26話:交流の時
レセプションホールでは、貴族たちがグラスを片手に談笑していた。ルイスは私をエスコートし、その中心へと進む。
最初に挨拶に訪れたのは、社交界の華とされる令嬢たちだった。
彼女らは、王子の隣に立つ私の姿を認めると、わずかに目を見開いた。そして、妬ましげな表情を浮かべて、口々に問いかけた。
「お噂は伺っております。”あの”殿下が先日、夜会に女性を連れておいでになったと」
「失礼ながら、どのようなお導きで、アリエル様は王室の社交界にいらっしゃるのでしょう?」
ルイスは穏やかな笑みを崩さず、短く答えた。
「彼女は僕の唯一絶対だ。理由はこれでいいかな?」
グラスの水面が揺れる。屈辱で背を向けた彼女らを、彼が呼び止めた。
「ところで、君たちのドレスも素晴らしい。今年のドレープの流行は、君たちが創り上げたのだろう?」
彼は、彼女らのドレスに私を重ね合わせて、次に着せるデザインを吟味しているようだった。
「わたくしどもなど……。ただ、今年のドレープの寄せ方は、少しばかり生地の重さを強調しすぎている気がしますの」
令嬢のうちの一人が、振り向き、指先で自分のドレスのひだを弄ぶ。彼女の視線は、生地の細部をつぶさに追っている。
別の令嬢が、胸を張って意見を述べた。
「ええ。軽やかに見せるために、ひだの数を抑えるべきだと私は思うのですが」
背筋を伸ばし、真っ直ぐに私に向き直る。真鍮の光沢を持つ瞳が、私を見定めようとしていた。
「アリエル様は、いかがお感じになりますか? 殿下のお傍に立つお方は、時代の美の基準を決定される審美眼をお持ちでしょう」
私は公爵令嬢として培った感覚をもって、彼女らに応えた。
「皆様の装いは既に洗練されていると思います。強いて申し上げるなら、ドレープを抑えるだけでなく、生地のもつ物語を活かすのも手かと」
最初に話しかけた令嬢が、一瞬動きを止めた。
「物語……。その着眼点は、わたくしどもにはございませんでした。美の本質を突いていらっしゃいますわ」
それから私たちは、次に到来するであろうデザインの潮流について、熱のこもった意見を交わした。ドレープの配置に加えて、色使いの傾向から素材の選択まで。飽くなき美への探究は、ホールの中でも一際高く響いた。
会話が進むにつれて、令嬢たちから向けられていた敵意や警戒心が、次第に影を潜めていくのがわかった。
しばらくして彼女らは、上品に頭を下げた。
「今宵は、実に楽しゅうございました。ぜひまた、お目にかかりたいと存じます」
ふとルイスが、私の腰のやや上、背中に軽く手を添えた。焚き火にかざしたような温もりが胸の内に広がる。それは、社交界の熱狂的な輪の一員として、私が迎え入れられた瞬間だった。
続いて、老齢の侯爵が挨拶に訪れた。
「此度の芸術振興が、寒さに喘ぐ北部の経済に活力を与えたこと、皆を代表して感謝申し上げます」
侯爵は、壁を飾る巨大な絵画に視線を移した。
キャンバスの中央には、世界を照らすような渦を巻く炎。その背景には、白い絵の具の荒々しい飛沫で表現された凍てつく吹雪。端には宮廷画家の署名が控えめに著されている。
「殿下の焔の”能力”を拝見した時の領民の歓喜は、忘れられません」
「これは、誇張し過ぎているきらいがあると思うがね」
絡めた手から、彼の筋肉が微かに収縮するのを感じた。
確かに、軍の訓練場で垣間見た”能力”は、世界全てを埋め尽くすほどの炎ではなかった。だけど、この作品が伝えたいのはきっと。
私は、手に少しだけ力を込めて言った。
「絵画とは現実の写しではなく、象徴を織り込むもの。この作品では、それが”希望”だったということでしょう」
侯爵が感嘆の声を漏らす。
「流石は王家の血筋の方。アリエル様は、芸術にも通じていらっしゃるのですね」
「ええ。殿下のお側にいると、自然と詳しくなってしまって」
私は口元に手を当てて優雅に微笑んだ。およそ嘘だけれど、我ながら王子をたてる完璧な淑女の振る舞いだと思う。
侯爵は、ルイスと私を交互に見つめた。
「殿下が才気にあふれた貴婦人をお選びになったこと。これで王家も安泰にございますね。……もう思い残すことはございません。この老骨も安心して先王のもとへ往けます」
その時、ルイスが笑顔を貼り付けたままの私の前に立ち、会話を切り上げた。
「ありがとう。だが、北部は君と協力して盛り上げていくつもりだ。これからも僕を支えてくれ」
その後も、ルイスは私を傍らに置いたまま、次々と挨拶に訪れる貴族たちと会話を交わし続けた。彼らが王子の公務や政治について語りかける中、ルイスは必ず、私にも話題を振り言葉を促す。私は、罪人としてではなく”ルイスのパートナー”として羨望の視線と称賛を浴びながら、交流を楽しんだ。
——数時間後。
長いパーティを終えて、私たちは王宮に戻った。
二人きりになった途端に罰は再開される。馬車から降りた私はルイスに横抱きにされて、更衣室へと連れられた。
ドレスを着回すことは基本的にはあり得ない。彼はじっと私の姿を目に焼き付けると、背後に回った。
すらりとした指から意識を逸らすように、以前から気になっていたことを尋ねる。
「ルイス様。もしかして今まではいつもお一人で?」
辺境での夜会も今日も、令嬢たちの目には嫉妬だけでなく、驚きにも似た感情が浮かんでいた。
「世界には君か、君以外しかいないからね」
彼の指が首筋に触れ、留め具の位置を探る。程なくして、パチンとホックが外れる音が更衣室に響く。彼はドレスを脱がせるより先に、開いた背中に手を滑り込ませて、コルセットの紐を緩めた。
私の肺はため息で満たされた。論理の飛躍が激しくて文脈を捉えられない。とりあえず、肯定したことは確かだろう。
「直近にまた公の場があれば、私が同席して差し上げます」
言い終わると同時に、彼は私の全てを覆うように両腕で身体を包み込んだ。そして、左手をまさぐり、ある地点に狙いを定めた。
心臓が突然、けたたましく鳴り始める。
肩に乗せられた彼の頭。耳たぶに熱い吐息がかかった。
「早速、君との婚約発表の場を設けよう。次の休日でいいかい?」
背中に冷たい悪寒が走り、心臓が急速におとなしくなる。私は力なく呟いた。
「……そのような話はしておりません」
「冗談さ……。僕の愛しいアリエル。君のペースでいい。ゆっくりと愛を育んでいこう」
魂ごと縫い留めるような強い抱擁の後、密着から解放される。
続けて、彼はシュミーズの肩紐をそっと元に戻し、ドレスを引き下ろす。淡々とコルセットとペチコートを脱がせると、更衣室を後にした。
——ルイスだって、無理だと分かっているだろうに、どうして……。




