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水着回


 俺の住んでいる駅から車で一時間弱の海水浴場。無駄にやる気満々で日光をお届けしてくれている太陽の下、俺と宏太は着替えに時間がかかる女性陣にさきがけて甲斐甲斐しくも場所取りに勤しんでいた。

「悪い、ちょっとそっちの端っこ持っててくれ」

「はーい」

「これで良し、と……あ~、終わった」

「っはー、おつかれ~」

 悪戦苦闘しつつもなんとかビーチパラソルとビニールシートを設置し終え、二人してその上に体を投げだす。海辺での陣地作成という初めての作業に、体は既に軽いマラソンを走った後くらいの疲労がたまっている。その証拠と言わんばかりにまだ海水に触れてすらいないはずの体は汗でびしょ濡れになっていた。

「くそ。俺たちがこんなにも頑張っているってのに、あいつらはまだのんびりと着替えてやがるのか」

「女の子は時間がかかるからねえ」

「別に、脱いで着るだけじゃねえか。何にそんな時間かかるんだ」

「いや、僕に聞かれても」

 俺の小言を宏太は苦笑いしながら受け流す。俺はともかく、宏太はここまで車を運転してくれたという恩もあるのに、女子というやつは自由気ままなものだ。

 しかしそう思いつつも、そのもったいつけた時間に彼女たちの水着姿への期待が高まっているのも事実だと思う。

 昨日の一件にも関わらず、メイはいたって普通だった。いつも通りの無邪気なやり取りを俺に投げかけてきて、俺は戸惑いつつもその対応には救われる気持ちだった。おかげでこうして四人で海水浴に来ることが出来ている。俺たちがあのままぎくしゃくしていたらそれどころではなかっただろう。しかし、それでも心の中ではなんとなく納得できないような想いが渦巻いているのも感じた。

 そんな複雑な心境でボート砂花を見つめていると、着替えを終えたメイとゆりえが姿を現した。

「たかゆきー、おまたせ!」

「ごめんね、遅くなっちゃって。あと、準備もありがと」

「お、おう。ぶっちゃけ、結構待ったぞ」

 照れくさを感じてについ憎まれ口を叩いてしまう。視線はおぼつかない胸中をなぞるように、彼女たちの方を一瞬だけとらえて外れ、あてもなく空中を彷徨う。

「いやいや、お安い御用だって。貴之は文句言ってたけどね」

「おい、余計なこと言ってんじゃねえ!」

「はいはい、ホントに感謝してるわよ。それよりも、あなたたち他に何か言うことあるでしょ?」

「ああ、パラソルを刺すのがかなり大変だったぞ」

「誰が準備の大変さの感想を聞いたのよ!もう、水着よ水着」

「だ、だよな……えっと」

 くだらない憎まれ口はやめて、何もない空間に合わせていた焦点を二人に合わせる。しかし臆病なことに、視線は本命とは違う方に向いてしまった。

 ゆりえは水色の生地に南国調の花柄ビキニタイプの水着を着していた。やや広めの面積のトップスに、ボトムスは無地のパレオが巻かれている。爽やかで清楚なデザインだ。

「ああ、似合ってんじゃないか」

「なんか、心がこもってないわね……」

 俺のいい加減な心情を察したようでゆりえから批難の言葉が発せられる。実際その通りで、俺にとって問題なのはゆりえに対するリアクションではない。しかし、そうじゃない方に対してはこうしてリラックスして思うがままに言葉を伝えられるというのが皮肉なものだ。結局悪い方にとらわれてしまったが。

「まあ、いいわ。じゃあ今度はメイちゃん」

「えへへ」

「お、おう」

 頬に気温によるものとは別の熱を感じながらメイに注目する。メイもビキニタイプでこちらは純白。トップスはシンプルなデザインでアクセントとして上部にひらひらとしてフリルがついており、中央には大きな蝶の結び目が施されている。ボトムスにも同様にフリルがあしらわれており、ゆりえのものよりは全体的にやや狭めな面積の水着は、彼女の健康的な美しさをより一層輝かせていた。

