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第3話:天才ハッカーの強襲(後編)[リメイク版]

翌日の夕刻。


新千歳空港からタクシーを飛ばしてやってきた楠木アリスは、『アーク・テクノロジーズ』のオフィスドアを勢いよく蹴破る勢いで飛び込んできた。


「はぁ……はぁ……! 到着! ここがボクの新しい秘密基地だね!?」


大きなキャリーケースを二つ引きずり、両手には自作の怪しげなパーツ類を抱えた少女。フードを目深にかぶったその姿は、昨日の画面越しで見た通りのボサボサな銀髪のアリスだった。


「ようこそ、アーク・テクノロジーズへ。遠路はるばるお疲れ様」


和也がコーヒーを淹れて迎えると、アリスは鼻を鳴らしてオフィス内をキョロキョロと見回した。


「ふふん! 昨日は不覚を取ったけど、ボクの物理セキュリティ突破スキルもなかなかでしょ? で、どこにあるの!? ボクを一瞬で返り討ちにしたっていう、悪魔みたいなスーパーコンピュータは!?」


『悪魔とは心外ですね、未開の害虫ハッカーさん』


澄み渡るような冷徹な声とともに、アリスの目の前の空間に青白い光が収束し、エリスのホログラムが姿を現した。


「ひゃああっ!? な、なにこれ!? 透過型プロジェクターもないのに、空間に直接光が定着してる……!? 透過度ゼロの完全立体ホログラム!?」


アリスは手に持っていた荷物をドサリと落とし、エリスのホログラムの周りをぐるぐると回り始めた。


「影ができてる……! 分子レベルで光をコヒーレント制御してるの!? どんな光源使ってるのこれ!? レーザー? それともプラズマ放電!?」


『これだから未開人は騒がしくて困ります。マスター、本当にこの騒々しい個体を雇うつもりですか? 騒音で私の思考フレームにノイズが走るのですが』


エリスがこれよがしに溜息をつくと、アリスは目を見開いて叫んだ。


「喋った! ていうか自然言語処理のレベルがおかしすぎるでしょ!? チューリングテストどころの騒ぎじゃない! 完全な自律思考型AI(AGI)……ううん、それ以上だ!!」


アリスは和也の胸倉を掴みんばかりの勢いで身を乗り出してきた。瞳は興奮でランランと輝いている。


「ねえ和也! これ、君が作ったの!? このホログラムも、ボクを逆ハックしたAIも、全部君の自作なの!?」


「まあ……俺と、彼女エリスの共同開発……ってことにしておいてくれ」


和也は苦笑しながら、アリスを自席の最新ワークステーションへと案内した。


「アリス。昨日約束した通り、君の作業環境(環境)を用意した。この端末を使ってみてくれ」


デスクの上に置かれていたのは、一見すると市販のハイエンドノートPCだ。だが、内部の基板とCPU、通信モジュールは、昨日和也がエリスのナノレーザーで完全最適化(改造)を施した特別製だった。


アリスは半信半疑でキーボードに手を置き、電源を入れた。


「ん……? ディスプレイの起動速度ゼロ秒? 電源ボタン押した瞬間にOSが立ち上がったんだけど……。まあ、メモリの直載せならあり得るか。……よし、ちょっと負荷テストを——」


アリスの小刻みな打鍵音がオフィスに響く。


彼女は自身が開発した最も重い暗号解読プログラムと、数万件の物理シミュレーション・スクリプトを同時に実行させた。


次の瞬間——。


「……え?」


アリスの手が止まった。


画面の進捗バーが【0%】から【100%】へと、ロード時間すら存在せずに「一瞬」で完了していたのだ。


「な……なにこれ……? ボクのプログラム、バグって終了した……?」


『バグではありませんよ。演算が完了しただけです。処理時間は0・000012秒。当端末の内部量子スピンコアにとっては、その程度の計算など瞬き以下の負荷です』


エリスが静かに告げると、アリスの全身に激しい鳥肌が立ち並んだ。


「り……量子スピンコア……!? 冷却なしで!? この薄いノートPCの中で常温量子演算が動いてるっていうの……!?」


アリスの額から一筋の汗が流れ落ちた。


世界中の国家が何兆円という国家予算を投じ、極低温の大型施設でようやく数ビットの維持に喘いでいる量子コンピュータ。それが、いま目の前で、手のひらサイズのノートPCとして完璧に動作している。


