第4話:不落の島、エネルギー革命(中編)[リメイク版]
ザザーッ……! ザザーッ……!
激しい荒波が打ち寄せる神威島の断崖絶壁。霧が立ち込める薄暗い海面を、滑るように接近してくる二隻の黒い影があった。
レーダー波を吸収する特殊塗装が施された、米国製最新鋭のステルス高速インフレータブルボートだ。乗っているのは、米国の巨大石油メジャー『メガ・ペトロ』が秘密裏に雇い入れた、民間軍事会社(PMC)の精鋭特殊部隊員十二名。
彼らはアサルトライフルや暗視ゴーグル、さらには小型の軍用ドローンまで装備し、完全な殺人仕様で身を固めていた。
『ターゲットの反応を確認。アーク・テクノロジーズ代表・佐藤和也、および同行の少女二名。島の中央部、旧軍要塞跡に潜伏中』
ボートの隊長がインカム越しに低く命じる。
『容赦はいらん。狙うは設計データと試作端末の回収だ。ターゲットは抵抗すれば射殺、生きていれば拉致して拷問にかける。……行け!』
フック付きのロープが断崖へと打ち込まれ、黒づくめの隊員たちが素早い動きで崖を登り始める。プロの軍人たちによる、隙のない無慈悲な電撃作戦——のはずだった。
「和也! 刺客たち、崖を登って島に上陸してくるよ! あと三分でここに来る!」
旧軍要塞のコンクリート跡。簡易テントの中で、アリスがタブレットのモニターにかじりつきながら悲鳴を上げた。
画面には、サーモグラフィー映像で捉えられた十二個の赤い人影が、急斜面を驚異的なスピードで登ってくる様子が映し出されている。
「暗視ゴーグルに自動小銃……本物の軍人じゃん! 冗談じゃないよ、ボクたちただのITベンチャーなんだよ!?」
「落ち着け、アリス。ここはもう、ただの無人島じゃない」
和也は静かにアリスの肩を叩くと、手の中の改造スマートフォン——エリスの端末の画面をスワイプした。
「エリス、防衛プロトコル『エリア・ガード』の作戦領域を設定。非致死性モードで、侵入者を完封する」
『了解しました、マスター』
テンションの上がった声ではなく、どこまでも淡々と、冷徹な美声を響かせるエリス。
『現惑星の兵器体系に対する迎撃プロトコルを定義。「電磁パルス(EMP)フィールド」および「高周波指向性音響波」の展開を開始します。……未開の暴力装置どもに、文明の格の違いを教えてあげましょう』
エリスがホログラムの指先を鳴らした、その瞬間。
グラガガガガガッ……!
島全体の地下深くから、地鳴りのような重低音が響き渡った。
地下で自己複製を続けていたナノマシン群が、旧要塞のコンクリートの亀裂や岩肌から、無数の「銀色の微粒子」となって大気中へと噴出していく。それはまるで、意思を持った銀色の霧のように、崖を登る特殊部隊員たちの頭上へと広がっていった。
「な……なんだこの霧は!? サーモグラフィーが狂った!?」
崖を登っていた隊員の一人が、暗視ゴーグルの表示が激しくノイズを起こしたことに気づき、声を張り上げた。
『隊長! 全通信に強烈なジャミング! GPSも静止衛星通信もすべて断絶しました!』
『馬鹿な! このような無人島に強力な電波妨害装置など——』
隊長が叫び終える前に、異変は起きた。
バチバチバチッ……!!
