練武の森 9
静岡県御殿場市 東富士演習場
流れが悪かった割に、『0034U』に関しては案外すぐに片がついてしまった。
移動性実体との距離がある程度離れた段階で測定を行うと波形としては精神エネルギーに近いものの、性質としてはより通常の電磁波に近い未知の電波のようなものが観測された。
微弱なそれはおそらく基底世界独自のモノ、もしくは既知の第一期大収束以前のモノなのだろう。少なくとも三大超常エネルギーの様にそれそのものがすぐさま甚大な悪影響を撒き散らす類のものではない。
ともかくそんな便利なものが発見できて仕舞えばあとはもう作業だ。
周辺の『機構』施設が備える『事案』対処用からはなからRDF用に設置されているものまで、ありとあらゆる受信機のレンジを合わせて逆探知した。
結果、東富士演習場・北富士演習場境界の真澄峠近傍の山中、地中約8mの地点でアーティファクト化した白骨死体及び遺留品の発見に成功したのだ。
全く手間をかけさせてくれた割に蓋を開けてみればなんのことはないどこにでもよくあるパターンのものだったわけだ。
「まあこりぁ満点合格万々歳だね、うん! 余裕余裕!」
「またすぐ調子に乗る……最初の頃は半べそで大慌てだったくせに」
今はとりあえず当該地域を封鎖して移動性実体『0034U-ロ』の方を観察している状態だ。
素早く片をつけるのであれば『0034U』の本来と思われるアーティファクト『0034U-イ』を遮蔽コンテナにぶちこんで浜収に送って仕舞えばいいのだが、『0034U』に関しては分析も研究も終わっていないのでまずは『0034U-ロ』の消失を確認した後に管理収容するのがセオリーである。
何せ今の所は雑魚事案ではあるが、何がどう転ぶかわからないのが『事案』であり『0034U-ロ』の管理収容によって孤立状態の『0034U-イ』がなんらかのよろしくない変容を見せる可能性も捨てきれないからだ。
なので必要な書類も片付け終わってしまった現状ではお菓子を摘みながらのオセロぐらいしかやることがない。
「別に最初っから余裕だよ……っと、これで決まりだっ!」
敗色濃厚が故に色々煽ってきていたようだが、そんな藤森ちゃんの奸計にハマるほど私は甘くはない!
「予想はしてましたが……コテンパンだなぁ……」
ほぼ黒一色に染まった盤面を覗き込んで大嶋くんがいう。
「囲碁、将棋、チェス、それに今回のオセロ……博士の四連勝ですか、いやはやお見事!」
諏訪先生からの称賛。この手の遊びに関してもかなりの腕前を誇る諏訪先生ではあるが、彼のことは初戦の囲碁で完膚なきまでに撃破済みだ。
「研究とかならあれだけどこの手の頭使うボドゲなら負ける気はないよ!」
「あー! 悔しい! こうなったら小笠原さん! ゲーセンから湾岸ミッドナイト持ってきますから博士をやっつけてください!!」
「あはは、ダメですよ、私ももうチェスで負けちゃってますから」
「というか……」
「どこにこんな大量のボドゲを……」
不思議そうな顔の双子ちゃんだが、今回は人里離れた場所でもなければ一般人に偽装しなくちゃならないわけでもないので3トン半に満載した荷物の中に紛れ込ませたり足りないものは市内に降りて行って買えばいいのだ。
「さあ! 次は誰だ! 私に勝てたら一週間の休暇プレゼントだよ!」
「は、ははは博士!」
勢いよく飛び込んできた片切くん。うむ、遊びに前のめりなのは実にいいことだ!
「お! 片切くんやる? 種目はなんでもいいよ?」
「え? あ、いや、え?」
いつにも増してワタワタしている様子の片切くん……何かあったのだろうか?
