成就
「メイ!」
「おわ、な、なんじゃ!」
急に勢いよく開いたドアにテーブルで作業をしていた十神が驚いた声を上げる。
「メイ、どこだ!?」
「ちょっとまてこら、なんなんじゃいきなり」
そんな彼を無視して部屋を回る俺を十神が驚きと批難がまじった態度で制止する。
「メイ、メイはどこですか?」
「はあ?メイはお前に預けとるんじゃろ」
「ここに来ているはずなんです」
「来とらんぞ」
「え?」
メイは最後に十神の家に行くといって去っていたのはずだった。それなのに、ここに来ていないとはどういうことだろう。
「まずは落ち着いて、何があったか説明せんか」
「す、すいません。実は、メイとその、喧嘩、をしまして。十神さんの家に帰るといったきり、戻ってきていなくて」
駅からここまで全力疾走したせいで、息も絶え絶えになんとか状況を説明する。
「ほう、なるほど、お前が来た理由は分かった。そして、それが徒労で終わったということもな。ただ、一つ疑問がある」
「な、なんですか?」
「おまえ、ワシが渡した薬を使わなかったのか?」
思わぬ形で十神の厚意を無下にした事がばれてしまい、僅かな寒気が背筋を走る。
「なんのために渡したと思ってるんじゃ。精神が未熟であれば、こういったトラブルが起こりえるのじゃ。あの薬を使えばそんなことは絶対に起こらん」
「あんなもの、使えませんよ。メイには心があるんです。それを薬なんかで変えていいわけない」
十神の無慈悲な物言いに、憤りを感じ語気を強める。
「ほう、なかなか言うようになったの。しかして、そのメイはいまどこにおるんじゃ?」
そんな俺の反論に十神は露骨に不愉快そうな表情になり、一切の遠慮なく、皮肉めいた口調で俺の現状を批難する言葉を浴びせてきた。
「そ、それは」
「百歩譲ってお前がメイにどんな気持ちを抱いているにせよ、彼女がわしの発明であることにはかわりない。彼女にはお前のちっぽけな脳みそではとても理解できないほどの資産がつぎ込まれている。それを、失ってしまうということの重大さはさすがにわかっているよな?」
「……」
「そもそもじゃ、お前がいくら熱を上げようと、お前はメイに逃げられた挙句、こうして見当違いの場所を訪れている。無能の凡人ここに極まっておるのう。とても不愉快じゃ」
容赦ない正論の応酬に俺は反論できなかった。実際、この状況は十神に大変な迷惑をかけているわけで、今の俺は口だけ達者で結果を伴えないただの勘違い野郎だ。
「言い返すこともできんか。救いようがないの」
それでも結局、今俺がするべきことは一つしかない。
「探し出します」
「あん?」
「必ず、メイを見つけます!それで証明します、俺がメイを思う気持ちと、あんな薬なんてメイには必要ないって事、十神さんにわからせて見せます!」
「……まあ、わしとしてはちゃんとお前が見つけるといってくれれば良かったんじゃが。なんか妙な熱血を見せられて、正直どう反応すればいいかわからん」
俺の熱意に気圧されたのか、十神は先ほどの剣呑な雰囲気を収め、代わりにいつものどこか憮然とした表情で言った。
「必ず探し出せ、無論、お前じゃなくワシのためにな」
「はい、失礼します!」
そういって俺は十神の部屋を出た。しかし残念なことにメイの行き先にあてが無かった。電車に乗られてしまっては行ける範囲は相当広くなってしまう。彼女がどこか名も知らぬ遠くの場所に消えてしまってはもう打つ手はない。しかしそれでも、とにかく可能性のある場所を探すしかない。
そう考えながら、俺は元来た道を駆け抜ける。人ごみを全力で走っている俺を通行人が何事かと振り返るのを目の端に感じながら、駅に到着し電車に乗る。すっかり汗を吸い込んだ服の重みを感じながら、ドアにもたれかかった。
メイが行きそうな場所。それはどこだろうか。今まで駅をまたぐ距離を出かけたのは海水浴の時と、今回の旅行の時のみだった。海水浴は宏太の車だったし、今回は現地まで寄り道することなく向かった。
十神の部屋に行っていないのだとしたら、メイは地元の駅にいるはずだと思った。しかし、駅まで向かったのに結局電車に乗っていないという推理にいまいち自信はもてなかった。それはあまりに行動として不自然に感じた。しかし、他に手がかりもないのだから現時点で一番可能性が高そうな地元の駅に戻ることにした。
駅が近づいて電車が徐々に速度落とす。窓の外をみるといつのまにか雨が降っていた。なんとも間の悪い天候に小さく舌打ちをしながら、電車から降りた。
改札を抜けて、駅前を探し回る。
スマホを見ると時刻は22時を過ぎており、既にシャッターが下りている店も多かった。その中でまだ営業している店舗、飲食店を回ってみるが求めいている人影は見つからない。
情けないと分かっていても、徐々に自信がなくなってくのを、振り払いながら住宅街の方へ歩みを進めると、道の脇に荷物がそろえられて置いているのを見つけた。
「やべ、わすれてた」
それは俺とメイの荷物だった。彼女を探すことに夢中で放置してしまっていたのを、誰かが邪魔だからと脇に移動させたのだろう。積み上げられた荷物が雨に打たれながら佇んでいる。その中に見覚えのある白いバッグが目に入った。そして、俺はメイは今お金を持っていないということに気づいた。
間の抜けたメイに思わず苦笑する。しかし、その事実は俺に僅かな希望を与えてくれた。メイは電車に乗れていない。この町のどこかにいるのだ。
