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告白

 夕食は部屋と同様に価格のわりに味も量も満足な食事だった。その後は温泉に入り、俺たちの部屋で四人集まってカードゲームなどをして過ごした。そして夜も更けたころに解散し、男女それぞれの部屋で就寝することになった。

 隣からは宏太のすやすやとした寝息が聞こえてくる。先ほどまでそれなりにはしゃいでいたのだが切り替えが早くて何ともうらやましい。

 それに比べて俺はなかなか寝付けないでいた。それどころか少しも眠気を感じていない。目は冴え切っている。理由は分かっていて、言うまでもなくメイの事だ。

 宏太からアドバイスをもらってから、どうアプローチをするかずっと考えていた。食事中も部屋で遊んだ時も、その事ばかりが頭を支配していた。たまにふと彼女と目が合って慌てて逸らしたりを何度も繰り返していた。

 彼女に俺の想いを伝えたい。そして彼女の俺に対する気持ちも知りたい。しかし、いかんせん今回は四人での旅行だ。二人きりになるタイミングが見つからずメイとじっくり話が出来ない。

 もちろん極端な話、旅行が終わればまた俺の部屋で二人にはなる。しかし俺は出来れば旅行中にけりをつけたいと思っていた。部屋に戻れば、ぎこちない雰囲気はあいまいに解決され、俺の求めている結論は永遠に先延ばしになってしまうような気がするのだ。

「うあー」

 ままならぬ状況に唸り声をあげる。至高の迷宮をさまよう。眠気は一向に訪れない。一秒一秒をじっくり味わわされる、緩やかだが確かな苦痛を伴う拷問に俺は囚われていた。

 しばらくもぞもぞと寝返りと打っていたが、しびれを切らして体を起こした。スマホで時間を確認すると時間は夜中の一時になろうとしていた。

 仕方ない、一旦寝るのは諦めて気分転換に夜風にでもあたるとするか。そういえばロビーの方に小奇麗な庭があったような気がする。

 寝返りで乱れた服を整え、宏太を起こしてしまわないように部屋を出て、ロビーの通路を通り庭へと出る。

「へえ、中々いい感じだな」

 ひとり誰ともなく呟く。雲一つない空に、一瞬太陽がまだそこにあるのかと錯覚するほど煌々と輝く満月。貪欲に生い茂りながらも庭師によって上品に整えられた緑の大地、その中心にはせせらぎが音もなく水を運んでおり、それを見つめるように古風な灯篭が立っている

 どこか非日常に迷い込んだ心地でその風景を眺めている俺を、不意に夜風が通り抜けた。真夏の熱気の残り香を運びながら、穏やかに眠る木の葉を揺らす。そして、それらの涼し気な葉擦れの音の隙間を縫うように、聞きなれた声が俺の耳朶を鳴らした。

「たかゆき?」

 俺の存在に驚いたのか僅かに目を丸くしている。そんな愛嬌のある彼女の顔が銀色の光に照らされて、まるで月光の結晶から彫り出した彫刻品のようだった。

「……メイ」

「どうしたの?こんなところで」

「あ、いやまあ、寝れなくてさ」

「そうなんだ。あたしといっしょだね」

「そ、そうか」

 そこで会話が途切れてしまう。待ち望んでいたはずの二人きり、もっと話したいことがあったはずなのに、いざその状況になるとなぜか浮かんでこない。お互いの吐息すら聞こえてきそうなくらい鮮明な沈黙。その静寂に次第に焦りを感じ、しかし何かしゃべらなけれなと思うほど思考は空転した。

「きょうは、とってもたのしかったね」

 相変わらず二の句を告げないままの俺に再び彼女が言葉を発する。

「え?」

「ろーぷうぇいのって、はしゃいで、おんせんはいって、みんなでおはなしして。ほんと、きてよかった」

 俺に同意を求めるでもなく、メイはただ思い出を連ねる。そのどれもが俺と共有したもので、お互いにとって楽しい思い出であるはずだった。

「やっぱりたかゆきといると、いっつもたのしい。こんなにたのしいじかんがずっとつづけばいいのにっておもう」

 メイはそういって寂しげに小さく息を吐く。彼女はどこか遠くへ視線を合わせていて、その奥にある本心までは見えない。月明かりに照らされたメイの横顔はとても美しくて、同時にそのまま光に溶けてしまいそうなくらい儚く見えた。メイは確かに俺の目の前に立っているのに、鏡越しの虚像を見ているような気分になる。ぼんやりとみていると、瞬きをした瞬間に消えてしまうのではないかと不安になる。

