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急落

「ほれ、おまたせ」

「ありがと」

 屋台で買ったクレープを後ろで待っていたメイに手渡す。彼女はいつもの通りの笑顔でそれを受け取ると、一口食べて更に笑顔になった。

「たかゆき、ひとくちあげる」

「おお、じゃあ遠慮なく、うお、こりゃうめえな」

「えへへ」

 メイがまるで自分が作った料理を褒められたかのように嬉しそうな表情。そんな彼女に自然と俺の頬もだらしなく緩む。

「ひゅーひゅー、お熱いねえ、二人とも」

「うっせえな。からかうんじゃねえよ」

 そんなやり取りをしている俺たちをゆりえが冷やかしてくる。隣の宏太も言葉こそ発さななかったが、にやにやとと上がった口角が、彼の内心をありありと表している。

 かねてより約束をしていた花火大会に俺たちは訪れていた。都内有数の規模を誇るだけあってカップルや、家族連れでごった返していた。彼らは夏の風物詩ともいえる装いで華やかに着飾り、大切な人との非日常を楽しんでいた。

「それにしても、メイちゃんの浴衣姿すっごくかわいいわ」

「あのね、これ、たかゆきがかってくれたんだよ!」

 そういってメイは来ている浴衣を見せつけるように両手を広げる。涼しげなスカイブルーの浴衣。メイと二人で一緒に選んだ物だ。俺が一目ぼれをした浴衣をメイが俺が選んだモノを着たいといって決定した。ほとんど俺が一方的に選んだ形だが、メイの純粋無垢な可愛さを一層引き立たせていて、我ながら良いチョイスだと思う。

「へえ、あんたにしては中々センスしてるじゃない」

「だろ?ぶっちゃけ自信あるぞ」

 自慢げに答える。それから皆の今日の装いについて話しながら、ふとメイの方を見ると、口の端にクリームがついているのに気づいた。

「メイ、ちょっとこっち向いてくれ」

「ん?」

 メイは不意を突かれてピクリと目をつむる。その隙にメイの口元を人差し指でぬぐってやるとくすぐったそうに顔をほころばせた。

「よし、綺麗になったな」

「うん、ありがと」

「え、待って……ねえ、宏太私たち何を見せられてるのかしら」

「ま、まあ仲が良いのはいいことだよね」

 そんな甘ったるい俺たちの雰囲気に、焼肉でカルビを食べすぎた時のような顔をする宏太とゆりえ。しかし、今の俺には二人との温度差なんて気にならない

「まあ、良いって事よ。お前らは友達だからな」

「ごめん、どういう意味?暑さで頭どうかしちゃったの?」

「もしかしたら邪魔すんなってのを遠回しに言ってるのかも」

 ひそひそと小声で言い合う宏太とゆりえ。しばらく困惑しながら俺たちを見ていた二人であったが、宏太が少しだけ真剣そうな顔を作っていった。

「それにしても、貴之とメイちゃんが仲直りできて本当に良かったよ」

「……あ」

「この前貴之から電話が来た時は焦ったんだよ?もしかしたら僕のせいで二人が仲悪くなっちゃって、ずっとそのままになっちゃうんじゃないかと思ってさ」

「ほんとほんと。あたしにも電話かけて来てさ、もう今にも飛び降りでもしそうな暗い声で、「メイに振られた」って、まだ家着いてなかったのに、思わず大きな声出しちゃったんだから」

「……そうだな、あの時はホント助かったよ」

 確かにあの時の俺の心中はとても冷静ではなかった。それこそこの世の何もかも投げ出したくなるくらいだった。それでも、宏太とゆりえがいてくれたから。普段は何気なく話している二人のありがたみが、友達という存在の貴重さが身に染みてわかった。二人には感謝してもしきれない。 

 俺が感慨にふけっていると、隣のメイが申し訳なさそうな顔で口を開く。

「ごめんね、たかゆきすっごくかなしませちゃって、それにこうたとゆりえにもめいわくかけちゃって」

「そんな、メイちゃんは何も悪くないのよ。悪いのは貴之」

「そうだよ。孝之が慌てていて面白かったねってだけだからさ」

「お前らなあ……」

 軽口を叩く俺たちだが、メイは浮かない表情のままだった。あの日の自分の行動が俺を傷つけ、更に他の人を多少なり巻き込んでいて、より責任を感じてしまったのだろう。

「いいじゃねえか。今日こうして皆で花火大会に来れたんだからさ」

 そんな彼女を元気づけるために俺は努めて明るい口調で言う。

「そんな悲しそうな顔してる方がむしろ迷惑だぞ?」

 人を励ます経験なんてほとんどなくて、上手く出来てるかわからない。それでも俺がメイのためにできることは、何でもしたい。

「というわけで、もっと楽しむぞ!」

「あっ」

 そういって彼女の手を取り、屋台の方向に歩き出す。そんな照れくささに速足になる俺に引っ張られているメイが、優しく手を握り返してくる。

「やだ……かっこいい」

「男だけど……惚れちゃいそう」

「うるせえっ」

 後ろから聞こえる好奇のニュアンスを帯びた言葉に、振り返らずに答える。我ながら馴れない行為に顔が発熱しているのを感じる。

 メイと仲良く手をつないでしばらく屋台を巡る。明るい照明と、ずらりと並んでいる出店の賑やかな雰囲気はただ周っているだけでも楽しい気分になる。

 しかし、やはり人ごみの多さもあり、俺たち四人の歩みも少しだけ重みを感じるようになってきた。ぼちぼち休憩しようと思っていると、同じことを考えていたらしいゆりえと目が合った。