「あ、えっと」

 期待に満ちたメイの視線。俺の反応を心待ちにしている。その熱いまなざしにあてられたかのように俺の顔に熱がたまっていく。思わず逃げ出したくなる気持ちになるが、なんとか口を開く。

「か、可愛いと、思うぞ」

「わーい!」

 メイはぴょんぴょんはねて屈託なく喜ぶ。すると彼女の動きに合わせて豊かな胸が踊るように上下に揺れ、慌てて視線を逸らす。

「……なんか思ったよりガチな反応ね」

「うーん、熱い男だね」

「お、おまえらなああ」

 嬉しそうなメイと対照的に外野から茶々が入ってくる。しかしそれは俺にとって大変効果のある精神攻撃であり、体中に汗が伝る。

「ねー、みんな何やってるの!はやくあそぼうよ!」

 俺が羞恥心と戦っていると、いつの間にか俺たちを残して海に入っていたメイが元気いっぱいに腕を振って俺たちを呼んでいる。

「そうね、行きましょ!」

「ほら、孝之なにやってるの!」

「あ、ああ」

 俺は三人に遅れて、輝く海辺に入っていった。



 浮き輪の内側に四肢をひっかけてぷかぷかと海面に浮かぶ。俺の周囲を囲むように他の三人も同じように漂っている。

「アクティブに遊ぶのもいいけど、こういうのんびりしたのもいいわねえ」

「うー、もっとびーちぼーるやりたかったよ」

 海に入ってからひとしきり、皆で水を掛け合った後にビーチボールをやって、休憩がてらのんびりと浮き輪で水面を漂っている。

「まあ、いったん休憩しようぜ」

「むー」

 のんびり楽しむ俺たちとは裏腹に、メイはもっとアクティブに遊びたいらしく不満そうに口をとがらせている。

「こうして浮いてると小さな悩みとかどうでもよくなってくるわね~」

「僕もこっちの方が好きかも~」

 とりとめのない会話を聞きながらぼんやりと空を仰ぐ。空は相変わらず澄み渡っていて、その突き抜けるような青色は日々の小さな悩みを吹き飛ばしてくれる。水面は穏やかに揺れていて、まるで巨大なゆりかごのように穏やかな気持ちにさせてくれる。

 そんな優雅な時間を過ごしていたが、ふと違和感を覚える。周りが嫌に静かに感じる。さきほどまでの三人の会話もいつの間にかなくなっていて、なによりいつも賑やかなはずのメイの声が全く聞こえない。

「あれ?」

 不安になり周りを見回してみる。少し離れたところに宏太とゆりえの姿を見つける。俺と同じように浮き輪に体を預け、さざ波に揺られている。その様子に大きく変わったところはなさそうだ。しかし、なにかひっかかるような。二人とも喋ってはいないけど、なぜかそろって俺の方を凝視している。まるで何かを期待しているような。それにさっきから姿が見えないがメイはどこへ――

 突然、体を預けていた支えがなくなった。

「ごぼあああ」

 突然、海に投げ出され頭がパニックになる。鼻に海水が容赦なく流れ込む。口も塩辛さで満たされる。必死で理性を引き戻し、光が差し込む方へもがきながら進む。

「ぶはあ、ごほっごほ」

 息も絶え絶えに水面に顔を出す。酸素を取り込もうとする動きと誤って取り込んでしまった海水を吐き出そうとする動きが混ぜこぜになり、激しくむせる。喉の奥の違和感を必死にぬぐおうとしていると横からメイのいたずらっぽい声が聞こえてきた。

「えへへ、びっくりした?」

「お前、なにするんだよ!」

「だって、つまんなかったんだもん」

「つまんないからって、ここまでするか?」

「たかゆき、すっごいあばれてて、おもしろかったよ!」

「あのなあ、死ぬかと思ったぞ、割とマジで」

 全く悪びれないメイに文句を言いながらも、徐々に息は整い思考もクリアになってくる。未だに目は海水がしみて開けることが出来ないが、それ以外の感覚機能がはっきりしてきた。そしてそれと同時に、言いようのない違和感を感じる。

