番外編 うちの後輩はとにかく忙しい~工藤隼人 side~ 前編
望の研究室の先輩、工藤さん視点でのお話です!前編と後編があります!
柏木は、研究室のどこにいても大体分かる。
それは声がするからだ。
「工藤さんって、いつも研究室にいますよね」
柏木が研究室に配属されたばかりの頃にそう言われた。
「そういうお前こそ毎日のように来てるから、俺を見るんだろ」
「工藤さんってもしかしてここに住んでるんですか?」
「住んでない」
「じゃあさては、俺の出勤待ち?」
「なんで後輩を待ち構えなきゃいけないんだよ」
そんな俺の返しに柏木は楽しそうに声を出して笑った。
明るい茶色の髪によく動く表情。年上にも物怖じしない距離の近さ。正直に言うと、理系というより文系の学部にいそうなやつだなと最初は思った。我ながら雑な偏見だけど、黙々とモニターを見て作業をするような人間が多いこの研究室では、少し目立っていた。
そんな柏木は、研究の合間にバイト先の話をする。昼食を買いに外に出れば、道中ずっと喋っている。
俺は修士二年で、柏木は学部四年。二つしか違わないはずなのに、内側から湧いてくるエネルギーの量が違った。
話していて面白い後輩ではある。ただ、こいつに地味な作業を永遠に続ける研究に耐えることができるのだろうか。そう最初は心配していた。
けれど、その心配が杞憂であったことが、割と早いうちに分かった。
ある日、柏木のモニターで見覚えのあるエラーが出ていた。
「柏木、それ昨日からずっと同じところ見てないか?」
返事が返ってこない。
「おい、柏木」
「へ?」
ようやく顔を上げた。
「そのプログラム、昨日からずっと同じエラー出てない?」
「……気のせいっすよ」
「現実逃避じゃん」
椅子を持ってきて隣に座る。処理を順番に確認すると、柏木は自分で試したことを説明し始めた。
どうやら柏木も何もせずに困っていたわけではないらしい。確認した箇所には、短いメモまで残っていた。
何度かやり取りして、一行を指差す。
「ここじゃない?」
「あ」
「配列のサイズがズレてる」
「うわ、まじじゃん」
実際に修正して実行すると、止まっていた処理が先へ進んだ。
「昨日から?」
「昨日からです」
「お疲れ」
「工藤さん、俺の二日間返してください」
「自分に言いなよ」
これで解決かと思い、椅子から立とうとした時、柏木に呼び止められた。
「工藤さん、すみません。ここってなんでこのサイズになるんですか?」
すでに動いている画面ではなく、自分が間違えた行を見ていた。
「なんか動くのは分かるんですけど、どうしても原理が理解できなくて」
俺は椅子を戻した。説明をすると、柏木は途中で何度か質問して、最後に小さく頷いた。
「あー、そういうことか。ちょっと自分でも試してみます!ありがとうございました!」
俺が自席に戻ってからも、柏木は同じところを触っていた。
今度は、直すためではなく、理解するために。
翌日、柏木は自分で作った小さな確認用のコードを見せに来た。昨日の説明を、自分の言葉で確かめるためのものだった。
「これで合ってますかね?」
「……うん、合ってるよ」
「よし。今度は間違えません」
「それはどうかな」
「ひどいな!そこは信用してくださいよ!」
軽い返事のわりに、画面を見る目は真剣だった。俺は、こいつのことを少し見直した。
柏木に彼氏がいると知ったのは、ある日の昼休みだった。
コンビニの袋を開けながら、スマートフォンを見ながらニヤついていた。
「柏木、何かいいことでもあった?」
「え、なんですか急に」
「いや、顔ニヤついてるから」
柏木は一度スマートフォンを伏せた。でも、口元はまだ緩んでいた。
「実は今日、彼氏とご飯行けることになって」
「へえ。彼氏いるんだ」
「あれ?言ってませんでしたっけ?」
「うん、初耳」
