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接近

ある日の昼下がり、俺はメイと水着を買いにアパレルショップの水着売り場に来ていた。

 発端は宏太とゆりえとのグループメッセージだ。先日の花火鑑賞を決めてから、他にも夏らしいイベントをやろうという話になった。様々な候補が出て、花火のほかに、海、さらには温泉旅行と決定していった。花火は少し先の日程であったので、主なイベントの順番は海、温泉旅行、花火大会という風になった。

 そして一番最初のイベントのためのショッピングと相成ったわけである。

 売り場に並ぶ水着たちを前に思わずたじろぐ。それは俺のこれまでの人生の中ではお目にかかったことのない光景だった。色とりどりの小さな布切れは見ているだけで、なぜか覗きをしているような気分になる。

 気後れしながらも、はつらつと前を歩くメイを追いかける。彼女の肩には可愛らしい白のポーチバッグがかけられている。水着を買いに来たはずだったのに、先ほど一目ぼれしたとか何とかで買わされてしまった。

 なんだか、最近どんどんメイに甘くなっている自分を感じながらいると、前のメイが不意に立ち止まった。

「うーん、たくさんありすぎてぜんぜんわかんないなー」

 初めて買う水着にメイも中々悩んでいるようで、人差し指を唇に当てながら陳列棚を眺めている。そして残念ながら俺も役に立つ助言を持ち合わせていなかった。まるで展覧会を見るかのようにフラフラと進んでいく。と、メイがピンと来たのか一着の水着を手に取った。

「みてこれ!すっごいちっちゃい!」

「おお……」

 それは目にも鮮やかなビキニタイプの水着だった。海よりも深いブルーが夏らしい清涼感のある色彩を放っている。そして、突飛つすべきはその面積だ。俺の手のひらの半分もないトップスは、はっきりいってよほど度胸のある女性でないと着られないんじゃないだろうか。もし俺が女だったら絶対に着れない自身がある。まさかとは思うがメイはこれを着るというのだろうか……?

「うーん、でもいろがなんかすきじゃないかもなー」

「そ、そうか」

 どちらかというと問題なのはサイズの方だと思うのだが、メイは違ったようだ。首をかしげながらそれを元の場所に戻し、他の水着を探し始める。俺は謎の安堵を感じながら、先を行く彼女についていく。

 手にとっては戻しをしばらく繰り返してから、再びメイは一着の白い水着を手に取った。

「これがいい!」

 先ほどと同じビキニタイプだが、こちらはしっかり広めの面積でしかもなにやらフリフリしたものがついていて、セクシーさよりも可愛らしさを重視したデザインだった。

「いいじゃないか、メイにぴったりだと思うぞ」

 素直な気持ちを口にする。メイはどんな水着にも耐えうるスタイルの良さを持ってはいるが、やはり彼女の良さはその汚れのない無垢な可愛さだと思うので、この水着はそんなメイのイメージにぴったりだろう。メイもかなり気に入っているようで、もうほとんど他の水着には興味がないようだった。さりげなく水着の値段を確認すると、思いのほか手ごろな価格で非の打ちどころが内容に思える。

「じゃあ、これにする!」

「はいよ。じゃあ、会計しようか」

「はーい!」

 二人してレジの順番に並ぶ。当然のことながら、並んでいる客はほとんどが女性だ。まるで女性専用車両に間違えて乗ってしまったときのような居心地の悪さを感じる。それは今の状況もさることながら、メイがとても人目を引く見た目をしているのもあり、二人そろっていぶかし気な視線にさらされることになってしまう。

 とはいえ、もちろん俺たちは何か犯罪に手を染めたというわけでは無い。自意識を捨て、堂々と列に並んでいればいいのだ。前の人に付かず離れず進んでいき、ようやく順番が回ってくる。

 メイがニコニコ顔で無造作にレジに商品を置いた。ややぶしつけな彼女の行動にも店員は晴れやかな営業スマイルを絶やさずに受け取る。それを眺めながら、後で人前でのマナーを軽く教えとこうと思っていると店員が俺たちに対して質問をしてきた。

「こちら、試着はよろしかったですか?」

「しちゃく?」

 メイが不思議そうなオウム返しで言葉の意味を訪ねてくる。言われてみれば、女性は男よりもサイズやらなんやらややこしそうだ。俺だったら適当にゴムを調整すれば良くても、メイはそうはいかない。彼女はその子供っぽさのせいで忘れがちだがかなりグラマラスなスタイルをしている。それなのに水着がちぐはぐなサイズを選んでしまったら、せっかくメイが楽しみにしている海水浴が快適でないものになってしまうだろう。

