練武の森 7
静岡県御殿場市 陸上自衛隊東富士演習場
「この匂い……待て! 武器を下ろせ!」
匂い……? というかこの声……
「大嶋くん、まだ撃たないで……」
深夜の東富士演習場で受けた彼我不明の集団からの襲撃、どちらにせよ何だか妙なことになってきたな……
「武器は置いた! そちらに向かうから撃たないでくれ!」
ゆっくりと暗闇から出てきたのはワークマンで売っていそうな作業着に身を包んだ40代くらいの短髪の男だ。
日本人としては結構高い鼻以外はこれといった特徴がないその顔は、しかし見覚えのある顔だった。
「鹿島くん……どしたのさこんなとこで」
鹿島健斗上席調査員、佳澄さんの同期で情報本部に所属する優秀なGS調査員であり、ここ数年は『ゴースト』……レイスと呼ばれる女を首魁とするテロ組織追跡の任についているはずだ。
「博士こそ……っとその前に大嶋さん、武器を下ろしてくれませんか?」
「いいよ、大丈夫」
私の言葉で3人が銃を下ろす。
ただ宮田くんは着剣したままだし藤森ちゃんもいつでもホルスターの拳銃を抜ける構えだ。
顔見知りだからといって油断をしないのはおそらく『保全財団』が背後にいることを警戒しているからだろうが、鹿島調査員をよく知る身としては何者に脅されようがそれに屈するタイプではないと断言できる。
……まあ玉名さんの裏切りというか正体に気付いてすらいなかった私にはあまり偉そうなことは言えないが
「とりあえず立ち話も何だし宿営地に行こう。そこで話を聞かせて?」
「レイスがこの辺にいる……? 嘘でしょ……」
人払いを済ませた指揮所天幕の中で鹿島調査員から状況の説明を受けた私と大瀬博士、早川博士、がっさんの四人はそれぞれ異なる反応ではあるものの概ね嫌そうな表情であるということは共通していた。
「情報の確度自体はどうとも言えませんが……それでも静岡県東部での雨傘や『保全財団』が奇妙な動きをしているのも事実です。過去に連中が動いた時も似たような兆候があったので警戒に当たっていたのですが、東富士演習場に妙な集団がいると報告を受けて急行してきたんですが……」
「それが私たちだったと……」
あの女の一団がアメリカ人と関係が深いだろうというのは鹿島調査員率いる任務部隊『勢子』からの報告書にも記載があった。
しかし露助が暴れて一時的にとはいえ超常世界が団結しなければならないこのタイミングで……それもその団結において『保全財団』が主導的立場を果たそうとしている現状を鑑みれば下請けであろう『ゴースト』の不用意な動きについても自制するような訓令があって然るべきではないだろうか?
いや、それ自体も『保全財団』の巨大さを考えれば決めつけることはできないかもしれない。何しろはっきりしたものではないとはいえオルブライト博士からの警告もあるくらいだ。
『保全財団』の中にあってもあらゆる思惑が飛び交っているのだろう。大所帯も大変だ……
「しっかり支部と調整をしないからこうなるのだ! 一歩間違えれば職員の損耗にも繋がりかねない重大な落ち度だろう」
そんなことを考えていたら大瀬博士が鬼の首をとったかのように詰めてきた。
支部との調整はしっかりやったはずだし本部にも検閲についての話は行ってるはずなんだけど……
「待ってください! 博士は支部とも連携を取ってますし砲兵森周辺での活動についても情報を回してたはずです!」
「ぬぅ……しかしその時に連絡漏れがあったのかもしれないだろう? 千人塚博士のことだ。どうせ送信ミスとかそんなところ--」
「連絡を担当したのは私です! 端末見てみてください、ちゃんと履歴も残ってます!」
「い、いやもちろん君がやっていたのなら何も心配はしていないとも!」
うむ、お義父さん対策にはがっさんが非常に便利だ。小言を完封してくれている。
「しかし……困りましたね……理事会に検閲の中止を提言しましょうか?」
早川博士はそう言ってくれるが……
「懸念というだけでは弱いでしょうね……」
