地獄 5
『機構』の安全保障執行局は実は比較的新しい部署だ。
その職務は簡単に言ってしまえば『事案』と関係のない一般社会に対する私達『機構』の職務の暴走による無用な被害や騒動を未然に防止するための調整と認可である。
例えば事案使用団体や個人に対する取り締まりにおいては私たちは理事会の許可さえ得て仕舞えばほぼ無制限での権力及び戦力の行使が可能であるがこと一般に対してはそういうわけにもいかない。
私たちの仕事はあくまで超常からこの国を守ることであり、一般社会に対する影響は可能な限り取り除いていくべきであるからだ。
もちろん権力の濫用や実験の用に供するためにその辺の子供を攫ったりなんてことは絶対にあってはならないことである。
その理念に否やを唱える職員はまずいないだろうし、いたとしてもそもそも権力志向の強い人間には馴染みにくい職場でもあろう。
反面として私たちの本来業務である。
事案対処も管理収容も含めてあらゆる未知を最小限の波及影響に留めおいて仕事を進めていく必要があり、それを為すためには何よりも速度が重視されることは言うまでも無いだろう。
人的被害、環境被害、それらのあらゆる被害の度合いは当該事案が推定被害地域にどれだけの期間存在していたのかが大きく関わってくる。
私たちの仕事の成否はまず最初にどれだけ早く『事案』を一般社会から遠ざけることができるのかにかかっていると言っても過言ではない
北九州港沖 環境科学研究機構海洋部輸送船団 特定管理輸送船『みとく丸』
「そんなわけで現場と安保執行はイデオロギーに関わりなく対立することが多いわけなんだけど、その辺は余程の無茶をしない限り所掌の理事がまあなんか上手いことやってくれるからそんなに心配しなくて大丈夫だよ--聞いてる?」
私と安保執行のやりとりになんか納得いってなかった様子の双子ちゃんに丁寧に説明をしているのだが二人ともなんだか上の空だ。
「き……うっぷ……聞いてます……」
「もう……わかりました……」
ふむ、二人とも納得してくれてようで何よりだ。
「……博士、ちょっと外道すぎませんか?」
「お二人ともお水をどうぞ?」
がっさんと大嶋くんが非難がましい目をこちらに向けてくる。
「人聞き悪いなぁ……あんまり正論で突っかかられると説明のしようがない話だから二人が船酔いしてる隙に済ませちゃおうとしてるみたいな言い方しないでよ」
実際問題として監査部門最上位階級である審議監を長とした複数のチームが当てられている非常に重要な部署相手の無茶である。
研究職種、特に所掌部に属する主要研究所の立場を活かした我儘でしか無く、後ろ暗い部分しかないのだからこうでもしないと恥ずかしくて正当性の主張なんてできたもんじゃない。
「あー……自覚はあるんですね」
「そりゃね」
よくない働き方であることは自覚しているが、そういう慣例である。飲み込んでもらうより他ないだろう。
「千人塚博士」
爽やかな潮風を浴びながらみんなで和やかに過ごしていると船内からやってきた北主任が声をかけてきた。
「もうそろそろ到着するそうです」
差し当たっても目的地は北九州港の小倉地区にある『機構』が保有する埠頭だ。
そこからであれば九一に繋がる地下トンネルから自動で『6924』を納めたコンテナを九一に運び込める。
『事案』専用の輸送経路なので私たちは陸路だが
「それにしても……かなり大掛かりな話になってしまいましたね」
「と言いますと?」
「いえ、ただのアーティファクトにここまでの船を要請するとは思っていなかったので」
ああ、そう言うことか。
確かに前回確保した時は陸路で搬送したと言う話だったし、当時判明していた情報だけであれば私も輸送車を手配しただろう。
ただ『雨傘製薬』から獲得した情報から鑑みれば陸路は危険が大きすぎる。
結果として役に立つことは何もわかっていないのが現状ではあるが、それでもこの『事案』は制御の手法がわからなければ特定管理事案に指定されても何らおかしくないだけのヤバさだ。