 俺が頭の中で無駄に色々整理していると察した店員が助け舟を出してくれた。

「それではスタッフが案内しますので、一旦こちらの方へおよけ頂けますか」

「は、はい」

 そのままその店員はインカムに小さくつぶやいて、俺たちに笑顔で会釈してから次の客の会計業務を始めた。ややあって、別の店員が来てメイを試着室まで連れて行ってくれた。

 あまり女性用の試着室の近くにいるのはいたたまれなくなりそうだったので、少し離れたところで待つことにした。遠くからメイのいつも通り元気な声と、店員の大げさな褒め口上が聞こえてくる。もちろんメイに対してはお世辞ということもないだろうが、正直言ってあんまり長い間ここにいるのは真ともに勝手ながら気恥ずかしいので早くしてほしかった。

 俺が羞恥心としばらく戦っていると、二人が試着室から出てきた。そのままレジに向かうようなので俺もついていく。スムーズに会計をすまし、なんだか高そうな紙袋に包まれた水着を受け取った。

「やったあ!たかゆき、ありがとね」

「ああ、別にこれくらいいよ」

 メイの笑顔に軽い口調で答える。ふと、最初のころに十神は金銭面ではサポートするといってたいたことを思い出した。今度会ったとき必ず請求してやろう。

 店員に見送られて店を出ると、思い出したかのようにメイが訪ねてきた。

「そういえば、たかゆきの水着は買わないの?」

「……忘れてた」

 俺たちが踵を返すと、まだ店員は俺たちを見送ってくれていたようで怪訝そうな顔をしてきた。俺は苦笑を返しつつ大急ぎで自分の分の水着を購入した。試着はしなかった。

 


 買い物を終え俺の部屋に戻ってきてから、メイは姿見に向かって一人ファッションショーを開催していた。さきほど買った白のビキニを体に当てながら、実際にあるのかどうかわからない奇妙なポーズを取ったりしている。

 そして、俺はそのショーの観客として、さっきからずっと感想を求められていた。

「たかゆき、これにあってる?ねえ、にあってる?」

「おー、似合ってる似合ってる」

「わーい!ふんふーん♪」

 適当な相槌でもかまわないようで、再び別の構図を探し始める。それが帰宅してからずっと繰り返されている。夕食の時間は一瞬治まったが食べ終わるや否や即座に再開した。

「ねえ、たかゆき、これかわいい?」

「あー、可愛いよ」

 メイが聞いて、俺が答える。それはさながらライブのコール&レスポンスの様だが、実際のそれとは違い、当然俺たちの間に一体感などはない。あるのは、苛立ちとめんどくささだけである。そして、オーディエンスの不満が爆発したらステージはどうなるだろうか。それはショーの崩壊に他ならない。

「なあメイ」

「なに?」

「うるさい、しつこい、うざったい!」

「ふえええええ!?」

 俺から批難の言葉が飛んでくるとは思わなかったのか、心底驚いたような顔で声を上げる。そんな惚けたリアクションを取るメイに対し、俺は自分の気持ちを押し付けるように言葉を続ける。

「お前なあ、さっきから何回同じこと聞いてるんだよ!」

「えっと、どうだったかな」

「十回を超えてからちゃんとは数えてないけど、とにかく何回もだ!」

「え、ええ?」

「ということで、もう俺からは何も感想は言わないからな。一人でやっててくれ」

 一方的にまくしたててすっきりしたところで、俺はメイとは反対側の方の壁に顔を向けて横になった。そのまま適当に動画を見ることにした。

 すると文句を言った甲斐があったのか、メイは静かになった。しかし、未だに背後からはコソコソと物音は聞こえてくきた。たまに動画が暗転したときに、鏡のように背後でポーズをとるメイが映る。どうやショーは無観客でまだ継続されているらしい。謎の終着に思わすため息が出たが、まあ俺にいちいち絡んでこないなら大して被害もないので、これくらいは許容してやることにした。

 しばらくあてもなくネットを巡る。久しぶりに開いたSNSでは今日も友人たちの楽しそうな投稿が更新されている。夏ということもあるのかわからないが、恋人との2ショット写真が多く見られる気がする。  恋人のいない俺にとってはやや眩しい世界だ。特に必死に恋人を欲しているわけでは無いが、幸せなカップルをみているとなんだかんだうらやましくはある。

 そんな寂しい感慨にふけっていると、背後にじっとりとした視線を感じる。そして恐る恐る振り返ると、そこには地縛霊のような顔をしたメイがこっちを恨めしそうに見つめている。

「じいいいいいい」

「な、なんだよ」

「ねえかわいい?これかわいい?」

 ようやく俺が反応した事が嬉しいのか、メイは一気にさきほどまでの明るさを取り戻す。そんな彼女には答えず俺姿見の前に向かった。

 これを片付けてしまえば、いくらかメイも大人しくなるんじゃないか。黙って姿見を両手で持ち上げて部屋の奥のクローゼットの方へ向かおうとする。しかし、それを慌てた様子のメイに止められる。