実際襲撃してくる恐れのある団体は多くはないとはいえそれなりに存在しているのだ。襲われるかもしれないというだけでいちいち撤収していては仕事になったもんじゃない。
「とりあえずはこのまま進めるほかないでしょう。鹿島くん、続報があったら逐一情報回してもらえる?」
「ええ、私たちも外郭防衛線に拠点を移しますので何かあればすぐに」
今決められることはこれぐらいだ。
とっとと検閲を終わらせてヤカラに目をつけられる前に帰るのが一番だろう。
「ですから博士はちゃんと真面目に準備を進めてたんです! それなのになんでそんなに意地悪ばっかり言うんですか!」
「い、いや……そう言うわけでは……」
親子喧嘩は当人達に任せて、この場は一旦解散することになった。
「お、博士! 終わりましたか?」
天幕を出ると大嶋くんが声をかけてきた。彼にしがみつくように片切くんの姿もある。
……そう言う趣味でもあったのかな? まあ多様性の時代だし仕事に支障がないんなら何も言う筋合いはないが
「なんか妙なこと考えてませんか?」
「いや? それでなんかあったの?」
普段から仲良しな二人ではあるが、反面内と外で真逆な業務に就く二人である。
揃って私のところに来るってなると危機管理関係の話だろうか? どうであれ今の状況を鑑みればあまり良い予感はしないのだが……
「いや、なんか0034Uについて気付いた事があるとかで」
「0034Uについて……?」
だが返ってきた言葉は意外なものだった。いや、今やってる仕事的には妥当も妥当だし、ちゃんと目の前の業務に取り組んでくれているのは上司としてはありがたい事この上ないのだが、それにしたって取り合わせが妙な気がする……
「いや、なんか『見当違いなことを言ったりしたら大勢いる知らない人たちが寄ってたかって僕を0034Uに暴露させてそれを眺めて笑うんだ〜!』って言い出してだから護衛してくれって言われまして」
「い、言うなよぉ〜」
「あはは、そう言うことね」
そういえば片切くんが顔見知り以外と仕事をするのってみたことないもんなぁ……最近は私たちが加害者になるような形の被害妄想はあまり聞かなくなってきたが、よく考えてみるとあれは人見知りの形なのかもしれないなぁ
「それじゃあ一旦みんな集めよっか、うちだけで意見の集約もしてなかったしね」
大騒ぎしていたせいで気がつきゃもう日が出ている。ははは……徹夜だ……
片切くんが気付いた内容というのは『0034U』が行うという長距離の移動についてだ。
『0034U』が幽霊に類するものであれそれ以外であれ、遠く離れた地まで移動したとしても必ず東富士演習場に戻ってくる。
であれば移動間の『0034U』と東富士演習場との間に何かしら繋がりがあるのではないだろうかというものだった。
砲兵森の中においては件のノイズのせいで観測がほぼ不可能ではあるが、移動間においてはその様な兆候は報告されていない。
「な、何か……『0034U』移動性実、体とはべ……別に、演習場に何か、その、あるんじゃ……ないかと」
なるほど、要するに件の日本兵の幽霊とされている部分はラジコンみたいなもんで、それとは別に本体もしくはコントローラー的なものがあるのではなかろうかという提言だ。
「移動性実体の部分が独立した存在ではない……それだと被験者が確認している言語でのコミニュケーションとそれに伴う知性みたいなものがあるというのが妙な気がします。肌感覚的な部分ですけどなんとなく独立した一個の知性体みたいに感じるんですけど……」
修くんが言うのは被験者との会話の部分、追いかけてきた『0034U』移動性実体のまるで感情を有した上でさらには悪意さえも感じさせる表情の変化についてだろう。
「確かに感覚的にはそう思うかもしれないですけど、アーティファクトには知性を感じさせる実体を伴うものもあります。実体の他に母体があると言うのはあながちありえないとも言えないと思いますよ」
その疑問にはがっさんが答える。流石はアーティファクトの世界的権威である大瀬博士の直系だけあってその手の話には強い。
「アーティファクトなんですか? それにしてはなんていうか中途半端な気がするんですけど」
