楽観
「しつっこいのう!いいから帰れ。邪魔じゃ」
「いいえ!十神さんが良いって言ってくれるまで何度だって来ますし、今日も帰りません!」
メイが部屋に戻って来てから、俺は毎日のように十神の所へ通っていた。理由はメイとの約束を有言実行にするためだ。そのために今も心底億劫そうな態度の十神の足元で、床に頭をこすりつけている。
「だから、メイはワシの発明品なんじゃ。お前の耳はちゃんと穴が開いているのか」
「分かっています!それでも、そこを何とかお願いします!必ず彼女を幸せにして見せます!」
既に何度も断られており、最初はいろいろとそれっぽい理屈を並べていたのだが、俺の平凡な知能ではとても十神を納得させることはできなかった。結局、今となっては熱意だけのただの泣き落としになっている。
「……ったく、そもそもなんなんじゃ。この前はメイがいないんです、なんて泣き喚いていたくせに、次の日には急にメイをくださいなんて、お前には順序とか脈絡というものがないのか」
「あの時はメイがもう見つからないんじゃないかとパニックになってまして」
今となっては懐かしく感じる出来事を思い返し、何とも言えない気恥ずかしさを感じる。しかし、それを思い出すことは決して苦痛ではなかった。彼女との関係が深まった以上、むしろあの出来事は俺にとって良い事だったと思えるようになっていた。
「しかし、自力で探し出したのは正直驚いたぞ。お前みたいな凡庸な若者はすぐ投げ出すからな」
「そんなことありえないじゃないですか。俺の気持ちがなかったとしても、そもそもメイを預かってる身ですからそれくらいの責任感はあるつもりです」
「それは、結構。これを使うまでもなかったというわけじゃな」
「へ?」
間の抜けた俺の返事を無視するようにして、博士は徐にスマホのような端末を見せつけてきた。画面上には地図のようなものが表示されており、その中心には赤い点がちかちかと点滅をしていた。
「別にお前が探さなくてもこれを使えば彼女の居場所なんて一発でわかるぞ」
「な、ななな……」
「うむ。メイは大人しくお前の帰りを待っているようじゃな」
「こんなものあるんだったら始めから言ってくださいよ!」
微塵も悪びれない十神に俺は思わず身を乗り出して抗議する。数時間駆けまわった俺の苦労はなんだったのだろうかと、今更頭痛がしてくる。
「あほか。あんなヘマをされて信用なんてできるわけないじゃろ」
「それは……」
「それに仮に見つけ出せなくても、お前に誠意があるか確かめることが出来た」
そう言われると反論は出来ない。確かに十神からすれば俺は相当な失態を演じている。たとえるならただの挨拶回りに行かせた取引先を怒らせて契約を打ち切られてしまった部下のような、怒りを通り越して卒倒しかねないほどのやらかしだ。
「まあでも、本当に見つけてきた挙句、こうしてメイの事に執着しているお前を見ているのは発明者としては悪い気分はせんな」
「ということは!」
俺は鼻息を荒くしながら、頭上の十神を仰ぎ見る。
「でも、それでもだめじゃ」
「そんな、どうしてですか」
「お前とメイは決して幸せにはなれないからじゃ」
その言い方に少し引っかかった。そして、すぐにその答えに至る。十神が言わんとしていることは、メイの出自の事に関してだろう。しかし、そんなこと俺はとうに覚悟は決めているし、メイもそれを受け入れてくれた。だから、俺たちの間に障害なんてもうない。俺には既にそれだけの自信がある。
「彼女が人造人間だからって事ならば、それはもうメイとも話をしてあります!そんなの全然問題になりません!俺は彼女が、メイっていう女の子自体が好きなんです!」
「いいから、大人しくワシの言うことを聞いておけ。さもないと、後悔することになるぞ」
「後悔するなんてありえません!」
