表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼馴染にフラれた日、ヤケクソで助けた男の子の姉がクラスのお姫様だった 〜お姫様直々のプロデュースで、幼馴染を見返します〜  作者: 桜 偉村
第十一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

146/151

第146話 お姫様と夏休みの集大成

「潤、明日寝坊すんなよ」

「おっ、明日は朝から文化祭準備か。それも悪くねーな!」

「いや、普通に学校——」

「あーあー、ちょっと何言ってるかわかんねー!」


 一通り潤にダル絡みをしてから、翔は彩花と並んで校舎を後にした。

 夕方の日差しはまだ強いが、どこかに秋の気配が混ざっている気がする。


 彩花の最寄り駅で、翔も電車を降りる。

 夕方以降に一緒に帰るときの恒例行事なので、彩花も今更遠慮するそぶりは見せなかった。


「ね、翔君」


 改札を抜けて少し歩いたところで、彩花がふと口を開いた。


「ん?」

「今日は誘ってくれてありがとね。ゲームで勝てたし、京香さんともお料理できて、すごく楽しかった」


 彩花がこちらを見上げて笑った。

 その表情には、お姫様の仮面も、プロデューサーの余裕もない。

 ただ素直に楽しかったと言っている顔だった。


「それならよかったよ」


 翔は自然と口元を緩めてから、肩をすくめた。


「けど、次は勝つからな」

「受けて立つよ」


 偉そうな口調のくせに、声はどこか嬉しげだ。

 ふと、彩花が思案顔になった。


「……ねぇ」

「ん?」

「それって、また遊びに来いってこと?」


 翔の足が一瞬止まりかけた。

 そういうつもりで言ったわけではなかった。


 けれど、否定するのも違う。

 またああやって遊びたいと思っている自分がいるのも、確かな事実だ。


「……いつもお邪魔してばかりなのは申し訳ないからな」


 翔が視線を前に向けたまま答えると、隣で彩花が小さく息を吐く気配がした。


「うん。楽しみにしてるね」


 しばらく、二人の間に心地よい沈黙が流れた。

 歩道脇の木々の葉が風に揺れて、影がアスファルトの上をちらちらと踊っている。


 彩花がふと空を見上げた。


「夏休み、なんかあっという間だったね」


 翔は苦笑した。


「筋トレと勉強した記憶しかないな」

「ええっ、それはひどくない? もっといっぱいあったでしょ」


 彩花がむっとして、指を折り始めた。


「映画とかカラオケも行ったでしょ。それに、ウチでみんなでお昼を食べたし、お父さんも含めてアミューズメント施設も行ったよね? それに緑川君と琴葉と一緒に、四人でピクニックとかプールにも行ったよ?」

「言われてみれば……結構いろいろあったな」


 筋トレと勉強した記憶しかないと言うのは、もちろん冗談だった。

 それでも、こうして列挙されると、思ったよりもイベントが多かったことに気付かされる。


「弓弦と三人で映画を観に行ったのが最初のイベントだったね」

「アニメのやつな。評判通り、作画すごかったよな」

「だったね。それで、その後ゲーセン寄ったり、コンビニでアイスを食べて——」


 彩花の声が、不自然に途切れた。

 口をつぐんで、そのまま前を向いている。


 翔もすぐに気づいた。

 コンビニでアイスを——弓弦のスプーンで——。


(……あれか)


 間接キスだ。

 頬にじわりと熱が上がってくるのを感じながら、翔は強引に話題を逸らした。


「え、映画といえば、俺ら二人でも行ったよな」

「う、うん、行ったね!」


 彩花も慌てたように乗ってきた。声が半音ほど高い。


「あの映画も面白かったよな。普通に感動した」

「ねー。私たち、意外と好みが似てるのかな」

「かもな。また何かおすすめがあったら誘ってくれ」

「ちょっと翔君、自分で探す気はないでしょ」

「……そんなことはないぞ?」

「今の間、怪しい」


 彩花がジト目で見てきたが、口元は笑っていた。

 翔は観念したように肩をすくめた。


 もしも、自分から誘った映画が面白くなかったら。

 そう思うと、どうしても誘うのが怖くなってしまう自分がいた。


「……あのときさ」


 彩花が少しだけ声のトーンを落とした。


「ゲーセンで、ウサギのぬいぐるみ取ってくれたでしょ?」

「ああ」


 翔はうなずいた。

 映画記念——と苦しい言い訳を並べて渡した、ウサギのぬいぐるみのことだろう。


「あのコ、今も大切にしてるんだ」


 彩花がほんのり頬を染めながら、前を向いたまま言った。


 ふと、翔の部屋でゲームをしている最中に、彩花のポケットからキーホルダーが落ちたときのことを思い出した。

 ほんの数時間前のことだ。


 翔がプレゼントしたウサギのキーホルダーを、彩花は大切に扱ってくれていた。


『翔君からの最初のプレゼントだし』


 あのときのまっすぐな言葉が蘇って、頬がまた少し熱くなる。


「……ま、ウサギは寂しがり屋っていうし、適度に構ってやってくれ」

「もちろん」


 彩花はうなずいてから、ほんの少しだけ声を小さくした。


「毎日撫でてるし、手入れもしてるし、それに一緒に寝たりも……ああ、今のなし! 忘れて!」

「い、いや、無理だろ」


 毎日のように可愛がって大切にしてくれているというだけでも、くすぐったい気持ちになっていたというのに、


(……抱きしめて、寝てるのか)


