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相談

「やっと着いたー」

 下山後、予約していた旅館にチェックインし、一旦男女で別れて夕食までのんびり待機することになった。同室の宏太は部屋に入るや否や、荷物を畳の上に放り投げ、ごろりと寝転がった。

「たまには和室もいいよねー、思ったより広いし」

 一食温泉付きのプランでかなり安い旅館を選んだのだが、良い意味で期待を裏切ってくれた。外観は決して派手ではないが趣のある佇まいで入り口の横側には大きな庭があるのが見え、案内された部屋は10人は寝れるであろう畳の間。その奥には広縁があり、小さなテーブルと椅子が二つ設置されている。

「でも、欲を言えば部屋に露天風呂が欲しかったね」

「この値段じゃ無理だろ。ってか男だけの部屋で露天風呂って需要ないだろ」

「あはは、確かに」

 二人して笑いあう。山頂の時よりは気分はいくらかマシになっており、今では宏太の冗談に付き合える余裕が出てきた。

 しばらく中身のないボケとツッコミを繰り返していると、不意に宏太が微かに呆れたような口調で言った。

「それにしてもゆりちゃんは空気読めないよねえ」

「なにが?」

「昼に山頂上った時の事だよ」

「んん?」

 宏太の言わんとしていることがなかなか理解できない。ゆりえと山頂というワードに、空気が読めないという結論がどうにも結びつかない。

 俺がうーんと考えていると、やがて宏太が答え合わせをした。

「ほら、貴之とメイさんが二人で温泉卵食べてたじゃんか」

「……ああ」

 嫌な名前を持ち出され、持ち直していた気分に若干の水を差される。

「それと空気読めないこととどう関係があるんだ?」

「だってさ、貴之たちがあんなに仲良さそうにしてたのに、何も考えずに割って入ってさ。あ、僕は邪魔しちゃ悪いって言ったんだけどさ」

 宏太は言い訳をするように最後に捕捉を入れる。しかし俺にとってはそれよりも仲良さそうという単語に、胸にちくりと細い糸で刺されたような痛みが走る。

「別に俺は何とも思ってないぞ。気持ちはありがたいけど、お前も気を使いすぎだ」

「そうなの?それにしてはその後、貴之なんか機嫌悪そうだったじゃないか」

「……別にそんなことはねえよ」

 思い当たる節はある。しかし、それはゆりえに対する苛立ちではない。微妙に的が外れてしまっている宏太の指摘にどう返したらいいか考えていると、宏太が姿勢を正し真剣な表情で聞いてきた。

「ねえ、実際のところさ、メイさんとはどうなの?」

 突っ込んだ質問にドキリとする。ゆりえの時もそうだったがこいつらの中で俺とメイはもう遠い親戚以上の関係のようだった。その認識は、今の俺にはあまり嬉しいモノではなかった。

「どうって、どういう意味だよ」

「そりゃもちろん、男女の仲ってやつさ」

「だから、俺とメイは親戚同士なんだから……」

「ちなみに従妹以上の遠縁なら結婚できるのって知ってる?」

「そうなのか。どうでもいいけどさ」

 言葉ではそう言いつつも、初めて知った事実に少なからず驚く。少しでも血のつながりがあればアウトだと思っていた。まあ、それは宏太とゆりえの認識の話であって、実際に俺とメイに血縁関係は一切ないのだから、関係のない事だった。

「ほら、二人の間にもう壁はないみたいだね」

「そういう問題じゃないんだって」

「じゃあ、どういう問題?」

 山頂での苦い出来事を思い返す。フラッシュバックしたように胸が苦しくなる。

 あの行動は、俺のメイに対する思いを拒絶するようなものに感じた。その直前までは仲良く――少なくとも俺はそう思っている――やっていたのに、それが急にあんな態度を取られてしまった。そんな理不尽な状況に俺の心の中のわだかまりは息を吹き返したように膨らんでいく。気づけば俺は自然と、目の前の友達に言葉を投げかけていた。

「あいつが俺の事をどう思っているかわからないんだ」

「詳しく聞いても、大丈夫?」

 今までのあらましを説明する。俺が話している間に宏太は真剣な表情で、時折相槌を打ちながら聞いてくれた。やがて俺が話し終えると、宏太は少し考え込んだ後、困ったような表情をしながら言った。

「うーん、僕にもさっぱりわからない」

「……まあ、そうだよな」

「せっかく話してくれたのにごめん」

「そんなことねえよ。聞いてくれて助かった。ちょっと気が楽になったよ」

 宏太が心の底から申し訳なさそうな顔をしてくるものだから、そんな顔をされて逆に俺が申し訳なくなってしまい努めて明るい口調で言った。

 当事者の俺でもわからないのだから、その他の人間がわからないのも無理はない。解決には至らなかったが、俺にとっても誰かに話を聞いてもらえたというのはとても有意義なことであったと思う。

「一人で悶々と考えてても、いいことないよな」

「あ、たかゆき、それだよ」

「え?」

 唐突に合点が言ったような表情をする宏太に、思わず呆けた顔を帰してしまった。

「僕たちであれこれ考えててもわかんないんだからさ、直接彼女に聞くしかないよ」

「そ、そんな簡単に……」

「簡単じゃないか。だって聞くだけなんだもん」

 俺の弱弱しい反論を宏太は否定する。

「ねえ、結局の所さ、貴之はメイさんの事好きなんだよね」

 誤魔化しようのない問いかけを宏太がぶつけてくる。しかし、今の俺にはそんな事をする気はさらさらなかった。彼女の顔、仕草、声、を思い出しながら、俺は正直な自分の気持ちを告白した。

「……ああ、俺はメイの事が好きだ」

 俺の言葉を聞いて宏太は満足そうにうなずいた。

「うん!だったらさ、気持ちぶつけて、お互い正々堂々と話すしかないと思うんだ」

「そうかもしれないな、いや、そうだと、思う」

 宏太の言葉に俺の心は軽くなった。もちろんメイの気持ちは未だにわからないままだ。その不安は依然として残っている。それでも、なにか俺の目指すべき道のような物が見えた気がした。

「いやあ、なんか思いのほかシリアスになっちゃったね」

「確かにな」

 宏太がそういうと俺たちの間の雰囲気が和らぎ、自然とお互いに笑みがこぼれる。すると、しばらく食料を与えられていない胃がぐうと催促のサインを鳴らした。

「ああ、腹減ったなあ」

「わかる。夕食、もうそろそろじゃない?」

 時計を見ると予約した時間が迫っていた。

「ぼちぼち、準備しますか」

「そうだね」

 そういって二人して玄関に向かう。

「宏太」

「ん?」

「ありがとな」

 照れくさくなって思わず目を背けてしまったが、そんな俺に宏太はふっと軽く笑った後に、優しい声音で小さくつぶやいた。

「……大切な友達だからね」



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