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幼馴染にフラれた日、ヤケクソで助けた男の子の姉がクラスのお姫様だった 〜お姫様直々のプロデュースで、幼馴染を見返します〜  作者: 桜 偉村
第十二章

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第148話 お姫様の親友の傷

ゴールデンウィークということで、特別に月曜日更新です!

「あれ、草薙君。彩花はどこか行った? あと宮城さんと亮平も」


 教室に入ってきた美波が、周囲をキョロキョロと見回しながら翔に声をかけてきた。

 買い出しの話が出たときは、手洗いにでも行っていたのだろう。


「三人は買い出しに行ったぞ」

「なるほど、草薙君は留守番組なんだ。一緒に行かなくてよかったの?」

「手が離せなかったし、そもそも買い出し担当ってわけじゃないからな」

「ふーん? ……ふーん?」

「二回言うな」


 美波がにんまりと口元を緩めながら、自分の作業場へと戻っていく。

 翔は再び小さく息を吐き出すと、紙細工に意識を戻した。




◇ ◇ ◇




「よし、こんなものか」


 ようやく区切りのいいところまで作業を進め、ふっと顔を上げたとき、視界の端に苦戦している人影が映った。


「よいっ、しょ……」


 美波が、自分の身長より少し小さい段ボールを抱え上げようとしていた。

 葵と小春はそれぞれ別の作業中で、近くに手伝えそうな人もいない。


「吉良、それ運ぶのか?」


 翔はその背中に声をかけた。


「あ、草薙君。もう手空いた?」

「ちょうどな。手伝うよ」

「やるねぇ」


 美波がニヤリとしたあと、表情をふっと緩めた。


「助かるよ。ありがと」

「おう」


 二人で段ボールの両端を持ち、美波の指示で廊下に出る。

 行き先は、外で乾燥中の段ボールを保管している校舎裏らしい。


「彩花たち、何を買いに行ったか知ってる?」

「ペンキって聞いたけど、他にも追加するって言ってたから、それこそ段ボールとかも買ってくるんじゃないか?」

「あー、なるほどね」


 他愛のない雑談を交わしながら、廊下を抜け、昇降口で上履きを脱ぐ。

 外に出ると、九月初めとは思えない陽射しが容赦なく降ってきた。


 校舎裏は人気がなく、夏の終わりかけの熱気と乾いた土の匂い、それから虫の声だけが耳に届く。

 乾燥中の段ボールの隣に、運んできた段ボールを立てかけた。


「ふー」


 美波が、小さく息を吐いて、額の汗を手の甲で拭う。

 ——その瞬間だった。


 校舎裏の水道の、ちょうど反対側から、聞き覚えのある声がいくつも届いてきたのは。


「つか、吉良もうざくね?」

「あー、わかる。お姫様に媚び売っちゃってるよね」

「前に対等な友達とか言ってたけど、必死に守っちゃってる感じとか、まさに家来じゃない?」


 中村たちだった。

 部活の休憩中なのか、輪になって水道の裏にしゃがみこんでいる。


「しかも自覚あるっぽいのが余計にね。前のあれだって、結局自分が双葉より下だってわかってるからこそ、あんだけ取り乱してたんでしょ」

「あれ、わかりやすかったよなー!」


 ヘラヘラとした笑い声が、夏の風に混ざって流れてくる。

 ——誰の悪口を言っているのかなど、明白だった。


「っ……」


 翔は、奥歯を噛みしめた。

 指先が、無意識に拳を作っている。


 ——『言って聞く人なら、最初から言わないから。放っておくのが一番だよ』


 かつての彩花の声が、翔の耳の奥で蘇る。

 だから、翔はその場でグッと堪えた。


 美波もまた、身体をこわばらせていた。

 唇を噛みしめ、視線は地面に落ちている。

 スカートの脇で握りしめられた拳は、白く硬く、わずかに震えていた。


「……吉良、こっち」


 翔は、静かに美波の腕を引き、声の届かないところまで連れて行く。

 校舎の角を曲がって、段ボールから離れた木陰の下まで来てから、ようやく手を離した。


 美波が、ふっと顔を上げる。

 けれどその表情は、いつもの小悪魔的な笑みとは似ても似つかなかった。


「……嫌な思いさせちゃったね、ごめん」

「吉良のせいじゃない」


 謝罪に、即座に首を振る。

 それでも、続く言葉が出てこない。


 こう言っては無神経かもしれないが、思ったよりもずっと傷ついている様子だ。

 中村たちの言葉のナイフが、美波の何かしらの傷を抉ったのだろうか。


(……いや、何かしら、じゃないか)


 軽率な励ましでは、美波の傷は埋まらない。

 何を言うべきか、どう声をかけるべきか、頭の中で言葉を探していると——美波が、ぽつりと先に口を開いた。


「わかってるよ。顔も、成績も、他にもいろいろ……私が一番、彩花のことを見てきたんだから」


 自嘲気味の、薄い笑みだった。


 ——『あんなかわいい子の親友なんてやってると、いろいろあるんだよ』

 翔は、いつだったか美波が口にした言葉を思い出した。


 美波が抱えていた——中村たちに抉られた傷はおそらく、彩花への劣等感。

 美波の中で、彩花と並んで立ってきた時間が、そのままそっくり劣等感の重さになっているのだろう。


「そういうのは関係ないだろ。彩花には彩花の、吉良には吉良のいいところがあるんだから、比べたってしょうがないし」

「……草薙君に言われると、なんか説得力ないな。だって、一番近くで彩花のこと見てるでしょ?」

「だから言ってるんだよ」


 翔は、自分の声が思ったより低くなっていることに気づきつつも、引っ込めるつもりはなかった。


「吉良の気配りとか場を回す力は、彩花にはない武器だし、俺も何度も助けられたしな。少なくとも俺は、彩花が上で吉良が下なんて思ったことは一回もない」

「えっ……」


 美波が、息を呑んだ。

 目を見開いて、翔をじっと見つめる。

 それから、何かに耐えるようにパッと視線を逸らした。


(……言葉選びを間違えたか?)