 ぬいぐるみを抱いて寝ている彩花。

 思わず想像してしまったその光景は——控えめに言って、とてもかわいらしかった。


 表情を引き締めようとしても、どうしても口角が上がってしまう。

 すると、唐突に頬をつままれた。


 彩花の指が、翔の頬をぷにっと引っ張っていた。

 力は弱い。痛くはない。

 けれど、指先が触れている場所からじわりと熱が広がっていく。


「っ……外でやるな」

「だって、なんかいやらしい顔してたんだもん」

「そんな顔してないから。離してくれ」


 翔が自分の頬をつまんでいる彩花の指にそっと手を添えると、彼女はようやく解放してくれた。

 ふと、その視線が足元に落ちる。


「……翔君が本気で嫌なら、やめるけど」


 その声は冗談のトーンではなかった。

 翔は一瞬詰まってから、ぽりぽりと頬を掻いた。


「……嫌なわけじゃないけど、恥ずかしいから」


 正直に言ってしまってから、しまったと思った。

 案の定、彩花がぱっと顔を上げる。


「なら大丈夫だね」


 満開の笑顔だった。

 できればやめてほしいのだが、こんな笑顔を見せられたら、もう何も言えない。

 翔は説得を諦めて、小さくため息を吐いた。


「……けど、思い返すと本当にいろいろあったよな」


 翔がしみじみと口にすると、彩花も落ち着いたように微笑んだ。


「そうだね。まさか、みんなの前でも名前で呼び合うことになるなんて思わなかったし」

「あれ、なんでそうなったんだっけ?」

「うん? 頬を思い切りつねってほしいって?」


 翔がすっとぼけた表情で首を傾げると、彩花の指先がまるで蛇のように素早く頬に伸びてきた。


「落ち着け。俺が悪かった」


 名前呼びをしている事が露見したのは、中村たちにペンキをかけられたときに、彩花が思わず翔の名前を呼んでしまったのが原因だ。

 だが、翔にそれを責める気はこれっぽっちもなかった。


 結果的には良い方向に事が進んだし、それ以上に翔側の失態が多すぎるので、バランスを取るためにも、むしろもう少しやらかしてほしいところである。

 いや、それは冗談だが。


「まったく……でも、あれも含めて、この夏休みの間に翔君、けっこう変わったと思う。ほんとにヘタレじゃなくなったかもね」

「優秀なプロデューサーが付いてくれてるんだから、ちょっとは成長しないとな」

「ふふ、そうだね。ツーショットのときの表情も、だいぶ自然になってきてるし」

「ま、多少はな」


 彩花にもその変化に気づかれていたと思うと、少しこそばゆい気持ちになる。

 最初のころは写真を撮るたびにぎこちなく固まっていたが、いつの間にか隣で笑う彩花と同じように、柔らかい表情ができるようになっていた。


「——ということで」


 彩花がくるりと翔の前に回り込んだ。


「夏休みの集大成として、ツーショットを撮ろうと思います」

「ここで?」

「いい景色でしょ。夕焼けが綺麗だし」


 見上げると、確かに西の空がオレンジ色に染まり始めていた。

 住宅街の屋根の向こうに広がる空は、夏の名残と秋の予感をない交ぜにして、柔らかく滲んでいる。


「……わかった」


 翔がうなずくと、彩花がスマホを取り出した。

 腕を伸ばしてインカメラを構える。翔の横にすっと寄ってきて、肩口に温かさが触れた。

 ほんのりと甘い香りが、鼻先を撫でる。


 もう何度も繰り返してきたことのはずなのに、触れ合う肩から伝わる柔らかさや、耳元をかすめる彩花の吐息に、妙に意識が向いてしまう。


「っ……」


 耳の奥で鼓動がバクバクと脈打ち、翔は無意識のうちに体をぎしっと強張らせてしまった。


「はい、撮るよ。——笑って」

「言われなくても」


 シャッター音が何度か響く。

 写真を確認して、彩花が眉を寄せた。


「……なんか、前よりも表情が固くなってない?」

「……そんなことないだろ」


 翔は視線を泳がせながら、短く答えた。

 なぜ今更、恥ずかしくなってしまっているのだろうか。もう慣れたはずなのに。


「ふーん?」


 彩花はスマホから顔を上げると、ニヤリと瞳を細めた。


「な、なんだよ」

「いや? そういうことにしておこっか。ほら、もう一枚撮るから、こっち向いて」


 彩花がくすっと笑い、再びスマホを構える。

 ……恥ずかしがっていることなど、とっくにバレているのだろう。

 翔は湧き上がる照れを誤魔化そうとして、あえて眉を寄せた。


「……さっきよりも固くなった」


