渉外案件 1
群馬県前橋市 環境科学研究機構関東統合管理局北関東分処・群馬支部合同庁舎 9階 自販機コーナー
航空部のヘリを使って大急ぎでやってきた群馬支部はそれはもう普段見ないレベルで大騒ぎになっていた。
まあそれは仕方のないことだろう。
平素の小競り合いとは違う、明らかになんらかの企図を有するであろう形での攻撃だ。しかも容疑者の第一候補が『保全財団』とくればこちらとしても黙っているわけにはいかない。
今頃横田基地内の『保全財団』外交連絡員事務所には9部お抱えの外交職員が状況を質しに行っているだろうし、『機構』本部から直接ワシントンの『保全財団』オフィスへ問い合わせもしているだろう。
ただ両者の普段からの緊張状態を思えばそのような話し合いで片がつくとも思えない。いつものパターンであれば『機構』側が報復攻撃、向こうさんもそれに続き抗争が激化、ある程度のところで『欧州委員会』か『IMA』あたりが仲裁に入ってひとまずの手打ちとなることだろう。
そう考えれば『レイス』の手掛かりを探すことができるのは抗争が行われている間だけだ。その間であれば『保全財団』や米軍の施設に多少手荒なことをしても許されるからだ。
「ならここは一つド派手に行きましょう! 手始めに坂井、藤井両調査員の弔いとして横田基地を襲撃しましょう!」
「班長! 横田もいいですけど横須賀にしましょう! 連中の最新鋭艦でも潜水艦でも拿捕して敵国の沿岸にでも座礁させた方が色々いいと思います!」
「いやいや、藤森主任! 思い知らせるんならこっそりヘリに細工しましょう! 二、三機市街地に墜落でもしたら連中風当たりが強くなって外食ひとつできなくなりますよ」
「……え、いや小県……それは流石に……」
「外道……」
「え、いやいや! なんでですか!」
そんな話をしたらこれだ。
やる気の方向性が明らかに第三次世界大戦を向いている。戦闘狂どもめ!
「博士、うちの三馬鹿がすんません。無視してつかあさい」
「うん、大丈夫! はなから聞いちゃいないから!」
今私の手元にいるDSでまともなのは宮田くんだけだ。
ノリがいい彼ですら、本気で米軍と一戦構えようとしている三馬鹿には若干どころではなく引いている。
というか小県ちゃん、ウチきたばっかりの頃はもっとまともだと思ったがだいぶ二人の大和魂に引っ張られてしまっているような……
これだから羽場主務直系の連中は困る。
「ともかくまずは情報収集! 報復攻撃だとかその辺の荒事はかなーりデリケートな問題だから九部からの指示があるまではなんもしちゃだめだよ!!」
というより私としてはその辺のゲリラ活動みたいなことに巻き込まれるのは御免である。
正面からの荒事は『大宰』に任せときゃいいだろうし、要人の暗殺や誘拐ならうちの子達のような武闘派には明らかに荷が重い。
「いやぁ……まあ博士の言うこともわかるんですけど……」
「そうです! 混乱している今だからこそ調子乗ったアメ公共に思い知らせてやるチャンスじゃないですか! 信州人に手を出したらどうなるかわからせてやりましょう!」
「藤森、よく言った!」
「はぁ……」
全くもって楽しそうで結構な事だ……
「博士、到着しまし……なんですか皆さん……妙にやる気が……」
支部や分処の人間も数多く利用するこんな場所でするにはあまり相応しくない話をぼんやり聞いているとお留守番していた静代さんが到着した。
テレポートで来れば早かったのだろうが、今回の事態の裏には『レイス』がいる可能性があるので無闇矢鱈と観測機器に影響を及ぼす強烈な精神エネルギーの使用は避けてもらっているのだ。
そのため今回彼女には覆面の緊急車両でかっ飛ばして来てもらったわけだ。
「お疲れ様! あんま気にしなくてもいいよ、ただの極右だから」
「はぁ……」
「いやいや! 静代さんだってアメ公やっつけるのには賛成ですよね?」
「あはは、まあまあ……気持ちは分かりますけど政治的な問題も多いと思いますから落ち着いていきましょうよ」
うんうん、静代さんは冷静に状況に目を向けてくれているようだ。
「それに後々露助をけっちょんけちょんにしてやらなきゃなんですからこんなことで本気出しちゃだめですよ!」
ただまあ逆に静代さんは対露感情が非常に強硬的なのだが……まあその辺は時代的に仕方がないだろう。
みんなもう少し平和的な思想を持ってくれないものだろうか?
