第4話:不落の島、エネルギー革命(前編)[リメイク版]
サクラエレクトロニクスとの一億五千万円のライセンス契約、そして天才ハッカー・楠木アリスの加入により、『アーク・テクノロジーズ』の体制は盤石のものとなった。
だが、札幌市内のビルの一角にあるオフィスは、すでに手狭になりつつあった。
「マスター。現在のオフィス環境では、第二段階である『常温核融合ジェネレーター』の実証炉構築は不可能です」
メインディスプレイの傍らに立つエリスが、可憐な指先で空間にホログラムの構造図を広げながら告げた。
「理論上の安全性は百分率で百パーセント担保されています。ですが、試作炉の起動時には高密度のプラズマ収束に伴う強力な電磁パルス(EMP)および空間位相歪みが発生します。このような市街地の雑居ビルで稼働させれば、周辺数キロ圏内の変電所と通信網が一瞬で沈黙することになりますね」
「数キロ圏内が停電か……それはさすがにニュースどころの騒ぎじゃないな」
和也は苦笑しながらコーヒーを啜った。
隣のデスクでは、アリスがエリスの調整した「量子演算ノートPC」を爆音のような打鍵音で叩き叩き、画面に流れる膨大なデータログを処理している。フードから覗く銀髪を揺らしながら、アリスが身を乗り出してきた。
「和也! だったら、誰にも邪魔されない『拠点』を買っちゃおうよ! ボクが国土交通省と防衛省の地籍データベースをハックして……じゃなくて、公開情報から探したんだけどさ!」
アリスがキーボードを叩くと、メインモニターに北海道西海岸、積丹半島沖に浮かぶ小さな無人島の衛星写真が映し出された。
「ここ! 【神威島の旧軍用要塞跡】! 周囲約二キロ、切り立った断崖絶壁に囲まれた完全な自然の要塞! かつて戦時中に通信施設と砲台が置かれていた場所で、今は国有地として放置されてるんだけど……競売にかけられてて、手頃な価格で払い下げ可能なんだよ!」
「断崖絶壁の無人島……か」
和也の目が光った。
周囲を海に囲まれ、外部からの物理的な侵入が極めて困難な地形。港湾設備を少し改修すれば、船による資材搬入も容易だ。何より、都市部から遮断されたその場所ならば、エリスのオーバーテクノロジーを周囲の目を気にせずフル稼働させることができる。
『評価します』
エリスが小さく頷いた。
『その島の地下には旧軍時代の地下壕が存在しますね。当機のプラントを設置し、ナノマシンによる自己拡張工事を行えば、数週間で「絶対不可侵の秘密工廠(自動工場)」へと作り変えることが可能です』
「決まりだな。すぐに土地の取得手続きに入ろう」
だが、世界は和也たちの快進撃を黙って見過ごしてはくれなかった。
サクラエレクトロニクスが発表した【ギガ・コントロール・Mark-1】の異常なスペックは、世界のエネルギー業界と巨大資本に激震を走らせていたのだ。
「……なるほど。サクラの株価がこの一週間でストップ高を更新し続けている理由は、この『アーク・テクノロジーズ』という泡沫ベンチャーか」
東京・大手町。高層ビルの最上階に位置する、巨大エネルギーコングロマリット『帝国エネルギー・ホールディングス』の会長室。
重厚な革張りソファに深々と腰掛けるのは、日本のエネルギー利権の頂点に君臨する男、黒田総一郎だった。政財界に太いパイプを持ち、石油、天然ガス、既存の原子力発電の利権を一手で牛耳るフィクサーだ。
彼の前には、調査報告書を差し出す黒くつややかなスーツを着た男が立っていた。
「会長。アーク・テクノロジーズの代表・佐藤和也は、元は札幌の零細下請けメーカーのしがないエンジニアに過ぎません。ですが、彼が開発した制御ICは、既存のリチウム電池の寿命を七倍に伸ばし、発熱を完全にゼロに抑え込むという……おかしな性能を発揮しています」
「おかしい、だと?」
黒田は冷ややかな目で煙草の煙を吐き出した。
