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第6話 試験突破



ノアの目が、わずかに輝いた。


――ヴィラからコピーした《光属性適性》。


――この水晶で、ちゃんと反応するのか?


少し期待しながら、右手を伸ばす。


そして。


掌を水晶球の上へ、そっと置いた。


一秒。


二秒。


三秒。


「…………」


何も起きない。


リナの手の上にある水晶球は、相変わらず透き通ったままだった。


ゴールド級を示す黄金の輝きどころか。


アイアン級の黒い光すら浮かばない。


ノアの顔から、少しずつ期待が消えていった。


「……あれ?」


おかしい。


一度手を離す。


もう一度触る。


無反応。


「…………」


今度は左手。


角度を変える。


場所も変える。


掌でころころ撫で回してみる。


それでも。


水晶は、まるで眠っているかのように静かだった。


そのまま磨き上げそうな勢いで触り続けるノアを見て。


ついにリナが口を開いた。


「もういいわ」


「…………」


ノアの動きが止まる。


ゆっくりと手を離した。


そして。


自分の掌を見つめる。


――なんでだ?


念じると。


半透明のステータス画面が浮かび上がった。


【名前:ノア】


【特性:ゴールド級《光属性適性》】


ある。


間違いなくある。


しかも。


身体が改善したことも、自分自身が一番よく分かっている。


では。


なぜ水晶は反応しない?


――システムでコピーした《特性》は、生まれつきの才能扱いじゃない?


――それとも、この水晶が検出できるのは先天的なものだけなのか?


ノアは眉を寄せた。


考え込む。


そんな彼を見て。


リナの声音が、少しだけ柔らかくなった。


「落ち込む必要はないわ」


ノアが顔を上げる。


「この水晶だって万能じゃない」


「昔から、測定できなかった例はいくつもある」


「珍しすぎる能力だったり、水晶が対応していない性質だったりね」


リナは腕を組む。


「それに」


「若い頃は何の才能も見つからなかった人間が、死線を越えた瞬間に強力な力へ目覚めた、なんて話もある」


淡々と続ける。


「今、何も映らなかったからといって」


「この先もずっと何もないとは限らないわ」


「…………」


ノアは一瞬きょとんとした。


そして。


すぐに眉間の皺が消える。


「まあ」


「確かにそうですね」


自分の手を見下ろす。


身体は。


確実に良くなった。


それさえ分かっていれば十分だ。


それに。


少し考えてみれば。


測れないのは、むしろ便利かもしれない。


他人から見れば。


――何だこいつ。


――アイアン級の才能すら持ってない雑魚じゃん。


そう油断したところへ。


ゴールド。


ダイヤモンド。


神話。


何十個もの《特性》を一気に叩きつける。


「…………」


ノアの口元が。


ゆっくりと上がっていく。


――最高じゃん。


――これぞ王道の“能ある鷹は爪を隠す”ってやつだろ。


リナが横目で彼を見る。


さっきまで。


世界の終わりみたいな顔をしていた男が。


今はなぜか。


とんでもなく得をしたような顔で笑っている。


「……まあいいわ」


深く追及する気にもならなかったらしい。


水晶球を元の場所へ戻す。


そして。


訓練場の中央へ歩いた。


「最後」


「実戦試験よ」


ノアの表情が引き締まる。


「はい!」


リナは。


先ほどの《鉄山靠》を軽く放った。


ノアは両手で受け取る。


すぐに装着。


肩当てと肘当てが身体へ固定された瞬間。


あの妙な一体感が戻ってくる。


一方。


リナは剣を取らなかった。


代わりに。


棚の横に置かれていた白い布を一本取る。


手のひら。


手首。


一周。


二周。


迷いのない手つきで巻いていく。


布を巻き終えると。


一本の短いマッチを擦った。


シュッ。


小さな炎が灯る。


リナはそれを、近くの砂皿へ突き立てた。


そして。


ノアを見る。


指先で。


くいっ。


「その火が消えるまで」


「立っていられたら合格」


「…………」


ノアはマッチを見る。


短い。


かなり短い。


三十秒。


それくらいだろう。


――いける。


ノアは少し安心した。


足を開く。


腰を落とす。


肩を前へ出し。


しっかりと構える。


「準備できました!」


リナの口元が。


ほんの僅かに上がった。


「そう」


「じゃあ」


「《鉄山靠》を使う人間が、どこまでやれるのか見せてもらおうかしら」


次の瞬間。


ノアは。


くるっ!