「ホテルのバイトで知り合った人で、一個上なんですけど、仕事は俺が教えてました」
相変わらず、話し始めると、止まらなかった。
真面目で、覚えるのが早い。優しいけれど、少しクール。そして、顔がとにかくいいらしい。
「もう顔の話、三回目なんだけど」
「それくらい顔が良いし、大事なんです」
「もう分かったから昼飯食べなよ」
柏木が笑ったところで、また通知が来た。画面を見て、さっきより嬉しそうな顔になる。
「今度は何?」
「昼飯食ったかって。あいつ本当に俺のこと子どもだと思ってるんですよ」
「嫌そうには見えないけど」
「まあ、嫌ではないです」
全然、嫌ではなさそうだった。
「それ、愚痴? 惚気?」
「さあ!どっちだと思いますか!」
「惚気」
「ピンポーン!正解です!」
否定しないし、無駄に明るい。
俺が笑うと、柏木も楽しそうに笑った。
それからというもの、研究室で聞く話に、彼氏の話が加わった。
ご飯を作ってくれただとか、急に恥ずかしい事を言ってくるだとか。文句の形で始まっても、最後は大体嬉しそうだった。
「俳優やってるんですよ!」
ある日、柏木が言った。
「彼氏?」
「はい。上手くいかないこともよくあるみたいなんですけど、それでもずっと頑張ってて。頑張ってる顔も、夢を語る目も本当に綺麗なんですよ!」
そこで少しだけ、声の調子が変わった。
「俺、そういうところ、すごいと思ってるんです」
俺は、その彼氏に会ったことがない。でも、柏木がどれほどその人のことを大切に思っているかは、それだけで十分伝わった。
進路の話をしたとき、柏木はまだ大学院へ行くつもりではなかった。
「工藤さんは、なんで院行ったんすか?」
「研究が面白かったから」
「そのままじゃん」
「あと、就職したくなかった。モラトリアム伸ばしたかったからかな」
「うわ。急に説得力なくなった」
めちゃくちゃ笑われた。でもどちらも嘘ではない。ただ、最初の理由を真面目に言うのが少し照れくさかった。
「でも、院行って後悔はしてないかな」
柏木がこちらを見た。
「学部の卒論だけだと、研究ってどんなものか分かり始めたくらいで終わるし」
「ふーん。そういうもんですか」
「柏木は、研究嫌い?」
「いや」
驚くほど、返事は早かった。どうやら答えた本人が、少し驚いている。
そんな柏木の反応に俺は笑いそうになった。
まだ自分では研究が好きなことに気がついていなかったらしい。
面倒だと言いながら、手を止めない。結果が予想と違えば、帰り支度をやめて確かめ直す。研究が嫌いなやつは、そういう顔をしないと思う。
しばらくして、柏木が俺の席へ来た。
「工藤さん。俺、院受けようと思います」
「決めたんだ」
「はい。もうちょっと研究やってみたいんで」
それから、少し照れくさそうに付け足した。
「彼氏にも、やりたいならやればいいって言われました」
また彼氏か。そう思ったけれど、今度はからかわなかった。誰かに背中を押されたとしても、進むと決断したのは柏木だ。
「じゃあ準備を始めないとね」
「何からやればいいですか」
「まず募集要項を確認するところからだな」
「急に現実的ですね」
「受けるんだろ」
「もち、受けます」
軽い返事だった。でも、その日のうちに必要なことを調べて、分からない箇所をまとめてきた。
俺は椅子を少し横へずらした。
「見せてみ」
隣へ来た柏木は、いつになく真剣な顔でノートを開いた。
高評価やコメント良ければお願いします。
それとアルファポリス様の方で、BL大賞にこの作品をエントリーしているので気が向いたらそちらの投票してもらえると嬉しいです。
以下URLです。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/292061228/63094232




