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継承 2

東京都千代田区 環境科学研究機構本部庁舎

地下22F 所掌第10部フロア 臨時吸血病対策要員エリア


「博士と小笠原さん、どこ行ったんですかね……」


安曇修主任研究員がポツリと言う

いつでも手術を始められる様に準備を進めておくように

彼らの上司はそう言ってどこかに行ってしまったが、普段とは様子の違う姿に多少の違和感を感じていた。

それ故に意図せず溢れた言葉であろう。


「なんか変な感じだったしね……妙なことしてないといいけど」


その違和感は妹の安曇梓主任研究員も感じていたようで心配するような声音で返す。


「おや、お二人は博士が心配ですか?」


「「心配です」」


「小笠原さんはともかく」


「博士は何かあったらその……アレなんで……」


対して穏やかかつリラックスした様子の諏訪光司医師

数時間前の激昂とその後に千人塚博士からの指示で簀巻きにされていた時からは想像もつかないような様子である。

その際に常人では命に関わる量の鎮静剤を打ち込まれているのでその影響でまだ思考がはっきりとしていないのだろうか?


「確かに博士は好ましくない人々にとっても非常に魅力的な人物でしょう。その上自分自身が戦うという面ではそこらの小学生にも劣るほどです」


それを前提とした上で、と諏訪医師は続ける。

その様子はどこか楽しげであった。


「なぜ博士は……よく言えば自由に、より正確に表現するのであれば雑に、勝手気ままに歩き回ることができるのか……わかりますか?」


「一応武装はしてますし……」


「それに『機構』の監視網もありますし……」


「なるほど、それらもある種正解と言って良いでしょうし、何より博士にとっての安心材料になっていることでしょうね……ただ、もっと根本的な部分である種不可侵なのですよ」


不可侵……『機構』においては勿論のこと現場レベルでは各国の超常管理機関においても確かに千人塚博士の持つ事案的特性は厳に秘されるのが通例ではある。

だが、不可侵という言葉を用いることには違和感を禁じ得ないというのが安曇両研究員の率直な感想であった。


「「『ピーチ姫より誘拐された経験は豊富だ』って……」」


それはかつて千人塚博士自身の口から聞いた言葉である。


「ええ、勿論そうでしょうとも。私も過去に誘拐した経験がありますから」


さらっととんでもないことを言い放つ諏訪医師

おそらく『諏訪先生が敵だった頃の話』だろう。その文言を千人塚博士の口から聞くことはあっても二人ともあまりそのことを積極的には話してくれないので断片的な情報しか知らないのだが……


「よく無事でしたね……」


千人塚博士が、である。

味方としては心強いが、そもそも諏訪光司という人物は史上最悪のマッドサイエンティストとして語られる人物だ。


「ははは、博士を奪い返しにきた若い頃の羽場さんが長机をフリスビーのように投げてきましてね、その時の傷が今でも残っていますよ」


何を勘違いしたのか諏訪医師は笑いながら髪を掻き上げて古傷を見せてきた。


「いやぁ、あれは痛かった。人生初の頭蓋骨骨折でしたよ」


「よ……よく無事でしたね……」


安曇梓の言葉は諏訪医師に向けてのものだ。

並の『事案』が相手であれば筋力のみで無力化できると喩えられる羽場主務調査員

あくまで喩えではあるが状況次第では単独徒手で『事案』と渡り合うことができるというのは事実である。

純粋な膂力においても戦技においても他の追随を許さない生けるレジェンドに頭蓋を割られて生還しているという時点で只事ではないだろう。


「当時主任研究員として博士の補佐についていたのが今の守矢所長ですからね、誘拐してどうにか逃げ切ったと思ったらすぐに奪還の手を差し向けて来ましたのでまともに危害を加える時間すらありませんでした。思えば当時から『将軍』たる素質は開花していたのでしょうね」


これまた逆だ。だが、結果として答えは揃った。

その上で思うのはとんでもない時代だったのだろうということだ。

登場人物全員が伝説とすら言える一連の騒動

現在では多少の個人差こそあれ重大な事態にも冷静に対処する先人達ですらギリギリで生を奪い合っていたその時代に自分たちがいたら、果たして生き残ることはできたのだろうか?