それ故に海洋部へ要請を出して特定管理事案、特に特一号事案の長距離輸送を行うための特定管理輸送船を手配してもらったわけだ。
大型貨物船をベースにした巨体ではあるが、収容室数はたったの四つ。残りのスペースは全て幾重もの遮蔽材と遮蔽フィールド装置、及び必要な電力と推進力を賄うための原子炉で占められているという徹底っぷりだ。
おまけにこの手の船が輸送任務に就く際には海洋部の警備隊が乗り込んだ高速艇4隻と超常影響監視船2隻、あとは一般に一切認知されていない原子力船でもあるので放射線漏れをモニターするための船が一隻の8隻編成で行動することになる。
最新の融合炉を搭載した輸送船であれば一隻減るのだが、どちらにしてもかなり厳重な体制であることに変わりはない。
積荷が特定管理事案と確定している場合や理事会がそれ相当の危険があると特別に認めた場合は更に6部の特殊部隊『倭寇』から臨検小隊が同乗するように規定で定められていたりもするので動かすだけで関わる人員も書類ももりもり増えてく素敵なお船なのだ。
「そういうわけで書類仕事が増えるのは残念ですがこの方法が一番ベターなんですよ」
「なるほど」
凝縮された地獄……漠然とした話ではあるがそれでも有害な影響自体は間違いなく確認されている『事案』もしくはその嫌疑のある対象である。
中身が何であれ杜撰に扱うべきものではない。
「それじゃあ搬入の打ち合わせに……双子ちゃんはどうする? 船内入る?」
「すいません……」
「できれば入港まで……」
「「甲板に……」」
「はいよー」
「ええ、取り調べはそちらに一任します。いえ、できれば司法医療には頼らない方向でお願いします。なるべく手荒には扱わずに……」
船内に入ると鞠智博士はどこかと電話中だった。
内容的に『ともしびの家』の連中の処遇に関わる話だろう。
結構な大人数なので九州まで連れてくるのも面倒……ということで広島支部と山陽統合管理局に丸投げしてきている。
「いえ、フリとかそういう事ではなく……いや本当に……はい、はい、くれぐれも本当にくれぐれも穏便に頼みますよ?! ……ふう」
「確実性の高い司法医療でしたら私の方から小作先生に連絡してみましょうか?」
連中は今の所事案使用団体とは認められていないが、それでも貴重な情報源であることに変わりはない。おそらく無闇な拷も……尋問でくるくるぱーになられては困るが故の処置だろう。
「いえ、本当にそういう事ではなくですね……」
と思って私の昔からの知り合いを紹介しようとしたら呆れたように断られてしまった。
「連中に関しては今は穏便な取り調べだけで十分です」
まあ何かしら考えがあってのことだろう。
『尋問屋』を使わない取り調べなんて手ぬるすぎるようにも思うが、そもそも私たちがここにいる理由はそういう実務的な話ではなく物理学と工学の専門家としてである。
「そうですか……では今後の搬入と試験についての打ち合わせをしてしまいましょう」
面倒な話を引き受けてくれる人がいるのならしっかり甘えて楽しい部分だけかっちり決めさせてもらおうじゃないか。
福岡県北九州市 環境科学研究機構九州第一研究所
「まずは素材の解析にかかるとして……この案件で使える残機ってどのくらいあります?」
「うちの割り当て分は全部使ってもらって構いませんよ」
「ですがそれだと他の案件に支障が出るのではないですか?」
「いえ、うちは専従指定を受けてますから心配はいりません」
陸路で九一に戻った私達はこの後の仕事に向けて思い思いに話しながら歩いていたのだが……そうだよなぁ、普通は専従指定を受けたらちゃんと専従するよなぁ……
九一がちゃんとしているのか、鞠智博士の属する4部がちゃんとしているのか……
少なくとも甲信研所長と10部の理事がちゃんとしていないということははっきりしている。
「この件はうちの管轄での研究だと何回言えば……!」
「ですから重ねて申し上げているでしょう! こちらは破壊措置命令がすでに出されているんです!!」
