地獄 4
広島県上空
「だから、強制捜査ってことにしたんですよ! いいから早いとこ執行番号出して下さい!!」
『いやいや、分かりますよ? 分かりますけどね……まずは稟議をですね--』
「民間執行規定の64条の規定があるじゃないですか!」
『64条は緊急執行の規定ですから! 流石にアーティファクトの回収で適用はできませんよ!』
「資料は送ったはずです! 状況次第では破局的終末事態だって起こる可能性がある代物なんですよ!」
『分かります、分かりますけどね、流石に推測でそれを判断するのはいかがなものかと--』
「じゃあ何ですか? 手遅れになるまでのんびり眺めてるのが超常管理だとでも言いたいんですか?」
『そういうわけでは無いですってば! とにかく正規のルートでですね……』
「これだって規定には則ってるんです! 四日市理事からの許可だって出てるんですから!」
『だから、理事一人の許可で民間執行は出来ないんですよ!!』
「そのための緊急執行でしょうが!! クソ真面目もいい加減にして下さい!!」
『クソ真面目を貫くのが安保執行の仕事です!!』
『ともしびの家』本部から山を挟んで海側
美しい瀬戸内の景色を眺めながら私たちは上空での足止めを喰らっていた。安全保障執行局の真面目な若者のおかげである。
本来ならある程度なあなあで話を進めてくれる顔見知りが電話口にいる予定であったのだが、残念なことに体調不良で急遽早退してしまったそうだ。
代わりに他の審議監や審議監補がいてくれればよかったのだが、代役はまだ登庁していないそうで今は審議監信任補佐職員の小台上席がお留守番をしているとのこと……
よし、作戦変更だ!
「はぁ……分かりました。それじゃあこれから独断専行で強制捜査します」
『……は?』
「仕方ないですからね。大規模な背任事件にはなりますけど世界を滅ぼさないためですんで」
完全な嘘である。
現状で安全保障執行局における本件の担当者は小台上席である。
そこに報告した上での大規模な背任事件となれば確実に彼も連座の憂き目に会うことになるだろう。
『そ……そんなことは……』
「出来ないと思いますか? 昨今の情勢を鑑みても?」
裏切り者やスパイがいっぱい、さらには逃げ込む先も盛りだくさんという現状……
『……分かりました。審議官信任補佐職員の権限により緊急執行規定に基づく民間施設に対する強制捜査を代行により許可します』
しばらくの沈黙の後に決まりきった文言を絞り出した小台上席……なんか若い子いじめてる御局様みたいでアレだなぁ……
『……執行番号を端末に送信します』
「ありがとうございます……小台さん、一つ借りができちゃいましたね」
『仕事ですんで』
と言いつつなんかむくれてるのが声だけでも分かる。多分彼情報職種上がりではないな
「まあまあ、なんかあったら私に連絡して下さい。持っとけば色々役に立つ手札だと自負してますんで」
できる限りフレンドリーに宥めたつもりだったが、残念ながら小台上席は最後まで剥れたままだった。まあいい、執行番号は出たのだ。
「修くん、下のみんなに番号送信して……どうしたの?」
なんかすごい顔してこっちを見ている。
虫でも付いてんのかと思って自分の顔を撫でてみるが別にそういうわけでもなさそうだ。
「いや、どうしたのって……」
「電話の相手安保執行ですよね?」
梓ちゃんも加わって聞いてくる。何だろう? 二人とも将来は安保執行行きたいんだろうか?
でも行政職種だから研究職種から行くとなると結構大変だろうし何より二人の適性は確実にこっち側だと思う
「ってわけだから目標を否定するつもりはないけどもっかいしっかり考えて--」
「「あ、行政職種には興味ないです」」
「じゃあ何よ」
「そうですよ、博士珍しく真面目に仕事してたじゃないですか」
がっさんも二人の態度を奇妙に思ったようだ。珍しく、というのが引っかかるがまあ間違いではないので気にしないでおこう
「いやいやいや!」
「安保執行脅迫するとか!」
「「何考えてるんですか?!」」
「脅迫? 私が?」
「うーん……まあ確かに脅迫っちゃ脅迫……なんですかね?」
私もがっさんも揃ってキョトン顔である。
「あー……はいはい! 分かりました!」
と、その騒ぎを傍で聞いていた鞠智博士が何かを閃いたようだ。
「お二人は民間執行業務は初めてなのでは?」
言われて気付く。なるほどそういうことか!