勢いよく背中を向けた。


「逃げるんだよォォォ――ッ!」


全力疾走。


「…………」


リナの笑顔が固まった。


ノアは走りながら。


心の中で叫んでいた。


――馬鹿か俺は!


――三十秒生き残れば勝ちなんだぞ!?


――人形の頭を蹴り飛ばす女と真正面から殴り合う必要なんかあるか!


――距離を取れ!


――時間を稼げ!


――勝てばいいんだよ、勝てば!


リナのこめかみに。


ぴくっ。


青筋が浮かんだ。


「……逃げる気?」


次の瞬間。


地面を蹴る。


ドンッ!


鈍い音。


長い脚が地面を蹴り抜き。


リナの身体が。


矢のように飛んだ。


「っ!?」


ノアが振り返るより早く。


もう背後。


リナが空中で身体を捻る。


長い脚が。


鋭い軌道を描いて、ノアの背中へ襲いかかった。


――速っ!?


首筋がぞわりとした。


回避は間に合わない。


咄嗟に腕を上げ。


肩当てを横へ向ける。


ガァンッ!!


重い衝撃音。


「ぐっ!?」


身体が浮いた。


そのまま。


数メートル吹き飛ばされる。


床へ落ち。


ごろごろごろごろ!


派手に転がった。


天地がひっくり返る。


頭がくらくらする。


ノアは何とか床へ手をついた。


「くっ……!」


顔を上げる。


すると。


視界いっぱいに。


リナの長い脚。


「うわっ!」


横薙ぎ。


回避。


次。


蹴り上げ。


転がる。


さらに。


踵落とし。


ドンッ!


床が鳴る。


「ちょ、ちょっと待っ――!」


待ってくれるわけがない。


右。


左。


上。


下。


拳。


肘。


膝。


脚。


目まぐるしい攻撃が。


休む暇もなく飛んでくる。


「うおおおっ!?」


ノアは必死に逃げた。


しゃがむ。


転がる。


這う。


避けられない攻撃だけ。


《鉄山靠》の防具で受ける。


ガンッ!


「ぐっ!」


ドンッ!


「痛っ!」


バキィッ!


「ちょ、待って!?」


一発受けるたび。


身体が吹き飛ぶ。


転がる。


そしてまた。


立つ。


――長い。


――三十秒が長すぎる!


ノアは隙を見て。


砂皿のほうへ視線をやった。


「…………」


マッチ。


まだ半分以上残っている。


――は!?


――おい!


――そのマッチ、俺の寿命より長く燃える気か!?


心の中で絶叫した、その瞬間。


リナの身体が回る。


鋭い回し蹴り。


「っ!」


ガァン!!


ノアの左肩。


金属音が響く。


直後。


パキッ。


嫌な音。


肩当てに。


亀裂が走った。


「…………!」


一部が。


ぶらりと垂れ下がる。


ノアの顔が引きつる。


――まだ半分!?


リナは。


ゆっくりと着地した。


冷たい目で。


ノアを見る。


「私は」


「逃げ腰の人間が嫌いなの」


「…………」


「いつまで逃げるつもり?」


言い終わる前に。


踏み込む。


速い。


「来っ――」


拳。


ノアが腕で受ける。


ドンッ!


「ぐっ!」


腕全体が痺れた。


「冒険者ギルドに」


次。


横蹴り。


「臆病者はいらない!」


ブンッ!


ノアが後ろへ跳ぶ。


「来なさい!」


さらに。


一歩。


リナが踏み込む。


長い脚が。


まっすぐ胸元へ。


「正面から受けなさい!」


「いや無理でしょ!?」


ノアは叫びながら避ける。


――受けたいよ!


――俺だって格好よく受けたい!


――でも攻撃速すぎるんだって!


拳。


肘。


膝。


蹴り。


四方八方から。


容赦なく飛んでくる。


反撃する隙など。


ほとんどない。


一歩。


二歩。


三歩。


押され続ける。


そして。


ドン。


背中が。


壁へ当たった。


「……!」


後ろ。


壁。


横。


壁。


ノアは。


一瞬固まった。


だが。


次の瞬間。


目が輝く。


――待て。


――そうか。


――俺には仲間がいるじゃないか。


――壁だ!


――壁とデュオ組めるじゃん!


