第九十二話 ハイケア祭・前日~船出の場所~
シグレさんの導きもあり、商業ギルドで無事ハイケア祭参加の受付を済ませた俺たちは周辺の宿についても聞いてみた。
祭会場のすぐ近くの宿はほとんど埋まっているだろうとのことで、少し街の中心から外れたところにある宿をいくつか紹介してもらった。
これで宿が空いていなければ村から早起きして通う他ない。
空いていることを祈ろう……。
『おおおーー!! ココがオレっちたちの……船出の場所ですねぃ!?』
ギルドで参加に際しての簡単な説明を受け、あとは当日を待つだけ──となったので、さっそく現地を下見してみることに。
街側の道から階段を数段下りてたどり着く大きな広場は、まるでコンサートなんかが行われそうな雰囲気だ。
円形にぐるりと囲んだ階段に人々が座り、海を背にした大きな広場で何かが催されるのを待ちわびているかのような造り。
あるいは海から戻ってくる者を出迎える場所のようにも思える。
俺たちが歩いてきた側の右手を見れば主に船と、海沿いに開かれたレストランなんかが見える。
まだ足を踏み入れていない左手にはいくつかの船と倉庫、荷を運ぶ人々の姿が。大きな市場は恐らくこちら側にあるのだろう。
「ルーエ村とはずいぶん雰囲気が違うなぁ」
「そうですね。……壮大、と言えばいいのでしょうか?」
「だな。ハイケアも賑わっているが……同じように、こんなに広々とした海の向こうにも人々が生活しているって不思議だよな。言われても想像できないというか」
ルーエ村も自然豊かな地方ではあるが、東側にそびえる山地を臨むと他国との『壁』のような印象を受ける。
対してハイケアの街では外への玄関口である海であったり、他国の品々だったり……立地が異なるだけで見える景色がずいぶんと異なる。
「……」
「メナール?」
「いえ。少し、不思議な感じがしたもので」
「不思議?」
「はい。普段は主に、街の外で脅威を排除する仕事をしているものですから。こう、平穏な中での仕事というのが……自分のことのようになかなか思えなくて」
「ああ、たしかに。メナールほどじゃないけど、少し気持ちは分かるよ。俺は生活のためってのもあるし大層なことは言えないが、一応は『守る』側の冒険者がこう、市井に溶け込むって……ちょっと変な感じだよな」
特に家族との関わりもほとんどなく、同じ冒険者にさえ良く思われていないこともあるメナールにとって、気を抜ける環境というのはなかなか無いはずだ。
ルーエ村に来る前は、きっと休む間もなく依頼を受けてきたと思う。
自分が守っているはずの存在を自分には関係のない、どこか遠くのものとして感じていたのかもしれない。
「でも、そういう不思議な瞬間があるからこそ……依頼を受けてきてよかったって、そう思えるんじゃないかな」
「……そうかもしれませんね」
俺やウェントのように、目標のような更なる高みがあるわけでもないメナール。
その類まれなる力を今も惜しみなく発揮しているのは、間違いなく彼の語ってくれた『誰かを守る剣で在りたい』というメナール自身の夢や意志のおかげだ。
同じ力を持っていても、使い手が異なれば同じ道を辿るわけではない。
仮にウェントがAランクになったとしたら、メナールほど依頼を受け続けるとは思えない。
なんというか、やっぱりメナールは以前教えてくれた騎士の誓いを常に心に持つような人なのだと再確認した。
『あっ、アレですかねぃ?』
「お」
商業ギルドの者や祭の出展者らが準備に追われる広場を少し見回ると、目的地に辿り着いたようだ。
ツークはぴょいっと肩から地面に飛び降りて、転移でその屋台の木枠へと飛び乗った。
「ギルドで教えていただいたとおり、【17】番地でしたらここですね」
「いや~、ここまで準備してもらえるのは助かるなぁ」
祭への参加を事前申請した者と、そうでない者の違いは自分の区画に与えられた備品の違いのようだ。
事前に申請した参加者には出店区画の番号が割り当てられており、俺にはギルドで教えてもらった【17】番地が割り当てられた。
そこにはすでに、そのまま使用もできるしっかりとした骨組みの木製の屋台が用意されていて、周囲の参加者たちは自分たち好みに装飾したり、持ち込んだ備品を設置したりしている。
【17】という数字は料理大会の投票の際にも必要な数字なため、店の正面には数字が分かるように記載されていた。
「ここで実際に販売して……」
『投票はあっちみたいですねぃ』
ツークが尻尾でビシッと示す先を見れば、騎士団の者らと打ち合わせをする商業ギルドの者らが。
そこに1から25の番号の振られた酒樽のようなものが置かれている。
「──おや? 参加は初めてかい?」
「あ、これはどうも」
隣の屋台で準備をしていた女性が声を掛けてくれる。
ハンナさんのように優し気な雰囲気の女性は、メナールにどこか照れた様子を見せながらもルーエ村からグレッグさんの代理で参加したと告げた俺たちにいろいろと教えてくれた。
「あそこの騎士団が守っている銀の大きな杯にはね、明日になると琥珀でできたメダルがたくさん用意されるんだ」
「琥珀?」
商業ギルドで説明を受けた際に、たしかに参加者はメダルで気に入った店の番号に投票する……というのは聞いていた。
そのメダルが琥珀で出来たものというのは驚きだ。
「そうさ。ハイケアは今でこそ交易の街として有名で、食材からなんでも揃うと言われるがね。大昔にその名を轟かせるきっかけとなったのは、琥珀の採れる場所だったからなんだよ」
「たしかに……場所としては、申し分ないな」
植物の樹脂が長い時をかけて化石化したと言われる琥珀。
山地周辺で見つかることもあるが、沿岸部で見つかることも多い。
河川が流れ込む山地の土砂は海へと運ばれるからだ。
ハイケア周辺にも河川はあるし、特にルーエ山地から流れ込む土砂には樹脂も多分に含んでいるだろう。
パキア海へとたどり着いたものが長い年月をかけ化石化し、海岸へと波と共に打ち上げられたのをハイケアに住む者が発見したとしても不思議ではない。
「その時の名残でね。昔銀や武器なんかとの取引材料ともなっていた琥珀を貨幣に見立てて、勝敗を決するってわけさ。あの大きな杯はルルサハン製みたいだよ」
『交易都市……って感じがしますねぃ』
「そんなに希少なものを投票に用いて、問題はないのでしょうか?」
「アンバー家の所有する琥珀のメダルらしくてね。恐れ多くて実際にやった者はいないけど……なんでも、外に持ち出すと使い物にならなくなるらしいよ」
声を潜めてメナールの疑問に答えてくれる。
不正はともかく、盗難防止対策はバッチリらしい。
……なんだかどこかで聞いた話だな。
先日10/10に書籍二巻が発売となりました。
お手に取っていただいた皆様、ありがとうございます!
そちらの帯にも記載されているとおり、ありがたいことに三巻の発売も決定しております。
続報を楽しみにお待ちいただけましたら幸いです。
いつもお読みいただきありがとうございます。




