別れ
賑やかに闇を彩っていた花火も全ての演目を終え舞台を降りていた。余韻に浸るような虫の音だけが微かに鳴り響く丘で、俺はメイを抱きしめていた。それはかなりの長い時間だったように感じたが、後ろの宏太とゆりえは俺を待ってくれていた。
しばらくして俺が彼女を椅子から抱き上げ車の方へ向かうと、何も言わずに宏太は博士の家まで運転してくれた。車内では誰一人口を開くことはなく、十神の家の前で二人にお礼を言って別れた。
メイをベッドにそっと横たえた。眠っている彼女の彼女の頬を優しくなでる。さらさらとなめらかな感触。まだ温かみが残っていて、今にもくすぐったがって目を覚ましそうだ。
「……っ」
彼女の命が尽きたことを俺が受け入れ切れずにいると、ドアの方から誰かが入ってくるのが聞こえた。
「待たせたな」
神妙な面持ちの十神に俺は軽く会釈をして応えた。
「今まで、本当にご苦労じゃったな」
十神が俺に対して労いの言葉をかける。その口調には普段は感じることのできない、優しさが含まれていた。
「ワシはな、お前には感謝しておる」
「え?」
それは俺にとって予想もしない言葉だった。
「最初は、本当に厄介な事になったと思っていた。ワシは元々全ての発明に他のいかなる干渉も必要ないと考えていた。他人からワシが学ぶことなど何一つないと思っていった。そんなワシの最高の発明の最終段階にどこの馬の骨ともわからん若者が、邪魔をしてきたんじゃからな」
博士は部屋の奥に目線を向ける。その先には、大きな円柱形の装置が静かに佇んでいた。俺とメイが出会いのきっかけとなった物。その銀色のボディは今も鈍い輝きを放っており、あの出会いがまだ遠い昔の出来事ではないことを物語っていた。
「しかし、お前はメイと過ごす間に彼女にいろんなことを教えてくれた。そして、それはメイに大きな影響を与えていたことは言うまでもない。もし、あの日お前が現れずにワシが彼女と過ごしていたとしたら、恐らく、いや、絶対にできなかった事じゃ」
十神の言葉につられるようにメイとの日々が走馬灯のように思い出される。実際は、彼が言うほど特別なことは何もしていない。当たり前に、食べて、遊んで。そんな中で、俺がメイにしてあげられたこととは、一体なんだったろうか。
「そうなればメイは機械のような、血の通わぬ人形として生きていくことになったじゃろう。だから彼女はお前のおかげで完成することができた、つまり、人間になれたのじゃ……たとえそれが、人造の元に生まれたとしてもな。だから、素直に礼を言わせてもらう……ありがとう」
まさか高飛車な十神が俺に対してお礼を言うとは思わなかった。しかし、そんな貴重な賛辞を、今の俺はその言葉を明るい気持ちで受け取ることはできなかった。
「メイはもう、起きないんですか?」
「……」
俺の問いに十神は無言の首肯で返してくる。誤魔化しようのない現実は、しかし俺の胸にぽっかりとあいた穴を素通りしていく。
「わかってるんです。でも、心がついて行かないというか……そのせいか、なぜか涙が出ないんです。あんなにも俺はメイの事が好きだったはずなのに、ずっと一緒にいたかったと願っていたはずなのに」
それとも俺は思ったよりも、冷たい人間でメイの事をそこまで悲しんでなどいないのだろうか。花火の後、徐々に腕の中で冷たくなっていく彼女に、俺の胸は激情を迸らせることはなかった。
「俺たちの生活は、大した思い出じゃなかったんでしょうか……俺にとって、メイは。メイにとって、俺はどういう存在だったんだろう」
答えを探そうとする思考は、手ごたえのない虚空をさまよう。
「わからない……わからないよ……教えてくれよ、メイ」
床に膝をつき、そっとメイの手を握る。もう動くことのないその手のひらは、僅かに残っている体温を俺に伝えるだけだった。そんな俺の肩に励ますように十神が手が優しく置かれた。
