第5話:超技術国家の誕生(前編)[リメイク版]
神威島からの歴史的なインターネット全世界生配信まで、あと十分。
神威島の地下工廠。メインコントロールルームの大型モニターには、世界中の動画配信プラットフォームやSNSのリアルタイム数値が表示されていた。
『待機人数……三千万人を突破! えええっ、YouTubeのサーバーが落ちかけてるよ!? ボクが量子通信ノードでバイパスを繋ぎ直さなかったら破綻してた!』
アリスが銀髪を振り乱しながらキーボードを叩き、叫んだ。
「サクラエレクトロニクスに次世代バッテリーを提供した謎のベンチャー『アーク・テクノロジーズ』が、人類史を覆す重大発表を行う」という事前告知は、アリスの裏工作とSNSの口コミにより、瞬く間に地球全土を駆け巡っていたのだ。
シリコンバレーのIT巨頭、各国の大学・研究機関、金融ファンド、そして米国白ハウスや中国中南海をはじめとする国家の中枢機関までが、息をのんでこの配信を待っていた。
「緊張してるか、和也?」
アリスが振り向いて尋ねる。
「……不思議と、まったく緊張していないよ」
和也はシンプルなシャツの袖をまくり、画面の前へ立った。
かつて、大手の下請けとして上司に頭を下げ、理不尽なコストカットと納期に追われ、自らの技術を嘲笑われていた男。その男が今、全人類の未来を握り、世界の中心に立とうとしている。
『配信開始一分前です、マスター。……この星の歴史に、貴方の名を深く刻み込んであげなさい』
可憐な軍服姿のホログラム・エリスが、胸を張って凛とした笑みを浮かべた。
「ああ。行こう」
カウントダウンがゼロになった瞬間、神威島の地下ドームに設置された高精細カメラの映像が、全世界数億台のディスプレイへと一斉に同時生中継された。
「世界の皆さん、こんにちは。アーク・テクノロジーズ代表の佐藤和也です」
画面に現れたのは、過度な装飾のないシンプルな背景の前に立つ、一人の若い日本人男性だった。
世界中の視聴者がチャット欄で騒ぎ立てる。
『なんだ、ただの若い東洋人か?』
『詐欺師のプレゼンだろ?』
『サクラの件は偶然の奇跡だったんじゃないのか?』
飛び交う懐疑と批判の書き込み。だが、和也は穏やかな笑みを崩さず、カメラをまっすぐに見つめた。
「本日、私たちが皆さんにお見せするのは、机上の理論でも、未来の夢でもありません。……今、この場所で稼働している『新しい現実』です」
カメラのアングルが引き、和也の後ろに鎮座する、青い光を湛えた漆黒の円筒——【常温核融合ジェネレーター・試作零号機】が画面いっぱいに映し出された。
「これが、私たちが開発した超小型・常温核融合発電炉です」
一瞬、全世界のチャット欄が凍りついた。
『じ、常温核融合……!?』
『正気か!? 物理学を否定する気か!?』
『また始まった、典型的な科学詐欺だ!』
世界中の科学者やジャーナリストが鼻で笑った、その瞬間だった。
「疑うのも当然です。ですから、これからリアルタイムで完全な実証実験を行います」
和也が合図を出すと、アリスの操作によってモニターに神威島周辺の電力グリッド、および外部の国際第三者機関の計測機器と連動した「リアルタイムデータ」が表示された。
「現在、この試作零号機は定格出力100万キロワットで連続稼働中です。入力エネルギーに対する出力効率は……計測不能。投入された微量の重水素から、ほぼ無限の電力が安全に抽出されています」
画面上で、数値がリアルタイムで刻まれていく。
電圧、電流、磁場安定化率、そして温度センサー。
炉の表面温度は「23度」。放射線測定器の針は「背景放射線レベル(完全なゼロ)」から一ミリも動かない。
