第九十三話 ハイケア祭・前日~至高の海鮮スープ~
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『さぁ~~~~~て、アニキィ!!』
「はいはい」
ツークの【収納】がある俺たちにとって、事前準備はほとんど無いに等しい。
周辺の出店者らに不思議そうな顔で見送られながら祭会場の下見を終えた俺たちは、事前に示し合わせていたとおり昼飯を食べることに。
祭会場から元来た道を辿るように港沿いの道を歩けば、多くのレストランやカフェが軒を連ねていて店を選ぶのも悩ましい。
お金と人のお腹に限界がなければ、全部を回りたいくらいだ。
「どちらにしましょうか、リシトさん」
「迷うよなぁ……」
『オレっちは海鮮さえあれば、なんでも!』
「ツーク様の仰せのままに……っと」
小躍りしてご機嫌なツークを頭の上に乗せ一通り店構えや看板のメニューを見ていくと、一つ気になるものを見付けた。
「海鮮スープかぁ」
俺が最近作ったスープといえば、陸のスープと言えばいいのかキノコや野菜なんかが中心。
魚醤とカベラで少し沿岸部の食卓というものを体験できたが、ハイケアに住む者に言わせればまだまだ真髄には触れていないといったところだろう。
「美味しそうですね」
「だなぁ。ここにするか」
『イエーイ!』
白く塗られた木の窓枠が海の色に映える店構え。
大きなガラス窓は店内の込み具合を容易に見ることができるが、それは店の中からも同じこと。
海や船を見ながらの食事ができるのが売りということなのだろう。
海沿いの店らしいなと思いつつ、さっそく店内へ。
案内に来た店員が一瞬メナールに気を取られるも、運よく窓側の席が空いていたので案内してもらう。
さっそく気になった海鮮スープを三人分注文して、料理が出てくるのを待つことに。
『うみ~~~~』
「王都に住んでいた頃はなかなか見る機会がなかったからな」
尻尾と体を揺らしながらテーブルの上で背伸びをしつつ海を眺めるツーク。
今まで観ることの出来なかった分まで堪能するかのように目が釘付けだ。
「……その」
「ん?」
目の前に座るメナールが、おずおずとした様子で切り出した。
「王都での共同生活とは、どのようなものでしたか?」
「ハウスでのか?」
「は、はい」
「ん~そうだなぁ」
俺は『風神の槍』と過ごした日々を思い起こす。
「最初のうちはみんな遠慮気味だったが、いつからか慣れてくると……仲間のような、家族のような感覚で。……まぁ、それが行き過ぎてああなったわけだが──」
「…………」
「さ、殺気はしまってくれ……」
徐々に不穏になるメナールを取りなして続ける。
「大変なこともあったし、最後は別れることになったけど……でも、一緒に過ごしてきた時間を後悔しているかといったら、そんなことはないし。一言では言い表せないけど、結局のところ俺が彼らのことを知った気になっていたのも原因ではあるから……。人と暮らす……特に家族以外の者と暮らすのって、いろんな感情と向き合うことだと思うよ」
「いろんな感情と向き合う、ですか」
思い当たることがあるのか、目を伏せたメナール。
「……たしかに、ハルガはいつも酒を飲むし、アビーはどんな時でもマイペースに本を読んでいますね」
「ああ、村での生活か」
「はい。私にとって、今の環境は初めてのことなので。……一人ではないというのは、なかなか慣れないですね」
そう口では言いつつも、何かを思い出したのかふっと口元が緩んだ。
「ハルガは注意しても声は大きいし、アビーはあまり自分から意思表示はしないですし……自分と違うなと常々思います。いろんな冒険者がいるというのは分かっていたはずですが、まるで今日ハイケアの海を見た時の感覚です」
心の在りようで感じ方が変わる。
メナールにとって他の冒険者というのは、騎士団からの批評や出自により自分を否定的にとらえる者。あるいは見目について噂する者。
全てがそうした者だけではないと分かっていても、どこか他人と共に過ごすということを避けてきただろう。
でも元々知り合いだというハルガさんと、そのハルガさんが信を置くアビーと暮らしてみて、メナールの心にも少しずつ変化が起きたのかもしれない。
「……人と依頼を受ける、というのは同じことなのに。不思議なものですね」
