大量情報伝染 2
東京都 福生市 合同検疫所
なんやかんやと色々あった今回のウクライナ出張……途中搬出予定の資料が詰め込まれたムリーヤが露助の攻撃で粉微塵になったり無人機に改造したミグ戦闘機で片切くんがハッスルした結果『キエフの亡霊』なんていう非常に格好いいあだ名がついたりとか盛りだくさんだったが成果としては成功と言って過言ではなかろう。
『アカデミー』本部所管人員の大部分を救出し、持ち出せた『事案』の数も多い。
ロシア奥地のZATOに関しては今回の作戦では手出しできなかったものの、それでも職員の扱いに関しては露助もそれほど粗暴ではなかったと助け出した研究者から聞くことができたので今回救出の叶わなかった古い友人に関してもそこまで心配をしなくても大丈夫そうなのは非常に救いである。
という事で一度アメリカに渡り、有志連合参加各国による『アカデミー』所属人員の争奪戦と『事案』の押し付け合いを経てようやくの帰国
今は静代さんとも合流して帰国後の検疫を受けるために『機構』と『保全財団』に加え厚生労働省、防衛省、アメリカ陸軍第593兵站コマンドが共同で運営する検疫所で長蛇の列に並んでいる最中だ
「ほえ……大変だったんですねぇ」
「大変は大変だったけど静代さんに出張ってきてもらうほどのことはなかったね。『委員会』連中は大丈夫だった? いやらしいこととかされてない? なんなら鹿島くんに頼めば報復テロとかできるからね?」
「ぶ……物騒な……大丈夫ですよ、すごく親切にチヤホヤしてもらいましたから」
「本当? 変な検査とかされなかった?」
「あー……それはまあ……何でしたっけ? 『なんとかかんとか計数機』とかいうの向けられたりはしましたけど」
「なんやてー! そら大変やー! ヒロポンさんちょいと報復にヨーロッパ戻らなー!」
「ふむ、では航空券を手配しなくては」
私の100倍くらい物騒なことを言っている『百鬼夜行』組、十河の爺さんが特別に私につけてくれた彼らだがどうやらまだ暴れ足りないらしい。
「いやまあ加西ちゃんはいつも通りにしてもヒロポンさんは止めてくださいよ」
とはいえ行政職で穏和な人柄に見えるものの、彼もまた生粋の『百鬼夜行』指揮官の一人だ。
即ち『機構』内におけるバリバリ主戦鷹派の最右翼であろうから無理もないのかもしれないが……
「いや、これは失礼。少し興が乗ってしまいました。ただ今回の出張は河西主務の行政職昇任に関しての実地試験としての側面もあったのでそれにしては少し物足りないかなと」
「そういうことならしゃーないやないですか! ま、今回はご縁がなかったっちゅうことで!」
「ははは、ご心配なく。他はともかくとしてあなたに関してはあくまで形式的なものでしかないですから」
「へえ、加西ちゃん出世すんだね。おめでとう」
「いややぁ! ヒロポンさん堪忍したってつかあさい! うちが何した言うんですか!」
「何をしたも何も今まで挙げてきた功績があるでしょうに……というか貴方といい羽場主務といいどうしてそうなんだか……」
なんだか既視感のある光景だ。
羽場主務も行政職昇任に関しちゃごねにごねた挙句例外的に今のポジションに収まっている。
しかし当時の特殊部隊やらの行政職はもうちょっと推しが弱かったが、今は時代が違う。
御厨調査監補のような手強い上官がいたのでは流石の河西主務といえどごねにごねて逃げ切るというのは些か厳しい部分があるかもしれない。
「まあまあ、せっかくみんなが期待してくれてるんだからありがたく受けときなよ。叩き上げで行政職なんてなりたくてもなれるようなもんじゃないんだから」
本来であれば大学校での課程を経て、さらに各行政職種セクションにおける勤務と各種教育訓練をこなした上で試験に合格して初めてDS職種行政職職員になれるのだ。
