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幼馴染にフラれた日、ヤケクソで助けた男の子の姉がクラスのお姫様だった 〜お姫様直々のプロデュースで、幼馴染を見返します〜  作者: 桜 偉村
第十二章

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第149話 お姫様の親友の視線

ゴールデンウィークということで、月曜日にも1話更新しています。

148をお読みでない方は、まずはそちらからお読みください!

(だから、吉良は彩花との勝負を避けていたんだな……)


 トイレで手を洗いながら、翔はぼんやりとこれまでの美波の様子を思い返していた。

 美波はこれまで、のらりくらりと立ち回り、何かと彩花と対決することを避けていた。


 真剣に何かに取り組むのを面倒くさがっているのか、と考えたりもしていたが、それは違った。

 理由はもっと深刻で——彩花への劣等感ゆえのものだったのだ。


 彩花は、美波が自分と真剣勝負をしてくれないことに不満を漏らしていたが、まさか中学からの親友が自分に対して劣等感を抱いている、などとは思ってもいないだろう。

 その事実を知れば、自分が美波を傷つけていた、と責任を感じてしまうかもしれない。


 そんな事態になったら、もちろん彩花にできるだけ寄り添うつもりだが、言うまでもなく、そうならないのが一番だ。

 ただ、彩花を頼れない以上、翔にできることは多くない。


 美波とて、彩花のことは大切に思っているはず。

 彼女が劣等感を克服して、彩花を心の底から対等な友人だと思える日が来ることを願うしかない。


 そんなことを考えながら、教室に戻ると——


「文化祭準備も佳境なのに、遊んでいたのかい? 席を外しすぎだと思うけど」


 ピンと張りつめた声に出迎えられた。

 メガネ越しの視線が、少しばかり鋭い。


 美波と話していたのは、せいぜい五分か十分程度だ。

 そこまで目くじらを立てることだろうか。


(……けど、わざわざ空気を悪くする必要はないか)