「そ、それで博士が不可侵っていうのはどういう意味なんですか?」


逸れに逸れた話を安曇梓が引き戻し、逸れに逸れた安曇修の思考も本来の場所に引き戻された。

双子ではあるが散逸的な思考をしがちな兄に対して妹は本道を見失うことはあまりない。

優劣の話ではなくパターンの話である。


「不可侵というのは些か不正確ではあるのですが……まあ簡単に言って仕舞えば眩いほどに魅力的なのですよ」


「「モテモテってことです……?」」


「はっはっは……なるほど一面においてはそう言っても差し支えないかもしれませんね」


思考パターンは対極と言っていいほどに離れた二人だが導き出す答えは双子のステレオタイプと言っても良いほどに似通っている。


「せっかくの機会です。千人塚由紀恵博士という人物について私が見てきた上での所感……というほどでもないですが、まあそう言ったものを聞いていただけますかな?」



東京都新宿区四谷 株式会社『MARUMO』本社ビル


「……ここって勝手に停めちゃって良いんですかね?」


企業の地下駐車場である。おそらくここでまた車を乗り捨てるのだと思っているのだろうがっさんは困ったような、それでいてこちらを非難するような視線を向けてくる。


「流石の私も関係ない会社の駐車場に車の不法投棄みたいなことはしないよ」


「はは、そうですか」


これは完全にそういうことするタイプだと思っている返事だ。

それなりに付き合いも長いのでがっさんのそういう部分は分かっているし、逆を言えばがっさんも私のそういう部分をよく分かっている。


「お疲れ様、ここが目的地だよ」


平素から私達を守ってくれていると同時に背信を監視している『機構』の目から逃れるために車の乗り換えやらをしつつほぼ関東全域を行ったり来たりした旅の終着地だ。

運転慣れしているがっさんはまだ余裕そうだが私の腰とお尻はほぼ限界に近い。一旦このオンボロキャンターで轢いてもらって粉砕してリセットしたいほどだ。


「……冗談ですよね?」


「流石に冗談で『機構』を巻いたりしないよ。結構お気に入りの職場なんだから」


衣食住に安全は過去最高水準、制限は多いが慣れて仕舞えばそこまで不自由には感じない程度の自由まで保障されているとくればこの業界屈指の良物件である。


「そういうことじゃないんですけど……ここってスーパーの会社ですよね?」


「正確にはスーパーで儲けてる商社って感じかな?」


主に東日本を中心に展開する『マルモフーズチェーン』は業界最大手には遠く及ばないまでも中堅くらいの立ち位置で事業を存続させている燻銀なスーパーマーケットで旧『丸茂商会』、現『MARUMO』の大看板である。

地味だが店舗の多さと地域密着で確実に顧客を獲得していることから一時期大資本に買収されそうになったりしていたがそれら本来的には不可能な話を跳ね除けて今でも食品スーパーチェーンとして自主独立を保っている。地味だが……


「はぁ……引きこもりすぎて知らないのかもしれないですけどスーパーに医療機器なんて置いてないですしそれが超常医療に関わる品だったら尚更ですよ? さ、本部も近いんでこのまま帰りましょう」