本来主務調査員では専従戦闘部隊副隊長や特殊部隊においては中隊長以上の補職には就けないことになっている。
先にも述べた通り主務調査員のまま重要防護圏における防衛警備責任者の任に就く羽場主務は例外としても、彼女が特殊部隊においてもっと上級指揮官としての役目を果たすためには行政職に就く他ないし、個人戦技のみならず指揮や訓練にもよく通じている彼女の立身出世は『機構』としても非常にメリットのある事項なのである。
「……博士にだけは言われたないわ」
「痛いとこついてくるね」
流石は『機構』上位の格闘戦技能力を誇るだけあって的確にこっちの急所をついてくるものだ。
まあ特殊部隊の方の人事の話だしな、あんまり首を突っ込むのはやめとこう。長野県民歴もそれなりに長いので藪を突っついたら蛇が出てくるのは承知の事だがヒグマが飛び出してくるのは勘弁願いたい話である。
「それはそうと全然列が進まないね」
ということで早速の話題逸らし半分事実半分でトークテーマを切り替える。
「まあこれだけの人数やし露助が何つこうてきとるかも分からんやろから時間かかってるんちゃうか?」
河西主務のいうことは尤もであろうが、こういう事態にめっぽう強い『保全財団』と米軍のスタッフも働いている検疫所だ。
押しかけた人数こそ多いもののここまで手間取るだろうか?
「所長ならなんか知ってるかも知んないね……確かその辺にいたでしょ」
辺りを見回してみるとすぐに見つかった。
行列の中で大声で電話している非常にマナーの悪い迷惑なおっさんだ。
「ええ……嘘でしょ? うん……うん……千曲市の公園の建設現場……は? 八雲工務店が建設請け負ってるの?! いやいやいや! なんで市役所の事業なんか……もう絶対それが原因じゃん……わかった。とりあえず空間異常が出てるんなら真田博士はそのまま現地で指揮をとってもらって……うん、後は茅野博士と飯島博士に現地に出てもらった方がいいか……うん、あと2中隊を指揮下に入れて……」
現状がどうなってるのか確認しようと所長の方に向かったら非常に不穏な内容が聞こえてきたのでそのまま回れ右してみんなのところに戻る。
危機管理の観点から見て大人しく列に並んでいるのがベストだろう。
というわけでなんの情報も得ぬままみんなのところに戻ると今度は諏訪先生が検疫所の職員と何やら話していた。
前に東医研で見たことのある顔だな……確か軍畑主幹医療研究員だったか?
「どうしたの?」
「あ、なんか吸血鬼が出たとかで」
梓ちゃんの答えで色々と納得ができた。
だから検疫が遅かったのか……
東京都立川市 環境科学研究機構中央医療センター
吸血鬼騒動なんていうこの国においては非常に珍しい事態の発生は事案性疾病を所管する五部としても想定外の事態だったようで即応可能な人員が非常に少ないらしい。
もちろん単なる感染症の流入であれば対応可能ではあろうが現在は情勢が情勢だ。
そこに数百名からなる各種超常戦に対応可能なだけの装備と人員を備え、かつ必要な予防接種を済ませた有志連合軍参加人員が帰国したとなれば協力を要請するのは当たり前のことだろうし、厄介な伝染病が相手となれば面倒だから断るというわけにもいかない。
ということでうちの研究室を含むいくつかの研究室及び部隊は優先的に検疫を受けて立川の中央医療センターまで移動してきたわけだ。
わけなのだが、正直いって専門外の事態……はいつものことにしても超常医療に関してはそれこそ専門性が高すぎて迂闊に勝手な行動をとるわけにもいかず、では五部の医療研究員の皆様の指示を仰ごうにも彼らももはや恐慌状態でそれどころではないらしく私たちは完全に遊兵化してしまっている。
「というわけで、一応みんなの認識を統一しとこう。『吸血病』知らない人はいる?」
誰も挙手しない。流石にそれもそうか
「じゃあ実際に『吸血病』の患者を見たことある人は?」