 翔は、頭をガリガリと掻きながら、慌てて言葉を継ぐ。


「あー……ごめん。なんか偉そうなこと言っちゃって」

「ううん」


 美波が、そっと首を振る。


「今の言葉、すごく嬉しかったよ。……ふふ、なんか久々に、本気で慰められた気がする」


 言いながら、表情がふっと緩んだ。

 張りつめていた糸が一本ほどけたような、無防備な笑顔だった。


 その顔は、前にも見たことがあった。

 それこそ、美波が彩花の親友でいることの難しさを語った直後だった気がする。


「……別に慰めたつもりはないんだけどな」

「わかってる。だから効くんだよ」


 翔は少し迷ってから、口を開いた。


「……俺も、ちょっと似たようなこと考えてた時期あるから」

「えっ?」

「香澄と付き合ってたとき、よく言われてたんだ。あいつには釣り合わないって」

「……そっか」


 美波の表情が、わずかに揺れる。


「香澄本人からは『そんなの気にしなくていい』って言われたけど、それでも気になっちゃうもんだよな」

「……そうだね。気にしないで、って言われて気にならないなら、最初から悩んでないよね」

「そういうこと」


 翔はうなずいて、視線を木陰の縁に落とした。


「無責任なこと言うけど——気にしないに越したことはない。けど、それが難しいのもわかってる。だから、気晴らしに何か新しいことに挑戦してみるのも、ありかもしれないぞ」


 気を紛らわすことはできるだろうし、それで自信がつけば御の字だ。

 翔も筋トレや勉強を頑張り始めて、彩花から「ヘタレではなくなった」とのお墨付きをもらう程度には成長した。

 ……未だに鈍感朴念仁止まりではあるが。


「新しいことって……例えば筋トレとか?」

「そうだな。一番手っ取り早いと思う」


 こんな話題でなければ、迷わず彩花のホームジムでトレーニングをするように勧めるのだが、今は彩花の名前を出すべきではないだろう。


(……でも、吉良は俺と彩花が一緒に筋トレとかしてるの知ってるんだよな)


 この流れなら、まず間違いなく揶揄われるだろう。

 さりげなく筋トレ以外、たとえばピラティスなどに話を持っていくべきだったかもしれない。

 ……巷で流行っているという噂を聞いただけで、ピラティスがどういうものか、翔はよくわかっていないが。


「確かに草薙君、結構ガッチリしてるもんね。潤と天羽さんがあれだけ絶賛してたし、どれくらいムキムキなのか、私もちょっと興味あるな」


 言いながら、美波が翔の二の腕に指を伸ばしてくる。

 ツン、ツン、と軽く二回。


「うん、本当にガッチリしてるね」


 ニヤリ、と小悪魔的な笑みだった。

 揶揄われたことは揶揄われたが——


(彩花のことじゃ、ないんだな)


 彩花への複雑な思いを吐露したばかりだ。

 話題に出さないのは、当然と言えば当然なのかもしれない。


「……ねぇ、草薙君」


 イタズラっぽく目を細めていた美波が、ふいに真剣な表情になった。


「どうした?」

「草薙君も、潤と一緒にいて難しさとか感じたことない?」


 ハイレベルの同性と並んでいる難しさ、という意味だろう。同意を求めているような問いかけだった。

 翔は少し考えて、苦笑を漏らす。


「香澄にフラれた直後は、ちょっとあのハイテンションが受け入れられなかったけど……今はそういうのは感じてないな」


 気落ちしていた翔にとって、あのポジティブマインドは少々眩しすぎた。

 だが、今はすんなりと受け入れられるようになっている。


 あの底抜けの明るさや、自然とクラスを盛り上げる力を羨ましいと思うことはある。

 だが、潤は潤、自分は自分だ。ないものねだりをしても仕方がない。


「そっか……」


 美波が、何かを納得したように小さくうなずいた。


「それこそ、筋トレとかして自信がついたのかな? 最近の草薙君、普通にかっこいいもんね」


 あまりにサラリと言うものだから、翔は反応に困った。

 褒められた、と頭が理解する前に、美波が肩をすくめて続ける。


「っと、ずいぶん話しちゃったね……。一緒に帰ると変な目で見られそうだし、ちょっと時間差置こうよ。私、先に戻ってるね」

「わかった。トイレ行きたかったから、ちょうどいい」

「大? 小? あ、それとも——中?」

「中ってなんだよ。普通に小だから」

(かける)だけに(しょう)ってわけか」

「佐藤がいたらぶった斬られてたぞ」


 小春はくだらない親父ギャグに対して異様に厳しい。

 葵を一言でバッサリ斬り捨てるサマは、もはや芸術だ。


「だね。危ない危ない」


 美波が、ちろっと舌を出して「じゃあ、またね〜」と手をひらひら振りながら去っていった。

 その背中が見えなくなると、翔はそっと息を吐いて歩き出す。


 あまり無理をして笑っているようには見えなかった。

 もちろん吹っ切れたわけではないだろうけど、少しでも元気が出たのなら、ひとまずは大丈夫だろう。

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