腹心
「そうか、何とかうまくやってるか」
「はい、まあ」
十神の急な呼び出しにより、俺は再び彼の施設に訪れていた。
メッセージは「明日来い」のたった五文字。シンプルで受け取る側の都合も気持ちもおもんぱかられていない社会不適合な通達。あまりの不遜さに正直来るのは癪だったが、メイの生みの親でしかも俺が以前に不法侵入をしたという負い目もあり断ることはしなかった。
「それで、要件っていうのはなんですか?」
「お前にこれを渡そうと思ってな」
そういって十神は机の上に置いてあった小さなピルケースと何かの説明書のようなものを机の上に放るように置いた。半透明なピルケースの中にはカプセルのようなものが入ってるのが見える。
「これは?」
「彼女の言語機能と人格機能をアップデートする薬じゃ」
「は?アップデート……?」
「お前にメイを引き取らせた後、彼女が入っていた装置のログを解析したんじゃがな。やはりエラーが出ていたようだ。まあいくら超天才のワシであっても人造人間を作るのは初めて出会ったからな。細かな調整不足が積み重なって予期せぬ不具合を引き起こしてしまったというわけじゃな」
「へえ、そういうこともあるんですね」
正直あまり理解できてないし、俺がいくら考えたってしょうがないような次元の話だろうと思い、深く追及するのはやめておいた。
「そしてそのカプセルはそのエラーを修正することができる。これを飲ませることによって彼女の言語機能、例えば語彙力や言葉遣い、話の流暢さが飛躍的に向上する。また人格機能についても同様じゃ。本来の彼女の人格、つまり今よりもより知的に、より淑やかに、より献身的な彼女がお前に愛を以って尽くしてくれるだろう」
つくづくどういう理屈かはわからないが、こんな小さなカプセルを飲むだけでそんな事が可能らしい。
「今までの彼女との生活は難儀なものであったじゃろ。しかしこの薬のおかげで彼女との生活は本来の快適なものになる」
「それは確かに、すごいですね」
「うむ。お前に残りの時間だけでも楽させてやろうというワシの粋な計らいじゃぞ、感謝せえ。あと、その資料はメイの設計書だ。彼女の本来の仕様が書いてあって、薬を飲ませた際のイメージがつかみやすくなると思う。まあ、気が向いたら読んでみるといいぞ」
十神に言われてパラパラとその資料を流し読みしてみる。小難しい用語と図が書かれていて俺には当然理解できず、少し目を通してすぐに机に戻した。しかし、それは俺がこれまでメイと過ごすうちに自然と忘れてしまっていた事実を呼び起こした。
メイは目の前の男の発明品で、本当の人間ではない。わかっていたはずだったのに、それはまるでナイフのように俺の心に突き刺さり、傷口がじくじくと痛み訴えてくる。そして、それを意識すると同時に俺はこの部屋に来て初めて十神に対して、聞いておきたい疑問がわいてきた。
「ん?」
「残りの時間ってあとどれくらいなんですか?」
メイとの生活が始まってから早数週間。当初、十神から聞いていた「しばらくの間」というあいまいな期間。もしかしたらその終焉はもう間近にまで迫ってしまっているのではないか。俺は……いつまでメイと一緒にいられるのだろうか。
「うーむ、そうじゃなあ」
俺の問いかけに十神が考え込むように視線を空中に漂わせる。特にシリアスでもないその様子とは裏腹に、次の言葉を俺は気が気じゃない心境で待つ。
「お前の話を聞く限りではもうしばらくかかりそうじゃな。まあ具体的なことはわからんが」
「そ、そう、ですか」
「なんじゃ、そんな嫌そうな顔するな。元はと言えばお前がここに無断で立ち入ったのが悪いんじゃからな」
「はは、その節はご迷惑をおかけしました」
俺の意図とは少し食い違った十神の言葉に苦笑すると同時に俺はほっとしていた。
メイとの生活はまだ続けられるとわかり、俺はホッとすると今では俺はすっかり彼女との生活が気に入っていることに気づいた。
彼女と一緒にいると何でもないことでも楽しく感じてきてしまう。そんな気持ちは久しく味わっていなかった。最初は期待よりも面倒毎に巻き込まれたという思いが勝っていたが、徐々に彼女の存在は俺の中でかけがえのないものになりつつあった。
「ワシからは以上じゃ」
喜びを噛みしめている俺の事は眼中にないようで、十神は椅子を回転させてデスクに向き直り、パソコンで何かの作業を始めた。
「え、もしかしてそれだけですか?」
そんなあっさりとした十神の態度に拍子抜けをしてしまう。こちとら特に話したいことがあるわけでもないが、わざわざ時間と交通費をかけて訪ねたというのだから、もう少し客人に対するもてなしというものはないのか。
「あたりまえじゃろ。むしろそれ以上に何があるというんじゃ」
