地獄 11
長野県大町市 環境科学研究機構甲信研究所
千人塚研究室
単なるアーティファクトの確保と研究程度のつもりが根室マンと喧嘩し、所掌部を跨いで宇宙に行って……その上ホネリ氏と時空を越えた感動的な再会まで果たしてしまった今回の案件
理事会に諮った結果として『6924』を根室マンに渡すという本来の予定は白紙になり、その上で『6924』は『くろ収』に新規に超長期的収容のための区画を掘削及び建設しての管理収容が決定した。
その辺は『崇霊会』騒動の時にホネリ氏のことを理事会に報告してあったので動きははやかったしホネリ氏側も執行部理事本人専用の端末に要求を記したメッセージを強制的に表示させたりと最大限協力してくれたので私からの報告を疑う者は誰一人いなかった。
徹底的に秘匿されている執行部理事それぞれの個人情報付きで不正なメッセージを『機構』が誇る高度情報管理員ですらどうやって表示させているのか分からないと匙を投げさせる程の高度文明が相手である。
最早ここまでくれば四日市理事も強硬姿勢を保つことなど出来ずこの騒動は私達の一応の勝利で幕を閉じたと言って良いだろう。
「本当に、その報告がもう少しはやければ私達もハラキリショーを観ずに済んだんですけどね……」
心底嫌そうな表情のがっさん
聞くところによれば私がホネリ氏からされたのとほぼ同じ説明をした切支丹達はそのまま全員割腹したそうだ。
「せめてレジャーシートでも敷いておいてくれてたら掃除も楽だったのに!」
「宗教家なんてそんなもんだよ。自分達のドラマに酩酊しきっちゃってるんだから」
殉教するにしても掃除しやすいように養生をしてからでは酔えないだろう
「でもおかげで連中と全面的な協力体制を敷けるのはありがたいよ。こっちで『6924』の情報を一番持ってるって事には変わんないからさ」
「『聖湯田修道会』でしたっけ? 次会うときはハラキリ無しでお願いしたいです」
なんか微妙にイントネーションが信玄餅くさい気がするが……まあ気のせいだろう
「前まではなんかタダイの方と紛らわしいネーミングだと思ってたけど、その辺も含めての事だったんだろうね。それこそ超常の露見なんかは昔の方が多かったろうし適度に存在をバラさなきゃいけないこともあるだろうからね」
ヤコブの子ユダ、もしくはタダイと呼ばれるかの聖人がイスカリオテのユダとの混同を避けるため信仰が希薄化した風潮自体彼らが作り出した可能性だってあるのかもしれない。
「……? 円谷プロがどうかしたんですか?」
「いや、ダダじゃなく……まあいいか」
よく考えてみたら相手はがっさんだ。聖書がどうとかの話を振った私がいけない。
「ていうかダダの方は知ってるんだね……世代じゃ無くない?」
「いや、なんか一時期デフォルメしたキャラクターがまわりで流行ったんですよ」
「あー……そういやなんかあったねそんなの」
昔から微妙にこの子特撮と縁があるからなぁ……
また理事会から無茶振りされたとかじゃ無くてよかった。
「宗教家っていえば鞠智博士の話聞きました?」
「『ともしびの家』のこと?」
「そうですそうです。なんか妙に優しく対応してあげてると思ったらそういうことだったんですね」
鞠智博士と『ともしびの家』の話というのは要するに情報提供者としての役割を『真灯教』から『ともしびの家』に移したという話だ。
私のところには鞠智博士本人から連絡が来ている。
曰く噛みついてこなくてもこちらの威を借りる時点で飼い犬には相応しくないとのことだ。
その上で超常に対する一定程度の認識を保ち今のところは完全に服従している『ともしびの家』の方が幾分かマシであると言うことらしい。
もちろん絶対的な信頼を向けるべき相手で無いことは鞠智博士もよく分かっているので今後は山陰研と合同でのより厳格な監視及び管理体制を策定していくとの事である。
「まあ取り調べの段階で『真灯教』を切るって腹は決まってたみたいだからね、次の候補者を尋問屋にくるくるぱーにされちゃ堪んないっておもったんでしょ。ていうかがっさん耳が早いね」
「調布でも結構話題になってたんですよほら、『血塗れの消灯事件』そんで気になって北さんに連絡してみたら案の定みたいな感じで」
