第2話:革命のプロトタイプ(中編)[リメイク版]
翌日、午後二時。
札幌市中心部に聳え立つ超高層ビル『サクラエレクトロニクス北海道支社』。その最上階に近い会議室の重厚なドアの前に、和也と部長の高橋の二人が立っていた。
「おい佐藤、いいか?」
高級そうなスーツの襟を整えながら、高橋が小声で和也に凄んだ。汗ばんだ顔には、あからさまな緊張と焦燥が滲み出ている。
「相手はサクラ様の本社から出張してきている次世代EV開発プロジェクトの担当幹部だ。うちみたいな下請けが滅多にお目にかかれるお方じゃないんだぞ。絶対に失礼の段がないようにしろ。あと……万が一基板のデータに不備があっても、適当にごまかして『すぐ修正します』と言って引き下がれ。余計な口は一切叩くな!」
「……了解しました」
和也はアタッシュケースを静かに握り直した。中に入っているのは、昨夜エリスとともに仕込み終えた『ギガ・コントロール・プロトタイプ・Mark-1』だ。
和也の網膜には、エリスの不機嫌そうなホログラムが浮かんでいた。
『マスター。なぜこのような低知能な未開人の指図を受けねばならないのですか? 彼の脳のシナプス伝達物質の分泌を数マイクロ秒遮断して、永久に静かにさせましょうか?』
(物騒なことを言うな。……まあ、見物してろよ。この後、一番面白いショーが始まるからな)
和也が脳内で返答を終えると同時に、会議室のドアが開いた。
広々とした室内には、最新の大型モニターと幾重ものテスター機器が並び、上質なスーツを着た数人の男たちが座っていた。
中央に座るのは、サクラエレクトロニクスの車載技術開発部門・統括部長の藤堂だった。五十代半ばの、白髪交じりの髪を隙なく固めた男で、その眼光は冷酷そのものだ。
「遅いぞ、北海電子精密」
藤堂は手元の資料から視線を外さず、吐き捨てるように言った。
「下請けの分際で、この私を三分も待たせるとはいい度胸だ。……で、例のEV用車載バッテリーの制御基板、指定したコスト制限内で試作してきたんだろうな?」
「は、はいっ! 藤堂部長! もちろんでございます!」
高橋は揉み手をしながら頭を下げ、すり寄っていく。
「我が社の精鋭エンジニアであるこの佐藤が、徹夜で組み上げました! コストは従来の汎用パーツのみで構成し、ご要求通りの低価格を実現しております!」
「ふん。安上がりなのは結構だが……我が社の次世代EVプロジェクト『オーロラ』は、欧州の巨大自動車メーカーと対抗するための最重要案件だ。発熱対策と変換効率、安全性において厳しい基準を設けている。既存の安物パーツでその基準をクリアできるのか?」
藤堂が試すような視線を向けると、高橋は一瞬言葉に詰まり、すぐに冷や汗を流しながら和也の背中を小突きついた。
「さ、佐藤! ほら、説明しろ!」
和也は一歩前へ出た。周囲のサクラ側の若手技術者たちが、「どうせ下請けの安いハリボテだろう」と半ば呆れたような、軽蔑の混じった視線を送ってくるのが痛いほど分かった。
和也は平静を保ち、ケースから一枚の基板を取り出した。
「こちらが試作品になります。……結論から申し上げますと、藤堂部長のご要求された基準は、すべて『完全に超越』してクリアしております」
「……は?」
会議室の空気が凍りついた。
藤堂が眉をひそめ、高橋が白目をむいて「おい佐藤! 余計なことを言うな!」と胸倉を掴みかからんばかりに慌てふためく。
「『超越』だと……? 下請けの若造が、何を大言壮語を吐いている」
藤堂の目が険しく光った。
「我々が提示した要求スペックは、現行のハイエンドICを使っても限界ギリギリの数値だ。それを、お前たちが調達できるような安物の汎用パーツで超えられるはずがない。技術を舐めるのも大概にしろ」
「舐めてなどいません」
和也はまっすぐに藤堂の目を見返した。