今度は諏訪先生だけが挙手する。まあそりゃそうだよな
「博士! 質問です!」
「はい静代さん!」
「『吸血病』って日本だとワクチン接種で根絶したって習ったんですけどなんで感染しちゃった人がいるんですか?」
「いい質問だね! じゃあ諏訪先生、答えて!」
その辺は私もざっくりとした知識しかないので諏訪先生に丸投げする。
餅は餅屋だ、
「そうですね、幾つか要因は考えられますが……その前にまず皆さんは吸血病ワクチンと呼ばれる予防薬がどのようなものかご存知でしょうか?」
「どのようなって……インフルエンザとかみたいに薄めた病原体とかじゃないんすか?」
宮田くんの答えに諏訪先生は首を横に振った。
「そう思われるのも無理はないですね、そもそもワクチンという呼び名自体がこれに関して言えば適切ではないのです。製造元である雨傘や米国のブレイズ社などもその辺りの認識には懸念を……っと話が逸れてしまいましたが仮に『吸血病』の病原因子を投与したとしても我々人類の身体は免疫を獲得することはできないんです」
そもそも『吸血病』は寄生虫による感染症である。
翼手目及びイヌ科の哺乳類を中間宿主とし、人間を最終宿主とする寄生虫『吸血虫』がその病原だ。
一般的な寄生虫のように毒素を出したり体内を彷徨いて栄養を奪ったりみたいな事をするのではなく筋肉と神経細胞に寄生し、人体の制御をオーバーライドするという特性を持っている。
症状の進行によっては駆虫薬の経口投与で根治が可能な程度のものではあるのだが、反面として人類の免疫はこの寄生虫を異物として認識することができない。
一説によれば人類と共生し進化の過程で人体のシステムの一部として組み込まれた寄生虫の一種として存在が示唆されている仮説上の扁形動物と近縁であるためともされているがその辺りは未だ解明されていないというのが現状である。
「ですので予防薬は人間の持つ免疫機能をある意味で暴走させて『吸血虫』に対する傷害性を獲得させるといった手順を踏むわけですが、これは別の側面からすれば人体の中に取り込まれた機能に対する攻撃が行われてしまう危険性も孕んでいることに他なりません」
「仮説の上に組み立てられた理論ではあるけど少なくとも一連の機序に関しては臨床で実際に証明されてるからまあそういうもんだって使ってるんだよね?」
「その通りです。残念なことに私やミスターが申請してもこの手の寄生虫のサンプルは貰えないもので」
サンプルがあれば全部解明してやるとでも言いたげな諏訪先生だが……いや、うん。実際出来そうだが流石に『機構』が誇る異常者達にそんな危険なおもちゃを与えられるほど肝の据わった人間はいないだろう。
「それで……どこまで話しましたか……まあ要するに人体への攻撃性を局限化するために非常に限定的な効力しか持たないのが予防薬です。それ故サンプルとある程度遺伝子の構造が変化してしまうとせっかく予防薬で獲得した『吸血虫』への免疫もあまり役に立たなくなってしまうのです」
「ということは生物兵器による攻撃の可能性が高いと?」
「今の所はなんとも言えない。としか言えないでしょうね」
大嶋くんの問いに諏訪先生が残念そうに答える。
「自然界においても予防薬が効果を発揮しなくなる程度の変異は十分に起きうるものです。もちろん各国の保険当局と超常管理機関、現地の対応部局が共同で変異のモニタリングをして製薬会社が都度予防薬の組成をアップデートしてはいますが医療サービスが不十分な国や地域においては網羅しきれているとは言い切れないのが現状です。なのでまずは感染経路の特定とサンプルとなる感染者の確保に全力を注ぐ他ないでしょう」
要は泥臭く脚で稼ぐ調査が必要というわけだ。
うちの編成には実にぴったりの仕事であろう。……なんか考えただけで疲れてきた。帰りたい。




