練武の森 8
静岡県御殿場市 陸上自衛隊東富士演習場
大嶋くん達を傷つける様なことはしないと決めはしたものの、二週間が過ぎても成果を得られないとなると私の判断は間違っていたのではないかという気もしてくる。
まあ正しかろうが正しくなかろうが決定を覆す気なんてさらさらないのではあるが……
「なんだかなぁ……残機連中ももうちょっと根性見せてくれないもんかねぇ……全く最近の若いモンは……」
「ハイデルベルグ人はとっくに絶滅してますよ」
私の年寄りくさい独り言にヤングな梓ちゃんが言ってきた。
「若い子は昔の話をすぐギュッとするんだから……私も多分そんな昔のヒトじゃないよ」
昭和うまれが「え? 戦後生まれっすかぁ?」みたいに煽られるというのはありがちだと聞いたことがあるが、推定チバニアンな私くらいになると逆にそんなこともなくなってくるのだが……流石は平成生まれだ。三十万年を一足とびにギュッとしてくるとは……
ただ証拠が出土してないだけで産まれていないとは言い切れないのが悲しいところであるが、ハイデルベルグ人は私たちネアンデルタール人の祖先だとされているし、同じチバニアンを生きたとされる化石人類仲間とはいえ戦前生まれと昭和末期くらいの感覚では離れているはずなのでまあ多分会ったことはない……はずだ。
「そりゃまあ……そんくらいになるといいとこざっくり十万年単位でしかわかんないですもん」
「それもそっか……若い頃もっと写メとか撮っておけばよかったかもね」
「しゃめ……?」
私だって中世代とかの話をする時は百万年単位で話すしなぁ……おんなじ様なモンだ! いやはや私も若いね!
「でも実験が進まないと書類ばっか増えてあれだよね……ちょっと私が『0034U』に直接会って話しつけてこようかな?」
「え……あぁ、はい普段だったら名案なんでしょうけど……今回はやたら人目があるんで厳しいですよね」
普段から諏訪先生の後ろにくっついている分、修くんよりも遥かにエキセントリックなお仕事のやり方に抵抗感の薄い梓ちゃんですら流石に検閲で、となるとやはり多少大人しくなるようだ。
それに関しちゃ私も同様で先ほど梓ちゃんに言ったような手法を取れればそれが最高なのだがうまいことそれで謎を解いてうまいこと大瀬博士や早川博士、自衛隊さんにバレないようにする方法がどうしても多い浮かばないので実行できないでいる。
「せめて毎晩百発百中で出てきてくれればありがたいんだけどなぁ……」
試行回数を増やすことさえできれば実は根性のある残機を引き当てる可能性も出てくるだろうが残念ながら絶対に出てきてくれるわけでもない。
過去の防衛省が行った実験や発生した事態等の状況を極力再現することによって出現率自体を底上げすることはできた。それでも発生率は概ね30%程度であり、実験は遅々として進んでいないのが現状である。
「まあ……でもデータだけは集まってるじゃないですか」
「管理収容の役にはたたなさそうなデータばっかだけどね」
本来なら『0034U』移動性実体を新潟県の関山演習場へと誘導し、移動間に演習場と移動性実態間の超常的、電磁的繋がりを計測する。
その上で本体の存在を示唆するようなデータがあればそちらの捜索、無い場合は物理的な無力化を試すために関山演習場に移動してもらっている川島くん達臨編重迫撃砲中隊が火力投射を実施する手筈だ。
せっかく本州最大の演習場に来ているのに態々新潟の演習場を利用しなくてはならないのはなんともまだるっこしい話ではあるのだが、富士箱根エリアは色々と困ったちゃんな神格性事案の領域が目白押しな上に富士山本体からは地殻由来の超常系影響もバンバン出ていたりするので、少し離れた場所との間で観測をしてみないことには仮になんか出ていたとしてもどれが私たちにとって意味のあるものなのかが判断のしようがないのだ。
おかげで追跡を担当するFO班のみんなには迷惑をかけてしまう。KLXで新潟まで行軍の追跡なんて単なる苦行だろう。
「静岡、神奈川、山梨、東京、それに長野に新潟……場合によっちゃ群馬か……」
「なんの話です?」
「いやね、藤森ちゃんたちに追跡してもらうってなると大変だろうから予想ルート上の支部に追跡協力の依頼出そうかなって」
「あー……確かに……でもかなり広域ですよね……片切さんのドローンじゃダメなんですか?」
「大型機飛ばせればいいんだろうけど市街地通られちゃうと目立ち過ぎてダメだよ」
航続距離、秘匿性、低高度性能、低速性能……それぞれの必要なものを持った機体はあるが全てを兼ね備えたものとなるとなかなか難しい。
「地上からになっちゃうわけですね、どうしても……」
「そうなんだよ……支部の情報科ならそういうストーキングはお手のものだろうけどその分縄張り意識が強いから……あ」
そこまで言ってふと気がついた。
「博士、私も多分おんなじこと閃いたっぽいです」
縄張り意識が低いストーカー、であれば彼らに頼むのが一番だ