正面から勝てないなら。


地形を使えばいい。


ノアは。


すぐに身体を縮めた。


二つの壁が交わる。


角。


そこへ。


身体を押し込む。


壊れていない右肩の防具だけを。


正面へ向ける。


「…………」


リナの足が止まった。


壁際。


完全に角へ籠もったノア。


ほとんど。


右肩しか見えない。


「……亀?」


リナの額が。


ぴくっと動く。


「そのまま最後まで籠もるつもり?」


「戦略です!」


「そう」


「じゃあ」


「その甲羅ごと壊す」


長い脚に。


力が入る。


次の瞬間。


横薙ぎ。


唸るような蹴り。


ノアは。


今回は逃げなかった。


目を見開く。


腰。


脚。


背中。


壁。


全部を使う。


そして。


肩を。


前へ。


「鉄――」


「山――」


「靠ォッ!!」


ドンッ!!


肩当てと。


リナの脛が。


正面からぶつかった。


空気が震える。


ノアの背中が。


壁へ叩きつけられる。


パラパラと。


天井から埃が落ちる。


だが。


リナも。


半歩。


後ろへ滑った。


「…………」


リナの顔から。


表情が消えた。


自分の脚を見る。


次に。


壁際のノア。


もう一度。


脚。


そして。


ノア。


その冷たい瞳に。


突然。


光が宿った。


「……これが」


「《鉄山靠》」


ゆっくり。


口元が上がる。


「いい」


次の瞬間。


踏み込む。


「もう一度!」


鞭のような蹴り。


ノア。


壁を背負い。


肩を沈める。


ドンッ!


正面衝突。


リナの脚が弾かれる。


ノアは。


壁のおかげで、その場から動かない。


「……っ」


リナの目が。


さらに楽しそうに細まった。


次。


横蹴り。


ドンッ!


踵落とし。


ガンッ!


膝。


拳。


蹴り。


次々と。


降り注ぐ。


ノアは。


壁へ身体を押しつけ。


壊れていない防具だけを前へ向ける。


攻撃が来るたび。


タイミングを合わせて。


「ふんっ!」


ドン!


「まだ!」


ガンッ!


「来い!」


ドォン!!


ぶつかる。


何度も。


何度も。


訓練場へ。


鈍い衝撃音が響く。


リナは。


楽しそうだった。


明らかに。


最初より。


攻撃が速い。


ノアは。


泣きそうだった。


だが。


耐える。


脚が震える。


腕も痛い。


肩も痺れている。


それでも。


壁。


《鉄山靠》。


この二つを利用して。


一撃。


また一撃。


押し返す。


一秒。


二秒。


五秒。


十秒。


ノアが。


ちらりと砂皿を見る。


マッチ。


残り僅か。


炎が。


弱々しく揺れている。


――勝った!


――あと少し!


その瞬間。


リナも。


マッチを見た。


目が。


少し細くなる。


そして。


突然。


低く姿勢を落とした。


片手が。


ノアの下半身へ伸びる。


「うおっ!?」


ノアは。


反射的に脚を閉じた。


両手まで。


慌てて前へ。


――危なっ!?


だが。


フェイント。


ノアの重心が前へ動いた瞬間。


リナの足先が。


床を軽く蹴った。


ふわっ。


高い身体が。


ノアの斜め上を飛び越える。


「…………!」


一瞬で。


背後。


ノアの心臓が。


どくん、と鳴った。


――やば。


次の瞬間。


ブーツの底が。


背中へ。


ドンッ!


「ぐはっ!」


壁の支えを失う。


身体が。


勢いよく前へ投げ出された。


床へ。


べしゃっ。


「くっ……!」


立とうとした。


その瞬間。


背中へ。


重み。


「…………」


リナが。


そのままノアの腰の上へ跨がっていた。


鍛えられた身体。


引き締まっている。


それでも。


女性らしい柔らかさは。


確かにあった。


訓練着越しにも伝わる。


温もり。


弾力。


そして。


さっきから何度も嗅いだ。


冷たく澄んだ香り。


「…………」


ノアの身体が固まった。


片腕を。


後ろへ取られる。


反対の手で。


後頭部を押さえられる。


さらり。


銀色の髪が。


耳元を掠めた。


ノアの呼吸が。


一瞬止まる。


――これ。


――負けた奴へのご褒美なのか?