 仏頂面になった翔の顔を見て、彩花が吹き出した。

 くすくすと肩を揺らすその無邪気な笑顔につられて、翔の口元も自然とほころんでしまう。

 その瞬間、カシャッと軽いシャッター音が響いた。


「うん、いい表情じゃん」


 彩花がスマホを覗き込んで、嬉しそうに目を細めた。


「ほら、いい写真じゃない?」

「……まあな」


 翔は短く答えた。

 意図せず、ぶっきらぼうな口調になってしまった。


 画面の中の自分は、照れながらも先ほどよりもずっと自然な笑顔を浮かべていた。


「後で送るね」

「おう」


 その短いやりとりを最後に、少しだけ無言の時間が続いた。

 しかし、どちらも無理に会話を始めようとはしなかった。


 気がつくと、双葉家の門が、目と鼻の先に見えてきていた。


「翔君、ありがとね」


 彩花は門の前で翔に向き直ると、改まった声で言った。


「……急にどうした?」

「去年まではたまに美波と遊ぶくらいで、一人で過ごす時間が長かったから、こんなにいろいろなイベントがあった夏休みって、初めてだったんだ」


 声色も表情も、背中をじんわりと温めてくれる夕陽のように穏やかだ。


「ああ……それを言うなら、こっちこそありがとな。これまでの夏休みなんてだらけてしかいなかったから……多分、今までで一番充実してたと思う」

「そっか」


 彩花が満足げに目を細めた。

 おそらく、これ以上の言葉は必要ない。

 翔は一歩下がって、軽く手を上げた。


「じゃあ、また明日」

「うん。また明日」


 彩花が小さく手を振って、門の中に消えていく。

 翔はその背中を見届けてから、踵を返した。




 家に帰り、自室のドアを閉めたところで、ポケットの中のスマホが短く震えた。

 画面を確認すると、彩花からのメッセージ通知が届いている。


 トーク画面を開くと、まずは先ほど並んで撮ったツーショット写真が目に飛び込んできた。


(……夕陽に感謝だな)


 頬が赤くなっているのも、太陽との調和を考えるとそれほど不自然には見えない。

 いや、そもそも夏場なのだ。暑さでそうなってしまうことも普通にあるだろう。


 誰に向けたわけでもない言い訳を心の中で唱えていると、もう一枚の画像が送られてきた。


(俺の仏頂面のアップじゃないだろうな……ん?)


 想像していたものとは全く違う写真だった。

 そこには、夕陽に向かって一人歩いていく一人の少年——翔の後ろ姿が映し出されていた。


『なんかエモかったから撮っちゃいました』


 続いて届いた短いメッセージに、翔は思わず息を止めた。


「……見送ってくれてたのか」


 一度くらいは振り返るべきだったのだろうか——。

 そんなことを考えながら、改めて写真の中の自分の背中を眺める。


 確かに、悪くない。

 しっかりと背筋を伸ばして歩いていたから、というのもあるだろう。


「……胸を張って歩けって、散々言われたもんな」


 翔は小さく苦笑しながら、その二枚の写真を「プロデュース」フォルダに保存した。




◇ ◇ ◇




「さあさあ、お待ちかねの爆弾ゲームの時間です!」


 夕食を終えると、花音が勢いよくスマホを取り出した。

 そして余裕の表情で、


「さすがに可哀想だから、最初は私でいいよ」


 爆弾ゲームは、十六個の爆弾がランダムに配置されたマスを交互にめくっていくシンプルなルールだ。

 翔が二回、花音が一回ずつめくるため、最初がどちらのターンかで確率が変わってくる。


「いいのか? そんなこと言って、最初に当たっても」

「ふっふっふ。そのくらいのハンデはあげるよ」


 実に小憎たらしい笑顔だ。


 ——きっと、神様もそう思ったのだろう。


「絶対おかしいよ! 私が最初のときだけ当たる確率異常だって!」

「じゃ、昼に続いて皿洗いよろしくー」

「くぅ、ムカつくー!」


 ソファーでバタバタしている花音を無視してスマホを手に取ると、ちょうど彩花からメッセージが届いていた。


『一番のお気に入りを送るのを忘れてました』


 今度は予想通り、翔の仏頂面のアップ写真だった。

 夏休みの最後に送られてきた写真がそれというのは、なんだか締まらないが……


「ま、俺ららしいかもな」


 翔は前にも送ったなんとも言えない表情のカメのスタンプを返すと、そっとスマホをポケットにしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