確かにうちでは双子ちゃんがきてからそういう類の仕事はしてなかったし、二人が育った山陰研もあまりそういう業務があるタイプの研究所ではない。
かといって説明しているような時間も無いが……
「まあ、あれだね……今はそういうもんだって思っといてよ」
言ってしまえば私たち研究職種が我を通すいつもの手法
立場に胡座をかいた身勝手な仕事ぶり、当たり前になっていたそれに違和感を感じたということだろう。うん、当たり前に対して疑問を抱く若い感性は大事だ。
「とにかく今は目先のお仕事! せっかく下のみんなが手早く片付けておいてくれたんだから私たちも合流しよう!」
広島県庄原市 宗教法人『ともしびの家』 本宮大修練場
普通宗教法人への手入れというのはかなりの抵抗があるものだろう。
自分たちの信仰を明確に否定しかつ当人たちから見れば弾圧をまさに行おうとしているのだからそれは当然の反応だ。
とはいえ鞠智博士の調べで教団は完全な非武装であることは分かっている。
念の為に『マル暴』の戦闘中隊一個とウチの子達を投入しはしたが、それはあくまで念の為だ。
海千山千の『マル暴』と優秀なうちの子達であれば対処できないような事態は起きるはずがない……そうたかを括っていたのだが、執行番号送信の後に返ってきたのは大嶋くんからの救援要請だった。
余裕の仕事のはずのところに救援要請……只事ではないと駆けつけたところ確かに奇妙な光景が広がっていた。
ニコニコしながら姿勢よく座っている信者たちとその前に漆塗りの供物台に置かれた物体
そして彼らを監視しながら困惑している様子のDS職種のみんなだった。
「大嶋くん、状況は?」
「さっき通信で話した通りですが……見ての通り完全な無抵抗です。質問にも素直に答えているんですが逆にそれが不気味で」
「なるほどね……安全化は済ませてるんだよね?」
「ええ、それは抜かりなく……ただ『6924』については手付かずですが」
「うん、完璧だね。とりあえず私たちが引き継ぐよ」
さて、状況を鑑みれば罠である可能性が非常に高いだろう。
「諏訪先生、カウンセリングと生理検査どんくらいで出来る?」
「ふむ……この人数ですとなかなかに時間がかかりそうですが……」
「全数じゃなくていいよ。対象は諏訪先生の勘で選んでもらっていい」
構成員自体に対してはこれで大丈夫だろう。あとは施設内の徹底的な検索だが……うん、そこは問題ないだろう。
鞠智研究室の皆様方が建物の天井裏と床下に入っていくのが見える。うん、任せていいな
多分構成員に関しては私達に丸投げする方針なのだろう。
「それじゃあここの責任者……」
「わたくしでございます」
声を発したのは他の構成員と同じく簡素な白い貫頭衣に蝋燭の意匠が施された飾りを胸につけた初老の男
身体は動かさず、伺うような目線をDSのみんなの方に向けている。
この顔には見覚えがある。『ともしびの家』の教祖で彼らの言い方だと『灯明の守り手』とか何とかいうのだったか?
特に仮名は名乗らず本名の大久保明として活動しているのだったか……
「大久保さんですね? ひとまずあなたの身柄を拘束させていただきます」
「ええ、構いません」
妙に話が早いし、立ち居振る舞いにも場慣れ感がある。本当にこいつ素人なんだろうか?
ともかく一度手分けした方が良さそうだ。
環境科学研究機構 広島支部 地下二階 会議室
それぞれ得意の分野に分かれていた各セクションの責任者が広島支部に戻ってきたのは日が明けてかなり経った頃……っていうかもう昼じゃんか! お腹空くわけだよ!!