空中を漂う銀色の微粒子から、紫色の微細な電磁プラズマ火花が炸裂した。
『グアアアアッ!?』
『ライフルが……! 暗視ゴーグルが熱い!!』
隊員たちが身につけていた最新鋭のアサルトライフル、通信機器、暗視ゴーグル、さらには着衣の金属ファスナーに至るまで、すべての電子回路と金属パーツが強烈な誘導起電力によって一瞬で焼き切れた。
暗視ゴーグルは爆発して火花を散らし、隊員たちは悲鳴を上げてゴーグルをむしり取った。ナイトビジョンを失った彼らの視界は、極寒の嵐が吹き荒れる完全な暗闇へと叩き落とされる。
「な、なんだ!? 何が起きたんだ!? 敵の攻撃か!?」
隊長は焼き切れて煙を吹くアサルトライフルを投げ捨て、腰の軍用ナイフを抜いた。
「慌てるな! 相手はたかが技術者とガキ二人だ! 徒手空拳でも殺せる! 突撃しろ!!」
プロの軍人としての矜持が、彼らを死地に踏みとどまらせる。ナイフを構え、暗闇の中を要塞跡に向かって走り出す隊員たち。
だが——。
『不快ですね。野蛮人が土足でマスターの領域を踏み荒らすなど』
要塞跡の闇の中から、青白い光を纏った一人の美しい少女——エリスの立体ホログラムが優雅に歩み出てきた。
「ひっ……!? 人間……じゃない! 光の化け物か!?」
隊員たちが足を止め、ナイフを構えて身構える。
エリスは可憐な唇に、底知れぬ冷酷な笑みを浮かべた。
『死ぬ必要すらありませんよ、虫ケラども。……眠りなさい』
エリスが優雅に手を掲げると、要塞周辺の岩盤から、目に見えない「超高周波指向性音響波」が隊員たちの頭脳へ向けて一斉に照射された。
キーーーーーン……!
「ガハッ……!? あ、あたまが……!!」
「意識が……目を開けていられな……」
脳の平衡感覚と小脳のシナプス伝達を直接麻痺させる、絶対的な音響兵器。
銃声も、爆発音も、血の一滴すら流れない。
圧倒的な暴力を誇っていた十二名の特殊部隊員たちは、白目をむき、人形のように力なく岩場の上へと次々と崩れ落ちていった。
わずか数十秒。
米国巨大資本が誇る精鋭部隊は、傷一つ負わせることもできず、全滅した。
「す……すごすぎる……」
要塞跡の影から様子を見ていたアリスが、口をぐうの音も出ないほど開けて呆然としていた。
「銃も使わずに、本物の特殊部隊が一瞬で全滅しちゃった……。これが、エリスちゃんの防衛システム……!?」
「怪我人はなしか?」
和也が歩み寄ると、エリスは誇らしげに胸を張った。
『当然です。非致死性の神経麻痺音波とEMPの組み合わせです。十二時間ほど激しい偏頭痛と嘔吐感に苛まれますが、命に別状はありません。彼らの身元、雇い主の『メガ・ペトロ』および日本の『帝国エネルギー・ホールディングス』との通信ログは、すべて当機が解析・保存完了しました』
「よし、完璧だ」
和也は気を失って転がっている特殊部隊の隊長を見下ろし、不敵に口元を歪めた。
自分たちの利権を守るためなら、暴力も殺人も厭わない旧時代の巨大資本。彼らは和也たちを「脅せば屈する無力なエンジニア」だと高をくくっていたのだろう。
だが、大きな間違いだ。
「刺客を送り込んでくれたおかげで、相手の首根っこを掴む証拠が手に入った」
和也はアリスに向かって振り返った。
「アリス。この捕らえた隊員たちの映像と、彼らが白状した通信ログ、さらにメガ・ペトロからの資金の流れ……すべてを暗号化して、メガ・ペトロの最高経営責任者(CEO)と、日本の黒田総一郎宛に直接送りつけてやれ」
「ヘヘッ……任せて!」
アリスの目がいたずらっ子のように輝いた。
「『これ以上余計な真似をしたら、この映像と全機密データを国連と全世界のメディアに流すぞ』ってメッセージ付きで送ってあげるね!」
「ああ。……そして、彼らが恐怖で震えている間に、俺たちは『本命』を完成させる」
和也は足元の岩盤を見つめた。
地下深くに構築されたクリーンルームで、ナノマシンたちが組み上げている「人類史を塗り替える真の太陽」——【超小型・常温核融合ジェネレーター・試作零号機】。
旧時代の利権者どもがどれほど抗おうとも、時代の潮流を止めることなど不可能なのだ。
神威島という名の不落の要塞で、和也たちの「エネルギー革命」は、ついに最終段階へと突入しようとしていた。