「そろそろ休憩しない?」

「すごい人だもんね。しかもどんどん増えているような気もするよ」

「確かにな。メイ、大丈夫か?」

「うん、大丈夫」

 言葉とは裏腹にメイは疲れているように見えた。今までこんな人ごみにもまれたことなどなかったから無理もないだろう。

「ホントか?さっきからちょっと元気ないぞ」

「ううん、平気」

 よく見れば顔色もあまり良くないようだった。そんなメイの様子に先ほどまで全く気付かずに、好き勝手連れまわしてしまったことに自責の念が浮かんできた。

「無理すんなって。なんなら今からでも帰ろうか?」

「ううん、大丈夫。はなびみたいもん」

 俺の心配をよそにメイは言う。

「別に花火大会なんて他にもあるんだから、今日頑張る必要なんてないんだぞ」

「でも、次、行けるかわかんないし」

「そうだよ、メイちゃん。あたしも絶対付き合うからさ」

「ほら、ゆりえの言う通りだ。そりゃ今日くらいでかい奴はないかもしれないだけど、無理したって意味ないじゃねえか」

「……いいの。とにかくかえらない」

 なぜかメイは頑なだった。どうしてそこまでこだわるのか意図がわからない。宏太とゆりえも同じようで三人で顔を見合わせる。二人は不安そうな顔で、俺に任せると視線で訴えかけてきた。そして、結局俺はメイの気持ちを尊重することにした。

「わかったよ。でも、無理だけはすんなよ。辛くなったらすぐ言うんだ」

「うん、ありがとう」

 メイは笑顔を向ける。しかし額にはうっすらと汗をかいていて、無理を隠しきれていなかった。立ったままはかわいそうで、出来るだけ早く座らせてやりたかった。

「とりあえず、シートの方へ戻ろう。いくぞ、メイ」

 そういってメイの手を引いて、ゆっくりと歩きだす。人ごみをかき分けながら自分たちのシートの方へ向かう。それにしても、ものすごい量の人だ。既に来た時の二倍くらいに増えていて、花火が始まってからはもっとふえるんだろう。さらに終わったころにはものすごい人の濁流と化すのだろう。

 その状況と今のメイの様子を鑑みると、。やはり今日の花火鑑賞は無理なんじゃないかと思いなおす。 

 やはり今日は大事を取って帰るべきだ。宏太とゆりえには迷惑をかけてしまうが、二人ともそんな事で文句を言うほど薄情ではないはずだ。

「なあ、メイやっぱり今日は――」

 唐突に、右手が下に引っ張られる感触がした。何事かと思いその方向に目を向けると――

「メイちゃん!?」

 メイが膝から崩れ落ちるように倒れこんでいた。

「メイ!おい、メイ、大丈夫か!?」

 俺の呼びかけに反応はない。抱えるように起すと、彼女の顔は青ざめていて苦しそうにか細い呼吸をしている。

「お、おい、メイ!?」

「たかゆき……ごめんね」

  慌てふためく俺にメイが焦点の合わない瞳で俺を見つめる。そう小さくつぶやき、目を閉じてしまった。彼女の体から力が抜け、腕の中の重みが増したのを感じる。

「はあ!?何言ってんだ、おい、しっかりしろ!」

「ちょ、ちょっと落ち着いてよ」

 激しくうろたえる俺をゆりえがなだめる。

「と、とにかく人を呼ばないと。救急用のスタッフがいるはず!」

「ぼく、探してくるよ!」

「お願い!えっと、そうだ、熱中症かもしれないから体を冷やさないと」

「おい、メイ起きろって!」

 どうすればいいかわからずパニックになる俺を余所にゆりえと宏太がせわしなく動いている。メイは相変わらず俺の腕の中で苦しそうにしている。

「ちょっとどいて!」

「あ……」

 ゆりえが苛立ちながらメイを俺から引きはがす。そして彼女の服を緩め、冷却のためにペットボトルの水をかけるのをぼんやりと見つめる。さっきまで綺麗に整っていたメイの浴衣が、見る見るうちに着崩されていく。今日初めてそれを着た時のメイの嬉しそうな表情が蘇る。

 気づけば周りにはたくさんの人間が驚きと好奇の入り混じった表情で俺たちを見ている。結局救急車が来るまでの間、俺はただ不謹慎な観衆と一緒に、目の前のゆりえの懸命な応急行動を見守ることしかできなかった。

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