大量情報伝染 1
ウクライナ キーウ州 アントノフ国際空港 UNPCC有志連合西部後送任務集団司令部
一月の東欧は寒い。
少なくとも私が外を出歩く気温の許容値は遥かに下回っている。帰りたい。
とはいえ今の私の立場を考えれば帰るわけにもいかないのが現実だ。
とち狂って超常世界に喧嘩を売ったロシア政府も理解の範疇を超えてはいるが、私を西部後送任務集団司令官に任じたUNPCC加盟各超常管理組織上層部もそれに負けず理解の範疇を超えていると言っていいだろう。
言っちゃあなんだが私自身激レアな『事案』なわけだしとっても色んな国から恨みを買ってたりするわけだし……いやまあその辺りは外人煽るのが大好きな理事会の習性を思えば納得できないわけではないが……
いや、そうは言っても国内的観点で言えば私は一介の主幹研究員に過ぎず、幹部職主務研究員や各種行政職種上級職員を差し置いてこんなところにいるのがまず持ってあり得ないことなのだ。
十河の爺さんがいうには英米を納得させる唯一の人事とは言っていたがそれってもしかして生贄みたいなことだったりするんだろうか?
「っていう部分について藤森ちゃんはどう思う?」
「無意味にだらけて阿保面晒してないで真面目にやることやったらどうなんだろうって思いますね」
「なるほどためになる。参考にさせてもらうね」
しかしそうは言ったものの、今の私にできることはあまりない。
何せ指揮所施設はまだ開設していないし、物資の移送の段取りとかは西部後送任務集団隷下の同後方司令部がひと足先にイスタンブールで指揮所を開設して黒海越しに指揮を執ってくれている。
こっちの動き始めは指揮所を開所して後、更に言えば遅れて到着する『保全財団』と『機関』の実働部隊が到着してからになる。
なにしろ私達の主たる任務は『アカデミー』基幹要員の救出であり、大国の正規軍相手にそれを成さねばならぬ以上、行動は一斉にかつ最速で行われねばならない。
でなければ良くて各個撃破、最悪戦闘の拡大からのなし崩し的な全面超常戦への突入と碌なことにはならないのである。
故に準備が整わないうちに軽々に行動に移るような事は厳に慎まなければならないのだ。
「なんか博士がまともなこと言ってます!!」
「小県さん……流石に博士だってまともなこと言うことだってありますよ、ごく稀にですけど」
「がっさん……フォローしてくれてるつもりなんだろうから気持ちだけはありがたく受け取っとくけど他の人にそういうこと言っちゃダメだよ、怒られるからね」
遠慮がないのは結構なことだし軽口も大歓迎だが、今のご時世パワハラ的な事にも繋がりかねない。
それでなくとも気難しいタイプの多い仕事だ。今後研究室長になることを考えればちゃんと発言には気をつけなければだろう。
ウチみたいにみんなやたらと仲のいい研究室ばかりではない。
「安心してください。博士みたいにダラけてふざけてる人もそうそういないと思うんで!」
まあその辺りはがっさんなら平気か
「博士、ちょっといいすか?」
和やかにお喋りに興じていると宮田くんがやってきた。
彼は指揮所直掩部隊の指揮をとっていたはずだが……
「どうしたの?」
「『機関』から司令部要員が到着しました。通して大丈夫ですか?」
「いいよ、ただ一応みんなも同席してもらっていい?」
「出てけって言われても居座りますよ。本物かも分からないんですから」
そう言って宮田くんは無線に二言三言吹き込む。
彼だけでなく私達全員ウクライナ国家親衛隊の軍装をしているし、『機関』の人間も普段通りの格好では来ていないだろう。
スパイが入り込むには格好の機会というわけだ。
一応ウクライナ政府からの全面的な協力は取り付けてはあるものの、腐敗の激しい東欧の中小国だ。防諜もきっといい加減だろうから信用することはできない。
そういうわけでDS以外の全員も全員いつでも拳銃を抜けるようにして迎えた『機関』の職員達
「お久しぶりです! 千人塚博士」
その代表者はやたら楽しげで元気な女性だった。ただし目つきは人殺しでもしてきた直後のように悪い。
「ええ、最近は私もめっきりそちらに行くことが少なくなっていましたから。お変わりないですか?」
それは彼女の一族の特徴だろう。別に遺伝的なものというわけではない。全員が全員毎年修羅場を潜っていれば嫌でもそうなる。
なんならそんな生活を送っていて全員が全員朗らかな性格という方が異常と言えるのかもしれない。
彼女はヘレナ・カニンガム
かつて『コンバットサンタ』と呼ばれ世界をクリスマスの脅威から守るために戦った英雄の孫娘である。
確か今は『ラピュタ』の主席分析官として次代の『カニンガム将軍』目指して頑張っているはずだ。
「あなたが来ているという事は……」
「残念ながら『ラピュタ』は動かせません」
残念だ。
ただまあ『ラピュタ』なんて動かした日にはそれこそ全面超常戦だもんな、仕方あるまい。
ただ『ラピュタ』ほどではないがウクライナの誇る巨大な貨物機『ムリーヤ』をチャーターしてあるので大人しくそっちで我慢することにしよう。
「今回は『王室挺身隊』の指揮官として博士の指揮に入ることになっています」
