第4話:不落の島、エネルギー革命(後編)[リメイク版]
神威島の地下五十メートル。
旧軍時代の地下壕を、エリスのナノマシン群が分子レベルで掘削・補強して作り上げた秘密工廠(自動工廠)。
岩盤をくり抜いて作られたドーム状の巨大空間は、無機質な鏡面仕上げのチタン合金パネルで覆われ、天井からは幾何学的なラインを描く青白い照明が空間全体を照らしていた。市街地の雑居ビルにあった小さなオフィスとは比較にならない、まさに「SF映画の秘密基地」そのものの光景が広がっている。
「うわぁぁぁ……! たった三日でこんな地下プラントを作っちゃうなんて、本当に人間離れしてるよ……!」
アリスが手すりにしがみつき、地下ドームの中央を見下ろして歓声を上げた。
ドームの中央に鎮座しているのは、高さ約三メートル、直径二メートルほどの漆黒の円筒形構造体。
表面には継ぎ目ひとつなく、青い燐光のラインが静脈のように脈動している。それこそが、エリスのデータベースと和也のエンジニアとしての情熱が形となった人類史上初の「実用型常温核融合炉」——【常温核融合ジェネレーター・試作零号機】だった。
(第4話・完)
「マスター。試作零号機の組み上げ、および重水素・ヘリウム3のナノ結晶格子への充填が完了しました」
和也の隣に立つエリスのホログラムが、誇らしげに顎を上げた。
「当機の探査船(本体)から抽出した微量の触媒ナノ粒子を用いることで、臨界に達するエネルギー閾値を極限まで下げています。理論上の発電出力は……連続100万キロワット。一般的な原子力発電所一基分と同等の電力を、この小さな円筒一つでゼロ・エミッション(完全無公害)にて出力可能です」
「原子力発電所一基分が、このサイズで……!?」
和也は息をのんだ。
広大な敷地も、冷却水のための巨大なダムや海も、放射性廃棄物の処分場すら必要ない。ただそこにあるだけで、都市一つの電力を何十年も永久に供給し続ける「神の火」。
「アリス、例の刺客たちの件はどうなった?」
和也が尋ねると、アリスはタブレットを操作しながらニンマリと不敵な笑みを浮かべた。
「ばっちりだよ! メガ・ペトロのCEOと、日本の黒田会長の個人端末に、捕まえた部隊員の映像と証拠ログを送りつけてあげた! 『二度と変な真似をするな。次はない』って警告と一緒にね!」
「返事は?」
「ふふん! 相手のオフィス、大パニックだよ! メガ・ペトロの本社内では緊急役員会が開かれて、株価の暴落を恐れて警察やメディアへの口止めに大わらわ! 黒田会長も顔面蒼白で病院に担ぎ込まれたらしいよ!」
「当然の報いだ」
和也は冷ややかに言い放つと、眼下にそびえる試作零号機へと視線を戻した。
力による威嚇や裏工作で技術を握り潰せると思っていた旧時代の権力者たち。彼らに教えてやらなければならない。時代はすでに変わったのだと。
「よし……エリス、アリス。試作零号機の火入れ(火入れ)を行う」
『了解。プラズマ収束シークエンス開始。磁場安定化率、一〇〇パーセント……点火!』
エリスの可憐な声が地下ドームに響き渡った。
ズズズズズ……ッ!
重低音の振動が、足元の床を通じて全身に伝わってくる。
円筒形の炉の表面にある青いラインが爆発的な輝きを放ち、周囲の空間が一瞬、微細に歪んだ。だが、激しい発熱も、危険な放射線の漏れも一切存在しない。オシロスコープの波形モニターには、無限に近いエネルギーが極めて安定した状態で湧き出し続ける出力グラフが描かれていた。
「出力……定格の100万キロワットに到達! 安定率99.999パーセント! 成功だ……成功したぞ!!」
和也は拳を握りしめ、胸の奥から湧き上がる熱い感情とともに叫んだ。
エンジニアとして、これ以上の歓喜があるだろうか。
現代の科学が「不可能」と決めつけていた壁を打ち破り、人類の未来を支える新たなエネルギーを、自分の手で解き放ったのだ。
「すごい……本当に動いてる……。これ一つで、札幌市全体の電力が賄えちゃうんだ……!」
アリスもまた、画面の数値を見つめながら瞳を潤ませていた。
『ふふん、未開人にしては上出来な反応ですね。ですがマスター、これは始まりに過ぎませんよ』
エリスが和也の前に立ち、可憐な笑みを浮かべた。
『このエネルギーをどう使いますか? 国に売りつけますか? それとも、電力会社を買い叩きますか?』
「いいや」
和也ははっきりと首を横に振った。
「俺たちが目指すのは、一部の富裕層や巨大企業によるエネルギーの独占じゃない。『全人類への開放』だ」
和也の言葉に、アリスとエリスが目を見開いた。
「明日、アーク・テクノロジーズとして全世界へ向けてインターネット生配信を行う。この神威島から、試作零号機の完全な動作実験を世界中にライブ中継するんだ」
「ラ、ライブ中継!? 無料で全部見せちゃうの!?」
「そうだ。そして……この常温核融合ジェネレーターの基礎設計図と理論データを、オープンソースとして全世界の研究機関や企業に完全無償公開する」
「ええええええっ!? オープンソースに!? 一兆円……ううん、数百兆円の価値がある特許なんだよ!?」
アリスが目玉を飛び出さんばかりにして叫んだ。
和也は優しく微笑み、アリスの頭を撫でた。
「特許で囲い込めば、また黒田やメガ・ペトロのような奴らが現れて利権争いが始まる。だが、誰もが自由に使えるオープンソースにしてしまえば、利権そのものが消滅するんだ。誰もがタダ同然で綺麗な電気を使える世界……それこそが、俺が作りたい『新しい技術立国』の姿だ」
特許による独占ではなく、圧倒的な技術の普及による世界の底上げ。
そのスケールの大きさに、アリスは息をのんだ。
『……ふん。独占による富の蓄積よりも、文明全体のレベル底上げを選択しますか』
エリスは呆れたように肩をすくめたが、その瞳には和也に対する深い敬意と誇らしさが満ちていた。
『どこまでも愚直で、青くさいマスターですね。……ですが、嫌いではありませんよ。その選択、銀河帝国管理者として全面支援いたしましょう』
「よし! 決まりだな!」
和也は二人に向かって力強く頷いた。
「明日、世界を変える。俺たちエンジニアの本当の逆襲を……世界中に見せてやろう!」
極寒の積丹沖に浮かぶ神威島。
地下深くに灯った「神の火」は、停滞し、傷ついたこの星の未来を照らす、革命の光となろうとしていた。




