第二十五話 グリルとリゾットといつかの風物詩
『じゅるり』
くんくんと鼻をひくつかせ、香りを堪能するツーク。
食卓に並んだリゾットからは、濃厚なチーズとバターの香り。それからきのこの豊かな香りが立ち込めた。
「はぁ……」
「どうした? きのこ、苦手だったか?」
前に苦手なものはないと言っていたはずだが。
「あ、いえ、すみません。あまりに美味しそうで、ほんとうに無料で食べていいものかと」
「一応前金もらってるしなぁ」
「それでもです!」
メナールはほんとうに律儀な男だ。
「じゃ、食べようか」
コップに水を注いで、予想される口の中の熱さ対策も万全!
『ひゃっほおおおおお!』
祈りを捧げ、ツークは一目散に野菜のグリルへと向かった。
「あ、ツーク。外してやるよ」
『ありがてぇッス!!』
鉄串から野菜たちを外してやる。
ワクワクとツークは目を輝かせた。
粗熱を取るためにすこし置いていたから、ツークが頬張っても火傷はしないだろ。
『んめえぇぇー!!!!』
小さい手できのこをしっかりと抱きしめ、口いっぱいに頬張る。
……あっという間になくなったな。
「じゃ、俺も」
俺はそのままかぶりつく。
「……ん、身が弾力あって、でも噛むとジワッてくる。塩振ったパプリカも、火を通すと甘いんだよな~うまい」
『それッス!』
二段きのこ。香りのいいきのこ。
特別な特徴はその外見だけだけど、いい食材見つけたな。
「……」
「どうした?」
「~、っ!」
じーっと野菜を眺めていたメナールは、意を決した様子でかぶり付いた。
「……! ナスも、甘い……」
「野菜って他の主張する食材と一緒に食べると目立たないのに、シンプルに焼いたらすっごい甘く感じるよな」
『きっとオレっちたちが気付いてないだけッス!』
「アハハ、そうかもな」
パクパクと口に野菜を運ぶメナール。
最初の一歩を踏み出したあとは、迷いなく食べていた。
……あ、貴族だからそういう食べ方したことなかったとか?
いつも上手にナイフとフォークを使って食べてるもんな。
『んめぇ……んめぇ……ッ!』
ツークはといえば、今度はリゾットを口にして泣き真似をしている。
そんなに美味しかったのか。
「ふぁっ、はふ」
俺もツークにならって口に運ぶ。
水で一旦口を冷まして、ふーふーと息を吹きかけ万全の態勢で挑んだ。
「ん~、んまいっ」
バターとチーズ。コクとまろやかさの中に、きのこの豊かな風味がふわっと香った。
少し芯の残る米には、野菜や肉をよく煮たブイヨンの旨味がぎゅっと詰まっている。
きのこのムニッとした歯触りが、噛んだ瞬間固めの米とちょうどよく混ざり合った。
口からスプーンを離そうとすると、名残惜しそうにチーズが伸びる。
安心しろ、すぐに食べ尽くしてやるからな。
目の前のメナールを見れば、美味しそうに食べてくれている。
よかった。二段きのこ、そんなに特別な食材でもないけど口に合ったみたいだな。
『ふぃ~~~~!!』
すっかり膨れたお腹をポンッと叩いて満腹をアピール。
ご満悦だ。
片付けもさっと終わらせて、しばらくテーブルでまったり過ごす。
ちょうどいいタイミングだ。
俺は本題に移った。
「あのさ、メナール」
「はい?」
「お願いがあるんだ」
「?」
俺はそう言うと、ツークに言って出してもらった。
「……、板?」
それは、ロムールのハウスで破壊された木の机。その断片。
「俺の村には風習があってな。生涯の仲間たちは机の定位置に名前を刻んで、定期的にそこに集い、食事をし、飲んで騒いで……時間を共有するんだ」
「時間を……」
「俺の場合はあんまり同世代もいなかったから、家族とそれをやってたんだ。実家の机には家族三人分の名前が刻まれてあって、……夕飯は必ず一緒に食べてたんだよな」
昔を思い出す。
「家族もいなくなって、俺も王都に出ると決めたから家は村の夫婦に譲ったんだ。けど、やっぱり風習ってのは染み付いていて、冒険者になりたての十六歳の俺には一つだけ夢があったんだ」
「……それは?」
「仲間。家族ではないけど、家族のようなもの。
……また、家族と同じように定期的に集まって、食事をしたいと思えるような」
