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継承 3

東京都新宿区


「では数量は1200、お値段は“30”ということでよろしいですね?」


商売人相手だからと非常に警戒していたが実際はとてもスムーズに話が進んだし、価格についてもかなり勉強して貰えた。

逆に申し訳なくなってしまうほどだ。


「うん、問題ないよ。それで配送は……いつものルートはリスクが高いから中国経由で台湾にお願いしたいんだけど……あのルートってまだ生きてる?」


「中国からとなると当局の目があって厳しいですがフィリピンからのルートであれば使用可能です。もちろん総督府に“口利き”していただけるのであればですが」


唯一問題があるとすれば在庫が海外に保管してあるという事だ。

日本国内ではほぼ発生してこなかった吸血病関連の機材なので仕方がないが、超常関連の医療機器である。

許可されていない国内への持ち込みは警告なしで殲滅されても文句は言えない違法薬物やら火器なんぞ及びもつかない御禁制中の御禁制の品物なのだ。

であれば正規の手続きを踏めばいいのだろうが、残念ながら『MARUMO』は認可された事案使用団体ではない。それどころか『機構』や各国の超常管理団体から事案使用団体だと思われてすらいない。

彼らの実態を知っているのは私や十河の爺さんと関係の深い少数の『機構』職員だけだ。

元々の『丸茂商会』は維新で幕府が崩壊した折、天文方番所御用達だった商人や職人のうち新政府に雇われなかった者たちを面倒見のいい茂吉親分が纏め上げて超常関連企業として立ち上げたという経緯がある。

通常の商社としての始まりも概ね似たようなモノなので茂吉親分の人情と人徳の賜物であろう。

ともかく、西洋式の近代超常管理団体に倣って産まれた新政府の超常管理団体『兵部省第六局』後に所管が内務省、陸軍省と移り変わり、最終的には『憲兵司令部分遣隊』となる大日本帝国における超常管理機関の御用達としてやってきた『丸茂商会』である。

『焚書の五年間』ではそれなりの打撃を受けはしたものの、世界規模での調達力においてはあのアメリカさえも舌を巻くほどであったことから『保全財団』の前身である『P部局』からの仕事を請け負う事によって危機を脱した。

当時の業界において世界最高の能力を持った商社であったが、創業以来超常についてはごく少数の社員のみが関わるのみであったが故の弱点もあった。

1972年の9月、当時の社長深川茂典を含む超常に関わる社員が乗った飛行機が太平洋上で消息を絶つ事故が発生

乗員乗客合わせて50人強が関わる航空事故ではあったが本機が『丸茂商会』と『保全財団』による会合のために仕立てられたチャーター機だったということもあり事故が表沙汰になることもなかった。

この事故により『丸茂商会』における超常関係者は全員が死亡したとして各国の超常管理機関の事案使用団体リストから外される事となり今では真っ当なカタギの商社と見做されている。

まあ実際のところは見ての通りな訳だが、それ故に商品の発送にあたっては非常に工夫が必要だ。

複数のペーパーカンパニーを経由し、通常超常を問わない非合法な団体が全貌も知らずに自分たちの主義主張や商売の為だと信じ込んで指定の場所まで運び、それを『察知』した『機構』が襲撃を行い、押収品として物品を入手する。

普段使用している極東ロシア経由日本海沿岸行きのルートは戦時下なので今回は東南アジア経由台湾行きのルートを高雄出張所の人員が襲撃する形での納品になるようだ。


「政治向きの話はいつも通りこっちに任せてもらって大丈夫。問題は日程の方だけど最速でどれくらいになりそう?」


「騒動が始まった時から準備はしておりますのでお急ぎでしたら三日後でも」


どうやら『吸血病』騒ぎが始まった時点で準備をしてくれていたらしい。

はっきりと明言はしていなかったが私が今回来た目的どころか『機構』が保有する資材の備蓄量まである程度把握している風もある彼らのことだ。大口取引の気配はしっかり感じていたのだろう。


「こっちの準備はそこまで周到には整ってないよ」


違法な超常関連物品取引の情報を友好的な事案使用団体に確度の高い噂話として流して彼らが『機構』に垂れ込むプロセスで大体三日、『太宰』の即応部隊が高雄に展開するのは一日もあれば十分だろう。