『王室挺身隊』は非常に御大層な名前だが、要するにうちでいう任務部隊みたいなものだ。ただ、慣例として最低でも大隊規模の準軍事部隊がぶら下がっている大体戦前ぐらいまでの特別編成部隊の形なので『機構』における任務部隊と比べるとそれなりのお偉方が指揮を執るのが通例である。
そう考えると次代の『カニンガム将軍』は順調に育っているということだろう。
「とりあえず『保全財団』の部隊が到着するまではゆっくりしていて下さい」
確かサリヴァン大佐から貰った大量の茶葉を諏訪先生が持ってきてくれていたはずなのでのんびりティータイムと洒落込もう。
無駄に小器用な諏訪先生が淹れる紅茶ならイギリス人であっても納得してくれるはずだ。
せっかく久々に会ったのだ。積もる話も色々ーー
「博士」
と思っていたら耳に手を当てた宮田くんが声をかけてきた。
あー、来ちゃったかぁ……
お仕事の始まるいやーな気配を感じつつ招き入れた『保全財団』の指揮官は見たことのない黒人女性だった。
「初めまして、西部後送集団司令官の千人塚です」
「……? ああ、そうか、そうだった! いやすまない!」
『保全財団』指揮官はそう言って服の中から巨大な赤い宝石のあしらわれた首飾りを取り出す。
あぁ、なるほどそういうことか……
「お久しぶりです。ですね、オルブライト博士」
「私たちの曖昧な尺度の中でその言葉に意味があるのかは分からないがね」
若くて健康的な見た目に反して口調は実に不健康でねっとりとしている。
素直に挨拶も出来ないとは皮肉屋の外人も大変なものだ。
「博士、オルブライト博士って……」
小声で聞いてきたがっさんを手で制する。
「一応今は味方だから説明できない。日本に戻ってからね」
「わ、わかりました」
結局事が済んだら敵に戻るし情報の共有もするのだが、こういう場合に向こうさんの事案的特性について言いふらさないのはこの業界の国際的な慣例である。
必要があると判断すれば本人が説明するだろうが、あくまで今回は指揮所要員だ。
首飾りが本体でつけた人間を乗っ取る形で事実上の不老不死状態にあるアーティファクト化した人間であるという彼の事案的特性に関しては情報科が要注意人物についてまとめたファイルに詳しく記載があるので帰ったらそれを読んでもらうこととしよう。
「ふむ、日本に戻ってから……か」
なぁんか嫌な感じの笑みを浮かべて仰ってらっしゃる。
「何か気になることでも? それとも皮肉でもありますか? こっちには皮肉の本場の大物がいることをお忘れなきように」
「ウェールズの田舎者ですのでできれば巻き込まれたくないです」
皮肉界の女王陛下たるイギリス人の威を借りようとしたらこっちに振るんじゃないとばかりに躱されてしまった。
「いや、そういうことでは無いが……些かこの事態を甘く見積り過ぎているのではないかと思ってね。君たちらしくも無いことだ」
「それは全面超常戦も起きうるという意味で?」
「その問いが出てくるという意味で、というのが適切だろう」
周りくどくてめんどくさいが、要するにそれ以上の何か……例えば避け得ない形での破局的終末の訪れを想定しているということだろう。
もちろん、この仕事をしていればそれは常に念頭に置いておくべきことだしそれが超常世界の秩序に真っ向から喧嘩を売ってくるような奴らが相手となればその危険は大いに高いものとなるのは間違いない。
それを踏まえて言わせて貰えば考えすぎだ。
「本当にそうだろうか? 我々はすでに尊厳維持局の稼働を準備しているよ。少なくとも我々も連邦政府もそれが必要な措置であると判断している」
「は……?」
「それは……流石に……」
アメリカ合衆国尊厳維持局
UNPCC総会決議132号に基づく条約、通称『アンタルヤ条約』によって設置されることとなったアメリカの政府機関だ。
同様の団体はUNPCC加盟国全てが持っているが、問題はその役割の部分である。
『人類の叡智を結集し、あらゆる手段を制限なく講じ、多くの献身と犠牲を払ってなおそれでも滅びが避け得ないのであれば、我々がすべきことは今ある秩序、あるべき秩序にこだわることではない。守りきれなかった責を受け止め、人々に次善の平穏を捧ぐことである』
1963年のUNPCC年次会合の場で提唱された『国家尊厳死論』
それに基づいてもはや避け得ない破局的終末事態が目の前に迫った場合に、人々に余分な苦しみを与えぬよう国家と超常関連組織が一丸となって人々に苦しみのない最期を迎えさせるための政府組織だ。
業務内容は全国民への安楽死のための薬品や機材の配布、及び希望者への使用の他各種メディアの主調整室を遠隔で操作し資機材の使用方法の周知徹底と人々が少しでも尊厳を保ったまま旅立てるように、これは敗北ではなく、また行政や組織の勝利でもなくこれを観ているあなたの勝利です。的な内容の映像を流す等々
大抵の超常管理機関はこの段階では必要最小限の人員と『アンタルヤ条約』に係る業務の実員指定を受けた職員以外は解雇されることになるので最後の最後まで仕事をしなくてはならない唯一の部署であると言っていいだろう。
私も事案的特性からいざとなれば要員として日本政府の指揮下に入ることになっている。
内閣官房だったか内閣府だったかに『被災者救済局』が設置される予定……いや、なんか一時期厚労省や国交省に移管されてたけどあれってどうなったんだろう? 実際ことが起きたら私はどこ行きゃいいんだろうか?