「あー……まあ結構派手にやったみたいだしね」
用済みになった『真灯教』自体は枢要な幹部の逮捕と構成員に対する記憶処理だけで済む予定だったのだが、そういった空気は向こうも感じ取っていたのだろう。
教祖の真灯は準備を整えて外郭団体を含めた教団一体での徹底抗戦を決めた。これが実によくなかった。
『マル暴』を基幹とした『情報管理執行部隊』は全員が喪服姿で武装も長物は持っていなかったようで、おそらくその辺りも真灯からすれば勝てると決心するきっかけになったのだろう。
聞いたところによれば反社やらなんやらと言った団体から必死でかき集めたささやかな火器を用いて彼らは『情報管理執行部隊』に襲いかかった。
奇襲であり軽装で人数も高々50名の『情報保全執行部隊』に対し、向こうは密造品や北朝鮮やらからの粗悪品とはいえ一応自動火器も備えていたそうで序盤は非常に優勢であったそうだ。
ただ、その後おおよそ5分で整然と後退した『情報保全執行部隊』はガバガバな火線の隙間を縫って徐々に敵陣に浸透して最前線の敵を狩り始めた。
その後更に5分も経つころには周辺の警備にあたってくれていた警察庁警備広報推進室のお巡りさん達が負傷者の救護と後送を開始
徐々に敵が崩れ始めた段階で連絡を受けて急行した完全武装の鞠智研究室付き調査員分隊と『マル暴』による混成部隊一個中隊約100名弱が敵の側背面に対して同時にヘリボーン強襲を敢行
その後はなんというか……完全な包囲下で一騎当千のDS職種からど素人の武装市民が怒りの掃討戦なんかされたらどうなるかなんて考えずともわかる話だろう。
結果として『情報保全執行部隊』側は最初の奇襲の段階で被弾した三名の重症者と室内への突入時に割れたガラスで手を切っちゃったらしい軽傷者一名の被害に留まった。
対する『真灯教』側は施設内にいた出家修行者800人、全国から集められた在家信者620人のうち戦闘中の死者1122人、戦闘後病院での死亡23人を含む重体232人、他全員が大なり小なり傷を負って逮捕されたそうだ。
人数でいえば凡そ1/10でのこの戦果は中々無い事態であり各特殊部隊や専従戦闘部隊幹部が戦闘の分析に入っていると羽場主務が言っていた。早い話が教範に乗りそうな大戦果である。
「逆にこうなってくるとおっちょこちょいで怪我しちゃった恒見調査員はアレだけどね」
「あはは、DSの強面の人達に知られるのはちょっと気の毒かもですね」
「本当にね。まあ面白有名人が出世しがちなところあるから縁起いいっちゃいいのかも知んないけども」
「……次の仕事もそのくらい上手くいってくれればいいんですけど」
ちょっとだけがっさんの声のトーンが落ちた。
次の仕事というのは『UNPCC』のお仕事、つまりは『アカデミー』救出作戦の事だ。
「こればっかりはどうにもね……相手は正規軍なわけだし超常戦でもない限り私たちとの相性は最悪だろうからなあ」
武装化されているとはいえ私たちは軍事組織ではない。
もちろんDS職員の練度は正規軍の軍人に遅れをとる物ではないし、政治的にも予算的にも装備品はかなり先進的でもある。
ただ人員、規律、装備、兵站の揃った軍隊と少数精鋭ではあるものの比較的軽装備の『機構』が正面から戦えばまず負けるだろう。
だからこそ各超常管理団体がその権力を維持するために行うのは純粋な武力の涵養ではなくあくまで搦手の政治や諜報の分野なのだ
「案外博士ってこういう時悲観的ですよね……」
「粋がって戦争しようとして酷い目に遭う同業者なんて掃いて捨てるほど見てきたからね、流石に楽観的にはなれないよ。あーあ、自衛隊さん一個師団ぐらいかしてくんないかしら」
「それこそ日露戦争になっちゃいますって」
「だね、そんなの静代さんくらいしか喜ばないだろうしね」
露西亜嫌いの静代さんはこの仕事へのやる気が凄い。珍しくDSのみんなと一緒に肩をブンブン回している。
「そういえば静代さんは結局どうするんです?」
「とりあえず一旦はポーランドにある『委員会』の施設で待機だね。一応対PSIの施設の中に軟禁って形で」
流石に最前線に出すと全面超常戦の切っ掛けにもなりかねないやばい『事案』である。