とりあえず椅子に座らせて落ち着かせてから話を聞く事にしよう。
「それでどったの?」
「あ、あの、すずず……すずが……」
らしくなくだいぶ慌てている彼の言葉を要約すると鈴ヶ森上席達が何者かの襲撃を受けたとのことだった。
場所は国道17号線から逸れた群馬県内の県道……
「……わかった。まずは情報が欲しい。十河の爺さんに繋いでもらっていい?」
事態が発生したのは今から約20分前、現場は群馬県内
『0034U-ロ』の追跡にあたっていた長野支部偵察科に対して複数の車両を用いた襲撃があった。
ちょうど人目の少ない田舎道のアンダーパス内で行われている道路工事の脇を追尾車両が通過した時だった。
前後を挟み込むように飛び出してきた2台のバンから追尾車両に向けて執拗なまでの銃撃、車両に搭乗していた偵察科員二人は遺体の識別すらできないほどの無惨な有様だったという。
間隔をあけて周囲を固めていた鈴ヶ森上席を含む残余の車両がすぐに異変を察知して現地へ急行、その場で襲撃者との激しい銃撃戦が発生した。
襲撃車両のうち一台は搭乗していた5人の所属不明人員全てが射殺され、もう一台は現地からの逃走を図った。
こちら側も車両数台をもって追撃に当たったものの、途中出現した敵方と思しき車両からの攻撃で走行能力を喪失し襲撃車両を見失ってしまったようだ。
「襲撃者の目星はついてるんですか?」
『いや、今の所はっきりしたことは何もわかっていない。だが、九重理事と『勢子』の鹿島上席は米国が絡んでいると睨んでいるようだ』
『保全財団』の機動部隊か下請けとしてアメリカの諜報機関や軍が動いている。
その懸念は鹿島上席から聞かされてはいるし、彼が長年追いかけている『レイス』のデータから見てもなるほど納得ができる話ではある。
だが……
「『保全財団』がこの情勢下でそんなに軽々に動きますか?」
ただでさえ露助による超常世界への叛逆とも取れる動きがあるのだ。
それに対する備えは各国が緊密に連携をとらねばならないし、利権のための無駄な小競り合いなどといったお遊びにうつつを抜かしている余裕など無いことは彼らとて理解しているはずだ。
『そこに関しては九部の秘書科と『大宰』が動き始めているようだが……』
秘書科はともかく特殊部隊である『大宰』までも、となると九部はそれなりの確証をもってアメリカに疑いの目を向けているのであろう。
単に調査が主であるのならば『大宰』の武力は必要ないし、なんなら彼らの武威はアメリカ側の態度を硬化させて真相に迫る邪魔をする事にもなりかねないからだ。
「あ……」
『ん? どうかしたのかね?』
そこまで考えて思い出したことが一つ……こじつけと言われればそれまでだろう。
だが、思い返してみればあの時と彼我の状況に類似点が多いような気もする。
「私が『レイス』を名乗る女に拉致された後に話したことを覚えていますか?」
それはUNPCC年次首脳会合の会場で『保全財団』のオルブライト博士から齎された忠告
一枚岩ではない『保全財団』の現状を仄めかした発言とその後すぐに発生した『レイス』一党の襲撃
「もしかすると『保全財団』は私たちが思っている以上に危うい状態にあるのではないでしょうか?」
国際的なテロリストであるはずの『ゴースト』と秩序の番人であるはずの『保全財団』との繋がり……
それを是とするか非とするか、そのどちらが彼らの中における主流派なのかはわからないが是であれば『保全財団』はそれそのものが超常秩序における脅威であるし、非であったとしても制御不可能な火種がその身のうちに巣食っている事になる。
お世辞抜きに世界で最大の影響力を持つ超常管理組織であり、極東超常統制会議の中心である日中露三国でもってどうにか極東地域における均衡を保ちうるだけの強大な組織の根腐れともいうべき腐敗は、そのまま世界という大樹すらも倒してしまうほどの危機である。
『なるほど……であればその旨九重理事に伝えておこう』
少なくとも一介の研究者に過ぎない私の手に負える話ではないし、多芸ではあれども学者肌の十河の爺さんの専門の話であるとも思えない。
幸いにも九重理事は中道派の理事だから十河の爺さんの注進にも素直に耳を傾けてくれることだろう。