「ええ、な、なんでもってっちゃうんだよう」

「おまえがしつこいからだ!」

「ええ、だってだって、せっかくたかゆきがかってくれたんだもん」

 俺の腕をつかみながら、メイは必死な口調で言う。少しだけ罪悪感が湧く。これまでのしつこさは喜びの裏返しだとするならば、それはとても説得力のあるものだった。

 しかし、それでももうこれ以上堂々巡りを続けるのはごめんだった。メイには悪いが俺にも静かに過ごす時間が必要なのだ。

「……それでもだめだ。これをかたづける」

「まってよお、もってっちゃやだよう」

「あ、ばかっ」

 徐に俺の腕をつかむ手に力が込められる。そのせいで両手でなんとか保っていたバランスが崩れ、危うく姿見を盛大に落っことしそうになる。必死に体を捩り、それを何とか床に置く。しかし今度は俺自身を支えることができなくなり、メイを巻き込んだ状態でぐらりと体が倒れる。

「おわっ」

「きゃっ」

 衝撃に対して反射的に目をきつく瞑ってしまう。倒れこむように転んだせいで思わず床に手をついてしまい、腕にびりびりとしびれるような鈍痛を感じる。急なアクシデントに体の反応が追い付かず、感覚機能が麻痺してしまっている。

 全身の動揺をなんとか正そうとしていると、不意に目の前から声が聞こえた。

「たかゆき……」

「え……」

 目を開くと同時に、時間が止まったかのような錯覚に陥る。

 俺の目の前には、茫然と俺を見つめるメイの顔。見開かれた瞳は戸惑うように揺れ、恥ずかしさのせいか頬は微かに赤みがかっている。小さく開かれた口から吐き出させる熱っぽい呼吸が俺の頬を撫でてくる。倒れた勢いで乱れた胸元から、透き通るような白さのデコルテとピンク色のブラの肩ひもがちらりと覗いている。

 鼓動がおかしなくらい大きくなり、耳の奥にどくどくんという音が響いている。口の中は緊張でカラカラなのに、喉の奥の何かが引っかかったような違和感を覚え、思わずむせてしまいそうになりごくりと飲み込む。

 二人分の微かな吐息だけの世界に、沈黙を伝うように運ばれてくる彼女の香気は、俺と同じ石鹸を使っているはずなのにこれ以上ないくらい女の子で、色っぽかった。

 しばらく身動きを取れずにいると、メイがおずおずと口を開いた。

「えっと……たかゆき、その」

「あ、ご、ごめん!」

 俺が慌てて起き上がると、メイもゆっくりと体を起こした。乱れた長い髪を手櫛でいそいそと直して、ちらりと俺の方を向いて、目が合うと恥ずかしそうに視線を空中に戻した。

「ごめんね、たかゆき……けがしてない?」

「ああ、おまえこそ、大丈夫か?」

「うん、あたしは大丈夫」

「なら、よかった……」

 そういって再び俺たちは黙り込んでしまった。メイはもじもじと手の中の水着をいじりながら、時折ちらりとこちらを向き何かを言おうとするが、結局そのまま言葉を飲み込んでしまう。対する俺も、気の利いた言葉を必死に探すが、脳みそはオイルの切れたギアのように空回るばかりだった。

 やがて、さび付いた思考で俺はなんとか言葉を絞り出した。

「腹減ってきたし、夕食にしようか」

「……うん」

 正直、緊張のせいで食欲なんて引っ込んでしまっていたが俺は台所に向かった。冷蔵庫を物色し、適当に頭の中でレシピを組み立てながら調理を始める。

 未だに速いままの鼓動を感じながらフライパンを火にかける。中心に敷いたサラダ油の雫を見つめる。

 さっきのメイとのハプニングが蘇る。そして、それが俺のメイに対する意識を変えてしまったような気がした。今まではどちらかというと保護者のような、それこそ親戚の年下の女の子として見ていた。初めて会ったときのあられのない姿はともかく、俺の部屋で生活していくにつれてその印象は俺の中で大きくなっていった。しかし、それが先ほどひっくりかえってしまった。

 メイの肌、体温、吐息、匂い。そのすべては疑いようがないくらい女のもので、今となってはなぜそれを意識しないでいられたのが不思議に感じるくらいだった。

 今日の出来事は傍から見れば大したことではないかもしれない。しかし、それでも俺とメイの関係性を、少なくとも俺にとって、大きく変えるきっかけになってしまったのかもしれない。

 その夜、俺は普段よりも眠りにつくのに難儀した。

 

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