地獄 6
福岡県北九州市 環境科学研究機構 九州第一研究所
「あのー……」
「博士……」
根室マンどもと一触即発、今にも大乱闘が始まりそうなタイミングで『マル暴』が到着して双方鎮圧された。
血の気の多い根室マン数名が抵抗した結果軽傷者が数名出たらしいが、荒事に長けた『マル暴』もそもそも巻き込まれただけの鞠智研究室の面々も無事だしこういう喧嘩になれたうちの子たちはしっかり良い子で鎮圧されたので全員無事と言って構わないだろう。バカが勝手に怪我して痛い目を見ただけだなんの問題もない。
「「……博士どうしちゃったんでしょう?」」
「あー……まあ色々あったんですよ、昔ちょっと……ね、諏訪先生」
「そうですね、まあ博士のお気持ちも十分わかりますが」
事情はさておき頭に血が昇った双方からまともな事情聴取もクソもないだろうと言うことで九一の田川所長は関係者の24時間の拘留を決定した。
そう言えばなかなかに物々しく感じるが要は物置で頭冷やしてなさい! 的な話である。
事実、現場に駆けつけた田川所長は呆れ果ててものも言えない様子だったし、私たちや根室マンを見る目は完全にバカを見る目だった。
「……あー! もう鬱陶しい!! 博士、良い加減その貧乏ゆすりやめてください!!!」
「うぇっ?! ご、ごめん……」
藤森ちゃんに怒鳴りつけられて我に返る。
今後のことを考えていたつもりがどうやらぐるぐると苛立ちの渦に飲まれてしまっていたようだ。
クールでクレバーが売りの私には似つかわしくないな、反省反省!
室内のみんなの顔を見渡してみると、なるほど大体2パターンのようだ。
一つは事情を知るベテランたち、彼らはまあ納得してのんびり過ごしているようだ。
もう一つは事情を知らない若手、不安そうな顔でこっちを見ている。
ちなみに例外的なパターンがもう一つある。電子機器を全て取り上げられている都合上ゾンビみたいに室内を彷徨い歩く優秀な高度情報管理員である。彼に関してはどうしてあげることもできないので今はひとまず無視だ。
しかしがっさんや双子ちゃんをはじめとした若手たちは事情も知らずにこんな状況に叩き込まれたわけで、そんな状況で上司である私がこれみよがしにイライラしていると言うのは非常によろしくない話だし、そもそも彼らも大事な千人塚研究室の仲間である。
「昔のこと思い出しちゃって……変なことに巻き込んでごめんね」
「それはまあ良いですけど……何があったんですか? らしくないですよ?」
別に秘密に関わることでもないし、うちの子たちには知る権利がある。
せっかくがっさんが問うてくれたのだから話しておこう。どうせ時間はたっぷりあるのだ。
それはがっさんがウチにくる五年前
私たちはとある『事案』を追跡していた。
『L14-1096 メリーさん』
無差別にかかってくる電話とそこに付帯して発生する致死性の事案性実体で知られる一般からの認知度も非常に高い致死性事案である。
本来10部で扱うほどの危険度でもないのだが、私たちの元に回ってきたのは当時うちの情報管理員を務めていた大河内くんの研究が役に立つと踏んだ一色理事、情報性事案を所管する1部からの要請を受けたためだ。
大河内くんの研究テーマは地球上のあらゆるネットワークおよび情報処理装置を人間の脳に見立てた人工知能の構築であり試作段階のそれを用いて電話通信網に存在する『1096』の人格の存在『1096-ハ』の存在を突き止め、更には『1096-ハ』が知性を有する事案性の情報生命体であることを発見するに至った。
そこから根気強くコンタクトを続けて物理世界に実体化した状態『1096-ロ』の形での管理収容を相互に同意してついに管理収容を行うとなった段階で4部からの横槍が入った。
曰く『1096-ロ』実体は人形であり、即ち事案性物品アーティファクトであると。
事案性実体そのものの認識に頼った類別なんてのは冗談にもならないようなナンセンスである。
しかし反面として組織としての話、当時は今以上に所掌部ごとの縄張り意識が強かった。それ故にこう言うトラブルは日常茶飯事ではあった。
もちろん強く反発したのは本来『1096』を所管していた1部と研究協力を行なっていた10部である。
こちらは極々当たり前の研究成果を下敷きにした学術的に見て世界で通用する分類を基準にしてだ。
