真実
メイが救急車で運ばれた後。病院で医師から告げられたのは、原因不明の昏睡状態ということであった。
要領を得ない説明を聞いて、俺はようやく彼女が人造人間であるということを思い出した。しかしそれをどう説明すればいいかわからず、考えた挙句に十神に連絡をすると、すぐに病院まで迎えに来てくれた。そして来るまでにいろいろな根回しをしてくれたようで、医師の了解を得ることができ、こうしてなんとか十神の部屋までメイを連れ戻すことが出来た。メイは目の前のベッドで静かに眠っている。
「とりあえず、状況を説明しとくれ」
俺は頷いて、今日起きた出来事をかいつまんで説明した。
「つまり、なにか大きなけがをしたわけでなく、急に倒れたということじゃな?」
要領を得ない説明を相槌すらせずに聞いていた十神が口を開く。その口調には今のメイの状態に心当たりがあるような含みがある。
「はい、そうです」
「なるほどな」
再び十神は黙り込んで何かを考え出した。その悠長な態度にに俺は苛立ちを感じてしまう。先ほどから何かわかったようなそぶりをしているのに、確信をつこうとしない。徐々に募るもどかしさに遂に耐えきれなくなり、俺は詰め寄るように十神を問いただす。
「十神、彼女は大丈夫なんですよね」
「まあ、来るべきが来たというわけじゃな」
「それはどういう意味ですか?」
「メイが人造人間であるということは覚えているよな?」
「……はい」
俺が返事をすると、十神は一旦深く息を吸って話し始めた。
「実はな、彼女はまだ人造人間として完成はしていない、いわばプロトタイプなんじゃよ。そしてお前にメイを預けていたのはそのテストのためじゃった。そして今回の件は、そのテストの期間、つまり彼女の肉体の耐用限界が来たのじゃ」
「言ってる意味がわかりません。プロトタイプとか、耐用限界とかそんな小難しい事言われても、どうしようもないです」、
そう言いながらも俺は十神の言わんとしていることは理解できていた。しかし、感情が理解するのを拒んでいた。その残酷な真実を認めるわけにはいかなかった。しかし、そんなむなしい抵抗も十神の言葉によって簡単に打ち砕かれる。
「……分かりやすく言えば、彼女の寿命が来たということじゃ」
考えてみれば思い当たる節はあった。メイを部屋に連れ戻すことが出来た後、十神の部屋に訪れた時の彼の煮え切らぬ態度。メイに、これから一緒に居られると俺が浮かれながら話していた時の彼女の寂しそうな表情。
メイは、この事を知っていたのだ。自分の寿命があとわずかであるということ。俺との生活がもう終わりかけているということ。……俺とはもう、一緒にいられないということ。そして、だからこそ俺から離れようとしていたということ。俺を今みたいに傷つけたくなかったから。
自分の浅はかさに心底嫌悪する。彼女が俺から離れようとしていた理由を、勝手な理由付けで自分を強引に納得させて、彼女の気持ちなど、何にも知らないで、それをメイに押し付けた。
挙句の果てにはさっきの花火での情けない有様。倒れた彼女に茫然として、ただ名前を呼ぶくらいしかできなかった。しかし、考えてみればそれも当たり前なのだろう。今までずっと受け身で生きていて、勘違いで何かを成し遂げた気になって。そんなめっきはいとも簡単にはがれてしまうものだ。俺は結局、流されているだけの人間だったのだ。
ネガティブな感情がぐるぐると頭の中を這いまわる。自分の愚かさを浄化するほどの濾過機能を、俺の脳は持ち合わせていなかった。そして、越し切れなかった毒素は責任転嫁という最悪な形で口からあふれ出した。
「どうして、教えてくれなかったんですか?」
「それは出来ない。テストの意義が薄れるからな。元々はわしが一人でやるつもりだったのを、あの日お前が横やりを入れてきた。そして彼女の刷り込みプログラムが発動してしまい、もうお前に任せるしかなくなってしまった。となれば、お前には真実を伏せたまま、テストを完了させる他ないじゃろう」
