再会
メイがいなくなってから数週間。しばらくは部屋から出ることすらなく、彼女を失った悲しみに打ちひしがれていた。それでも人間の心というものは良くできていて、徐々に現実と向き合えるようになってきた。宏太やゆりえのサポートもあり、俺はようやくほとんど以前の通りの生活に戻りつつあった。こころの穴は決してふさがったわけでは無かったが、気持ちは前を向きつつあった。
いつも通り大学の授業を終えて、そこそこの混雑の電車内でぼんやりとスマホをいじっていると一通のメッセージが届いた。
「……え」
特別な感慨もなくメッセージを確認しようとして、その意外な差出人に俺は人目もはばからず、呆けた声を上げてしまった。車内の数人が俺を怪訝な目で見てくる。そんな目線を気にかけることなく俺は僅かな緊張感とともに、メッセージを開封する。
『すぐにワシの研究室に来い』
例によって、無味乾燥で具体的な内容を記さない一方的な文面にある種の懐かしさを感じる。最後に彼と話したときに見せた優しさは、そのメッセージからはほとんど感じることはできなかった。
しかし、今更十神が俺に何の用だろうか。特に忘れ物などをした記憶もないし、貸し借りをした覚えもない。一応に要件を訪ねる内容の返信をしたのだが、それ以上彼からの連絡が来ることはなかった。
「仕方ねえ、行ってみるか」
しばらく電車に揺られていると、目的の駅に電車が到着した。
まだ太陽が沈み切っていない時間だからか、ピーク時の半分ほどの人通りしかない繁華街を通り抜ける。迷うことなく行き先の路地にたどり着く。久しぶりに来るはずなのに、昔から住んでいるかのように体がその道のりを覚えていることに我ながら驚く。
一切迷うことなく。博士の家のドアの前に着く。その様相は数週間前と何も変わっていない。そんなとりとめのないことを考えながらドアをノックする。
「……」
しばらく待ってみるが反応がない。再びノックする。やはり反応なし。もう一度。反応なし。
「なんだよ、呼び出しといて留守かよ」
さすがに多少の苛立ちを感じる。こちとらわざわざ電車に揺られて来たというのに、これはないだろうと理不尽な気持ちになる。そんなやるせない感情に煽られて、半ば当てつけのようにドアノブに手をかけると、鍵はかかっていなかった。
「……」
なんというデジャブだろうか。思えば最初の日もなぜかカギがかかっていなかった。それで不法侵入と相成ったわけである。今となっては、我ながら正気の沙汰とは思えないが、今となっては十神とは知り合いだ。勝手に入ってもそれは無礼であって違法ではないはずだ。というより、そもそも呼び出し食らってるんだから、無礼なのは招いた側の不手際に対して謂われるべきである。
そんな自分に都合のいい適当な言い訳をしながら、ドアを開けて中に入る。室内は以前来た時よりも少しだけ物が増えたり、減ったりしているようだった。しかし、そのどこにも人の姿は見えなかった。
なんとなく抜き足差し足になりながら奥に進むと、見知ったベッドが目に入った。その無人のベッドに俺は懐かしさを覚えた。今でも鮮明に思い出すことのできる彼女の姿、そして彼女と過ごした日々。不意に、瞼の奥にじんわりとした痛みを覚える。
そんな感傷にぼんやりと立ち尽くしていると、ドカッっと急に背中に大きな衝撃を感じた。
「うおっ」
何の備えもなく突っ立っていた俺はそのまま、背中にぶつかってきた物体とともにベッドに倒れこむ。
「な、なんだ、お前は!?」
突然の事に慌てふためく。一瞬、強盗かとも思ったがそれは俺の体にへばりついたまま頬ずりを続けている。状況に頭が追い付かない。
「たかゆきっ、わーい、たかゆきだ」
目の前の強盗らしき人間はなぜか俺の事を知っているようだ。屈託のない声色で俺の名前を呼び続けている。そして、俺はすぐにこの目の前の人物に心当たりがついた。
「も、もしかして」
しかし、それはあり得ないことのはずだ。だって、彼女はあの日俺の目の前で眠りについたはずだ。
それでも、俺は確信を持てていた。
「えへへ、たかゆき、ひさしぶり!」
だって目の前の女性は、俺が今、一番恋焦がれている人なのだから。
「メ、メイ!」
「まったく、気づくのが遅いわ、このウスラトンカチが」
そして続くようにして十神が悪態をつきながらどこからともなく現れる。一体いつの間に部屋に戻ってきたのだろうか。色々理解できない状況に俺は動揺する。
「と、十神さんも!っていうか、どこいってたんですか、急に呼び出しといて」
「そりゃ、お前を呼び出したからな」
「いや、全然答えになっていませんけど……」
「ふん、わざわざ用件を説明しなきゃいけないか?頭も悪いし、野暮だし救いようがないな」
「そ、そうですか」