冒険者の何たるかも分かっていないあの時の俺には、金を稼いで、いつかそれを見つけることが一番の目標だった。
「でも、ほら。スキルは【鑑定】だし、適性は補助魔法だろ? なかなか巡り合えないどころか、冒険者を続けていく中で自分の需要がないのが分かってきたから、どうにかして他のやつらの役に立つ。……そんなことを考えているうちに、最初の気持ちも忘れかけてたんだよな」
そして、やっと出会えたかと思ったが……。
結局、独りよがりだったのかもしれない。
「この村に来れて、本当によかったよ。メナールさえ良ければ……。ここに、名前。いいかな?」
「リシトさん……!」
メナールは大きく目を見開いて驚いた。
まさか、そんなことを言われるとは思っていなかったみたいだ。
「え? ほんっ、わ……、私でいいんですか!?」
「アハハ、他に誰がいるんだよ」
『オレっちはアニキの心に名前、刻ませてもらってやすんで!!』
「あいかわらず熱い男だなー、ツーク」
『ヘヘッ』
あながち間違いではないけどな。
「……っ、光栄です。とても……」
板を受け取ったメナールは、泣きそうな。
でも嬉しそうな、年相応の顔で笑った。
「お、その顔、はじめて見るな」
「──えっ!?」
「いつも年齢以上に大人びてるからなぁ」
『ったく。やぁっとオレっちと同じ歳に見えますよ!』
「…………、そうか。同い年だったか……」
見えない。
とてもじゃないが、見えない。
『ったく。しょーがねッスねぇ~、んじゃぁナイフを──』
「──ちょぉっと待ちなあぁ!!」
「「『!?』」」
ツークがナイフを【収納】から取り出そうとすると、背後から大音量でストップがかかった。
「は、ハンナさんっ!?」
「話は聞かせてもらったよ。……でもねぇ。その板じゃ、ちょぉっと寂しいじゃないか」
「……」
メナールが持つ破片は、食堂のまな板よりも小さい。
机、とはもう呼べないほどの大きさだ。
「だが、……」
「リシトさえよければだけど、一番奥の席。使いなよ」
「え?」
奥の席というのは、かまどと小窓がある側。店の一番奥の壁に面した席。
少し広めのテーブルと椅子は、人数が多い時用なのだろうと思っていた。
「ルーエ村にはそういう風習はないけど、面白そうじゃないか」
「だ、だがっ」
今のところハンナさんにとって、俺はただの客だ。
食堂を手伝いたいという思いがあることも、まだ言っていない。
「なぁにを遠慮してるんだい! わざわざこんな田舎まで来てくれた冒険者、ありがたい話だろうさ。ちょーっと名前刻んだくらいで、使えなくなるもんじゃないだろ? 旦那も、きっと同じこと言う。……それにほら! 旦那がいない間も、冒険者たちがここを気に入ってくれたってのが一目で分かるさ」
「ハンナさん……」
「リシトがこの村を拠点にしても、しなくても。また、ここに帰ってくればいいじゃないか! ……メナールと一緒にさ」
こんなに人情溢れる人も、いるもんなんだな。
……年甲斐もなく泣きそうだ。
『……お、オレっちも、アニキの村に行ったことがないもんで……。ぜひ、やってみたいッス!』
俺には一応出身地はあるが、ツークはその場所を知らない。
憧れがあるんだろう。
「……あぁ、そうだな」
「もちろん最初はリシトがやるんだよ?」
「おっと。それもそうか」
『はいっ、どうぞ! アニキ!』
ツークは【収納】からナイフを取り出し、渡してくれた。
「……じゃぁ、お言葉に甘えて──!」
──リシト・フェルス
一番右手前の席。
横に向い合せで八席、左右両端に二席椅子が並んだ中で、その場所に名前を刻んだ。
「じゃぁ、私は──」
──メナール・アイレ
ナイフを俺から託されたメナールは、一番右奥。
俺の席の前に名を彫った。
「さ、さすが、きれいに彫れてるな……」
『あっ、アニキ……ちょいとガタガタ過ぎやしませんか……?』
「言うな、ツーク」
言われた通り、頼りない線で描かれた名前。
けど、それ以上に心は晴れやかだ。
「──いつか、ここの風物詩になりそうな予感がするねぇ」
ハンナさんは、どこか嬉しそうに言ってくれた。