「この発電炉一つで、人口百万人規模の大都市の全電力を完全に賄うことが可能です。燃料代はタダ同然。二酸化炭素の排出も、有害な放射性廃棄物の発生も一切ありません」
『嘘だ……! データの改ざんだ!!』
『オシロスコープの波形を見ろ! ノイズがゼロだぞ!?』
『国際第三者機関の暗号署名が本物だ! 捏造じゃない!!』
ネット上が、激しい狂乱と混乱に包み込まれた。世界中のノーベル賞級の物理学者たちが、画面に表示される数式とデータを食い入るように見つめ、開いた口が塞がらなくなっていた。
だが、和也の衝撃的な発表は、それだけに留まらなかった。
「そして……本日、最もお伝えしたいことがあります」
和也は画面に向かって、静かに、しかし世界を叩き割るような力強い声で告げた。
「アーク・テクノロジーズは、この常温核融合ジェネレーターの基本特許および詳細な設計データ、理論数式を……本日ただいまより、当社のWebサイトにて【完全無料・オープンソース】として全世界に一般公開します」
『——!?!?!?』
全世界の言葉が消えた。
チャット欄のスクロールが物理的に追いつかず、世界中のSNSのサーバーが一時的にパンクした。
「いかなる企業、いかなる国家、いかなる個人であっても、このデータを自由にダウンロードし、複製し、自国のエネルギーインフラとして活用して構いません。ライセンス料は一切発生しません」
和也は力強く言った。
「エネルギーの貧困、化石燃料を巡る戦争、環境破壊……そうしたくだらない争いの時代は、今日で終わります。……新しい技術の時代へ、ようこそ」
配信が終わった瞬間。
地球上の全政治・経済・科学の秩序が、音を立てて崩壊し、再構築を始めた。
アメリカ合衆国・ホワイトハウス。緊急安全保障会議が招集され、大統領が頭を抱えて絶叫した。
「オープンソースだと!? 数百兆ドルの価値があるエネルギー利権を、あの日本人は世界にタダで配ったというのか!? 我が国の石油企業や原子力産業はどうなる!?」
中国・北京。最高指導部が緊急会議を開き、顔色を変えて命じた。
「直ちに佐藤和也のデータを入手せよ! そして、彼を我が国へ招聘……不可能な場合は、いかなる手段を使ってでも確保せよ! 日本が単独でこの技術を主導すれば、東アジアの勢力図が完全にひっくり返る!!」
そして、日本の永田町・首相官邸。
「さ、佐藤和也……!? 札幌のベンチャーの男が、常温核融合をオープンソース化しただと……!?」
首相の官邸に、防衛省、経済産業省、外務省の幹部たちが雪崩のように押し寄せていた。
「総理! すでに我が国の株価は異常な上昇を見せています! 世界中の投資資金が、アーク・テクノロジーズのある日本へと怒涛のように流れ込んでいます!」
「アメリカや中国から、すでに『佐藤和也の身柄を引き渡せ』『技術の管理権を国連に移管せよ』と猛烈な外交圧力がかかっています!」
「どうするんだ……日本はどうすればいいんだ!?」
混乱を極める世界。
だが、神威島の地下で和也は、窓の外の荒々しい日本海を見つめながら不敵に笑っていた。
「さあ……世界が動き出したぞ」
『ふふっ、見事な煽りっぷりでしたねマスター。旧時代の覇権国家どもが、蜂の巣をつついたように狼狽しています』
エリスが可憐に微笑み、アリスがノートPCを抱えて抱きついてきた。
「和也! ホームページのサーバー、アクセス数が数十億回を超えてパンクしそうだよ! でも、設計データはすでに全世界の数十万のサーバーへ拡散完了した!」
「よし……これで、誰にもこの技術を揉み消すことはできなくなった」
和也は拳を固く握りしめた。
一人の下請けエンジニアから始まった逆襲。それは今、日本という国を、そして地球という星の文明そのものを「超技術国家」へと塗り替える、巨大な歴史の波となって広がり始めていた。