同時進行で台湾総督府、現地協力勢力との調整と人員の抽出、合同部隊による当該地域の隠密裡での包囲及び封鎖を行うとなると二日……念には念をで三日……


「六日後の深夜に豊浜郷沖でいける?」


「かしこまりました。そのように手配いたします。お支払いについてはいつも通り『T1』で?」


「いや、あんまり同じとこばっかだと目立つから今回は『M』でお願い」


「かしこまりました」


在庫があったのも、彼らがこちらの状況を理解してくれていたのも非常に幸運だったといっていいだろう。

少なくともこれで諏訪先生による危機を回避することはできたとみていい。

安請け合いの後片付けが済んだことで肩の荷が降りた気分だ。


「そうそう、今日は紹介したい子がいてね」


あとはもう一つ、大事な話を済ませてしまおう。



東京都千代田区 環境科学研究機構本部庁舎

地下22F 所掌第10部フロア 臨時吸血病対策要員エリア


「そういえば班長アレ聞きました?」


大嶋、小県両調査員と連れ立って食堂に向かいながら笹子調査員が尋ねる。


「どれのことだ?」


「ほら、アレです」


言葉ではなく指差した先の廊下、そこでは二人の医療研究員が立ち話をしていた。

それ自体は別に珍しいことではないが、腰にはツヤツヤと光沢を放つ革製のウエスタンなホルスターにこれまた場違いなシングルアクションリボルバーが差し込まれている。


「ああ、アレな……」


「私も梓さんから相談されましたよ……」


アレというのは医療研究員内で巻き起こったウエスタン趣味の流行のことである。


「まあそもそも芽はずっと前からあったんだけどな」


別に彼らはワイアットアープに憧れているわけではない。

『機構』においてシングルアクションリボルバーの名手といえば諏訪光司であり熱狂的なファン……というより信者達が彼の模倣をするというのは今に始まった話ではないのだ。

昨今の『機構』と『保全財団』の融和の影響によって今年の一月に一部の品目に限り『機構』への禁輸措置が解除され、米国製の小火器類の使用が個別購入物品に限り認められるようになった。

『保全財団』や『IMA』には遠く及ばないまでも、世界有数の規模を誇る超常管理組織である『機構』だ。『いい銃の日』を待たずに米国の銃器メーカーが営業をかけて来たことはいうまでも無い話である。


「もっと最新でハイテクなのが売れると思ってたらSAAだとかレッドホークだとかばっかりとんでもない量出るから調達課に何度も確認の電話がかかって来たらしいですよ」


「だろうなぁ……諏訪先生がMS2000使い始めた時も追っつかないくらい注文入ってミロクの担当がテンパってたしなぁ……」


そもそもとして現代の荒事の場で古臭いリボルバーや上下二連式の散弾銃などを役立てようと思えば桁違いの工夫や並外れた実力が必要になる。

勿論実際の現場にそれらを持ち込む者はそこまで多くないとはいえ第一線救護のために危険地帯に飛び込んでいく必要も多い医療職には相応の火器を携行して欲しいというのが調査員達の本音なのだ。

しかしだ。ミロクブームの後にはクレー射撃ブームがあって医療職員の移動的に対する射撃精度が格段に向上したし、シングルアクションリボルバーが入ってこない段階にあってもスポーツとしてのクイックドローは信者達にしっかり根付いてもいる。