まあお仕事となればみんな思想信条に囚われずちゃんとやってくれるので問題はないのだが……正直な話ちょっとめんどくさい。
「あー……とりあえずその辺のお話は置いといて……」
まずは拠点の設営だ。
私たちが合同庁舎の会議室をもらって拠点となる対策室を設営している間、残りのうちの子達が何をしていたのかといえば専門的見地からの実地調査だ。
研究チームはがっさん指揮の元周辺の観測拠点が24時間体制で収集しているデータを精査して強力な精神エネルギーの兆候を分析
片切くんは当該地域周辺及び米軍施設周辺における種々の通信記録から関係ありそうなデータを集める。
DSのみんなは予測される敵方の各基点周辺の土壌サンプルの収集、これは精神エネルギー残留影響の一つである現実非依存性変異の兆候が無いかを調べるためだ。
鹿島上席以下の『勢子』が実際の捜査を主導しているので私たちの様な研究室は自分たちに出来る形での捜査をしているわけだ。
なにせ今回の案件は九重、十河両理事は非常に重大な事態であると認識してはいるものの、状況自体は単なるよくある『保全財団』との小競り合いでしか無い。
それ故に国際会議直後の『天逆鉾』の様な大規模な体制をとることはできないだろうし、『機構』の敵ランキング上位躍り出たスーパールーキーである『レイス』が絡んでいるのかどうかもわからないのだ。
十河の爺さんとしてもそんなに大規模に研究室をいくつも動かすとなると理事会決議が必要だろうし、九重理事だって自由に動かせる駒はそんなに多くない。
そのためこっちに来てから十河の爺さんと打ち合わせした結果当面の方向性として地道な調査を行うことで大規模な研究室配置が必要な事態かどうか、仮に必要であると判断できた場合は理事会にそれを認めさせるための証拠を集めることになった。
そんな感じで基本的な調査を行ったわけだが……
「PSIの兆候は一切ないかぁ……」
がっさんチームもDSチームも調べた結果はシロ……精神エネルギーどころか特筆すべき超常的影響すらなかったわけだ。
「そうですね……一応採取した土壌サンプルは甲信研に送って詳細な分析に掛けてもらってますが、多分何も出なさそうです」
がっさんがまとめてくれたデータをみると、なるほどとってもクリーンだ。
「『レイス』が絡んでるっていうのも考えすぎだったんでしょうか……?」
修くんも端末に目を落としながら首を傾げている。
「うーん……現状だと関係しているとは思えないね」
十河の爺さん達には悪いが考えすぎという線が濃厚な気もするが……しかしなんだかスッキリしない話でもある
「いや、そうとも言えないと思いますよ」
「ん? ああ鹿島くんおかえり」
会議室に入ってくるなりそんなことを言ったのは鹿島上席だ。
「なんかわかったの?」
「ええ、東風平主務、阿波根監理補、ワシントンの星野上席に確認を取ったのですが」
「コチンダ……?」
「アハゴン……?」
「ホシノ……?」
「いや、静代さん星野は別に普通でしょ」
「あはは、流れでつい」
静代さんはさておいて双子ちゃんはキョトン顔だ。多分東映の大怪獣かなんかだと思っているんだろう。
「東風平さんも阿波根さんも沖縄合同連絡会の人だよ」
まああそこは色々複雑な理由があるので現地人が非常に多いので仕方ない。
「それで? 何がわかったの」
「ええ、どうやら襲撃直後から『保全財団』の動きが慌ただしいそうで」
「……? そういうもんじゃないの? 荒事ふっかけて来たんだし」
超常戦にならないギリギリのラインで嫌がらせをしあうのであれば色々調整とかも大変だろう。あいにく『機構』には対外工作を堂々とやるような力は無いのでわからないが、想像するだけで大変そうだ。
「いえ、連中の動きは我々と同じ……手当たり次第に今回の情報を集めている様子が認められるそうです」
「それは……連中も今回のことをよく分かってないってこと?」
同じ情報収集でも各研究所や支部なんかの動きを調べるのならわかるが……わざわざ自分たちが起こした事態について調べるというのはどういうことだろうか?