「まあ、そういわれるとそうですけど」
変わり者のおじさんと何の取り柄もない大学生の間にいかほどのドラマが生まれるわけもなかった。
「そもそもお前みたいな奴にワシの時間を費やされている今の状況が国家的緊急事態なんじゃ」
十神が視線をパソコンに向けたまま答える。相変わらず口が減らないおじさんだ。頭脳は規格外だが、人格には問題がありすぎる。やはり神は二物を与えないということなのだろうか。
なんとなくパソコンの画面に目をやると、そこには小難しそうな設計図のようなものと、その横にはなにやら奇妙な形をしたガジェットが映し出されている。
「もしかしてそれ、次の発明の計画ですか?」
「まあ、そんな感じじゃな」
「へえ、何に使うんですか?」
「どうせ、お前には理解できん。それより言わなかったか?さっさと帰れ、邪魔じゃ」
「……わかりましたよ」
全く取り付く島もないようだった。まあ、天才ゆえに俺の知らない課題がたくさんあるのかもしれないし、用もなく居座っていてもお互い得はない。わだかまりを上手く消化しつつ、受け取った薬とマニュアルをバッグにしまって俺は十神の部屋を後にした。
「おかえりー!」
「ただいま」
家に帰ると待ちわびたメイに出迎えられる。
「ねえ、きょうのごはんなあに?」
俺の目の前でメイが親を見るような目で俺を見つめる。初めて俺の部屋に来た時と変わらない彼女の態度。その子供のような無邪気な笑顔に癒されるとと同時に若干の物足りなさを感じる。
海水浴を終えてからというもの俺たちの間に特にこれといった進展はなかった。あの時の出来事で俺だけでなくメイにも何らかの心境の変化を感じたのだが具体的な現れていない。結局、あの海水浴に関わる一連の出来事のドキドキはただの俺の勘違いだったのだろうか。
かけがえがなくなった彼女の存在。しかしそれ故に俺の彼女に対する期待も膨らんでしまっているのを感じる。
「たかゆき、聞いてる?」
ままならない想いが顔に出てしまったのかメイが不審そうに俺の顔を覗き込む。
「あ、ああ、そうだな。じゃあ今日は出前とかとってみるか?」
「でまえ?」
「ご飯を頼むとお店の人が持ってきてくれるんだ」
「ほんと!じゃあでまえたべる!」
「ちなみに出前は食べものじゃないからな?」
いまいち理解できていないメイに苦笑しつつ、スマホでアプリを開きメニューを確認する。適当にファミレスのデリバリー用ページを開き、メイと一緒にメニューを選び注文した。画面によると配達には30分ほどかかるようだ。
「えー、そんなにまてないよお」
「仕方ないだろ。作ってから持ってくるんだから」
「ねえ、ちょっとだけおかしたべていい?」
「だめ。せっかく頼んだのにもったいないだろ」
普通に食うより送料と配送料が上乗せられるんだから余すことなく味わってもらわないと困る。
「ぶー」
不満たらたらな様子でテーブルに突っ伏すメイ。その振る舞いは要求が通らずにだだをこねる子供そのものだ。見た目と中身の整合性がまるでとれていない。こういった言動を見ていると俺の彼女への行為もやはり一時の気の迷いなのかとも思ってしまう。
そんな落胆から俺は十神に渡されたカプセルの事を思い出した。それは十神曰く、彼女の人格をアップデートすることのできる薬。
『そしてそのカプセルはそのエラーを修正することができる。これを飲ませることによって彼女の言語機能、例えば語彙力や言葉遣い、話の流暢さが飛躍的に向上する。また人格機能についても同様じゃ。本来の彼女の人格、つまり今よりもより知的に、より淑やかに、より献身的な彼女がお前に愛を以って尽くしてくれるだろう』
十神はそう言っていた。それはつまり彼女のこの子供っぽい言動がなくなり、代わりにもっと成熟した、より女の子らしい人格に代わるのだろうか。
そして彼の言葉の最後の部分――愛を以って俺に尽くしてくれる。
「なあ、メイ」
「んー?」
「お菓子はダメだけどな、ジュースくらいならいいぞ」
「え、ほんと!?さっきだめっていってたのに」
「別にジュースがだめとはいっていないだろ」
「わーい、じゃあのむ!」
「ちょっと待っててな」
汗ばんだ手でリュックからカプセルの入ったピルケースを取り出し、それを握り締めながら台所に向かう。冷蔵庫からジュースを取り出し、二人分カップに注ぐ。
ピルケースからカプセルを取り出して、それを液体に仕込み入れる直前になって、躊躇する。理想の彼女を作り出すことが出来るかもしれない誘惑と、だまし討ちのような行為を糾弾する心がせめぎあう。いうまでもなくこれは彼女への裏切り行為だ。しかし悪魔に魅入られてしまったかのように邪心を振り払うことが出来ない。
そんな葛藤を台所で一人続けていると、いつの間にか隣に来ていたメイに声をかけられた。