扱いとしてはNATOの戦術核みたいなものだ。
「いや、筋は通ってると思いますけど意味あります? それ」
「ないね。ウチの最新式ですら静代さんからすれば障子程度の妨害にしかなんないからね。『委員会』の技術じゃ精々暖簾がいいとこでしょ」
静代さんのPSIとしての能力は日に日に向上している。
そんな彼女と身近に接している『機構』の対PSI能力の向上も業界の中では確かに目を見張るものがあるのだが、それでも技術力で太刀打ちするには到底及ばない。
なんならもはやどうしようもないとの諦め半分、『機構』の業務に対する献身への褒賞半分で理事会は静代さんの施設外居住の許可を出したほどだ。
今までは居住地は甲信研内部に制限されていたが、ひとまず長野県北部地域に限り転居が許可された。
そもそも強力なPK能力者でありテレポートを自由に行える身とあっては居住地にあまり意味はないので本人は困惑していたが……
「まあ静代さんがキレて暴れるってのも考えにくいからね、いざという時の切り札としてのんびりしててもらおう」
現場にがっさんが出ている状態においては静代さんと私たちとの連絡の遮断も不可能、『委員会』はいろいろ観測はするだろうが一朝一夕で解き明かせるほど静代さんは簡単ではない。
何せ私たちですら基礎理論の構築すらおぼつかないような状態なのだ。
私が今心配するべきはたった一つ。
くだらない国家の暴走なんかのためにうちの子たちが傷つくことのないようにすることだけだ。
中国地方某所 宗教法人『ともしびの家』私有地内揚水施設
「明師、本当によろしかったのですか?」
「なんの話ですか?」
『ともしびの家』指導者の大久保明は腹心である三隈恭一とともに井戸の前に立っていた。
既存の宗教において類似のものが見当たらないほどに独特の装飾が施されたそれは、彼らにとって最も重要な施設である。
「連中の飼い犬になるという話です。些か不用心だったのでは?」
「ああ、その話ですか。これで良いのですよ」
厳密な意味で井戸ではないそれは、しかし確かに『穴』である。
見せかけの躯体に向きを合わせ嵌め込んだだけのそれは、本来は大きな輪に空いた穴であり観測不能なほどの深さを持ちつつも幅は精々が20cm程度の『輪』である。
「我々は未だ何も知らず、ただ知ることのみを求るにあらず。ただ一所の楽土を求る。私たちの根源にして存在理由はいつだってそれです。そうをこそ思えば源信大師は千年も昔に私たちのことを予知していたかのようではないですか」
「厭離穢土欣求浄土……体裁がありますのであまり口に出すべきではないでしょうが……」
「かまいません。異和を生じないように私たちはああも胡散臭い教義を掲げているのです。今更思想が一つや二つ増えたところで連中も気には留めないでしょう」
『穴』の先を知る者はいない。
『輪』を踏み越えた者は数多く、しかし生きて戻った者は数える程
それも人の形を保ってとなればただ一人として存在しない。
ただ一人、『向こう』から来た男を除いては
「彼も言っていたでは無いですかここは正に夢の国、marvelousな知識の詰め込まれた宝箱だと」
「『プロフェッサー』ですか……彼にしてもどこまで信用して良いものか……聞けば連中はイギリス人と接触しているそうでは無いですか。『プロフェッサー』がスパイでないとは言い切れないのでは?」
「もちろん確証などはいつだってありはしません。ですがあなたも彼とは話したでしょう? 少なくとも彼は確実にこちら側ですよ」
「マッドサイエンティストの勘というやつですか……あなたを疑うわけではありませんがそれもどこまで信用して良いものか」
「元より綱渡りでここまで来たのではないですか。まあ信じてみてください。救われるかもしれませんよ?」
うろの先、それを見据える眼がまたうろであればそこにあるのもまたうろであろう。
しかし人はそこに楽土を見る。
人智開闢の昔より営まれてきたある種の夢想を、または人類の歴史そのものを
そのうろはただ見据える。
そこに映るヒトは、この世は、うろであるのか
うろにすぎぬその『穴』は答えず、思案もしない。
いつの世も答えに至るのはヒトであるから