その名に科学を冠する『機構』である。執行部理事会での決議までもつれ込んだこの事態もすぐに片がつく。私たち現場の人間はそう信じて疑わなかった。
だが、実際は理事会は紛糾し、前進派と均衡派によるいつもの派閥抗争にまでもつれ込んだ。
その間隙を好機と動いたのが四宮理事の前任である四方津理事だ。あろうことかアーティファクトであるか否かの栽が降る前に配下の根室マンに破壊措置の強行を指示した。
執行部理事の専権事項を悪用した完全な規定違反の行為……しかし現場では知る由もない事だ。
おまけにそのタイミングで『1096』の管理収容作業は進行中。
人間に対する強烈な憎悪を抱きながらも最終的にはこちらの説得に応じてくれた知性体が相手である。
刺激しないように最低限の研究員のみで現場に向かっていた……それが悪手だった。
『根室マン』に所属するDS職員によって私たちはいとも容易く無力化され、実体化した『1096-ロ』に対して連中が侵襲性パルスと平衡破断法による攻撃を敢行
結果として現地に派遣されていた『根室マン』の約7割とうちの研究室から青木主任研究員、平谷研究主査、根羽研究主査……現地に赴いていた私以外の全員が殉職した
「で、異常を察知したみんなが駆けつけてくれた時には発狂した『根室マン』と遺体に縋り付く私だけがその場にいましたとさってお話し」
話していたらまた怒りが湧いてきた。
一応この一件で四方津理事は解任の上特別懲戒処分、関係した『根室マン』指揮権者にもそれぞれ厳しい処分が降り名目上は痛み分けというような形にはなっている。
だがだからと言って仲間を奪われた怒りが収まるかと言えばそんなわけもない。
「思えば博士から負傷者の救護を止められたのはあの一度きりでしたな」
「バカは勝手にくたばってれば良いんだよ、そのほうが世の中のためにもなる。何よりうちの子の生存に賭ける方が何億倍も良いでしょ」
「なんか納得しました。博士らしい話です」
「確かにそうですけどね『根室マン』と喧嘩するならその前に教えといてほしかったですよ」
がっさんと藤森ちゃんは納得してくれたようだ。
「そもそもウチのベテランは嫌なことを抱え込みすぎるんですよ! 静代さんじゃないんだから言ってくんなきゃ分かんないですって!!」
「あー、確かにみんなそう言う感じあるかもね……ちゃんと相談を--」
「博士メインで言ってるんですよ!!」
「め、面目ない……」
藤森ちゃんにまたしても叱られてしまった。別に抱え込んでいたわけでもないんだが……とは言わないでおこう。叱られるコツは素直に聞いていることだ。
「それで……やっぱり三人はあんま納得できない?」
どこか釈然としない表情の三人、双子ちゃんと小県ちゃんに尋ねる。その理由がわからないほど世間知らずではないつもりだ。
「その……異論があるとかそう言うわけじゃないんです。それに失礼な言い方になるかもしれないのも理解してるんですけど……」
継ぐ言葉を探すようにゆっくりと修くんが口を開く。
物事をカラッと割り切ってズバズバ言ってくる彼にしては珍しい。
「こう言ったらなんですけど……そのくらいの規模の実験事故なら割と頻繁におきてると思うんです。原因がしょうもないようなのも多いですし……その……『機構』にいる時点でみんな相応の覚悟はしてると……」
「うん、そうだろうね……」
彼の言うことはおそらく『機構』職員として正しい。
労災に関わる情報は毎日送られてきている。危険なこの仕事をしていれば本来些事と割り切るべきレベルの被害なのだろう。
「それでもこの話は本来避けられた人災だしそれを引き起こした連中を許せないって言うのも筋は通ってると思うよ?」
「それは……そうなんでしょうけど……」
「ま、その筋を通してるのは完全に後付けではあるけどね」
「「え?」」
「はい?」
三人が揃ってキョトン顔だ。そりゃそうだ素っ頓狂なことを言ってる自覚はある。
「完全に私怨だよ。生憎と大事なうちの子たちの命を割り切れるほどできた博士じゃない」
巻き込まれる側としてはたまったもんじゃないだろうが……そこまで感情を殺して仕事をできるかと問われれば答えはNOだ。
ま、天才揃いの『機構』の博士達は能力以外のところに大抵なんかしら重大な欠陥があるもんだ。
私の場合、これがそうなのだと諦めてもらうしかなかろう
「あ、博士! お勤めご苦労様です!!」
反省タイムが終わった私たちを出迎えてくれたのは静代さんと宮田くんだ。
