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大量情報伝染 3

東京都北区


警視庁組織犯罪対策部銃器薬物対策課に属する梅島警部補は東十条商店街の裏、住宅地と市街地の丁度境界線辺りに訪れていた。

近年急拡大している違法薬物の販路について有力な情報を得られるかもしれないとの報せが入ったためだ。


「先輩、こっちっす!」


手を振って彼を迎えたのは王子警察署地域課に勤務する晴海巡査長だ。

彼は高校時代梅島の柔道部の後輩でもある。

本来であればこのような捜査に関わる立場ではないのだが、その耳の速さと誰とでも仲良くなれる人柄をもって王子警察署管内の情報提供者の真似事のような事をしてくれている。

梅島が今日ここを訪れたのも彼からの情報が元になっているのだ。

曰く違法薬物密売団体のメンバーだが足抜けを望んでいる男が情報提供の見返りとして保護を求めているとのことだそうだ。

なんとも胡散臭い話ではある。

それに法的に考えればそういった司法取引のような事はこの国の司法において認められてはいない。

しかし、である。

奇妙な程に情報の得られない当該の組織に属していなければ知り得ない情報を持っている相手だ。

喉から手が出るほどに求めてきた情報が手に入るのであればある程度の『現場判断』はするつもりであったし、仮にハズレであっても他の販路を潰す事は出来るだろうことを思えば梅島の仕事にとってはメリットが大きい。


「それで、どの辺りで落ち合う予定なんだ?」


梅島の問いに晴海は制帽を外して自分の頭を軽く撫でた。

彼が何かを思い出そうとする時の昔からの癖である。おそらく周辺の地図でも思い浮かべているのだろうが……


「いやほんとすぐ近くっすね、二、三分歩けば着きますよ」


「そうか……」


梅島は言いつつ少し歩調を緩めた。


「それで、なんでお前は制服で来てるんだ?」


「いやいや、向こうからの指示なんすよ。変わってますよね」


「そうだな……」


それ以外にも違和感はある。

言語化こそできない程度だが折り重なった違和感は既に不信感に近付いていた。

しかし、同時に意図が見えないのも事実だ。

仮に当該の組織に晴海が買われているとして、一捜査員に過ぎない自分を罠にかける理由は?

そもそも一人でここには来ているが居場所が分かるような情報は残して来ているし信頼できる上司には詳細も告げてある。

その事は晴海も理解しているはずだが……


「どうしたんすか? 日が暮れますよ?」


晴海が振り向いて言った

気が付けば周囲に殆ど人がいなくなっている。

少し戻ったパン屋の辺りなら人目もあったはずだ。


「悪いが今日は帰らせてもらうわ」


言うが早いか来た道を引き返そうと踵を返した梅島の肩を晴海がとんでもない力で掴んだ。


「なんで気づいちゃうかなぁ、流石っすね先輩」


首元にはしった激痛

力任せで押さえつけてきている手首を掴み小手返しで投げ飛ばした梅島は口元が血で真っ赤に染まった晴海の姿をみた。

意識が飛びそうなほどの痛みと出血

不気味な笑みを浮かべる晴海に向き直った彼は視界の端に飛び込んでくる一人の女の姿をみた。



「そういえばなんですけど、なんか意外でした」


クラウンのハンドルを握る宮田くんがそんな事を言ってきた。なんの話だ?


「いや、今回の案件博士にしては珍しく一切ごねないで引き受けてたなって」


「あー……うん、みんなには申し訳ないと思ってるけどこっちのが楽かなって」


海外出張からの帰りである。

本来ならこういう話は引き受けるべきでない事は重々承知ではあるのだが、今回に関しては引き受ける方が被害が少なかろうと判断したのだ。


『八雲工務店による重大インシデント』


現在吸血病案件と同時に発生している事態であり真田博士達が対応にあたっている長野県内で発生した厄介極まりない案件

おそらくごねて甲信研に帰ったら十中八九対応を振られることになるその仕事と本案件を比較すれば、絶対にこっちの方がのんびりまったり仕事が出来るだろう。

もちろんベストはそのまま帰ってお休みだということはわかっている。

あくまでも今回の私の選択は非常に消極的にベターを選んだに過ぎない事は分かっているが、それはリスクを勘案した結果だということをご理解いただきたい!


「いや、別に責めてるわけじゃないんすけど……」


「まあ博士のこれは今に始まった事じゃないでしょうけど良かったんですか?」


「何が?」


疑問を挟んできたのは修くんだ。


「『八雲工務店』の方確か空間異常がどうこうって話だったじゃないですか。どっちかといえばそっちの方が博士の専門分野に近いんじゃないかなって」


「うーん……いやまあ確かにそうっちゃそうなんだけどね……『八雲工務店』絡みの案件って関わった事は?」


「ないです」


山陰研で働いていた経験があって『八雲工務店』に関わらずに済んできたというのは非常に幸運な事だろう。

彼らは『八重垣建設』の下請けとして超常の利用を限定的に許されている企業であり『機構』の施設、特に管理収容に関わる施設の建設にも複数関与している。

特徴としてはヒトを用いた建設様式で元々は奈良時代から続く人柱の扱いに長けた宮大工集団だった。

明治以降はそこに近代的超常技術が加わり、更に戦後『焚書の五年間』に自分たちも連合軍から追われながらも多数の在野の超常研究者を保護、後に吸収して地位と技術力を確固たるものにしてきた歴史がある。