とまあ、私の確認不足は置いておいても『機構』内では割とそんな感じで捉えられている組織だ。
そもそも条約を批准こそしているが『機構』は破局的終末事態において徹底抗戦主義であり他国に見られる終末時の解雇制度すら存在しない。
そんでもってそんな徹底抗戦主義の元設置されることになっている任務部隊『カーテンコール』の要員に私が指定されていることからも分かるとおり日本では割と形骸化した制度だが、アメリカさんはそうでは無いらしい。
「そんなに怯えているのに貴方をこんな場所に送り込んできていいんですか? 『尊厳維持局』には欠かせない人材でしょうに」
不老不死やら長生不老、もしくはそれに準ずる頑丈な研究者は業務の特性上かなり重宝されるはずだ。
事実上の不老不死であるオルブライト博士もおそらく要員として頭数に入っていることだろう。
「ん……? ああ、なるほどそういうことか。何やら倫理規定に引っかかるとかで私は参加してはいないよ」
あ、納得……そりゃ諏訪先生を小学校の保健室の養護教諭に据えるくらいミスマッチだよなぁ、流石はアメリカ人だ。
「おまけに何年か前にうっかりポーカーで負けて情報漏洩してしまった件もあるのでね、それ以来関係施設の半径50kmには接近禁止になっているんだ」
「あの騒動、オルブライト博士が原因だったのですか……『保全財団』らしからぬミスだとは思っていましたが……」
流石のヘレナも呆れ顔だ。
オルブライト博士のいう情報漏洩とは何年か前にアメリカのローカルテレビ局でかなり昔に破棄されたはずの『尊厳維持局』の緊急放送フィルムが放送された電波ジャック事件である。
幸い深夜の放送休止時間帯に発生した事件であり、また出力もそんなに強くない放送局だったため直接視聴した人間はかなり限定的だった。が、今はインターネットの時代である。
映像が動画サイトにアップロードされ、取り返しのつかないレベルの情報漏洩まであと一歩といった段階で保全財団が動画の消去と本来の動画に非常によく似た動画をアップロード
映像作家によるホラー動画作品であるというカバーストーリーをとってどうにか収束させた大事件である。
その際に作成された一連の動画作品は今でもネットで大人気だが、こっちの業界はそれどころではない。
『UNPCC』からは正式に『保全財団』とアメリカ政府を非難する声明が出されたし、極東超常統制会議各国は鬼の首をとったかのように『保全財団』にチクチクと外交的な攻撃をしていたものだ。
まさかそれが『保全財団』の枢要な研究者の手によるものだとは誰も思っても見なかった事だし、さらに言えばポーカーに負けたことが原因だなんて想像もしていなかったことだ。
「まあ、オルブライト博士がこちらにいるのでしたら問題はない……ですよね?」
「いや、私に聞かれても分かりませんよ」
性根が一昔前の中西部にいそうな極右アメリカンオヤジなので大っ嫌いな『ソ連』に与するような事はないだろうが予想のつかなさで言えば諏訪先生に匹敵するイカれポンチであることもまた事実なのでなんとも言えないというのが正直なところである。
「まあとにかく、くれぐれも妙なことは--」
軽挙妄動を慎むようオルブライト博士に釘を刺そうとしたところ『機構』職員全員の端末がけたたましく鳴り始めた。
ディスプレイの表示は対空警報、ヘリボーンの赤……
「どうしました?」
私たちの様子を察してかヘレナが尋ねてきた。
「露助どもの動きが早いですね……今すぐ動かせる兵力はどれくらいありますか?」
「私の方は二個小隊程度しか……」
「うちも似たようなものだね」
相手がどの程度の兵力を投じてきているかは分からないが話にもならない。
開戦劈頭に敵首都を空中機動作戦で強襲となれば相手は特殊部隊か空挺軍だろう。
動かすとなれば旅団規模が即応できる精鋭部隊が相手となればまともにやりあえばひとたまりもない。
「双子ちゃん! 国家親衛隊と国防軍に通報して! 大統領府はがっさんに任せる」
「博士! 詳報きました! ヘリ約40がベラルーシからキエフに向かってきてます!」
まずいな……ヘリだったら国境からの30km程度一足の間合いだ。
「前哨が目視で確認、攻撃できます!」
「ダメだ! 手を出さないで監視だけするように伝えて!」
前哨に持たせてる PSAMと重機関銃でどうにかできる数じゃない。
こういう時は考えている一瞬で行動するべきだ。
「指揮所を一時放棄する! 全員乗車!!」




