大量情報伝染 5
「博士、なんか腕が上がんなくなったんですけど……」
「どれどれ……あー、やっぱアレだけパワー上げちゃうと駆動系が持たなかったかぁ……」
藤森ちゃんから言われて腕の点検をしてみるとモーターが幾つかまともに動かなくなってしまっていた。
テスト段階の時のように発火することがなかったのは幸いだったがそもそも安全のためにつけてあるリミッターのカットに素晴らしいギミックと共に提供するコンセプトである。こうなってしまうのも多少は仕方のないことではあろう。
「……欠陥品じゃないですか」
「だから緊急用の機能だって言ったでしょ? 少なくとも常用する類のモンじゃないよ」
もちろん予測の範囲内の損傷だし、内部のモーターも簡単に交換できるようには設計してある。
ただし今回は予備のモーターを持ってきてないのでしばらくはこのまま我慢してもらうより他ないだろう。
「幸い一匹だけだったしみんな集まってくれてるからね、まあ車ん中でのんびりしててよ」
「はあ……あ、一応予備の腕も持ってきてるんですけど交換とかってできたりします?」
「予備の腕? 準備いいね」
「博士とか小笠原さんが『試験機』を持ってくる時って五回に一回は途中でぶっ壊れますからね。流石に学習しましたよ」
「別にわざとぶっ壊れるように作ってるわけじゃないよ」
「当たり前ですよ」
技術開発には失敗はつきものだし、成功よりも失敗から学ぶことのほうが遥かに多い。
そういうわけで尖に尖った試験機は実地での不具合もあるにはある。だがまあその辺は先進的な義肢装着者の先達たる宿命としてこらえてもらうより他あるまい。
「それじゃここ片付けたら腕の交換しよっか。それまで休んでてよ」
「わかりました。くれぐれもよろしくお願いしますね」
去っていく藤森ちゃんを見送る。ここまで事態が動いたのだもはや助っ人として参加した研究室がすべきことはそうおくないのでとっとと片付けてしまおう。
「ん? 諏訪先生、もうトバしちゃった?」
梅島警部補の応急処置をしていた諏訪先生の方をみると『記憶修正導入薬』を吸引させているのが目に入った。
「おや、まだ何かありましたか?」
「まだ細かいインタビューしてなかったんだけど……」
『記憶修正導入薬』は処理対象の記憶が通常より強烈な対象者に用いられる薬剤である。
簡単に言って仕舞えば精神の防衛機能を完全に取っ払い素っ裸の状態にしてしまうためのものであり諏訪先生が進めていた死者の脳からの記憶抽出というテーマでの研究の副産物として生まれた比較的新しいお薬だ。
従来の高濃度記憶処理薬と刷り込み整合法を用いたものと比べると非常に安全性が高く後遺症も出にくいものである。
ただし一時的に完全にクルクルパーにしてしまう従来のものとは異なり精神や記憶は丸裸なだけで保持され続けてしまうので外部刺激に関しては非常に注意が必要なため現地での取り扱いが比較的難しいという欠点もある。
ただその辺は開発者本人だけあってちゃんと理解しているようで頭部には感覚遮断具が装着してあるしさっきしれっと麻酔も注射していたので問題はないだろう。
「これは失礼、起こしましょうか?」
「あー……別にいいかな? 特にこれといって大した情報も持ってなさそうだったしね。ただ処理自体はまだしないでおいて」
「できれば早めに済ませてしまった方が影響も出にくいのですが……」
「そりゃそうなんだけどさ、ほらお巡りさんじゃん?」
「ああ、なるほど」
『機構』と警察はパワーバランス自体はさておき非常に友好的な関係を維持している。
それ故に色々自分勝手に大暴れしがちな『機構』といえども警察職員に対してこっちの事情だけで記憶処理はできない事になっている。
それは各政府機関、特に超常対応のための部局を有する省庁に共通する事項であり警察官の記憶処理に関しては警察庁長官官房での審議と警察庁長官の決裁を得て行うことが『望ましい』と『機構』側の規範にも明記してある。
自衛隊のように『J-7』の部長が決裁し、爾後速やかに統合幕僚長に報告する。みたいなスピード感はないので緊急の場合は現地判断で勝手にやっちゃうことも多いが別にこんなところで急ぐ必要はないだろう。
強権を有するが故に疎まれがちな『超常管理機関』たる『機構』だが、仲良くやれるならそれに越したことはあるまい。
「まあどのみち後は諏訪先生達お医者さんと『蟒蛇』以外は特にやることもないだろうからね、終わる頃にはお役所仕事も済んでると思うよ」
東京都千代田区 環境科学研究機構本部庁舎 地下3階 医療審議官部エントランスフロア 自動販売機コーナー