「論より証拠です。そちらに並んでいるサクラ様最新鋭の実車用高電圧バッテリー試験機に、この基板を接続させてください。生のデータを見ていただければ分かります」
「……いいだろう」
藤堂は苛立ちを隠さずに顎をしゃくった。
「ただし、もしハタリ(ハラ)であったり、テスト中に基板がショートして我が社の試験機を破損させたりした場合は、即座に北海電子精密との契約を解除する。高橋、異論はないな?」
「ひっ……! 症、承知いたしました……!」
高橋は顔面蒼白になり、和也を殺さんばかりの目で見つめながら低く囁いた。
「お前……! 会社を潰す気か!? 失敗したらタダじゃ済まさんぞ!!」
(失敗? 誰に向かって言ってるんだ)
和也は心の中で冷笑した。自分には、銀河帝国の超高度AIが付いているのだ。現代の地球の計測器など、赤子の玩具に過ぎない。
和也は手際よく試作基板を大型試験機へと接続し、配線とセンサーを取り付けた。
「では、最大定格電流の120%を入力し、テストを開始します」
「おい! いきなり120%だと!? 爆発させる気か!」
サクラ側の技術者が悲鳴を上げたが、和也は迷わずスタートボタンを押した。
ブォォォォン……!
大型試験機の冷却ファンが激しい音を立てて回り始め、モニターに膨大な電流データがリアルタイムで流れていく。
会議室の全員が、息をのんでモニターを見つめた。
通常であれば、過剰な負荷により数秒で基板の温度が50度、80度と急上昇し、保護回路が作動して緊急停止するか、パーツが焼き切れて煙を吹き上げるはずだった。
だが——。
「……なっ!?」
サクラの若手技術者が、モニターを二度見した。
「お、温度が……上がらない!? 室温のまま……24度で完全に一定だ!?」
「バカな! 熱交換センサーの故障か!? 120%の電流が流れているんだぞ!」
「いえっ! 電流値、電圧値ともに正常です! というより……ノイズが一切ありません! 完全に理想的なフラット波形を描いています!」
「待て! 変換効率の値を見ろ!!」
技術者の一人が叫んだ。
大型モニターにデカデカと表示された数値。
【電力変換効率:99.98%】
「き、99.98%……!? 冗談だろ!? 現代の物理限界を超えているぞ! エネルギーロスがほぼゼロだと!?」
会議室全体が蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
若手技術者たちが慌ただしくキーボードを叩き、計測器の断線を疑って配線をチェックし直すが、何度再計測しても数値はピタリと動かない。
「あり得ない……! あり得ない!!」
それまで冷徹さを保っていた藤堂が、ガタッと椅子を蹴破るように立ち上がった。
顔色を変え、和也の前に駆け寄ると、試験機に接続された基板を血眼になって注視した。基板は一切熱を持っておらず、まるで電源が入っていないかのように静まり返っている。
「な……なんだこれは!? どんな素材を使っている!? どんな回路構成をしているんだ!? 汎用パーツの組み合わせでこんな数値が出るわけがない!!」
藤堂の動揺しきった声が、静まり返った会議室に響き渡った。
隣で見ていた高橋は、何が起きているのか理解できず、口を金魚のように開けたまま完全に固まっている。
そんな惨状の中、和也だけが静かに立ち尽くし、冷ややかな、しかし溢れんばかりの優越感を湛えた瞳で藤堂を見下ろしていた。
「これが、我が社の……いいえ、俺の設計した制御回路です、藤堂部長」
脳内でエリスが「くすくす」と可憐に、そして悪魔的に笑った。
『未開人の驚く顔というのは、いつ見ても滑稽ですね。……さあマスター、追い打ちをかけてあげなさい』
和也の唇が、自然と不敵な笑みの形へと歪んでいった。