村で出会った当初と比べて、どこか肩の力が抜けてきたように見えたメナール。
もしかしたら、ハルガさんやアビーとの共同生活がもたらしたものかもしれないな。
「──お待たせいたしましたぁ!」
「『お、おお……ッ?』」
運ばれてきた白い深皿を見て、俺とツークは店員の前で思わず驚いてしまう。
皿には綺麗な白身魚の切り身が行儀よく並べられただけ。
香ばしく焼かれた皮こそ色づいているが、身に関しては皿と同色。
一瞬見ただけでは、まるで皮以外何も入っていないかのようだ。
スープを頼んだと記憶していた俺とツークは顔を見合わせた。
「こちらを掛けさせていただきますね~」
「『!?』」
配膳をしてくれた店員がカートから取り出したのは、陶器のソースポット。
皿と同じく白いそれは、まるでセットで造られたかのようにお揃いのようだ。
店員は丸い持ち手を上品に掴んで俺の皿目掛けて何かを注ぐ。
「! これがスープ……ってことか!」
「スープの熱で仕上げるので、これで完成です!」
海鮮とスパイスの香りを放つ、とろとろとした液体を見て納得した。
しっかりと焼かれた……というよりは、表面だけ火を入れられた柔らかそうな白身に熱々のスープが注がれ、まるで魚の旨味を皿全体で閉じ込めるかのように完成されたスープ。
様々な材料を一緒に煮込むのも美味そうだが、こうした主役を引き立てるかのようなスープも心躍る。俺には思いつかなかったアイデアだ。
「ごゆっくりどうぞ~」
配膳を終えたテーブルには、観劇しているかのように深皿に魅入る男三人の姿。
『と、とんでもないヤツがやってきやしたねぃ……ッ』
「野営でこういった作り方はできないと思うので、街のレストランならではですね。恐らく、想像以上に手間が掛かっている料理かと」
「だよなぁ……」
なにせ、注がれる前から海の香りがするスープ。
具材は見当たらないが、少なくともこの白身魚から得た海の恵みではないということ。
とろとろな見た目からしてもスープだけで相当な時間煮込まれているはず。
そこに繊細な焼き加減の白身……それだけで、俺が作るスープとは別の手間が掛かっている。
『じゃ、じゃぁ』
「さっそく……」
男三人、作り手と食材に感謝の祈りを捧げ、スプーンを手にさっそくいただくことに。
まずは白身を含まず、スープから。
「──ッ」
「う…………」
『ウマーーーーーー!!!!』
な、なんだこれ──!?
「舌触りはさらっとしているはずなのに……味が!」
もう一口。
【鑑定】やメニューの解説は見ずに、一旦自分で分析してみる。
「一緒に煮込まれた魚介はカニやエビか……? クリーミーというか、濃厚だよな。でも、それだけじゃないはずだ」
「どこか覚えのあるまろやかさは、野菜を煮込んだ時のものでしょうか? リシトさんに作っていただいたスープのような感覚もあります」
「! それだ。魚介だけじゃなく、野菜も一緒に多く取り入れてるんだろうな」
ルーエ村と比べると物価が少々お高めというハイケア。
その中でも決して安くはないであろう値段のこの店の価格設定は、この想像した手間が正しければ妥当……いや、安いくらいだ。
「すごいなぁ」
料理って、いろいろあるんだ。
知っていたはずなのに改めてそう感じた一品。
『魚もおいしいですぜぃ、アニキ!』
「お」
ジュースの如くごくごくとスープを飲み干しそうなツークは、俺に具も食べるよう勧める。
「では……」
スプーンの先で少し抵抗のある皮目を割くと、あとは優しくほろっと崩れる身。
口の中でどうなるかが容易に想像できる。
「っ!」
それをスープと一緒に口に含んでやれば、正直驚いた。
白身を噛んだ時に感じる旨さはスープのそれとは別で、白身魚を別で焼いた意味を実感したからだ。
「んっ……、なるほど……。一緒に調理して旨味を溶け出させるのもよし。別で調理して主役の旨さはそのままに更に別の旨味を足してもよし、ということか」
特に野営でスープを作る際には、いろんな具材を一緒に煮込んで、量も確保しつつ手間のかからないよう作ることが常だ。
同じ『スープ』なのに。
同じ『おいしさ』を持つのに。
作り方ひとつ、材料ひとつでまた違った顔を見せてくれる。
なんだか料理も人も、似ている気がした。