 それが俺に焦りを掻き立ててきて、俺は回らない口で必死に言葉を押し出した。

「そんなの、続くに決まってるだろ。俺とメイは一緒にもっと楽しく過ごすんだよ」

「でもね、それは」

「好きなんだ」

 焦燥感に突き動かされて、無理やり絞り出した。俺が一番伝えたい気持ちを、一番伝えたい相手に。たった一言のシンプルなセリフ。前後の文脈もへったくれもない、独りよがりの前のめりな告白だった。 

 半ば自棄になっている俺を、メイは黙って見つめている。夜風が俺たちの間を静かに吹き抜ける。風に揺られてメイの銀色の髪の毛がさらりと舞い、やがて彼女の華奢な肩にふわりと着地する。やがてメイは悲し気に笑顔を作り、そっと沈黙を破った。

「たかゆき、すき、ってなあに?」

 それは今までメイが俺に対して、意味を訪ねてきた中でもっとも説明しづらい言葉だった。好きという単語が意味するものは幅広い。そして、今俺がメイに対して投げかけたのは、男女の仲としての好きだ。それを俺はどのようにしてメイに説明してあげればいいのだろう?そもそもこの状況でそんなことをすることに違和感があるような気もするが。しかし、それでも俺は自分自身に急かされるようにして言葉を継いだ。

「それは、メイを、女の子として好きっていうことだ」

「……そっか」

 メイはしばらくの何かを堪えるように下を向いて、顔を挙げた。そのに表情は、悲しいような寂しいようで、唇は小さく震えていた。

「ねえ、たかゆきは、さいしょにはかせにいわれたこと、もしかしてわすれちゃった?」

 唐突な話題返還に面食らう。しかし、それでも俺はメイの意味することを全て理解できてしまった。

 思い返してみれば、メイは今までも好きという単語を使っている。だからその単語を知らないということはない。そしてそれは、俺が今最も理解したくない現実だった。

「わたしたちはね、ずっといっしょにいれるわけじゃないの」

 俺が目を背けたい事実。十神の部屋でも同じことを考えて、どうしようもないくらい心がざわついた。メイとの生活が終わってしまうということを頭の中で考えるだけで、押しつぶされてしまうくらい辛くなった。

 それを改めて他ならぬメイの口から告げられて、まるで全身が石になったように硬直してしまい、倒れないようにバランスをとるので精一杯だった。さっきまであったはずの俺の張りぼての勇気はいつのまにか跡形もなくなっていて、返す言葉なんて一切持ち合わせていなかった。

「さっきすきっていってもらえて、すっごくうれしかったよ。でも、わたしたちはいつかおわかれしなくちゃいけないの」

 メイの言葉には優しさが込められていた。俺の気持ちを尊重して、できるだけ傷つけないようにという気遣いがあった。しかし、それが返って俺は苦しかった。メイが気持ちに応えてくれないということ、そして彼女との生活には終わりがあるということ、それをまざまざと突きつけられた様に感じた。

「だから、ごめんね。たかゆきのきもちは、きもちだけで、もらっておくね」

 それは拒絶というよりは、決別であった。俺の勘違い、行ってみれば現実逃避を許すまいとする、彼女の意思の表れであった。有限の時間に俺が期待しすぎて、そして大きく道を踏み外すことの内容に正しそうとする、メイの心遣いだった。

「ありがとう」

 メイがそういって小さく笑い、横を通り過ぎていくのをを俺は茫然と見送った。

 しばらくその場に立ち尽くす。夜の涼しい風に当たられたせいか、徐々に思考がまとまってくる。

 メイは俺の気持ちを受け入れてくれなかった。その理由は、メイは遠くない将来に十神の元に戻らなければいけないからだ。だから、今以上の関係になることを拒んだ。

 確かに理屈で考えればわからないでもない。終わりが見えているのに深入りするのは、言ってしまえば自傷行為のようなものだ。俺がその痛みにさらされることがないようにするのはとても合理的にも思える。

 しかし、それならば今の気持ちはどうなるのだろうか。俺がメイの事を好きと思う気持ちは無駄で、俺たちの生活そのものが意味のないものだったということなのか。メイの主張はつまるところそういうことを言っている。もちろん、メイに悪意はないことは分かっている。

 しかし、彼女のやった事はただはぐらかしただけだ。結局、俺はメイの俺の気持ちに対する答えを聞いていない。

 彼女がどういう思いであったとしても、それをしっかりと言葉にして伝えてもらわない限り、俺は引き下がるわけには行かない。そうじゃなきゃ、とても俺は納得なんてできない。もう一度メイと話をしようと決心すると、俺はふと夜空を見上げた。

 相変わらず、月は綺麗だった。


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