「えーっと、これが医療センターからの書類で、これが担当医からの所見……でえっと……あったあった! これが今回の申請書ですね」
大量の紙の書類、今回の案件に伴う警察職員に対する超常医療措置に関する書類をお使いに来た警察庁の人に手渡す。
来たのはうちとも馴染みの深い墨田警視正だ。
「どうも……というかなんでこんな場所に?」
「聞きたいですか?」
「聞きたくないです。大丈夫です。言わないでください」
「あはは、冗談ですよ」
日本政府側の人間からすれば『機構』に関わる情報は私達が思っている以上にセンシティブだ。
余計なことは知らないに越したことはないだろうし、詮索なんてもってのほかだろう。
政府ともその下の各種超常対応機関とも情報の取り扱いに関する協定を結んでいる以上よほどのことが無い限り直接『機構』が動くことはほぼないが、その分構成員による情報の取り扱いに対して責任を負っているのは彼らの属する組織、ひいては日本政府である。
うちほどでは無いにしても結構情報漏洩に関しては厳しい対応を取るらしいのでそう考えると墨田警視正の反応も納得であろう。
「今結構バタバタしてたんでこのくらいのお使いなら私が出ますって名乗り出たんですよ。幸い墨田さんとは長い付き合いですからね」
「そういうことですか……いや、千人塚博士がこちらの勤務になったということなら私としてもありがたいですよ。『機構』さんとは随分一緒に仕事をさせてもらってますが現場の匂いのしないお偉方が相手だと毎回緊張してしまって」
あー……勘違いしてるなぁ……
「すいません言い方が悪かったですね。今回の案件に駆り出されてるだけで別に本部勤務になったわけじゃ無いんです」
「ああ、そういうことでしたか……」
警視長が室長を務める警備広報推進室内において警視正というのはかなり上の方の階級であることは間違いないし、普通だったらそんな人にこんなお使いをさせるようなこともないのだろうが情報管理上の問題で毎度墨田警視正が来てくれているとのことだ。
現場に出ることも多い彼は『機構』にも顔馴染みが多く、かつ『機構』から一定の情報取り扱い権を認められている警察官の中では最も後輩なので割とこういったことも押し付けられがちなのだという。
別に悪の秘密結社とかじゃないんだからそんなに緊張することもないのにと思わなくもないが、反面身内に悪の組織のマッドサイエンティストそのまんまの人間がいるのでちょっと納得と言えば納得してしまう部分もある。
10部で渉外関係を統括する審議監の青葉さんが言うにはよく来る墨田警視正はだいぶマシで、それ以外の人だと心技体を兼ね備え広範な業務内容によく通じ、その上出世の道を断たれてもなお国民を見えざる脅威から守ろうという気概に満ちた警察官が見ていて気の毒になる程緊張しているとのことだ。
美味しいお茶菓子を用意したりしてどうにかリラックスしてもらおうと努力しているそうだが、相手が海千山千すぎてそれすら何か裏があるのではないかと勘ぐられてしまってうまくいっていないとかなんとか……
「それでなんですが、例の二人の治療に関してはどうでしょうか?」
一通りお使いに関する雑談に花を咲かせた後、一拍置いて墨田警視正が尋ねてきた。
「梅島警部補についてはそちらのボスのハンコさえいただければその日のうちには一般の病棟に移してしまって大丈夫だと思います。ただ晴海巡査長に関してはいつになるか……」
「まあそうでしょうね……この手の伝染病患者の遺体となると色々大変でしょうからね」
「ん……遺体? 誰のです?」
「いえ、ですから晴海巡査長の」
「生きてますけど……?」
「はい……?」
墨田警視正が慌てて資料をめくる。
「頸、こんなんなってますけど……?」
こちらに見せてきたのは分かりやすいように写真をつけた資料だ。
なるほど、言わんとしていることはわかった。
「そんくらいなら治っちゃうんですよ『吸血病』って」
治るという言い方に関してはあまり正確ではないが、ほぼ背骨だけで繋がっているような状態でも生命の維持は可能だ。
そもそもとして一つの人体において一匹の女王……というのも『吸血虫』が雌雄同体なので適切ではないが、ともかく一個体を中心とした群れを形成し、最終的には中枢神経系以外を『吸血虫』が代替するというのが『吸血病』の特徴だ。
医療センターから送られてきた資料によれば晴海巡査長は全身の約60%が『吸血虫』に置き換わっていたそうだ。
そこまで症状が進行している場合、重要な部分は即座に周囲の個体が移動することで補完する。