傾向として極端な性能や性質をしている事が多いのがアーティファクトである。
もちろん全てがそうだと思い込むのは危険だが、それでも普通の怪談みたいに適度な有害性、適度な整然さを持っていると言うのは確かに妙だとも感じるのでその辺りは梓ちゃんの疑問もわかる。
「アーティファクトであるかはさておきそれらで確認されている特性を有しているのかどうかと言うお話でしょう。少なくとも最初の切り口になるという面では試してみる価値はあると思いますよ」
そう言った諏訪先生がこちらをみる。
「そうだね、試してみる価値はあると思う。ただなぁ……」
この話で一番の問題点はそもそもやるやらないと言う部分の話ではない。
やれる、やれないこっちの問題が大きいのだ。
「今まで『0034U』の移動を誘発できたケースでは訓練を受けた自衛官、それも一般部隊でもJ-7でも特に強靭な精神力を持ってる人らが『0034U』に接触したケースだけなんだよね……」
『0034U』が与える恐怖はおそらく単にお化けに出くわした事に対するシンプルなものではなく事案的特性に因るものだろう。
この程度の怪談噺で済みそうなもので失神まで行っている以上単なる恐怖心と捉える事ができないのは当然だろう。
それでも過去のケースを鑑みれば精神力で跳ね除けられるものであることは明らかなのだが、そこで問題になってくるのが実験の用に供するための残機達だ。
そもそもとして要求性能を満たす個体すら満足に入手できないと言うのが常態化してしまっている上に保管や点検の段階で精神的に不安定になっていることも多いのである。
恐怖心への抵抗には精神の安定が重要であり、その上で鍛え上げられた精神を持っている古参の自衛官の様な残機を入手するとなると並大抵のことではない。
「一応養殖物の残機で適当なのが無いか当たってはみるけどそっちは年齢が若くなっちゃうからこの案件でまともに使えるかわかんないんだよね」
残機の養殖が始まったのは精々20年程度だしシステムが確立してまともな製品を製造できるようになったのはもっと最近だ。
それでなくとも天然物と比べると性能の多様性やら社会生活を送る上で向上していく各種の耐性の低さやらで未だにまともに使えないシステムだ。
子供を実験に使わなきゃいけない時とかには仕方なく使ったりはするが、それ以外では誰も使おうとしないので毎年余剰在庫は『白スク』に感染させて記憶処理薬の材料にされていると言う話だから適当な年齢の養殖物があるかどうかもわからない。
「それなら自分らが直接試してみましょうか?」
大嶋くんの提案は確かにもっとも効率的な方法であることは間違い無いだろう。
超常に対する耐性も精神力もその全てが現代最上級であるDSのみんなであれば『0034U』に暴露しても確実に『0034U』に対する移動目標の指示という目的を果たしおおせることだろう。
「提案はありがたいけど……それは最後の手段かな」
「え……いや、『0034U』には致死性影響も確認されてませんし別に大丈夫じゃ無いですか?」
大嶋くんもリスクと効果を秤に乗せていけると思ったからこそ言ったのだろう。
だからこその不思議そうな表情というのもしっかり理解しているつもりだ。
私がとるべき選択が彼の提案を肯定することだというのも、この仕事を行う人間であればまず迷うことはないだろう。
「うん、だからこれは私のこだわりでしかないんだけどね……もちろんどうしてもとなったらやってもらわなきゃいけなくなるかもしんないけど、やんなくて済む目があるんならそれを全部潰してからでもいいんじゃないかなって」
大嶋くん達を不用意に危険な目に合わせたくない。それ以上に人間を人間として扱わない様なことはしたくない。
私の中で踏み越えたくない一線は単なる私の我儘でしかないことはわかっている。
ただそれでも、わかってなおそれを貫きたいと思ってしまうのだ。
そして私にはそれを成すだけの立場がある。たまには公私混同したってバチは当たらないだろう