二人には現場にいなかったため拘留を免れた研究室の面々の指揮と『根室マン』がまた軽はずみな行動を取らないよう管理収容施設の入り口の監視を任せていた。
「静代さん、組長の出所みたいな……あ、とりあえず今の所連中に目立った動きはないです。今頃向こうも釈放されてるとは思いますが斥候と歩哨は出してあります」
おそらく任侠映画でも観て影響されたのだろう静代さんのお出迎えに苦笑しながら宮田くんが報告してくれた。
この二人がいてくれたおかげで心置きなく臭い飯を食っていられたのは非常に大きい。
「宮田、悪かったな」
「大丈夫、まだちゃんと喧嘩はしてないから!」
「そうですよ! 本番はこれからです!」
と、そんな宮田くんに大嶋くん、藤森ちゃん、小県ちゃんが何やら励ましを送っている。
「川島くん、何あれ?」
「非常識な連中が常識的な人間に非常識な基準で話しかけてるいつものやつです。ほぼ第三種接近遭遇みたいなものですね」
「ああ、なるほどね」
戦闘狂の三人的には喧嘩に参加できなかった宮田くんが落ち込んでいるとでも思っているんだろう。
川島くんも宮田くんも羽場主務の薫陶を受けてはいるが俗にいう直系ではない。簡単に言って仕舞えば常識人だ。
「まあそれはいいか……とりあえず鞠智博士んとこ戻ろう。今後のこととかも話し合わなきゃだしね」
色々と問題は多いが一番の問題は『6924』に触れないことだ。
状況がこんな感じなので田川所長が施設長権限によって現在仮収容状態にある『6924』へのあらゆるアクセスを禁止しており、この措置を解除するためには理事会決議か田川所長の判断が必要になってくる。
幸いなことに田川所長は1部系職員であり、『根室マン』よりではない。
私たち寄りでもないのは残念だが中立であるだけだいぶマシだ。
「そのおかげで四日市理事の専権事項を振りかざされる心配はないわけですが……」
「問題は四日市理事がなぜ破壊措置命令の撤回をしてくれないのか、と言うことですよね」
鞠智博士は頷く。
私たが反省部屋に入れられている間も八方手を尽くして頑張ってくれていたらしいのだが、何故かこの案件において四日市理事は破壊措置の強行にこだわっているらしい。
「せめて理由がわかればとは思うんですが……破壊すべきだの一点張りで」
「妙な話ですね……」
4部系職員とはいえ指揮系統上鞠智博士は四日市理事の直接の指揮下にはない。
そんな彼を説得するべき時に理由の説明もなしにと言うのは些か奇妙だ。
あくまで要請する立場でしかないのだ。強硬な態度は相手の気持ちまで硬化させてしまうだろう。
「まさかとは思いますが……」
「勘弁してください、あの一件で上層部はほぼ総入れ替えになりましたし残っている職員だってかなり厳重に調査をされたんです。今残っている人間に裏切り者がいるなんてあり得ませんよ」
元四宮理事の離叛以降4部職員に対しては敵対的な事案使用団体構成員以上の調査が行われているし、それを経てなお偏見は消えていない。
痛くもない腹を探られ続けてきたのだろう鞠智博士は私の言葉を遮って言った。
「すみません、失言でした」
「いえ……」
少なくとも新たな理事を選ぶという段階で理事会が裏切りの兆候を見逃すとは思えない。
「十河理事から特定対処事案指定をしてもらうことはできないのでしょうか……? 正直私たちでは四日市理事相手に動きにくいので」
気まずくなりかけた空気を北主任がすぐに元に戻す。
特定対処事案指定は特定管理事案と推測される『事案』に対して脅威度査定以前において特定管理事案相当の対処及び管理収容リソースを振り向けるための手続きであり、10部理事の専権事項でもある。
その指定さえ受けた『事案』はPgSLクラス5研究所、現実的には甲信研か五島に移送されることになるので受けられるのなら受けたいのだが……
「おそらく十河理事は指定を出してはくれないと思います」
ただでさえ今は縄張り争いの真っ只中である。
その最中に己の専権を振り翳して組織に不和を産むような行為を十河の爺さんがするとは到底思えない。
八方塞がり……どうにかする方法など思いつかないが……
「ちょっと一回四日市理事と話をしてみないとダメかもしれないですね」
どう動くにせよ、相手の真意がわからない以上は動きようがない。
知己のない相手ではあるが、何もしないよりはマシ……だといいなぁ