例え話とかでなく文字通り一個の生命体として、真社会性を超える真社会性を有するとさえ言われる『吸血虫』の群れにとっても宿主の中枢神経系だけはなんとしても守り抜かなければならない重要な部分なのでその部分だけは『吸血虫』とヒトの利害が一致していると言っても過言ではないだろう。
「なるほど……しかしその状態から治るものなんですか?」
「治りますよ、意識も残ってますし」
「……は? う、嘘でしょう」
「本当ですって。多分その辺は官公庁に配ってるガイドラインにも書いてあったと思うんですけど」
『吸血虫』の面白いとされるところはその部分だ。
人間の全身を『吸血虫』個体が代替した上で女王が頸椎に強靭な『脊柱殻』を形成、その中から全身を制御するのだが、所詮はちっちゃなちっちゃな扁形動物である。
人間のコントロールなんて複雑なことは難しいし、患者に見られるような宿主の行動を完全にエミュレートして人類社会に溶け込むなんていう芸当はほぼ不可能と言っていいだろう。
彼らがそれを成しうるのは宿主の脳をオーバーライドして処理装置と記憶装置として使用しているからだ。
治療を受け『吸血病』が完治した対象者へのインタビューにおいても身体の制御は一切効かないものの、意識は普段よりはっきりとしていたとの回答がそのほとんどを占めている。
計算機としての能力を引き上げるためにアンフェタミンに近い物質を女王が分泌し、宿主の脳を常に過覚醒に近い状態においているという学説もあるがその辺日本はかなり早い段階で『吸血病』を根絶してしまったせいで後進国と言わざるを得ない。
まあそういった部分に関しても仕事に限って言えば頼りになることだけは間違いないお医者さん達がいっぱいいる『機構』である。今回で結構色々調べてくれるだろう。
「ガイドラインって一冊が六法全書くらいある専門用語だらけのあれですよね?」
「そうです。確か二巻の真ん中辺りが脳との関係についての項目だったはずですし六巻の最初の方の生態について書いてある部分にも関係する記述があったと思うんですけど」
「皆さんあれ全部頭に入ってるんですか……?」
「いやいや流石に全部丸暗記ってわけじゃないですけどみんなざっくりとは頭に入れてると思いますよ」
「あー……いや、まあそうですね。皆さんならそうなんでしょうが……」
仕事への熱意が暴走した連中と一緒に仕事しているせいで麻痺していたが確かに専門外の人には読みにくいかもしれない。
なんなら専門家が普通の人のために対応に必要な部分を まとめた のがガイドラインのあるべき姿なんだろうが、このガイドラインを名乗る物体は『吸血病』に関する専門家向けの資料みたいになってしまっている。
そういえば官公庁が作るガイドライン的なのはもっと余計な部分を省いて読みやすかったよなぁ……自分たちだけ、閉じたコミュニティーの中で独りよがりな生き方してるせいでこんなことになっちゃってるんだろう。
他の実例は知らないが多分ショッカーとかゴルゴムなんかみたいなうちと似たような団体はみんなそうなんだろうなぁ……
これからは世界と協調していく機会も増えるだろうからこんなことじゃいけないだろう。
とはいえ現職の博士達は手遅れだろうからがっさん……はああ見えて意外とその辺しっかりしてるから、双子ちゃんがそういうタイプにならないようにしっかり育てていこう。うんそうしよう。
「とりあえずうちの諏訪先生辺りに要点をまとめてもらって今度お渡しします……」
「すいませんありがとうございます」
とりあえず問題が一個片付きはしたが、しかしなんだか煮え切らないような表情をしている。
なんだろう……
「何か気になることでもありますか……?」
「いや、大した話ではないんですが……晴海巡査長、苦しいだろうなと」
「ああ、まあ確かに……今は我慢してもらう他ないですが……今の彼には慰めにもならないかもしれないですが記憶処理も含めてしっかりこちらで術後のケアもします。そちらに戻る頃にはケロッとして帰ってくると思いますよ」
「ええ……そうですね。ありがとうございます」
記憶処理があるからまあよかろうとなってしまいがちな超常畑の人間にしては墨田警視正は優しい人だ。
「それでは晴海巡査長のためにもとっとと上の決済をもらいに行くとします!」
「ええ、頑張ってください」
問題は色々残ってはいるが、とりあえずの目処はたった。
後は5部と医療職、加えて行政に頑張ってもらうとして私はのんびり書類を片付けてしまおう。
墨田警視正を見送り、残ったコーヒーを飲み干して10部のフロアに向かう。
心なしかいつもより足取りが軽い気がした。