「ねえ、たかゆき……って、なにやってるの?」
「え、ああ!いや、なんでもない」
咄嗟に俺はカプセルを握っていた手をポケットに突っ込む。そして今の一瞬の出来事について頭の中で思考する。
もしかして、見られてしまっただろうか。ポケットの中で握りしめた手のひらがじっとりと汗をかくのを感じる。動揺のせいで、メイから見える角度だったかとかタイミングだったかが頭の中でぐるぐると周っている。
そんな挙動不審な俺をメイはしばらく訝しげに見つめた後に、口を開いた。
「……えっとね、見せたいものがあるの!」
「な、なにを?」
図らずも声が上ずってしまい、それが余計にメイを怪しませるような気がして焦ってしまう。そんな俺を知ってか知らずかメイは俺の手を引いてリビングの方へ戻っていく。
「どうしたっていうんだよ」
俺がそう尋ねると彼女はにこりと笑った後、置いてあったポーチバッグからからなにか小さなものを取り出した。
「これあげる!」
「え?」
握られた彼女の手が開かれると、そこにはちいさな貝殻が乗っていた。丸みを帯びた二枚貝はさざ波のような凹凸模様で彩られている。その繊細そうな見た目に反して、傷や割れなどは一切ついていなかった。こんな奇麗なものはめったに見つからないだろう。
「あ、ああ。でもどうして急に?」
脈絡なくそんな物を手渡されて困惑する。
「あのね、いままでたかゆきはごはんつくってくれたり、おかいものしてくれたり、おでかけしてくれたりいっぱいしてくれてるよね」
「まあ、そうだな」
「すっごくすっごくうれしくて。だから、あたしもたかゆきがうれしくなるような、よろこんでくれるようなことしてあげたいなって」
まっすぐに俺の目を見つめて一生懸命に俺との思い出を語る彼女は本当に楽しそうで、心の底からこの生活を気に入ってくれてるのだと感じられた。
「それでね、このまえうみにいったときにすっごくきれいなかいがらがあって、これあげたらたかゆきもきっとよろこんでくれるとおもってもってかえってきたの!あたしの、たかゆきへの、ぷれぜんとだよ!」
胸が熱くなった。この貝殻は一切の打算がない、彼女の嘘偽りのない俺への感謝の表れだ。汚れのないピュアな愛情表現に言葉を失うほど感動する。
そして同時に先ほどまでの自分の浅はかさを呪う。自分の想いが先走って、彼女が応えてくれないことに苛立って、あろうことか薬を使って彼女の気持ちをコントロールしようなどと考えていた。それは彼女の尊厳を傷つける行為に他ならない。確かに彼女は人造人間だ、本当の意味では人間とは違う。しかし、それでも彼女は心を持っていて、確かに今を生きているのだ。
なにより俺はメイのその純粋さに惹かれていたのではないのか。俺にとって何でもない事に目を輝かせて。取るに足らない事にもいちいち感動して。
俺が好きになったのはそんなメイなんだ。
「……っ」
「どうしたのたかゆき、もしかして……うれしくない?」
「いや、嬉しいよ……ありがとな」
俺は笑顔を作って、そういった。
「えへへ、よかった!」
彼女の手のひらから貝殻を受け取る。生命の故郷が生み出した天然の彫刻は、まるで命を持っているかのように温かいぬくもりを帯びていた。
「それでね、まだまだたくさんあるの!」
「へ?」
俺が感慨に耽っていると、再び彼女はカバンをあさり始める。
「これはー、ぐるぐるしててきれいだったやつ!これはね、みるむきがかわるといろがかわるんだー!あ、あとこっちはね……」
そういいながら多種多様の貝殻を取り出し、それらをフリーマーケットのように並べていく。瞬く間に様々な色と形の貝殻たちで部屋が埋まっていく。
「たくさんあつめたんだ!ねえ、うれしい?ねえうれしい?」
俺のひきつった笑いをよそにメイはわくわくしたような瞳で訪ねてくる。
「いや、まあ、その、ほんと、ありがとな」
その日、俺達は無数のカルシウムの塊に囲まれながら食事をとった。
近くで何かの物音が聞こえる感覚に、目を覚ます。ぼんやりとした頭で辺りを見回すと、暗闇の中でメイがそろそろと歩いているのがわかった。
メイがトイレに立つ音で目が覚めてしまったのか。なんとなくスマホで時刻を確認しようとして、辺りを手探りで探す。しかしスマホは見つからず、代わりに夕食のデリバリーで頼んだファミレスの容器を倒してしまい、そこまで必死に時間を確認する必要もないことに気づき諦めた。
こうして誰かと同じ部屋で暮らしていると、ふとした生活音で目が覚めてしまうことがある。俺は学生だからまだ何ともないが、これが社会人とかになって結婚したとかになるとしんどいんだろうな。
そんな無駄なことを考えながら、俺は再び眠りについた。