十河の爺さんの親心か、そもそも年柄年中忙しい情報科と違って何か起こらない限りは比較的暇な職種だからか、その両方かはいまいちわからないが、要請を送って二日後には頼れるGSチームが駆けつけてくれた。
長野支部偵察科
全般職種の三大要目たる情報・偵察・統制の一翼を担う彼らは旧軍時代からの伝統を色濃く残す職人集団であり、戦うカメラマン、カメラで武装したDS職種とも例えられる精鋭達だ。
その職務は名が示す通りの偵察
情報職種が入手した情報をもとにより確度の高い光学的観測で画像、映像での情報収集を行うことであり、浸透工作員やらをつけ回したりもお仕事の一つだ。
平和に行軍するだけの『事案』程度であればお散歩感覚でついていける人々である。
「お待たせしました千塚二佐」
「いやいや、予想よりずっと早かったですよ鈴木一尉」
私を千塚と呼ぶ鈴木(仮)なマッチョは長野支部情報科長の鈴ヶ森上席だ。
一応ね、屋外だから偽名で呼び合っているわけだが……うん、普段は裏で支部のゴリラって呼んでるから鈴ヶ森だろうと鈴木だろうと違和感はあまり変わらない。
どちらかというと違和感は別の部分だ。
「まさか鈴木一尉が直接来るとは思っていませんでした。それに人数もかなり多いようですが……」
二班くらい派遣してくれれば足りると思うものの最終的な編成等は鈴ヶ森上席に任せるとは言ったがそれにしてもかなり人数が多い。
「ああ、珍しいケースなので実地での教育を兼ねて中堅どもを引っ張ってきたんですわ。もちろん腕前に関しちゃ全員保証付きなんでご安心を」
なるほど、面倒見がいい鈴ヶ森上席らしい話だ。
見た感じ班長クラスを集めてきたようなので動きはみんないいだろうし、全体を統率するのが鈴ヶ森上席ということならこちらとしては普通に偵察科員を派遣されるよりずっと安心だ、
その上でこのような状況下での行動の確認として現場指揮者の教育にも役立てようということだろう。
賢くて、仲間思いで、優しい。その上マッチョとくれば彼はもう間違いなくゴリラさんだ。
「でもなんか意外です」
鈴ヶ森上席とがっさんが『ねこです』の新商品開発について話し始めたのでとりあえず彼らのことは彼女に任せて仕事に戻ろうと歩き出したところで梓ちゃんがそんなことを言ってきた。
「あー……鈴ヶ森さんにお願いしたこと?」
彼女の思っていたやり方は鹿島上席の『勢子』に追跡を頼むというものだった。
確かに支部の情報科とは異なり、『機構』本部麾下である情報本部に所属する鹿島上席もその配下の任務部隊たる『勢子』もそのどちらも全国で行動するし、追跡に関しても任務の特性上高い能力を有してもいる。
この任務をお願いするのに不足はないだろうし仮に断られたとしても情報本部の人員を貸してくれるよう口利きしてもらうこともできるだろう。
「普段だったらコネに甘えてたかも知んないけど今回は一応ルールを守んなきゃだからね」
こう考えると普段の私がどれだけなぁなぁで仕事をしていたのかがよくわかる。こんな風にコネで仕事してばっかりだと若い人たちには老害扱いされてしまいそうだが……楽なんだよなぁ……
「とりあえずあんまり真似しちゃダメだよ?」
「いや……真似しようにもそんなコネないですよ」
「まあこれからだよ」
梓ちゃんが近い将来博士なり先生なりと言われて責任ある立場になるのは疑う余地はない。
その上で長くその仕事をしていれば自然とコネなんてものは手に入ってしまうものだ。一人で回せる仕事なんて高が知れているのだから当然だろう。
「さて、準備だけはどんどん整ってきたわけだけども……」
早いところ方がついてくれないものだろうか……
状況に動きが出たのは鈴ヶ森上席達が到着してから二日後の夜のことだ。
実験開始前の準備の段階で一般の自衛官が砲兵森内に侵入した事を確認した宮田くんが退去を促すために林内に侵入した。
時刻は1900、過去の記録においては一度も発生が確認されていない時間帯である。
そのことを思って私たちも彼の行為について容認した。
だが、この時に限り『0034U』事態が発生し宮田くんと当該の自衛官が林内に取り残されることになった。
すぐに大嶋くん率いるうちのDS人員によって救助部隊を編成して砲兵森林内に突入、事態発生から40分後に両名を保護して帰還した。
「大丈夫?!」
「はは……大丈夫っすよ、余裕っす……」
失神することこそ無かったものの、顔色が悪いし震えもあるようだ。
あの宮田くんが……というのはむしろ『0034U』が与える恐怖が事案的特性によるものであるという私の予測を裏付けるものであるようにも感じられる。
「それより、目標地点の指示はできました。追跡は……」
「あっ……」
完全に忘れていた。それを察したのか宮田くんが呆れたような表情を浮かべる。
仕方ないじゃないか! 宮田くんが砲兵森に取り残されたと聞いてそれどころじゃ無かったんだから!