そして、ある場所が頭に思い浮かぶ。まだ探していなくて、彼女といったことある場所。それはメイと初めて二人で出かけて、最後に訪れた小さな丘だ。
言うまでもなく、こんな雨の日に行くような場所ではない。町が一望できるくらいで、それ以外はなんの変哲もないただの丘なのだ。しかし、俺は彼女がそこにいるような気がして駆け出した。すっかり雨がしみ込んだ衣服が体にまとわりつく不快さも気にならなかった。俺の神経はメイ以外のことには無関心になっている。
しばらく走り、目的の丘へたどり着く。公園の設置された外灯の僅かな光を頼りに彼女の姿を探す。以前夕日を見た時の情緒は消え失せ、ただ空虚に雨粒だけを受け止めている空間。その中の、一本の木陰に隠れるようにして、メイはいた。
「メイ」
「……たかゆき?」
俺の呼びかけに、彼女は一瞬驚いたような顔をする。その顔は可哀そうなくらい濡れていた。慌てて目元のをぬぐいながら、ばつが悪そうに口を開く。
「あ、あのね。わたしでんしゃのれなかったの」
「……」
「たかゆきにおさいふかえしちゃったから。だから、ね」
俺の沈黙にはかまうこともなく途切れ途切れにか細く言葉を紡ぐ。その隙間には、ぐすぐすと鼻をすする音が挟まっている。
「その、でんしゃのおかねだけ、さいごにくれないかな、なんて」
語尾には誤魔化すような苦笑いをにじませながら、メイがまるで子供のような要求をしてくる。
「だめ、かな」
「何言ってんだよ」
「え?」
「お前が帰るのは俺の家なんだから。電車なんて乗らないで、歩いて帰れるだろ」
「そ、そういうことじゃなくて」
「じゃあ、どういうことなんだよ」
「なんどもいってるでしょ、もうたかゆきとはいっしょにいられない、から」
メイは戸惑いながらも、なんとか俺の言葉ををかわそうとする。しかし、もう俺は彼女を逃がすつもりなどさらさらない。
「どうしてだよ」
「……っ。あたしは、たかゆきのことなんてきらいなの!だから、いっしょにもいたくないの!」
「嘘つくなよ」
我ながら卑怯なやり方だと思う。俺は彼女の言葉が嘘だということを知っている。そして彼女が俺を拒む理由も。それはテストでカンニングをして、それで良い点を取ってしたり顔で自慢するような、とても正々堂々とは言えない行為。
「うそじゃないよ、ほんとだもん」
「じゃあ、聞くけどさ。どうしてこんな見つかるような場所にいるんだよ」
「そ、それは」
「財布なんてなくても、俺と会わないようにするだけならいくらでもやりようあるだろ。それなのに、ここに……俺と来たことのある場所にいたのはなんでだよ」
嫌味な言い方をしている自覚がある。目の前にいる大好きな人を追い詰めている。それでも、これは俺たちにとって必要な行為なんだと言い聞かせる。今まで誤魔化し続けてきて、そしてこんな風にこじれてしまっているのだから。
俺の追及にしばらく目を伏せていたメイが、おもむろに顔を挙げる。その顔は切なさに歪み、それでいて何かにすがるような眼差しを携えていてた。
「……ねえ、どうして。たかゆきは、なんでそんなにわたしにこだわるの?」
「何度も言ってるだろ。お前の事が好きだからだ」
「そんなのおかしいよ。だって、だって、あたしは……」
そしてメイは何かを堪える様に握りしめた両手を胸元に当てながら、 初めて、その単語を口にした。
「じんぞうにんげんなんだよ!」
雨の世界に彼女の切なる叫びが響き渡った。
「たかゆき、おかしいよ!あたしはにんげんじゃないの!おにんぎょうといっしょなの!それなのに、すきなんて、おかしいよ」
堰を切ったように彼女の口から飛び出してくる言葉。俺が見ないふりをしてきた、無かったことにしてきた物。そのすべてを俺は黙って受け止める。受け止めたうえで、そして改めて伝えるんだ。
「いっしょにいてもしかたないの!そんなことしたって――」
「それでもいい!」
「……え」
「人間か、そうじゃないかなんて関係ない!他の事なんてどうでもいい!俺は、俺は十神メイっていう一人の女の子が大好きなんだ!」
俺の気持ちを。
「メイの表情が、メイの声が、メイの笑顔が、大好きなんだ!メイと見た物、メイと聞いた事、メイといった場所、メイと一緒にやること全部が大好きなんだ!」
メイとの生活で、彼女から教えてもらったものを。
「絶対に、離さない。誰が何と言おうと、たとえメイが何と言おうと、俺は一生お前と一緒にいる」
ただシンプルに、それでいて等身大の言葉を。
「俺はメイの事が、大好きだ」
――静寂が訪れる。人気のない丘は、今では二人分の呼吸と微かな雨音だけの世界。誰にも聞きとがめられない時間の中で、俺はメイの言葉を待ち続けた。やがて切なく掠れる声でメイは絞り出すように呟いた。
「だめだよ……たかゆき、やめてよ、そんなにいわれたら……」
そこにはもう、俺を拒絶する意は含まれていなかった。
「もう、ことわれないよ……だって、わたしだって、たかゆきのこと……だいすきなんだから」
小さく呟いた彼女を彼女を俺は優しく抱きしめる。
「帰ろう。これからもずっと、一緒にいよう」
そう囁くと同時に、彼女の腕が俺の腰に回されるのを感じた。
しばらくの間、俺たちはぬくもりを確かめ合うように抱き合っていた。雨はいつの間にか止んでいた。