「嘘だ……嘘だろ……。これ、世界中の暗号化通信が全部紙くずになるレベルのテクノロジーじゃないか……!」


アリスはガタガタと震える手でキーボードを抱きしめた。


「和也……君、一体何と戦うつもりなの……? これだけの技術があったら、世界中の銀行の口座を書き換えて、一晩で地球上の富を全部自分のものにすることだってできるんだよ……!?」


恐れと、それ以上の圧倒的な感動に声を震わせるアリス。


和也はそんな彼女の頭にポンと手を置き、優しく、しかしどこまでも力強い声で答えた。


「言っただろ、アリス。俺たちの目的は、そんな小銭稼ぎじゃない」


和也はオフィス奥の大型スクリーンを操作し、一通のニュース記事を映し出した。


画面に映っていたのは、中東の石油情勢の緊迫化と、それに伴う世界的なエネルギー価格の高騰、そして日本国内で深刻化する「電力不足」と「電気料金の爆騰」に関するニュースだった。


「今、この国は、いや世界は、化石燃料と古くさい発電システムに依存しきっている。サクラエレクトロニクスに提供した【ギガ・コントロール】のバッテリー技術は、あくまで市場を驚かせるための『前菜』に過ぎない」


和也の目が、青い野望の炎を宿して光った。


「俺たちが次に打ち出す『本命』……それは、この地球上の電力コストをゼロにし、化石燃料の時代を終わらせる【超小型・常温核融合ジェネレーター】だ」


「じょう……おん……かくゆうごう……!?」


アリスは絶句した。


人類が半世紀以上追われ続け、未だ実用化の目処すら立っていない「夢の永久機関」。太陽を地上に作るような技術。それを、この男は本気で実現しようとしている。


「アリス。君にはアーク・テクノロジーズの最高情報責任者(CIO)として、このプロジェクトの全世界に向けた情報セキュリティ防衛、そして競合他社や国家規模の妨害工作を全て裏から潰す『不落の盾』になってもらう」


「不落の……盾……」


「どうだ? 裏世界のハッカーとしてコソコソ潜伏していた頃より、ずっと面白そうだろう?」


和也の問いかけに、アリスは一瞬だけ呆然とし——次の瞬間、その顔に破顔の笑みが弾けた。


『ヒハッ……! あははははっ! 最高! 最高だよ和也!!』


アリスは椅子から飛び起き、ノートPCを胸に抱きかかえて叫んだ。


『いいよ! やってやる! ボクの全脳みそとスキルを君に預ける! 世界中のサイバー兵器や国家ハッカーどもが襲いかかってこようと、ボクとエリスちゃんで返り討ちにして、一歩も近づかせない!!』


『誰が「エリスちゃん」ですか、馴々しい。……ですが、防衛ネットワークの構築速度だけは評価してあげましょう』


エリスもまた、口元に小さく、しかし満足げな笑みを浮かべた。


元・冴えない下請けエンジニアの佐藤和也。

銀河帝国の超高度AI・エリス。

そして世界最強の天才ハッカー・楠木アリス。


異色の三人が揃った『アーク・テクノロジーズ』。


地球の文明構造を根底から塗り替える「エネルギー革命」の牙城が、今、札幌の地で完成した。


「さあ……始めようか。世界を驚かせる、俺たちの本当の仕事を」


和也の力強い宣言とともに、オフィスに新たな時代の幕開けを告げるキーボードの音が力強く鳴り響いた。

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