「あー……そんなこともあるだろうなって片切さんに無人機出してもらってますよ。鈴ヶ森さん達もあと5分で出発できるそうです」
そんな状況下で声をかけてきてくれたのはがっさんだ
「さっすが! ありがとう!!」
いやあ優秀だ。助かる!
『0034U』の移動速度は概ね人間と同等だという報告もあることだし、そう考えれば人口密集地に到達する前に偵察科の面々が捕捉できることだろう。
あとは距離をとった後に首都外郭防衛線のCOP -850、COP-392、COP-042のセンサーを用いて『0034U』と演習場特定地域との繋がりの有無、およびそれが認められる場合の正確な座標の算定を行えば今日の実験は大成功だ。
結果がどうなるかは今の所わからないが、今日の殊勲は間違いなく宮田くんとがっさんだろう。
「とりあえず、宮田くんは諏訪先生んとこ行って検査受けて。終わったら明々後日までオフで大丈夫だから」
がっさんは実験があるのでちょっと手放せないが、宮田くんに関しては緊急で必要な用件もないので休んでもらって大丈夫だろう。
あくまで当社比ではあるが平和的な『事案』相手なのだ。彼らのような優秀な戦闘員の活躍できる場はあまりない。
「いえ、大丈夫です! 問題ないっす!」
「分かってるって。ただ大手柄だったからね、まあご褒美だと思ってのんびりしててちょうだい」
ただまあ宮田くんも二つの意味で優秀なソルジャーなので身体を休めることに対しては実に消極的だ。
本当は大人しく宿営地で渋い顔して功名話でもしながら干物とか齧ってて欲しいところである。
やる気に満ち溢れているのは実に結構なことだが、無茶は禁物だ。
そんなもんすいというのは梅干しくらいのもんであろう。
どうにか宮田くんに現地オフを飲み込ませて指揮所天幕に戻ると大嶋くんがのんびりコーヒーを飲んでいた。
若い子達にも見習って欲しい余裕全開の態度である。
私にもコーヒーを入れてくれたので軋みの酷いパイプ椅子に腰を下ろしてちょっとばかりコーヒーブレイクだ。
「あ、地図ありがとね」
テーブルに広げられた地図に掛けられたオーバーレイには『0034U』移動性実体のルートと時間ごとの位置が書き込んである。
データ自体は片切くんが端末で共有してくれてはいるが、パッと流し見するにはアナログがしっくりくる。世代的な話かもしれないが……
「いえいえ、今回はやることもあまりないんで」
「たまにはいいでしょ? やっぱ仕事はこうでなくちゃ」
当初の手掛かりのない状態や突然もたらされた『レイス』の情報で少し混乱しはしたものの、これだけ状況が動き出せば所詮は雑魚事案だ。
のんびりいこう、のんびり
「確かにそうですね」
「鈴ヶ森さん達に仕事丸投げになっちゃってんのは申し訳ないけども……まあ必死に行軍してる奴の後を車とかで追っかけるだけだから偵察科からしたら仕事ともいえないのかも知んないけどさ」
「頑張ってるのは『0034U』くらいのもんです。川島達もJ-7の連中と現地でバーベキューとかやってるみたいですしね」
「あはは、うちの指揮官達は優秀だね! そういうメリハリ大事だよ」
時間はまだたっぷりある。
予測される『0034U』の移動経路はいくつかあるが、その方向性としては概ね二つだ。
一つは北上して山梨、長野に入る最短経路
もう一つは過去のケースであった東京を経由する東進ルート
前者であれば三日程度、後者であれば五日程度で目標地域である関山演習場に到着すると予測されているが、どのみちある程度の距離を取らなければ観測自体もままならないのだ。
それに所要時間の予想もあくまで徒歩で休みなく歩いた場合のもので、旧軍の行軍に則った移動であった場合は途中での小休止や大休止等を勘案して助要時間はもっと長くなることになる。
あくまで人間ではなく『事案』なので休憩が必要なのかと問われれば多少疑問符がつく話ではあるが、旧軍の兵士という形をとっているのでそれに準じた行動を取ることは十分にあり得る話だ。
「……検閲じゃなきゃ目標地域をサンフランシスコとかにしたんだけどなぁ」
「流石にメリが過ぎますって」
「だよねぇ……」
ともかく『事案』云々はさておき私たちはヒトなので疲れもすればお腹も空くし、やる気なんて基本空っけつだ。
休憩ってほんと大事だ……