第三勢力の介入か、それとも……
「ブラフ、という可能性はありませんか?」
大嶋くんが疑問を挟む。
「可能性自体はあるとは思います。ただそれを行う理由がありません……多少証拠があったとて知らぬ存ぜぬで貫き通す連中ですからね」
「そもそも『保全財団』がやったっていうのが偽装だって可能性は? このタイミングで連中が動くっていうのもそもそもおかしな話じゃない?」
私の疑問にも鹿島上席は首を横に振った。
「襲撃された車両に残されていた映像には『保全財団』所属人員と同定される人物が写っていました。どのような企図があるにせよ連中が関わっていることにまず間違いはないでしょう」
と、いうことは……だ。
残された可能性は最も面倒なパターンのみ……
「『保全財団』全体としての意思じゃなく何かしらの派閥が何かしらの理由で動いている、と」
「その通りです。前に博士が話してくださった通りの話です」
オルブライト博士が仄めかした事態、そうなってくると非常に事態が複雑になってくる。
「『ゴースト』が何らかの動きを見せる時にはいくつか共通する兆候がありますが今回もそれがいくつか見受けられます。現状で判断するのは尚早かと思いますよ?」
群馬県 利根郡みなかみ町 国道17号線
研究室の面々が群馬で動いている最中、諏訪光司医師は部下の猪狩主幹医療研究員とともに大型トレーラーで新潟県長岡市を目指していた。
先の検閲で使用した特定調査員のうち潟医研返還分を輸送するためである。
「いやしかし運がなかったですねぇ……まさか関越トンネルが通行止めとは……いやあ知らなかった!」
猪狩主幹が窓の外を眺めながらぼやく
「はっはっはこんな気持ちのいい天気です! 下道を使うことになったのは逆に幸運だったのでは?」
「はぁ……嫌味で言ってるんですが……」
今日の関越トンネル通行止めは前もって予定されていたものであり、本来であれば通行止めが始まるよりずっと前に通過できていたはずなのだ。
それが遅れてしまったのは偏に諏訪医師が特定調査員の選別に異常なまでに拘ったせいである。
「そもそも潟医研からエスコートが来てくれるんですから予定を崩したら迷惑がかかるでしょう!」
「いやぁ……返す言葉もありません! ですが甲信研には最高水準の残機を送れましたから良しとしようではないですか!」
それを自分で言っちゃあなぁ……と思いはするものの、それを言ったところで無駄なのはわかりきったことなので聞こえよがしのため息をつくに留めることにした。
「そういえばだいぶ予定が遅れてしまっていますが、昼食はどうしますか? 何か食べたいものでもあれば遠慮なく言ってください」
既に時刻は昼を過ぎている。
活残機を満載した状態で飲食店に立ち寄るわけにもいかないので潟医研について後部を切り離して以降になるので昼食というには些か遅い時間になりそうである。
「いや、お任せしますよ流石の私も新潟の飲食店にはあまり詳しくないので」
「ほう……ではいいラーメン屋があるのでそこにしましょう。前に博士達と--掴まって!!」
話している途中に急ブレーキ……コントロールを失った車両が横転し、何かに勢いよく衝突して止まった
「ってぇ……一体何が……」
フロントガラスには灰白色の壁
「……じゃない」
呼吸するかの如く緩やかに動くそれは確かに何かの生命体か
「『チャッピー』ですか……やれやれこんなことなら私も連れて来ておくべきでしたね。猪狩さん、逃げましょう。動けますか?」
「はい……しかし一体どこの誰が……?」
「どこの誰でもあり得る事です」
事もなげに言った世界最高峰の賞金首の言葉にそれもそうかと猪狩主幹は考えないことにした。
どのみち敵がどこの誰であれ、今ここにいる二人ではどうにもならないだろうし、長岡市街で落ち合う予定の潟医研のエスコートが駆けつけてくれるとも思えない。
敵に気づかれないように這い出し、ゆっくりと距離をとる二人
「「ゆきちゃん、悪い人たち逃げるよ?」」
ある程度距離を稼いだ二人が一目散に駆け出した瞬間目の前から耳と脳内を震わす声が響いた
声の元に目を向けると、巨大な異形が肩に覆面の人間を乗せて宙に浮いていた。
「先生……あれは……」
「ええ、いやはや喋る『ニンゲン』とは……なんと面白い!!」