俺の身勝手な物言いに博士は不快に思ったのか、正論を一気にまくしたてる。完全な理論武装に俺は何も言い返すことはできなかった。
「それにな、ワシは最大限お前に譲歩してやったはずじゃぞ」
「え?」
「お前が、つい最近、しつこくワシに頼み込んできてたじゃろう。その時にワシは忠告したはずじゃ。幸せになることはできないと」
博士の言葉に、また頭に殴られたような衝撃。あの時も、ただ勢いに任せて、人の言っていることなんて右から左に流していた。目の前の達成感にただ酔いしれていた。後悔が後悔を呼んで頭の中がどうにかなりそうだった。
「それに薬の件もそうじゃ。あれを使えば、彼女の人格はアップデートされ、自己の使命に基づいて合理的に行動ができたはずじゃ。これも本来はテストのうちじゃったのだがな、お前みたいな無能が見事に不意にしてくれたもんじゃ」
研ぎ澄まされた正論に、醜い抵抗はまったく役に立たなかった。その重みに耐えきれず、思わず膝から崩れ落ちる。
「……まあ、別にお前が何か悪いことをしたわけではない。迷惑ではあったがな。それでも、お前みたいな若造がここまで投げ出さずにやり遂げた事は、少なからず賞賛しておるぞ」
言いたいことを言い終えて冷静になったのか、あるいはみっともなく床に這いつくばる俺があまりに哀れに見えたのか、先ほどとは打って変わって博士が慰めるような言葉を投げかけてくる。しかし、その優しさを受け取る資格は、今の俺にはなかった。博士は、まだ俺がメイにしたことをわかっていないのだ。
「俺、ずっと勘違いしてたんです……あいつが俺の告白を拒んだ時、最初は意味が分からなかった。それでも俺なりにいろいろ考えたんです。そして彼女が俺を拒んでいるのは、自分が人造人間だから、それが負い目になっているんだって思ったんです」
まるで神父の前で懺悔をするように、俺は言葉を並べていった。口にするごとに、改めて自分の浅はかさを認識する。自分にとって都合のいいところには目を向けて、それ以外は知らんふり、まるでわがままな子供の様だ。
「だからあの日、必死でメイを探し出して、俺の想いを全力で伝えたんです。俺がメイの事を好きでさえいれば、他の事なんて関係ないんだって事を。そしてその想いを、彼女は受け入れてくれました。それで俺は大きなことを成し遂げたような気分で、浮かれ切っていました。」
それも半ば卑怯な手を使って成したものだ。もし友人の助言がなければ、俺は彼女を連れ戻すことが出来ずに今でも部屋で腐っていただろう。
「でも、実際は違った。あいつの気持ちなんて全然わかってなかった。ただの自己満足でしかなかった。俺は彼女になにもしてやれてないし、それどころか……ただ傷つけているだけだった」
結局、俺がやった事といえば感情に身を任せて周りの人間を振り回しただけだったのだ。挙句の果てに、今もこうして感情に流されるままわめき散らしている。
「本当に……最低な野郎だ」
俺の身勝手な思い上がりの結末は、ただの一人も幸せになることのない虚無でしかなかった。メイはそんな俺に付き合った挙句、悲しみを堪えながら眠りについたのだ。今となっては謝ることすらできない。もう、全て終わってしまったのだ。
「お前が後悔していることはわかった。お前が壮大な勘違いをしていて、知らぬとはいえ彼女を傷つけていることも分かった。しかし……それでも、メイは幸せだったじゃろう」
そんな俺に、博士は思いもよらない言葉をかけてきた。驚きのあまり、今までずっと床を見つめていた顔をあげる。
「元々、ワシはこのテストでは彼女をどこかに連れ出したりするつもりはなかった。必要最低限の情報を取りつつ、次の完成版へとつなげるつもりだった。当然、プロトタイプの彼女がここまで誰かと関係を持つということは全く想定されていなかった。しかし、そんな所にお前という存在が現れた」