天才であることは当たり前、その上で努力を苦にもせず一心不乱に研鑽を積める『機構』職員であれば余程適性がないだとかでなければうまいことやってしまうのだろう。

加えていうのならば射撃への適性が極端に低ければどの火器を使ったところで大差ないしそれを加味して荒事の場をコントロールするのがDS職種の仕事である。

そして『機構』におけるDS職種調査員はそれを成すだけの実力を備えた一騎当千の強者揃いときているのだ。

頭のおかしい流行であっても苦笑しつつ静観するしかないこの状況も言ってみれば相互に信頼しているからこそのものだと言えるのだろう。


「それで、梓さんも結局……」


「はい。ただせっかくだからって言ってバントラインスペシャルのレプリカを買おうとしてたんで流石にそれは止めましたけど」


「そりゃそうだ。そんなもん現場に持ってったらワイアットアープどころかあっぷあっぷになっちまうよ」


「……」


「……はは。それで、博士からも一応OK貰ったんでこの間アメリカ行った時に直接オーダーして来ました。色々注文つけてたんで届くのはしばらく先になりそうですけど」


「お……おう……あれか? 結局諏訪先生と同じ7.5inモデルにした感じか?」


元凶としておかしな空気を生み出した自覚のある大嶋が取り繕うように尋ねた。

もちろん研究室の火器管理責任者として把握しておきたいという気持ちも1割程度はある。


「いえ、梓さんも『アップルジャック』に入ってるんで5.5inモデルを勧めときました」


「『アップルジャック』?」


「ん? 聞いたことないか? 長野県内で活動してるクイックドローの同好会、諏訪先生の信者まみれだけど一応ちゃんと手続きを踏んだ正規の同好会だ」


「あー……いや、初耳ですけどなんか納得です。土日とか支部の縮尺射場に医療職の人達集まってましたし……そうか、なんかやりすぎたアメカジみたいなダサい格好してると思ったらコスプレだったのか、あれ……」


研究職種、医療職種はよく言えば服装に無頓着、正確に言うのであればダサい人間が多い。

勿論守矢所長や諏訪医師、茅野博士や小笠原研究員のようにちゃんとお洒落な人間もいるにはいるがその他大多数は完全に千人塚博士と同等……いや、千人塚博士のそれは完全に怠惰の結果なだけでまともな服選び自体は出来ることを思えば完全に下回っていると言って良いだろう。

そんな『12歳でファッションセンスの成長が止まった』様な連中の珍妙な格好など気にしていられないと言うのが笹子調査員の偽らざる本音である。

と言う話をしながら歩いているとすれ違ったどこかの研究主査が白衣の前をさっと閉じて小走りでどこかに行ってしまった。


「笹子さん、今のはハラスメントですよ……?」


「ああ、完全にデリカシーが無かったな。嘆かわしい」


「え? あ……そ、そんなつもりじゃ……」


笹子調査員も元陸上自衛官だが、入隊前は服飾の専門学校に通っていたこともあって思うところもあったのだろう。

もちろん悪意など欠片もないが、彼の言葉は己のダサさに自覚のない研究者たちにはよく刺さることが甲信研では有名である。


「「どうしたんですか?」」


慌てて弁解する笹子調査員に重なった声が尋ねる。


「ああ、諏訪先生達も今日は食堂ですか?」


「ええ、今日は赤坂さんが厨房に立つと聞きましたので」


赤坂主幹給養員は洋食の達人として名高い『機構』本部が誇る名物職員である。


「それはそうと」


「なんでそんなに慌ててるんですか?」


安曇兄妹の問いに答えようとして笹子調査員はあることに気付いた。

兄のやたら疲れ切ったような表情と、妹のやたら楽しそうな表情にである。


「あー、アレです。笹子のいつものドン小西」


「「あー……激辛ファッションチェック……」」


「はっはっは、また誰かが『おぶす〜』と言われた感じですかな?」


「だから違いますってば! 誤解ですって!」


そもそも『おぶす〜』はドン小西ではなく植松晃士だろうと言う部分は無視して笹子は返した。


「そんなことより……諏訪先生またなんかしたんですか?」


「何か……とは?」


諏訪医師はそう言って白衣の下の服装を確認する。


「自分で言うのもなんですがそこまで妙な格好はしていないと思うのですが」


「ええ、全体的に上品に纏まっててそれでいて堅苦しくなりすぎてなくてすごくいいと思います。ていうかそのシャツいいですね、どこので……じゃなくって!!」


「まあまあ落ち着いて」


「「ほんと服好きなんですね……」」


呆れたように苦笑する安曇兄妹の言葉に照れくさそうに咳払いをして笹子は冷静に言葉を継ぐ


「梓さんは妙に楽しそうですし、逆に修さんは疲れ切ってます。大体こう言う時は諏訪先生が何かしら関わってるじゃないですか」


普段は呼吸がピッタリ合っている安曇兄妹がここまで対照的な反応を見せるのは彼が知る限りにおいて諏訪光司絡みだけだ。

彼の言葉を受けて安曇兄妹は顔を見合わせ、諏訪医師は何事かを噛み締めるように頷いた。


「笹子さん」


妙な沈黙を破ったのは小県調査員


「相変わらずすごいよく見てますよね」


「え……?」


予想外の言葉に笹子が戸惑っていると大嶋がその巨大な手を彼の肩に置いた。


「その……なんだ? すげえとは思うけどちょっと気持ち悪いぞ」


「な……班長いきなりなんですか!」


「はっはっは、笹子さんはそれでこそではないですか!」


一連のやり取りを受けて諏訪医師が快活に笑う。


「なに、ちょっと昔話をしただけですよ」

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