そこだけ聞けばよくある超常関連企業なのだが、問題は主義と能力だ。

顧客第一主義を掲げる彼らは来た仕事を一切断らない。

さらにお節介な上サービス精神が旺盛と来ている。

結果として顧客も意図しない超常インシデントが多発するし、どういうルートを経たのかはわからないが今回のように通常の建設に関わるという事態になるともう大騒ぎだ。

もちろん『機構』が仕事を発注することもあるので担当者に問い合わせして事態の収束を計れば良いと思われるかもしれないが、彼らは『モノづくり』という自分たちの仕事に誇りを持っている。

それ故にか自分達の作り上げたモノが相手であっても破壊、もしくは無力化する能力を一切有していない。

そして大抵の場合はオンオフのスイッチみたいな機構は一切仕込まれていないので彼らが問題を起こすと毎回『機構』と『八重垣建設』が手探りで対応に当たることになる。

一応彼らなりにどのような機序で動作しているのかという理論は提供してくれるのだが膨大な経験則を元に組み立てられた独自の技術体系のため読み解いていくのも一苦労なのだ。


「場合によっちゃ資料の解読だけで半年以上、私の知る限りだと一番長いので6年かかったケースもある。その上平行して無害化する手法も開発してかなきゃいけないからね。このクソ忙しいのにそんな悠長な仕事に付き合ってらんないよ」


専門か否かだけで何も考えずに道を選べば気が付きゃ過労死街道まっしぐらだ。

その辺の小狡い判断は研究室を率いる上で必須である。


「はぁ……色々考えてんすねぇ」


「そうだよ、私くらい優秀になると高度な計算で行動するんだから!」


「どうせフィールドワークならサボり放題だしこの規模なら自分達が当たりを引く可能性が低いからのんびり東京観光でも楽しもうっていう高度な計算なんじゃないですか?」


捜索予定地域の地図を確認していた藤森ちゃんが言う


「失礼な!」


「あ、違いました?」


「全く違わないよ! 図星を突いてくるのはマナー違反だよ!」


「なんか急にマナー講師みたいなこと言い出しましたね……」


「まああれじゃないすか? いきなりラーメン屋に向かった時点でボロは出てたと思いますよ?」


私達の担当区域は赤羽から池袋や赤塚辺りにかけての範囲だ。

仕事を振られた立川の医療センターからであれば中央道と中央環状線で池袋周辺のICで降りるべきところだが私たちはさらにそこから首都高三郷線へ入り加平ICで高速を降り、近辺のラーメン屋で優雅なランチをキメてからのんびり環七を走っている。

ダイレクトに担当区域に向かうのと較べると数時間の遅れではあろう。


「まず担当区域外縁部を巡察して夜間に人の集まる繁華街での聞き込みに備えるためって言ったら信じる?」


「よくもまあそこまでくるくるとでまかせが出てきますね」


「ええと、図星って言ってなかったら信じたかも知れないです」


「まあ博士がそれっぽい事言ってたら基本は信じないっすね」


言葉は三者三様だが中身は信じないという事で一致しているようだ。

三人とも優秀で非常に鼻が高い。


「そもそも最初っからサボる事しか言ってないですしね」


藤森ちゃんに至っては注目を逸らした本質の部分にもしっかり目が向いている。


「あ、宮田くんそこ左折で!」


「左っすか? 王子の方出ちゃいますけど」


「いや、ちょっと寄り道。なんか美味しいパン屋さんがあるらしいからおやつに買ってこう」


「まだ食うんすか?!」


「また苦しい苦しいって騒いだら置いてきますよ」


「腹八分目の方が楽しい気分で帰れますよ」


「すぐ食べるわけじゃないから! ほらこっから長いから!」


そんな感じでみんなに止められつつ呆れられつつパン屋に向かったわけだが……

異常な肌の白さ、無意識に日向を避けるような動き……加えて微かにぎこちない動作等々、明らかに怪しい人物を見つけてしまった。

どうやら警察官のようだがスーツ姿の男と連れ立って歩いている。

見たところスーツの方は特にそれらしい兆候はないので繁殖を目的とした行動だと考えれば非常に自然な話だ。

おそらく人目の少ない場所、可能であれば安全な日陰に誘い込むつもりなのだろう。

まさか初っ端、いやなんなら私の感覚からすればまだ初っ端さえ迎えていない段階で当たりを引くとは思って無かったしさっき藤森ちゃんが言っていた通りそもそも当たりなんて引かずにぶらぶら過ごしている間に優秀な『機構』職員達が事態を終わらせてくれるだろうと期待して事に臨んでいたのだ。

面倒くさい。いっそ無視してしまいたいがこうなってしまったら仕方がない。

対策本部と藤本ちゃんの端末宛に対象発見のテンプレートの送信とロケーター情報を送信して尾行を開始した。

どうか勘違いですように……



流石に上司のサボりのためという名目でもって堂々と路駐するのは気が引けると近場のコインパーキングに移した車両の中に鳴り響いたのは東京音頭


「あ、博士だ。なんだろ」


藤森伽耶調査員の端末が千人塚博士からのテキストメッセージを受信した事を示す着信音である。


「なんか凄い着信音ですね……」


「あはは、博士にピッタリかなって」


「確かに」


安曇修研究員に答えながら彼女は端末のディスプレイに目を落とす。

どうせ財布を忘れたから持ってきて欲しいとかそんな事だろう。

だがそこに表示されていたのは対象発見の短いテンプレート


「宮田、武器は?」


「拳銃と車載の散弾銃とみどり剤……あとは諏訪先生のヤバめの吹き矢がある」


空気の変わった藤森調査員に宮田調査員も短く答える。


「わかった。武器を準備してワンブロック先の線路沿いで待機」


「藤森さんは?」


「対象を制圧出来そうならどうにかしてくる。無理なら博士担いで逃げてくる」


言うが早いか彼女は車を降りて駆け出して行った


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