「バッテリーの発熱がゼロになり、寿命が七倍になれば……我がグループが膨大な投資を行っている石油火力発電や、海外からのLNG(液化天然ガス)輸入の需要が激減する。それどころか、電力会社全体の収益構造が根本から揺らぐということだ」
「はい。さらに……彼らは本日、北海道沖の無人島『神威島』の払い下げ競売に破格の資金を投じて参加、落札したとの情報が入っております」
「無人島を買った……? 単なる下請け上がりのエンジニアが、なぜそんな広大な実験場を欲しがる?」
黒田の目が、老獪な肉食獣のように鋭く細められた。
「不穏だな。芽は小さいうちに摘み取るのが鉄則だ。……例の『海外の友人たち』に連絡を取れ」
「友人……とおっしゃいますと、米国の巨大石油メジャー『メガ・ペトロ』の特別工作部隊ですか?」
「そうだ。サクラエレクトロニクスには圧力をかけてアークとの提携を解消させろ。そして……佐藤和也という男からは、その技術のすべてを吐き出させろ。事故に見せかけてな」
「かしこまりました」
数日後。北海道・積丹沖、神威島。
荒波が打ち寄せる断崖絶壁の島に、和也、アリス、そしてエリス(端末)の姿があった。
「うわぁぁぁ! 潮風がすごいけど、最高のロケーションじゃん!!」
アリスは防寒着のフードをなびかせ、島の中央にそびえる旧軍のコンクリート要塞跡を見上げて歓声を上げた。
「これなら誰にも邪魔されずに、いくらでもハッキング……じゃなくて、実験ができるね!」
「ああ。ここが俺たちの『不落の城』になる」
和也は足元のゴツゴツとした岩肌を踏みしめた。
手の中の端末を通じて、エリスのプラント(探査機本体)から微細なナノマシン群が地面へと放出されていく。ナノマシンたちは岩盤を分子レベルで削り、分解し、地下に巨大な空間と自動生産ラインを構築し始めているのだ。
「エリス、地下工廠の完成予定は?」
『ナノマテリアル自己複製プロセス稼働中。約七十二時間で第一層のクリーンルームおよび「常温核融合炉・試作零号機」の組み上げが完了します』
「よし。それが完成すれば……いよいよ地球上のエネルギーの仕組みを変える第一歩だ」
和也が力強く頷いた、その時だった。
ブツンッ——!
アリスが手にしていたタブレット端末の画面に、激しいノイズが走った。
「……え? 和也、ちょっと待って! 神威島の周囲の海域で、おかしな電波反応がある!」
アリスが顔色を変えてキーボードを叩く。
「暗号化された軍用ドローンシグナル……! それに、レーダーに映らないステルス仕様の高速洋上ボートが二隻、この島に向かって全速力で接近してきてる! 人数は……武装した男たちが十二人!!」
「武装集団……!? どこからだ!?」
『解析完了。通信プロトコルから、米国の民間軍事会社(PMC)および『メガ・ペトロ』傘下の特殊工作部隊と特定。……マスター、我々の動きを察知した旧時代の利権者どもが、刺客を送り込んできたようです』
エリスの声には、焦りなど微塵もなかった。あるのは、矮小な人間たちの悪あがきに対する冷酷なまでの侮蔑だ。
「刺客だと……!? こんな無人島にまで襲ってくるなんて……!」
アリスが悲鳴を上げる。
だが、和也の目は冷たく冴え渡っていた。
かつてなら恐怖に震えていたかもしれない。だが今の和也には、手の中にある「地球のあらゆる兵器を過去のものにする超技術」と、信頼できる仲間がいる。
「アリス、エリス。……俺たちの『不落の島』に不法侵入してきた礼儀知らずどもだ」
和也は不敵な笑みを浮かべ、改造スマホの画面をタップした。
「銀河帝国の防衛システムで……盛大に出迎えてやろう」
襲いかかる世界の巨大資本の刺客。
そして、神威島で起動する銀河の防衛兵器。
極寒の海上で、圧倒的な「オーバーテクノロジーの迎撃戦」が幕を開けようとしていた。