その上で『機構』の国際的な立場での云々は専門家が色々と意見をまとめた上で最終的には理事会が判断を下すことだろう。
『それとなのだが……』
「なんです?」
急に言い淀む十河の爺さん。うん、長い付き合いだしなんとなく読めてきた。
ああ、短い春だったなぁ……
『現時刻をもって千人塚研究室の後備研究室指定を解除するとともに第一線研究室の指定を行わせてもらう』
「でしょうね……最初の仕事はやっぱりアレですか?」
『ああ、『ゴースト』だ……申し訳ない。巫女殿にはもう少しゆっくりと心身を休めてもらいたかったのだが……』
珍しくしおらしい事をいう十河の爺さん。
まあ仕方がない……
「流石に連中も火遊びが過ぎてますから……」
その後いくつか今後の動きについて話し合って、十河の爺さんとのおしゃべりは終わった。
「というわけで、『0034U』に関しては大瀬博士に引き継ぐことになりました!」
十河の爺さんとの会議が終わってすぐにみんなを集めて現状を共有する。
検閲は中止、というか必要がなくなったわけでそのままアーティファクトの専門家である大瀬博士に引き継ぐことになった。
「多分近いうちに四部から正式な命令が降りてくるとは思いますが私たちもそれまで待ってる余裕はないので引き継ぎは早めに終わらせちゃいましょう」
「ちっ……ああ、わかった」
わお舌打ち!
「大瀬博士!」
「あ、いや今のは……ははは」
あの親子は結局通常運行だ。うん放っておこう。
「とりあえず引き継ぎ要員でがっさんよろしく!」
「あ、はい!」
「諏訪先生達は周辺の有害残留影響の調査をしてから残機の片付けをお願い。甲信研に戻すやつと潟医研に戻すやつはいい感じに調整しちゃって構わないから」
「それはありがたい!!」
「猪狩くん、胴体までなら撃っちゃっていいからしっかり見張っといてね」
「任せてください!」
諏訪先生の無闇矢鱈と高い能力と猪狩くんの洗練された対諏訪先生スキルがあれば医療チームの方も問題ないだろう。
「早川博士は……」
特に指示を受けていないが……
「私はとりあえず別命あるまで大瀬博士のお手伝いをしておきますよ」
「お願いします」
まあ場慣れした博士だ。私にとやかく言われるまでもなかろう。
「残りは私と一緒に『勢子』と合流して現場に入ろう。荒事になる可能性も高いからみんな用心してね」
「アイマム!!」
レイスが出てこなければあくまで『勢子』をはじめとした調査員のサポートが業務になるが、連中がどんな手を使ってくるかわからないのであれば研究室が控えていないのはあまりにも危険だ。
私を『勢子』につける判断を十河の爺さんがしたということはもはや『ゴースト』やアメリカの動きが『機構』にとって看過できない事態に発展するということを予期しているのだろう。
はっきりとした言葉こそなかったが状況からみればまず間違いはない。
「川島達関山組はどうしますか?」
「航空部とJ-7のヘリ隊の協力を得られる予定だからしばらくは関山で待機だね。いざって時にすぐ駆けつけられるように準備を怠らないように伝えておいて」
川島くん達とともに重迫撃砲中隊として関山にいる部隊はまるっと空中機動部隊として転用できるように十河の爺さんからJ-7に要請を入れてもらっているので、増派の航空隊と一緒に大規模事態に備えてもらうことになる。
「『ゴースト』って……」
「すごい小規模なんじゃ……」
これだけの隊容を整えることに双子ちゃんが驚いているようだ。
「うん、もちろん連中の基幹はそんなに多くないと思う。だけどそんな勢力で『機構』にアレだけのことをやってのけた相手だからね、どんなに備えても備え過ぎってことはないと思うよ」
何しろ謀の中心は『祀』であったとはいえ少数のテロリストの行動がかの『天逆矛』を再び編成させるほどの打撃を『機構』に与えたのである。
「なりふり構わない上に目的も主義も主張も何もかもわかんないテロリストが相手だ。こっちも出し惜しみは一切なし! アメ公だろうと亡霊顔のクソ女だろうと構わない。とにかくとっととやっつけて枕を高くして眠れるように頑張ろう!!」