がっさんは至極真っ当なことを言うとオンボロキャンターのエンジンんをかけ直す。


「待った待った!! 言いたいことは分かる。ただ一旦一緒に来て?」


そもそも突飛な事をやっているのはこっちだ。

ただ、説明すると長くなるのでとにかくついて来てもらうのが早いだろう。

と言うことで受付までがっさんを連れてきた。背後からの視線が痛い。


「社長……あー……今茂樹って会長でしたっけ? 繋いでもらえます?」


「……お約束はございますか?」


前方からの不審者を見るような視線も加わったがこちらはいつも通りだ。

受付のお姉さんや周囲に過剰なほど配された警備員から不審者扱いされるのは大した問題じゃない。


「秘書室に『四谷の舟山が来た』って伝えてもらえれば分かるはずですよ」


「……少々お待ちください」


お姉さんが電話をかけ始めたのでがっさんの方に視線を移すといつでも懐の拳銃を抜けるように構えている。

おそらく明らかに堅気の警備員とは思えない攻撃的な様子でジリジリ距離を詰めて包囲を始めた警備員達に警戒してのことだろう。

昔所長を連れて来た時は彼らとおしゃべりを始めて最終的に肩を組んでどっかの球団の応援歌を歌い始めたのと比べるとフィールド系研究室長としての素質の差が如実だ。

計算でやっていたのならまた話は変わってくるが、なんも考えていない天然である以上優秀さの軍配は圧倒的にがっさんに上がるだろう。


「がっさん、大丈夫だから」


ただ、現状彼らから感じる敵意はあくまで不審者に対しての当然の反射と言っていい。

スーツ姿で座っている一見警備要員でない数名が傍に置いた鞄の中にある短機関銃をいつでもこちらに向けられるようにしていたとしても、特段気に留めるようなことじゃない。


「はい、はい……はい確かに四谷の舟山様と……はい……ですが……はい、はい。かしこまりました」


どうやら確認が取れたらしい。受付のお姉さんが目配せするとこちらを囲んでいた警備員がスッと離れ、スーツを着たサラリーマンはそっと鞄のジッパーを閉めた。

そのうちの一人と目があったのでウインクをしたら何とも言えない苦笑が帰ってきた。だろうね。


「四谷様」


「舟山でいいですよ。四谷は亭号みたいなもんなんで」


「亭号……?」


「あ、いえ気にしないでください」


亭号なんてのは例えだ。別にそんな一門を打ち立てて演芸界に殴り込もうなんて気概はない。

落語に講釈そんなものは目と耳で楽しむもんで自分の口で、というのは専門外もいいところである。


「ええと、舟山様……すぐに常務の滝野川が参りますので」


「はいどうも」


「常務って……結構偉い人ですよね……?」


がっさんがひそひそ声で聞いてきた。

確かに『機構』にいると馴染みは薄いだろう


「うちで言うと所掌部事務長みたいな感じかな?」


「……めっちゃくちゃ上の人ですね」


「ざっくりその辺ってだけだよ。ほらうちの職制って独特だから」


まあがっさんに関しちゃ十河の爺さんにも直接会ったわけだし別に私企業の重役なんぞに気押されることもなかろうが……

と言うわけで常務の滝野川さんに連れられて来たのはシンプルだが調度品がとんでもなく良いもので整えられていることは一目でわかる重厚な応接室だった。

馬鹿を気押すのならばわかりやすくゴージャスにした方が効果的だろうが道理を弁えたタイプにはこういうさりげなく一流のものをあしらうことで醸し出される空気感の方が効果的だ。

とは完全に受け売りである。


「舟山先生、ようこそおいでくださいました」


誰からのかといえばこの部屋の持ち主


「今日はどういったご用向きですかな?」


そのご先祖様だ。


「ちょっと買い物に寄らせて貰ったよ」


『MARUMO』の前身である『丸茂商会』を一代で築き上げた男


「そういうことでしたら大歓迎でございますとも」


私の大昔の相棒、言うなればがっさんの大大大先輩


「何しろ舟山先生は創業者深川茂吉の祖父よりの大恩がありますゆえ」


博徒の茂吉親分だ。

維新の前後で色々面倒は見てやったが、まさか累代にわたって私に力を貸してくれるとは思わなかった。

本当に義理堅い人々である。


「それでは早速商談と参りましょう。お急ぎの理由がおありでしょう?」


が、それはそれこれはこれでもある。

相手はそれこそ超常にも通ずる海千山千の商売人だ。

流石に阿漕なマネはしないだろうが、それでも油断をしたら思いがけない損をしかねない。

資金だって無限じゃないのだ。

さて、がっさんに失望されないようにちょっと頑張ってみよう!!

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