「それでは現状を共有しましょうか」
鞠智博士が会議を始めようとする
「あ、ちょっと待って下さい! 諏訪先生が戻ってきてないんでちょっと呼んできます」
が、梓ちゃんがそこに待ったをかけた。
そういやいないみたいだな……静かで落ち着いてたからこれでいいかなとも思うが……ただ彼にも仕事を任せてあるので今回はそうもいかないだろう。
幸い彼はこの支部の中で仕事をしているはずだ。
「あー……いいよ私が呼んでくるからみんなと準備してて」
同 地下四階 低脅威度生体事案仮収容施設
「ではザカリー・キャラハンという名前に聞き覚えは?」
「いえ、初めて聞きます」
「なるほど、では次で最後です。75年のカーク・ロンウッド高校何を思い浮かべましたか?」
「確か……『天使にラブソングを2』の舞台がそんな名前だったように思います」
「分かりました。カウンセリングは以上です。戻って休んでください」
なんだ。真面目に仕事しているじゃないか珍しいこともあるもんだ。
「諏訪先生、お疲れさま。どうだった?」
「全くと言っていいほど兆候はありませんね……平衡は全身でフラット、精神エネルギーも常人レベルです。それに何らかの有害情報性事案に暴露した可能性も低い」
「そうだねアメリカの有害情報性事案までチェックしてるくらいだから徹底的にやってくれたんでしょ?」
「何も出ないのは良いことではありますがそれはそれで悔しいものですからな」
「まあさっきの奴があんまり記憶力が良くないってことくらいは分かったんじゃない」
『天使にラブソングを2』の舞台はカーク・ロンウッド高校ではなく聖フランシス高校だし公開は75年じゃなく93年だ。
「ふむ……何か役立てる方法を考えなくてはですな。博士の方はいかがでしたか?」
「分かったことも分かんなくなったこともいっぱいあるけど……その辺のすり合わせはみんなでやろう」
「おや、もうそんな時間でしたか……すぐに向かいます」
同 地下二階 会議室
「--我々で建物の周囲半径3kmの範囲を検査しましたが、『事案』に起因すると思われる異変や数値上の異常は検出できませんでした。他の『事案』を連中が隠し持っているという可能性は極めて低いものと思われます」
なるほど……鞠智博士達からの報告もそんな感じだ。
環境下の詳しいデータに地図上にプロットされた特異な兆候……国内の山中であれば平均的、何なら少し少ないくらいである。
「先ほどの諏訪先生の報告、そして鞠智博士からの報告、そのどちらも『事案』の兆候はないということですが……連中から押収した『6924』についても同様であると言えると思います。資料を見て下さい」
それは私たちが『6924』をあらゆる超常分野の手法でいじくりまわした検査結果だ。
ちゃんとした研究設備を用いればまた何か新たなものが見えてくるだろうが、少なくとも今回支部の設備を用いての計測においては何の事案性影響も観測することができなかった。
「ま……待って下さい! ということはこれは偽物である……と?」
声を上げたのは鞠智研究室の副室長北主任研究員だ。
やはり前回取り逃したことが鞠智研究室の面々としては頭の中にあるらしく、本件へのこだわりを強く感じるのはきっとそれが原因だろう。
「であればよかったんですけどね……次の資料を見てもらえますか?」
次に私が示したのは『6924』の組成を分析するために行なった非破壊検査のデータだ。
型落ちとはいえ『機構』が保有する一般から見ればオーバーテクノロジーもいいとこの解析機を持ってしても回答は『unknown』の七文字……
「現状他に影響を及ぼしてはいないとはいえ、この外殻と思われる部分だけでも十分に『事案』と呼んでいいと思います」
「それは……ですが前回確保した時には強力な精神作用影響を有していたはずです。素材が未知なのは分かりますがこれを『6924』そのものであると断定していいものでしょうか?」
「いくはないでしょうね」
「では……!」
こんなよくわからないだけの正二十面体は放っておいて本物を探しに行こうと言いたいのだろう。
しかしその言葉を手で制したのは鞠智博士だ。
「北くん、現状で断定はできないが、可能性は十分にある。そしてそれを検証するのに最高の人材が今回の助っ人だよ」
「ええ、まずはこの『6924』と思しき物を一旦九一研に移送しましょう。詳細な解析はそちらで」
鞠智博士からの高い評価、普段なら謙虚な私は謙遜するところではあるが今回に関してその評価は甘んじて受けよう。
何しろ私の……いや、私たち千人塚研究室の専門分野であり得意分野だ。
こういう仕事なら高い期待くらいがちょうどいい!!