その言葉は相変わらず淡々としたものだったが、僅かに暖かみを帯びているような気がした。
「お前をここに呼び出すたびにお前がしてくる話は、今まで研究ばかりで人との関りという要素が欠如していたワシにとって、とても新鮮なものだった。そして、それは彼女にとっても同様だったはずじゃ。お前がいなければ、メイはただの機械のままその生涯を終えていたじゃろう。そんな彼女の……人生を意味あるものに変えた事は、間違いなく、お前自身が成し遂げた事であるはずじゃ」
そこまで言うと、博士は俺の目をまっすぐ見つめて、ゆっくりと告げた。
「その事は、胸を張っていいことだと思うぞ」
その言葉に、再び胸が詰まるほどの想いがこみあげてくる。我ながらなんて現金。自分のしたことが肯定されて喜んでしまうなんてと、自嘲する。博士の思いやりに涙が出そうだった。しかし、掛けられる言葉が優しい程、同時に彼女との楽しい日々が蘇ってきて、恋焦がれるのを止められなくなってしまう。
「そういってくれるのは嬉しいです。でも結局、彼女はもう……」
「安心しろ」
「え?」
「メイは、目覚める」
信じられない言葉だった。しかし、俺にとってはまるで福音のような言葉だった。
「今更、メイにこんな表現は使いたくはないのじゃが、まあ今の彼女はパソコンがバッテリー切れを仕掛けてスリープモードになっているのと同じ状態なんじゃよ。もちろん、ほとんど時間は残されていない。せいぜい一日か二日といったところじゃ」
「一日か、二日……」
僅かに見えた希望が、再び霞んでしまったような気持ちになり、ただ博士の言葉繰り返すことしかできなかった。そして博士はさらに残酷な現実を突きつけてきた。
「それにな、次起きたときは、もう今までのように自由に生活することはできないじゃろう」
「え……」
「まず、手足は上手く動かせない。歩いたり、モノを持ったりという事は相当困難のはずじゃ。つまり、彼女は身の回りのことを一人ですることはできなくなっていると思われる。その他の神経系にも影響があるかもしれない。味覚や嗅覚がうまく機能しないかもしれないということじゃ」
奈落に沈んでいくような感覚。並べられた事実は、まるで鳩尾を的確に狙ったボディブローのように、重く後を引く痛みを全身に刻み込んでくる。
「そして最悪の場合、お前の事をもう、覚えていないかもしれない」
それは悪夢のような、現実だった。吐き気を催し、必死に口を手で押さえる。
もちろん、博士は何も悪くない。彼は俺のために言ってくれているのだ。だからこそ、これが夢などではなく、冗談でもないということを思い知らされる。
「もちろん、無理にとは言わん。お前にとって辛い事はわかっているからな。ここでお前がメイから手を引いたとしても、ワシはお前を責めたりはせんよ。そもそも、当初のワシの目的自体は達成されているのだしな」
そんな俺の様子を見て、博士が助け舟を出してくる。その善意からなる無慈悲な誘惑が俺を篭絡しようとしてくる。逃げてしまえと耳元でささやく。 そんな甘言を、俺は振り払う。
「……やります。やるに決まっています」
「いいのか?さっきも言ったが今までとは同じようには行かないんじゃぞ?」
「そういうわけじゃないんです」
記憶の中のメイが次々と脳裏をよぎっていく。沢山の思い出。場所や物、匂いや音。その一つ一つが俺にとって忘れたくても忘れられないもので。その中に一つ何よりも強い想いを持っているものがあった。
あの雨の日の丘、俺は、メイに誓ったのだ。どんな現実が立ちはだかろうとも守り抜くと心に誓った。例え俺が無力でも、勘違い野郎でも、自分に酔っているだけだとしても、それだけは果たすと決めたのだ。
「ずっと一緒にいるって、そう……約束したんです」