そのまま私達は搬入口へとやってきたわけだが……なんか騒がしいなぁ
「ああ、鞠智さん! 千人塚博士!」
口論をしていた一人、大野博士がこちらに気付く
「どうしたんです?」
「どうしたもこうしたも……アレですよ」
鞠智博士の問いに答えた大野博士の視線の先には喪服の上からジャンパーを羽織った一団の姿があった。
腕に巻かれた腕章には『根-特』の文字
「『根室マン』…… ? なんでまた」
通称『根室マン』こと根室研究所特別班は『事案』の破壊を任務とする4部のセクションである。
非常に『機構』内では浮いた存在ではあるが、元四宮理事の離叛の際に多大な犠牲を払いつつも抵抗を続けて研究成果を一切奪わせなかったばかりかヤツと非常に関係の深い部署であったのにも関わらず一人の離反者も出さなかったことから特に4部内では見直す声も大きくなっている。
とはいえ現場の研究職種からは相変わらず良い印象は持たれていない。
なぜかといえば彼らの従事する業務内容が関係している。
『事案』の破壊自体は私たちのような研究室でも当該事案のある程度の研究及び機序の解明ののちに試みることも少なくないものだ。
その際には安全な破壊手法を究明し破壊ないしは無害化を図ることになる。
それ自体は『機構』における管理収容の理想型とも呼べるものであり、破壊のリスクと当該事案の有する危険度を天秤にかけた上で更に一般的な管理収容が困難であると認められた場合に行われるのが常となる。
実際の破壊に関しては細心の注意を払って行うものでありその業務が終末と常に隣り合わせのものであると職員がしっかり自覚を持った上で行われるべきものなのだ。
対して『根室マン』の業務は単に危険な『事案』の破壊である。
言葉だけ聞けばどちらも同じに取られるかもしれないが、私たちが管理収容を目的としてその手段として破壊を行うのに対して彼らは目的そのものが破壊である。
特に人工事案性事物及び事案性物品に関する破壊措置は4部理事の専権事項とされ杜撰な了見で破壊に手を出して尋常ではない被害を出したことも片手の指では足りないくらいだ。
「どうやら『6924』には四日市理事からの破壊措置命令が出ていたとかで……」
「いや、待ってくれ。この案件で私を専従指定したのも四日市理事だ。何かの間違いではないのか?」
完全に重複した命令……強固な指揮系統を有する『機構』ではあまりない光景である。
「それが命令書も正式なもので」
「こっちの命令書だって正式なものだ」
そりゃそうだ。これだけ大規模に間違いの命令で動いていたらどっかしら気付くだろう。
と、いうことは……だ。
「ってことだから! 聞いてたんでしょ? とっとと北海道に帰んな」
どうせ『根室マン』どもが間違っているに決まっている。忙しいんだから邪魔しないでほしい。
「な……千人塚博士……! なんでここにいる!」
「仕事に決まってんでしょうが!」
殺気立つ『根室マン』と大嶋くん達うちのベテラン勢
藤森ちゃんやがっさん以下は怪訝そうな顔をしているが私と『根室マン』との因縁を知らない子達からしたらそれも当然だろう。
それでもDSのみんなは流石である。事情は知らずとも臨戦体制である。
「ちょっと待った! ストップ! ストーップ!!」
そんな一触即発の様子に気付いた搬入口の警備にあたる『マル暴』が慌てて割って入ってきた
「何かしらないですけど落ち着いて! 穏便に行きましょ……大嶋主幹?!」
「おう、どうも」
大嶋くんもやたらドスの効いた声で律儀に返事を返す。
「ヒマワリ80 ヒマワリ87a 5番搬入口にpt鎮圧支援を 送れ」
あーあー……大事になっちゃったぞ……
「大嶋くんが脅かすから……」
「え、俺のせいっすか?」
「まあぶん殴らなかったからよくできました、かな?」
どのみち双方頭に血が昇っていたら解決するものも解決しないだろうしいつも冷静沈着で公明正大な私も今回はちょっと難しそうなので結果オーライということにしよう。
大丈夫、まだ一人も死人どころか怪我人も出ていないじゃないか! 上々だ!




