第二十四話 二段きのこの、二段構え
「あの、ほんとうに手伝わなくても?」
「今日はとりあえずな、俺から誘ったんだし」
きのこを使った料理。
支度に取り掛かろうとすると、メナールが眉を下げて慌てて立ち上がった。
「どーんと構えて、待っていてくれ」
『アニキにはオレっちが付いてやすから!』
細い腕を全力でムキッとさせるツーク。
かわいい。
「っ、で、では……その。ついでにわがままを言ってもいいですか?」
「ん?」
『わがままぁ? めずらしいッスね~』
そう言うと、さっきまで掛けていた椅子から、俺が作業する台の目の前。
カウンター席に移動するメナール。
「て、手際を近くで見せていただきたくて……」
「? あぁ、自炊の参考になるかもだしな」
「!? そっ、そうですね!」
『ははぁ~ん』
「なんだツーク?」
『いえいえ! オレっちが焦らなくとも、アニキの溢れる魅力は隠せねぇってコト!』
「まーた変なことを……」
自己流にはなるが、まぁこれもメナールのためになるなら全く問題はない。
「じゃ、始めるぞ」
『ウッス!!』
作業のしやすい台に並べられた食材を見回す。
「今日は、下段でリゾット、上段で野菜のグリルを作るぞ」
『ウオオオオォ! 久々のこめえぇぇぇ!!』
「ツークが気に入ってたパンは食べきったしな」
「楽しみです」
「じゃ、まずはきのこを軽く洗って……【水よ】」
それから二段きのこを上下に分ける。
肉厚で太い上段の根元をぷちっとちぎれば、簡単に分かれた。
全部で十個あったから、合計二十個になる。
……多すぎたか?
まぁ炒めりゃなんとかなるか。
『けっこーイイ香りッスね!』
「そうだな。高級食材とまではいかないが、人気のきのこだぞ」
他の野菜と串に刺してグリルにする上段は、切れ込みだけ入れて大きさはそのままに。
傘の広い下段は煮込むので、一度半分に切ってから指の幅で切っていく。
「先にパプリカとナスも切っておくか」
『お、オレっちも手伝いたいのですが……串に刺すには身長が……』
がっくりと肩を落とすツーク。
「ハハ、じゃぁツークはコンロの火を見といてくれ」
『ウッス!』
最近はすっかりツークが火の番になってるな。
黄色いパプリカとナスも軽く洗って、食べやすい大きさに切っていく。
野菜を切り終えたら、きのこの中に火が通りやすいよう鉄串を使って刺していく。
「よし、こっちは焼くだけだな」
『おー!』
「さすが、お早い」
「長いこと料理しているからな」
迷いのない動きという話なら、メナールにとっての剣技だってすごい。
「じゃ、次はフライパンを二個……」
「フライパンですか?」
「もちろん鍋でいいぞ。ただ、今日は三人分だし、米が多い。スープを米にまんべんなく吸わせたいからな。平らになる方がいいかなって。ここのフライパン大きいから」
「なるほど、量によって調整するのですね」
俺は自分で作ってそう思うからするだけであって、もしかしたらもっと違うやり方があるのかもしれない。
「美味しけりゃなんだっていいんだ。料理も剣も同じじゃないか? 型を学ぶのはもちろん大事だが、状況によって自分が新しい技術を編み出すこともある。基本と応用、あとは創造。よい結果を追い求めるあまり過程が疎かになっては本末転倒。かといって、結果が出なければ、過程がどれだけ素晴らしくても無意味に思ってしまう。……ま、いい匙加減ってのを、自分で見つけるしかないよなって」
「……! 料理と剣……。たしかに、全くちがうように思えますが、同じにも思えてきました」
「メナールはあれだろ、レシピがないと料理作れないとかだろ」
「よく分かりますね!?」
「アハハ、俺だって最初の十年そうだったからな。でも、ほら。冒険者っていろんな食材に出会うからさ。それこそ、ふつうの店には出てこないものを使って料理することもある。何度も失敗して、試行錯誤を重ねた結果が……今というだけさ」
二十年以上も冒険者として飯を作っていると、誰だってそうなる。
俺が特別ってことはないはずだ。
「リシトさんでも、美味しく作れないことがあったんですね」
「今でもそうだよ。もっとこうすれば美味しくなったかな~とかしょっちゅう。
レシピってのが基本なら、自己流にアレンジするのが応用。一から自分でレシピを考えることが創造。な? 似てるだろ」
…………と偉そうに言ったはいいものの。
剣技においてはメナールの足元にも及ばない。
俺が剣のこと語るなんて、恐れ多すぎた。
「……失敗を恐れず、研鑽を積み上げる。まさしく、剣の道と同じですね!」
……なんとかなった!!
「目指す結果は勝利。最悪の結果は死。勝利のために日々の修行がある。……さすがに剣と比べるのはアレだったけど、考え方としてはな。
むしろ包丁さばきでいえば、俺なんかよりメナールの方が上だと思うぞ」
「! では、お手伝いの際にはお任せください!」
「あぁ、頼りにしてるよ」
そう言えば、とっても嬉しそうな顔をする。
……彼も、俺と同じようにこういった話をするパーティを組んだことがないんだろうな。
真剣に依頼の話をするのもいいが、こう、戦闘に関係のない話を気軽にし合える関係ってのも……いいな。
『アニキィ! コンロいい感じですぜぇ!』
「お、ありがとなツーク」
じゃ、さっそくリゾットからやっていきますか。
まずは小さい方のフライパンをコンロに乗せて、オリーブオイルをたらす。
オイルが温まったら、きのこの下段をしなっとするまで炒める。
『オ、オォ。とろっとしてきやした!』
「きのこって大体こうだよな」
きのこがいい感じに焼けたら、小さい方はいったん避けて……。
大きいフライパンにオリーブオイルを足して温めてから、米を追加!