十神の罵詈雑言に閉口する。しかし、どこか懐かしさも感じていた。そんなノスタルジーな気持ちはともかくとして、状況は掴めないままだ。
どうして、メイが生きて目の前にいるのだろうか。何度も願ったその現実が唐突に目の前に具現して、逆に信じられない気持ちになってしまった。
「まあ、冗談はさておくとしての。遂に完成したからな、ほかならぬお前を呼んだというわけだ」
混乱する俺を見て、真面目な様子で博士が話し始めた。
「完成?」
「言ったじゃろ、前回の彼女はプロトタイプであったと。で、その結果をもとに今回作られたのが、そこにいるメイというわけじゃ」
「は、はああああ?」
「えへへ」
状況を理解しきれず呆ける俺とは対照的に、メイは能天気な笑顔を俺に向けてくる。
「ということで、良かったな。これからまたメイと一緒に生活できるぞ」
「ちょっと、ちょっと待ってくださいよ」
「なんじゃ、嬉しくないのか」
「いや、嬉しいですけど!その、じゃあメイが元々こうして戻ってこられることはわかっていたんですか?」
「もちろんじゃ。元々そういう計画じゃったからな」
十神はそんなとんでもない新事実を、さも当然のような表情で言った。十神の口ぶりに頭を抱える。それならば、あの時の、俺の葛藤はいったい何だったのだろうか。そもそも、それを目の前にして彼はどういう心境でそれを聞いてのだろうか。まさか、真剣に聞いているふりをして、内心は俺の事を指さして笑っていたとでもいうのだろうか。 ……もし、そうであれば本当に人間不信になりかねない。
「だ、だったら、教えてくれればよかったじゃないですか……」
「何を言っとるんじゃ。さんざん言っておることじゃが、メイはワシの発明品じゃ。それが完成するかどうかなんて本来部外者であるお前には関係ない事じゃろ」
「そ、それはそうかもしれないですけど、だったら今日はなんで」
俺のしどろもどろなその問いかけに、十神が急に表情を引き締めた。
「最後の別れ際のお前たちをみてな、そうしたくなったのじゃ」
「え?」
その厳かな口調に、俺は意表を突かれる。
「お前たちの関係を無かったことにして、メイを完成させることはできなかった。だから、本来はリストアしてから新しく形成する人格を、以前のメイから連続的に引き継いで、今のメイを完成させたというわけじゃ」
そこには十神の切実な想いが込められていた。一体どういう技術でメイが復活したのかは俺にはとても理解することはできなかったが、それでも俺の想い――ともすればわがままに――彼は応えてくれたということ、それがとても大きなことであり、そして信用されているということは理解できた。
そして、その期待には大きな責任が生じているということも。
「いいか!」
「は、はい」
十神が俺に向けて人差し指をびしりと突きつける。それは一国の王が剣先を臣下に向け、忠義を問うている光景に似ていた。
「必ずメイを幸せにするんじゃぞ」
「はい」
「人造人間を一体作り上げるのには莫大な金がかかるんじゃ。それこそ人一人の命がやりとりできるくらいにな」
物騒な十神の物言いに、おもわず喉が鳴る。そもそもそんな大金を動かせるって、彼はいったい何者なのだろうか。それは未だにまったくもって、わからない。しかし、メイの事ならば俺はどんな脅し文句にも屈することはない。これからどんなことがあっても、一生、メイと一緒にいる。彼女と交わしたその約束は、決して破られることはない。
「大丈夫です……必ず、メイを幸せにしますから」
俺は十神を真直ぐ見つめながら、誓った。
「ふん……まあ、悪くない目じゃな」
「……ねえ、むずかしいはなしはいいから、たかゆき、ごはんたべたい、おなかへった!」
そんな俺たちの男の熱いやりとりに、冷水をかけるような能天気なメイの言葉が浴びせられ、俺と十神は二人して、がくりと漫画のようなリアクションを取ってしまった。
「そ、そうか?じゃあ、どっか食べに行こうか」
「あれたべたい!なんだっけ……そう、でまえ!」
「前も言ったけど、出前は食べものじゃないからな」
「?うん。とにかく、たっくさんたべたい!あと、こうたとゆりえともあそびにいきたい!」
「そうだな。それに、ちょうど明日あいつらと遊ぶことになってたんだ。メイも連れてってやる」
「わーい、いくいくー!」
「……全く現金なやつらじゃな」
「あっと、十神さん!本当にありがとうございました、また暇が出来たら来ます!」
「げんぞう、またね!」
「うむ……気をつけてな」
「はい!行ってきます!」
十神に見送られながら、二人部屋を出る。繁華街を出ると、いつも通りのにぎやかさが俺たちを出迎えてくれた。いつも通り、楽しい時間を過ごす人々と同じように俺たちも走り出した。
彼女とのありふれた日常がまた始まる――。




