殿下に対しても、何かした訳ではあるまいな??」
「知りませんわ。」
震え声の男爵をセリナは冷たくあしらいナナを見る。
「紫ちゃん。ごめんなさいね。また1人増えてしまったわ。一緒に調べてくれる?」
「はい。セリナ様。」
その声に男爵とマルグリットの視線が移る。
『うわぁぁぁぁ!!』
ナナの顔を隠すように長い前髪を見て驚いたようだ。マルグリットまで腰を抜かしている。
「なっなんだ!この気味の悪い召使いは!?」
男爵の言葉にセリナは微笑む。
「私の宝石の中の1人よ。」
その言葉にマルグリットは手を振り下ろした。
「痛ぁ!?」
男爵の悲鳴を無視してマルグリットは吼える。
「何だって、この娘は変なのばっかり傍に置くんだい!」