 それに、メガネの主——将暉が翔に突っかかってくるのはこれが初めてではないし、その理由にはなんとなくの察しもついている。


「悪い。ちょっと外で作業してて」


 翔はわずかな苛立ちを覚えつつも、それを表情には出さないようにしながら答えた。

 今あったことを、そのまま口にするわけにもいかない。

 当たり障りのない返事でやり過ごそうとした、そのとき——


「私がいろいろ付き合わせちゃってただけだから。悪いのは私だよ」


 横から、美波がさらりと割って入ってきた。


「あ、そ、そうだったのかい? ま、まあ、ならいいけど」


 将暉は一転して面食らったように目を瞬かせると、それ以上は追及することなく、すごすごと自分の作業場へ戻っていった。

 美波がため息を吐いた後、こちらをちろりと見て、イタズラっぽく笑った。


「草薙君。ちょうど作業が一段落したところだったよね?」

「ん? おう」

「じゃあ、嫌な思いさせちゃったお詫びに、私たちの手伝わせてあげるよ」

「おう……おう?」


 翔は自然に承諾しかけて、ふと首を傾げた。


「何その反応」

「いや……よく考えたら文脈おかしくないか?」


 手伝ってあげる、ではなく、手伝わせてあげる、と言っていなかったか。


「そう? 私に何かお願いされるって、男子からしたら悪くないことだと思うけど」

「否定できないのがムカつくけど……まあ、いいよ」

「ありがと。さすが草薙君」


 美波は翔の二の腕をぽんと叩いて、自分の作業場へ歩き出した。

 あまりにもさりげないボディタッチに、翔は動揺するよりも感心を覚えてしまった。


 こういう自然な距離感も、美波の武器のひとつだろう。

 その意味では、彩花よりも男子から狙われていると言っても過言ではないかもしれない。


 それこそ、将暉がいい例だ。

 彼も最初は彩花を狙っていたようだが、文化祭のプチ打ち上げ以来、すっかり美波に乗り換えている。


「ねえ、二人で何してたわけ?」

「美波と草薙、めずらしい組み合わせ」


 二人並んで作業場に腰を下ろすと、すかさず葵と小春が問いただしてきた。

 単刀直入である。


 翔は、どう答えたものかと迷う。

 中村たちの陰口の話を、こんなところでバラまくわけにはいかない。


「段ボールを運んだついでに、ちょっと話してただけだよ」

「そうそう。重かったから、力仕事は男子に頼った」


 美波もごく自然に話を合わせてくれた。

 が、葵と小春はそんな上っ面の答えで納得してくれるほど大人しくはない。


「おっ、ライバル不在のうちにアピールか?」

「美波、隅に置けない」


 葵がないメガネをクイっと持ち上げ、小春がしたり顔でうなずいている。

 ライバルとは、彩花のことだろう。


 葵と小春はなぜか、翔と美波の仲をネタにしたがる傾向がある。

 単純に、男子と女子の中ではよく話す二人だからだろうけど。


「隅に置けないもなにも、そもそも教室の真ん中で作業してるけどね」

「葵は一生教室の隅っこで暮らせばいい」

「辛辣すぎるっしょ」


 葵と小春の応酬に、翔は思わず笑ってしまった。

 このテンポの良さは天性のものなのだろう。本当にいいコンビだ。


「アピールってなに。そんなんじゃないって。草薙君、気にしないでいいからね」


 美波が呆れたように肩をすくめた。


「いや、でも、あのスタンプだけのやり取りは怪しいっしょ」

「スタンプだけ? ……ああ」


 葵の発言で、翔は少し前の美波とのメッセージ上のやり取りを思い出した。

 以前、彩花のことについて美波が「何か困ったことがあれば相談に乗る」と言ってくれたとき、短いスタンプを送ってきた。

 

 それに対して、翔も無難なスタンプを返した。

 ただそれだけのやり取りだ。


「不倫の匂い」

「違うって」


 暗号めいた秘密のやり取りをしたわけではない。

 あれはあくまで、翔が気楽にメッセージを送れるようにという、美波なりの気遣いだったはずだ。


 それに、翔はそもそも不倫ができる立場ではない。

 恋人がいないのだから。


「あれはただの雑談の延長線上みたいなモノだよ」

「えー、なんかしっくりこないんだけど」


 美波の説明に、葵は納得がいかないという表情で首を傾げた。


「うん。寝付けないときの枕の位置くらいしっくりこない」

「いや、それは買い替えろよ」


 小春の真顔のボケに、反射的に翔のツッコミが滑り出る。

 すると——


「草薙君、さすがのツッコミ」


 美波が、にこっと笑って手のひらを差し出してきた。


「おう」


 翔は、自然な流れで自分の手のひらを軽く重ねる。

 パチンと、乾いた小気味いい音が短く弾けた。


「「——おっ」」


 葵と小春の瞳が、そろってきらりと輝いた。


(しまった……)


