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【冤罪なし、反省ゼロ。溺愛の罰を召し上がれ】悪役令嬢、ヤンデレ王子に飼われ溶かされ壊される〜今さら謝られても、もう一生離さないよ〜  作者: 重井 愛理
三章

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27話:徒花の時

 翌日の昼、私は執務室でルイスの肖像画を描いていた。紆余曲折あったが完成は近い。向かいに座る実物と見比べて、細かい部分を描き込んでいく。


「殿下、ただ今少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」


 ノックと共に、落ち着いたアルトの声が響いた。


 入室してきたのは、筆頭女官ジェーン夫人だった。彼女とは、ヴェルザードにいた頃に面識がある。

 私はベールの下で、冷たい汗をかいた。


 背後には、ティーセットを携えた若く化粧の濃い給仕人が控えている。数日前に私に紅茶をかけてくれた女性だ。彼女の視線が、肌に突き刺さるのを感じる。その口元では、下唇をきつく噛んでいる。



「ああ、ジェーン夫人。ご足労感謝するよ」


 ルイスが椅子から立ち上がって夫人を迎える。彼女は恭しく挨拶を返すと、視線を私に固定させたまま、しかし、ルイスに向けて話し始めた。


「殿下。まず、この数年のご懸念が晴れる兆しが見え、宮廷は安堵しております」


 既視感を覚える前置き。続いた言葉は、概ね予想通りだった。


「ですが、恐れながら申し上げます。執務室にまでご寵愛の女性を同席させるのは、王族の規律を乱す行為だと、新たな懸念が広がっております」


 彼は、ソファに腰を下ろすよう夫人を促し、自身は私の隣に座った。そして、ティーカップを優雅につまみ、一口喫する。


「彼女が来てから、僕が公務を疎かにしたことがあっただろうか?」


「っ! 申し訳ございません。出過ぎた発言でした」


 彼の言葉を威圧と受け取った様子で、夫人はテーブルすれすれまで頭を垂れる。彼は直ぐに、彼女に顔を上げさせた。


「いや、皮肉ではないんだ。もし気づかぬうちにミスを犯していたならば、指摘してほしい」


「それでは。論点をすり替えないでください。公私は分かつべきであると申し上げているのです」


 私の存在がルイスと忠臣の信頼関係にヒビを入れている。けれど、面識がある彼女の前では、声を発するのもリスクが大きい。どうすることもできない罪悪感で、私は両手を強く握りしめた。


「彼女が傍にいた方が、僕は”公”にも集中できる」


 ルイスが、私の右手を膝の上に攫い掌を重ねた。薬指の指輪が彼の体温を享受する。

 私の拳が弛むのと反比例して、夫人の拳は固さを増していた。


「ですから、”それ”はどうぞ寝所でなさってください。ここは神聖な執務室です!」


「……彼女には、ここに在ること以上を求めていない」


 ルイスは、夫人の諫言を受け止めた上で、ただ事実を告げた。


「……は…………?」


 呆然とした声にならない音が向かいから漏れ出た。


 長い沈黙が流れる。

 彼女の視線は宙を彷徨い、脇で控えていた給仕人の口はぽかんと開いていた。



 時計の秒針が無数の音を刻んだ後、彼女は給仕人の名を呼んで立ち上がった。


「エレーヌ、戻りましょう。私たちの杞憂だったようです。いえ、懸念は晴れてなどいなかったと言うべきでしょうか」


 彼女らは、魂の抜けた亡霊のような足取りで執務室を辞した。



 二人きりの密室。私はベールを下ろしたまま、抗議を込めて彼の手を握り返した。


「ルイス様。個人的なお話をされてしまうのは、私には少し……その」


「ああ。嫌な思いをさせてしまったね」


 彼は背もたれに体重を預けて天を仰ぐ。

 私は、自分でもずるいと思いつつも、何も言わずに彼が言葉を続けるのを待った。


「……全く。みな、口を開けば同じ話ばかりだ。僕は——」


 根拠のない直感だけれど、この一言は、取り繕わない彼の本音に思えた。初めて会った日の記憶と交差して懐かしい気持ちになる。


「いえ。ごめんなさい。私も公爵家で育ちましたから、王家のご事情は理解しているつもりです」


 彼は、いたわるように私の髪を撫でると、徐ろに立ち上がった。


「今日の予定は殆ど片付いている。気分転換に行こうか」




 やがて辿り着いたのは、『トロピカリア』と呼ばれる王宮内の温室だった。寒冷なこの国では決して育たない、ヴェルザードの植物が、温帯の湿った熱気に満ちたドームの中で、贅沢に栽培されていた。


 ルイスは、私を横抱きにしたまま、曇った窓ガラスを指先でなぞった。


「この温室の全ての熱と光は、君のためだけに注がれている」


 私は大きく息を吸った。お気に入りの香水と同じ柑橘系の花々の香りが鼻腔を満たす。今は遠い大切な祖国での思い出。彼が、それを上書きするように、私の首筋に深く顔を埋める。白檀とローズマリー、そして、柑橘系の香りが混ざり合い、私を閉じ込めた。


「温室とは言い得て妙ですね。外では生きていけない花を、隔離し、熱と水を与えて独占する場所。まるで――」


 『私のようだ』と続ける前に、彼の指に唇を塞がれた。私は自虐を口にする自由さえもないらしい。


「君は僕のそばで美しく咲き誇ればいい。もう身を危険に晒すよう必要はない」


 全肯定の狂愛は留まるところを知らない。

 私は彼の首筋に腕を回して、身体を寄せた。腕の中の安らぎと使命への決意を対比させる。


「ルイス様。私を処刑台から救ってくださり、ありがとうございました」


 ——だからこそ。


「私は、あなたのものにはなりません」


 両の目に、今は彼の姿だけを焼き付ける。この瞬間が永遠となるように。

 それから、全身を委ねたまま微笑んだ。 


「憂い表情の君も素敵だが、花のように綻ぶ笑顔には敵わない」


 彼は、瞳の奥を煌々と輝かせて微笑み返した。

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