米を炒める時に水分でふにゃっとするのを防ぐ……シールドみたいな感じか?
いい感じに熱くなるまで炒める。
この隙に弱火のコンロに網を乗せて、軽く塩を振った野菜を乗せておく。
「ツーク、次はこっちの見張りを頼んだぞ。焦げる前に面を返してくれ。熱いから気を付けるんだぞ」
『ウッス!』
持ち手は熱くならないよう加工されているが、網に近づくだけでツークの小さい体には熱が全体を覆う。
……そういえば、セレのスカーフは耐火仕様と言っていたな。
俺はともかく、ツークが危ないし。そういうエプロン、探すか?
「おっと。そろそろいいかな」
米の色が、白から徐々に透明になる。
熱されている証拠だな。
そこに白ワインを加え、さっと炒めながら水気を飛ばす。
リゾットの作り方は、王都のレストランで基本だけ教えてもらった。
王都では珍しい新鮮な魚介を使ったリゾット。
高かったけどあまりに美味しくて、つい「りょっ、料理長を!」と呼んでしまった。
いわゆる秘密のレシピ、ってやつは教えてもらえなかったが、代わりにオーソドックスなリゾットを教えてくれた。
レシピってのは地図みたいなもんで、同時に想い出のかけらでもある。
翌日の開店前に教えてもらった時のことを思い出す。
──なんか、料理ってお酒使いますけど、なんでですか?
──いろいろ理由はあるぞ! 臭み抜きもあれば、火が通りやすくすることもある。
──へぇ。じゃ、リゾットは? 米に酒って、なんでだ?
──うちのは魚介とチーズを使う。簡単にいやぁ風味づけだな。白ワインが香りのいい食材を引き立てるんだぞ。気になるなら、自分で二種類用意してみろ!
──あー、なるほど。実験、ってわけですね。うちの村じゃ料理にワインなんて誰も使ってなくて。
──正解ってのはない。人の味覚だってそれぞれちがう。どっちがおいしいかなんて、そいつが食べてみないと分らんだろ? ただ作った奴が食べた限り、そうした方がうまかった。他のやつにも振る舞って、意見が一致した。……それだけだ! あんた、冒険者なら俺たちより近い距離で食べてもらえるんだ。自分と、それから目の前の奴を笑顔にすることから始めたらどうだ?
あの時の、見た目は怖いのに心優しい彼の顔が思い浮かんだ。
……ま、食材も無限に買えるほど金に余裕があったわけではないし。
失敗した料理が続くこともあったよな。
ほんと懐かしい。
『ホイッと』
横ではツークが火傷に気を付けながら、一生懸命ひっくり返す。
料理を振る舞う相手がいたってのは、きっと俺の料理の腕をさらに引き上げてくれたんだろうな。
「すでにいい香りですね」
「焼けたきのこってのは、なんというか……湯気に旨味がギュッと詰まってるかのようだよな」
『ぜってぇ、焦がしやせんから! 死守!』
「頼むぞツーク」
ワインの水気も飛んできた。
いつものストックしてあるブイヨンを、米に吸わせる程度に入れる。
そろそろストックも切れそうだな……。
焦げ付かないように時々混ぜながら煮て、汁気がなくなったらまた少し吸わせる。
これを繰り返す。
『アニキィ! こっちはもうイイ感じですぜぇ!』
「お、なら転移使って皿に頼む」
『ウオオオォォ!』
そんなに気合が必要か?
「ん?」
「! あ、いえ……」
ふと目の前のメナールを見ると、目があった。
「……その。あの時、あなたには冒険者が野営をする際の注意点を教えていただきましたが……。後の私には中々そういう機会もなく」
「あ~。討伐対象さえ見つかったら、メナールならすぐ終わりそう……」
パーティを組んだとしても、メナールなら朝一で終わらせてしまいそうで食事時まで一緒にならなそうだな。
「ただ、一人だけ縁のある者がおりまして」
「お」
「彼は……その、ちょっと変……。っい、いえ。豪胆で、頼れる男なのですが。彼がその時に言ったんです」
「へぇ? なんて?」
懐かしみながら話すメナール。
めずらしく饒舌だ。
「『信のおける者と共に戦えるのは、武人としての幸せ。家族や友と食事を共にし語らうのは、人としての幸せ。メナール殿と依頼を受けるというのは、その両方を得るというもの。大変光栄なことである』……と。そう言っていただきまして」
「……いい人だな」
「だから、その。彼もそうですが、……私は家族と、そのように食事をしたことはなかったもので……」
ちらちらと俺を見るメナール。
厳格な貴族の家だと、静かに食事するんだろうか?
……それともあれか、机が長すぎてってやつか。
物理的な理由。
「もちろん。俺にとっても、とても光栄なことさ」
間近で【魔法剣】を見られて圧倒されたし、今となってはこうして自然と語らえるのも、食事の機会が増えたからだ。
「感謝してるよ」
最後の仕上げに残りのスープを注ぎ、バター、チーズを加え、足りない塩味を整えたら──完成!
「振る舞う相手がいるってのは、作り手にとってもいいもんなんだ」