 わざわざ餌を与えてしまった。

 翔は頬を引きつらせた。


 美波を見ると、彼女は口元に手を当てて、お茶目に肩をすくめた。

 その表情が、ふっと——一瞬だけ、彩花と似て見えた気がした。

 前にも感じたことだった。


「ん、草薙君。どうしたの?」

「いや、なんでもない」


 翔は、ぱっと視線を逸らした。

 今の美波相手に、彩花の名前を出すわけにはいかない。


 それに——美波の背後から飛んできているメガネ越しの視線が、どんどん鋭さを増している。

 これ以上、美波と会話を続けていたら、()のメガネに穴が空いてしまうかもしれない。


 そのとき、ガラリと教室の扉が開いた。


「ただいまー」


 彩花と宮城、亮平の三人が、両手いっぱいの荷物を抱えて戻ってきた。

 翔は助かった、と安堵の息を漏らした。この流れをリセットできるのはありがたい。


「おつかれー」

「暑かったでしょ」

「サンキュー」

「桑田、羨ましいぞー」


 教室のあちこちから、三人を労う声が聞こえてきた。

 ……一部、個人的感情がダダ漏れしている声があったのは、きっと気のせいだろう。


 彩花は荷物を教卓に置くと、翔たちの元へ向かってきた。


「彩花、お疲れ。あと助かった」

「何かわからないけど、どういたしまして。お礼に、外暑かったからジュース奢ってくれない?」

「わかった。待っててくれ」

「ちょ、冗談だよっ!」


 翔が立ちあがろうとすると、彩花が慌てたように袖を掴んできた。

 きゅっと布地が引かれ、小さな力が腕に伝わってくる。


 些細な接触だ。

 だが、そのほんの少しの重みを、翔はなぜだか妙に意識してしまった。


 ふと、横から視線を感じて顔を向ける。

 美波が、こちらをじっと見ていた。

 正確には、翔の袖を掴む彩花の指先を見つめているようだった。


 これまでなら、このくらいの接触でも揶揄ってきてもおかしくない場面だ。

 しかし、美波はただ静かに見つめているだけで、茶化すような言葉は飛んでこない。


(昨日の今日どころか、さっきの今じゃ、さすがに彩花といつも通りに接するのは難しいか)


 翔が座り直すと、彩花の指が離れる。

 同時に、美波も視線を逸らした。


 葵と小春も、そんな美波の様子に何かを感じ取ったのだろうか。

 それから程なくして作業が一段落すると、二人が自然と流れを作り、美波を含めた三人は別の場所に向かった。


 残されたのは、翔と彩花の二人だけだ。

 彩花が三人の後ろ姿を見送りながら、申し訳なさそうに眉を下げた。


「ごめん。四人でのおしゃべり、邪魔しちゃった?」

「そんなことないって。作業が一段落しただけだろ」


 葵と小春は、彩花と全く話さないわけではないが、基本的に彼女とあまり長く一緒にいようとはしない。

 場合によっては揶揄いもするので、嫌っているわけではなさそうだ。

 単純に、距離感を測りかねているのだろう。


「そっか……あ、そういえばさ」


 彩花が、自分の鞄をゴソゴソと漁り始める。

 取り出したのは、ペットボトル二本——お茶とスポーツドリンクだった。


「はい。どっちがいい?」

「……えっ?」


 訳がわからずにじっと見つめ返すと、彩花がずいっとペットボトルを近づけてくる。


「選んで」

「えっ……何で?」

「さっき、ペットボトルが空になってたでしょ?」


 なってはいた——というより、彩花が捨ててくれた。

 それだけでも十分すぎたのに、まさか新しい飲み物まで買ってきてくれるとは。


 翔は、すぐに返事ができなかった。

 すると、彩花がじれったそうに、二つのペットボトルをゆらゆらと揺らし始める。


「ほら、早く決めてよ。残ったほうは私が飲むから」

「あ、ああ……ごめん。けど、それなら彩花が選んでくれよ」

「ダメ。私はどっちでもいいから」

「ええー……」


 どうやら、引く気はなさそうだ。

 よくわからないが、彩花なりのこだわりがあるらしい。


「じゃあ、お茶もらうよ」

「はーい。今はお茶の気分なんだ?」

「いや、俺もどっちでもいいけど、暑い中買い物行ってくれたんだから、彩花がスポドリ飲んだほうがいいかなって」

「っ……ほんとに、そういうところだよ」


 言いながら、彩花が、じとっと翔を睨んだ——ような気もした。

 怒られているのか、褒められているのか、いまいち判別がつかない。


「どういうところだよ……あ、お金払わないとな。いくらだ?」

「いいよこのくらい」


 財布を取り出そうとした翔の手に、彩花がそっと手を重ねてきた。


「それに、北斗君と会ったときも奢ってもらったし……あ、スマホ出して」

「えっ、なんで?」

「前の私の手法を真似されたら嫌だから」

「前の? ……ああ、電子決済か」


 映画を観に行ったときに、飲み物とポップコーン代くらいは奢ろうとしたのだが、彩花はすでに電子決済で翔への送金を済ませていた。

 便利としか思っていなかった電子決済の、意外な弱点である。

 翔は、両手を上げて降参の意を示した。


「……わかったよ。じゃあ、今回は甘えさせてもらいます」

「よろしい」


 彩花がグッと親指を立てると、スポーツドリンクをごくごくと口に含み、「美味しい」と漏らした。


 たまには素直に厚意を受け取ったほうが、お互いのためにいいのかもしれないな——。

 どこか満足げな彩花の笑みを見ながら、翔はふと、そんなことを思った。

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