なおも諭そうとする十神に、徐々に苛立つ。彼の心配はとっくに俺の、いや俺たちの間で解決しているのだ。それをわざわざ掘り返されるのは嫌だった。
「あのなあ……」
「必ず、メイを幸せにします!」
尚も息づく俺に十神は、やれやれといった感じに額に手を当てながらかぶりを振り、やがて諦めた口調で口を開く。
「はあ……わかった、もう勝手にせい」
「ありがとうございます!」
待ちわびていた言質が取れて、思わず小躍りしてしまいそうになる。
「言っておくが、ワシ止めたからな」
現金な笑顔を浮かべている俺に、相変わらず十神は奥歯にものが挟まったような表情を向ける。しかし、どうしようもなく気持ちが浮ついている俺に今の状況に不釣り合いな顔の十神を気にかけるほどの冷静さは無く、まるでタップダンスをするように踵を返す。
「はい、本当にありがとうございます!」
「……まったく、熱意だけはある馬鹿はこれだから困る」
はやる気持ちでドアへと向かう俺の背後で、十神がそう呟いたのが聞こえた。
「メイ!」
「うわ、あ、たかゆき!おかえり」
扉を開けるのももどかしい程、気持ちを昂らせながら帰宅した俺をメイが一瞬驚いた後、人懐っこい笑顔で出迎える。
「ああ、ただいま!メイ、聞いてくれ!」
「どうしたの?」
「博士にな、オッケーもらったぞ!」
「え?」
「もうお前は博士のところに戻る必要なくなった。ずっとここに居て良い事になったんだ!」
「そ、そう、なんだ」
意気揚々と離す俺に対して、なぜかメイは悲しそうな、寂しそうな表情をする。そんな違和感のある彼女の様子に俺も鼻白んでしまった。
「どうした?嬉しくないのか?」
「あ、ううん!うれしい、うれしいよ!たかゆき、ありがと!」
「あ、ああ。それでな、次はどこいきたい?」
取り繕うようなメイに俺は釈然としない気持ちを抱きつつも、なんとかそれを押し込む。僅かに暗くなりかけた雰囲気を払しょくするため、とにかく前向きになれるような話題を振る。今日は俺が彼女との生活を勝ち取った記念すべき日なのだから、明るくなければいけないのだ。
「うーん。えへへ、なんかいろいろいけるってわかるとまよっちゃうね」
「あはは、確かにそうかもしれないな」
こうして話している彼女はちゃんと嬉しそうな、楽しそうな表情をしている。さっきの彼女の様子は、俺の気のせいだったのだろうか。恐らくそうだろう。だって、俺たちはちゃんとお互いの気持ちをちゃんと確かめ合って、これからずっと一緒にいようって誓い合ったのだから。今日の俺の報告はどう考えたって良い報告のはず。
自分の中で一定の結論が出たことで、先ほどのメイに対する疑念は影を潜めた。口からは今度は自然に前向きな言葉が出てくる。徐々に気分も上がってくる。
「まあ、先の事はゆっくり考えればいいよな。そういえばもうすぐ花火の日だ」
「あ、みんなでやくそくしたやつ!わーい、はなび、みたいみたい!」
そんな俺の気持ちが伝わったかのようにメイもいつもの調子を取り戻す。
「よっしゃ、じゃあせっかくいくんだから浴衣買おう、ゆりえとも話してただろ!」
「ほんと!?たかゆきがかってくれるの!?」
「あたりまえだろ!めっちゃ可愛いの選んでやるよ!」
いつもより気が大きくなって、饒舌になっているのを自覚する。しかしこれくらいは当然だとも思う。大好きなメイに、何か買ってあげたいという気持ちがどんどん湧いてくる。これから作っていく彼女との思い出を夢想する。自然と、胸が高鳴る。
「わーい!じゃあ、あたしはたかゆきのえらぶ」
「今日なんもないし、これから行くか!」
「うん、いこ!」
二人して軽い足取りで玄関へ向かった。靴を突っかけながらドアを開ける俺は、先ほどメイが見せた意味深な表情はもう頭の中からさっぱり消えていた。