 暗闇の中で異常を探す。そしてそれはすぐに見つかった。

「たかゆき、だいじょうぶ?」

 メイの声がひどく近くに感じる。いや、近いなんてものじゃない。文字通り目と鼻の先から聞こえてきている。さらになぜか体が上手く動かない。いや、動かすこと事体は出来るのだが何かに捕まえられているように身動きが取れない。

 理解不能な現状にパニックになるのを抑えながらようやく目の中の海水を追い出し瞼をそっと開けると、目の前には俺を覗き込むメイの顔があった。

「うわああああ、おま、なにやってんだよ」

 そして俺は小さな浮き輪の内側にメイと一緒に閉じ込められていた。それを認識した瞬間、先ほどまで麻痺していた感覚が一気に覚醒する。

 俺の体に直接メイの肌が触れていて、海水のせいで余計に生々しい感触が伝わってくる。のぼせ上りそうなほど顔が熱くなり、とても冷静を保てない。熱暴走しなそうな脳を何とか稼働させて言葉を絞りだす。

「どうしたの、そんなにあわてて」

「そりゃお前、そんな恰好でこんな密着されたら」

「きのうかったみずぎだよ、かわいい?ねえかわいい?」

 上目づかいで見せつけるように胸を突き出してくる。なんという天然のあざとさだろうか。彼女は純粋に水着を見てほしいのだろうが、世の健全男子からしたら水着などもはや視界の隅にも映らない。俺の視線はメイの胸元そのものに吸い込まれる。狭い空間に窮屈そう押しつぶされた双丘はまるで挑発するようにその柔らかさをアピールしていて、谷間には海水がたまり波の揺れと合わせるようにキラキラと陽光を反射させている。

「そ、それはさっき、言っただろ」

 あまりに刺激的な状況に、邪な心を彼女に悟られたくなくて必死に言葉を継ぐ。

「もういっかい」

「そんなこと、言われてもな」

「たかゆきにみてほしくてかったの。きのうちゃんといってくれなかったし、さっきはいってくれたけど、べつのところみながらだったから」

 逃げ腰の俺にメイは懇願するような眼差しを向けてくる。うるうるとにじむ瞳は男性の欲望をピンポイントで刺激してくる。相変わらず伝わってくる彼女の体温との相乗効果で俺の理性は崩壊寸前だった。

 彼女は期待通りの返答をもらえない限り、俺をこの甘い監獄から解放する気はないようだ。

「まあ、その」

 恥ずかしさを堪えて、なんとか視線をメイの目に合わせる。そして必死の思いで口を開けて言った。

「……すごく可愛い」

「わーい!ありがと」

「ばか、くっつくなって」

「たかゆき、すき、すき、だいすき!」

 メイは人目をはばからず俺に抱き着いてきて、そのまま頬ずりをしてくる。なめらかな肌と髪の毛にくすぐられる胸元の感触に再び変な気分になりそうになる。

「おーい!二人とも大丈夫ー!?」

 すると再びその場でバシャバシャと暴れ出した俺たちを心配したゆりえの声が響き渡った。

「わ、悪い!何でもない!」

「あっ」

 急に現実に引き戻された俺は慌てて浮き輪から脱出し、近くを寂しく漂っていた元の浮き輪に帰還する。ようやく心臓にかかる負荷が軽くなっていくのを感じながら、どことなく名残惜しそうな顔をしているメイに声をかける。

「とりあえずみんなと合流しようぜ」

「はーい」

 一緒に俺たちは他の二人の元へと戻った。その後、予想通り宏太とゆりえに色々茶化されたが、その後のメイは特に二人に怪しまれることもない程に、無邪気に楽しく遊んでいた。

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