「メイも……お前には感謝してるはずじゃ」
十神の優し気な口調に、俺はようやく胸に熱を感じた。そして、同時に自分の喪失感の理由に気づいた。俺は最後に、言うべきことを彼女に伝えることなく、終わってしまったのだ。
「……っ」
そしてそれは次第に後悔へと、形を変える。メイに対して感謝の言葉を告げられなかっという事実。最後の最後で、また俺は後悔している。それは余りにも情けなかった。それは今まで真剣に生きてこなかったことのツケが回ってきたというのか。
せめて、ほんの一瞬でも時間が残されていれば。それくらいその言葉はシンプルで、それがいえなかったことはとても重くて、俺の心を締め上げるように苛む。俺はメイの手を祈るように両手で握りしめた。
――ふいに、彼女の手からぴくりと握り返されるような感触を覚える。
「……え?」
あり得ない手ごたえに俺は思わず顔を上げると。
「……メイ?」
メイが目を開いて、ぼんやりとこちらを見つめていた。そして、俺の事を認めると安心したかのように微かな笑顔を見せた。
「あ、たかゆき……」
「メイ、お前、なんで、どうして」
思考がまとまらない。理由はわからないが、メイが目を覚ましこうして俺と話している。驚きと嬉しさ頭の中で入り混じり、言語機能が麻痺させられる。
「どうしたの、そんなにあわてて。……へんなの」
うろたえる俺をみてメイが笑う。その瞳はおぼろげであったが、確かに俺の知っている輝きを宿していた。
「ねえ、たかゆき」
相変わらず口が回らない俺にかまうことなく、メイが続ける。
「いろんなこと、たくさんおしえてくれて、ありがとう。すてきな、おもいで、いっぱいくれて、ありがとう」
メイはと俺と過ごした日常を思い出す様にゆっくりと語る。まっすぐに俺を見つめる彼女の瞳に、辛気臭く目元を潤ませる俺の姿が映っている。
彼女との時間は笑って終わらせると決めたのに、どうしても顔の筋肉が醜くゆがむのを止められない。
「あたしと、であってくれて、ありがとう」
彼女のその言葉に、心の防波堤が決壊しそうになるのを必死でこらえる。最後だ……笑わなきゃ……笑ってをメイを見送ってあげるんだ。
「俺の方こそ、ありがとう」
そういって、口角を挙げると。
「……あ」
とうとう堪え切れなくなった感情に押し出され、熱いものが頬を伝ったのを感じた。それに気づいたメイは一瞬だけ、目を丸くした。
「……たかゆき、ありがとうは――」
続きを言いかけて、メイは代わりに微かに笑った。
「ううん、なんでもない」
「……っ」
「たかゆき……だいすき」
「あ、ああっ、俺も、メイの、こと……大好きだ」
「うん」
メイの頬に一筋の涙が伝った。
「……ありがとう」
そして、メイは静かに、眠るように目を閉じた。
「う……くっ、うわあああああああああああ」
力の抜けたメイの手を握りしめながら、俺は大声で泣いた。今まで必死にこらえてきた感情が、堰を切ったかのように、両目の奥から激しい濁流となってあふれ出てくる。メイとの思い出が走馬灯となって全身を駆け巡る。見た事、聞いた事、感じた事。それら全ては目が眩むほど輝かしくて、耳が遠くなるくらい賑やかで、他に何もいらないくらい……刺激的だった。
しかし、それはもう、終わってしまった。そんなの、悲しいに決まってる。もっと続いてほしかった。これからはずっと、俺はメイと一緒に笑いあいながら……過ごしたかった。しかし、それは元々かなわぬ夢だった。それはさんざん言われたことだし、その事で十神を恨むつもりも毛頭ない。
……それでも、今だけは悲しみが溢れて止まらなかった。
その後、俺は声がかれるまで泣き続け、涙はついに枯れることはなかった。