――だったら俺。


――今後もちょくちょく負けてもいいかもしれない。


リナが。


そんなノアを見下ろす。


少しだけ。


眉を上げた。


その時。


砂皿。


最後の炎が。


ふっ。


消えた。


細い煙が。


ゆっくりと上がる。


リナはそれを見る。


そして。


微かに笑った。


「合格」


「…………!」


「やり方は」


少し間を置く。


「かなり卑怯だったけど」


「でも」


「有効だった」


ノアは。


床へ頬を押しつけられたまま。


何とか顔を横へ向けた。


そして。


無理やり笑う。


「ありがとうございます、リナ姐さん!」


「誰が姐さんよ」


リナは。


鼻で小さく笑った。


ようやく。


ノアの上から退く。


「…………」


腰の上から。


温かさが消える。


なぜか。


少し。


名残惜しい。


リナは立ち上がり。


訓練着についたはずもない埃を。


軽く払った。


そして。


手を差し出す。


白く。


細い指。


ただし。


掌には。


長年剣を握ってきた薄い硬さがあった。


「立って」


「受付へ連れていく」


「今日からあなたも」


「ギルド公認の冒険者よ」


ノアの目が輝く。


だが。


リナは続けた。


「ただし」


「資格を取ったからといって」


「すぐにダンジョンへ行っていい、という意味じゃない」


教官らしい。


真面目な声に戻る。


「本気で潜るなら」


「もう少し鍛えなさい」


足元へ散らばっている。


壊れた防具の破片を見る。


「特に《鉄山靠》」


「今のあなたは」


「防具で受けて、体当たりすることしかできない」


「攻撃の引き出しが少なすぎる」


「動きも硬い」


「速い魔物が相手なら」


「振り向く前に背後へ回られるわ」


「…………」


さっきのことだ。


ノアは。


心から頷いた。


「おっしゃる通りです」


「これからも」


「ぜひ色々と鍛えてください」


リナが。


少しだけ目を細めた。


「自分から言うなら」


「遠慮しないけど?」


「望むところです!」


ノアは笑う。


そして。


差し出された手を握ろうとした。


その時。


「…………!」


下腹部に。


妙な熱。


ノアの動きが止まった。


さっきまで。


あれだけ激しく動いていた。


そして。


最後には。


至近距離で。


あの冷たい香り。


身体の温もり。


腰へ乗った。


柔らかくも力強い感触。


「…………」


ノアの顔が。


固まる。


――まずい。


――身体が元気になるのはいい。


――でも。


――今そこだけ元気になるな!!


伸ばしていた手が。


途中で。


急カーブ。


そのまま。


腹の前へ。


ノアは。


不自然なほど硬い笑顔を作った。


「ちょ、ちょっと待ってください、リナ姐さん」


「?」


リナが眉を寄せる。


「何?」


「その……」


額に。


汗。


「ちょっと」


「痙攣したかもしれません」


「痙攣?」


リナの顔が。


一気に教官になる。


「どこ?」


「見せなさい」


「戦闘後の筋肉痙攣は珍しくないわ」


「放っておくほうが危険」


そう言いながら。


しゃがむ。


ノアへ近づく。


「っ!?」


ノアの顔色が変わった。


ずりっ。


後ろへ下がる。


両手で。


必死に前を隠す。


「いやいやいや!」


「大丈夫です!」


「自分で治します!」


「近づかないで!」


リナの動きが止まった。


「…………?」


冷たい瞳に。


純粋な疑問。


「何をそんなに慌ててるの?」


「いや」


「これは」


「かなりデリケートな場所でして……」


「デリケート?」


リナの眉が。


さらに寄る。


「怪我にデリケートも何もないでしょう」


「ダンジョンで負傷して」


「恥ずかしいから治療しません、なんて言うつもり?」


「そういう性格は」


「本当に命を落とすわよ」


ノアは。


ぶんぶん。


首を振った。


「これは違うんです!」


「本当に!」


「医療案件じゃないんです!」


「俺一人で何とかしますから!」


「意味が分からない」


リナの声に。


少し苛立ちが混じった。


「身体なんて」


「調べる場所は決まってるでしょう」


「どこが痛いか見れば分かる」


「いや、それが困るんですって!」


「じっとして」


「ちょっ――!」


ノアが止めるより早く。


リナの手が伸びた。


ノアが。


必死に前へ置いていた腕を。


ぱしっ。


払い除ける。


「だから」


「どこを痛めたのか――」


リナの声が。


止まった。


「…………」


訓練場に。


妙な沈黙が落ちた。


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