第13話:多重宇宙の歪み、黒き管理者の影(中編)[リメイク版]
【第8平行宇宙・歪曲領域】。
赤黒い監視グリッドによって星座すらも閉じ込められた絶望の宙域において、二隻の同型戦艦——和也たちの乗る純白と青の『アーク・プロトタイプ』と、禍々しいスパイクを全身に生やした『黒きアーク・ラグナロク』が、数万キロメートルの距離を挟んで静かに対峙していた。
両艦のメインモニターを通じて、視線が交差する。
片や、作業服の袖を捲り上げ、人間の自由と技術の可能性を信じる「エンジニア」佐藤和也。
片や、漆黒のサイバネティクス装甲に身を包み、全知性の思想と感情を「不要なバグ」として排除しようとする「黒き管理者」佐藤和也。
『無駄な抵抗はやめよ、別の位相の『私』よ』
『黒きアーク・ラグナロク』のブリッジから、冷酷無比な和也の声が響き渡る。その背後のモニターには、この宇宙の何千億もの知性体たちの脳波データが、無機質な棒グラフとなって整然と管理されている様が映し出されていた。
『人間という存在は不完全だ。自由な思想は争いを生み、予測不可能な感情は不可避の『システム不具合』を発生させる。……故に、全知性の思考を我ら管理コアへ直結し、感情の数値を最適化することこそが、全宇宙に永遠の平和と秩序をもたらす唯一の解答なのだ』
「全知性の思考最適化……だと?」
船長席の和也は、冷たい怒りを瞳に宿して、もう一人の自分を睨みつけた。
「人間の感情や自由をバグ扱いして消し去るのが、お前の言いたい『管理』なのか? そんなのはただの『死滅』と変わらないだろうが!」
『ふん……甘いな』
黒き和也が不快そうに口元を歪めた。
『お前もまた、未完成な感情の不具合に毒されている。……ならば、その不完全な管理権限ごと、ここで消去してやろう』
ズズズズズ……ッ!!
『黒きアーク・ラグナロク』の船体各部から、幾何学的な「黒結晶の抑止バリア」が展開された。
それと同時に、この宇宙の全監視タワーから大容量の「思考上書き波」が放たれ、和也たちの乗る『アーク・プロトタイプ』へと集中照射された。
「きゃあぁぁぁっ!? 和也、船内のメインフレームに直接『思考消去プログラム』が侵入してくるよ!!」
アリスが銀髪を振り乱し、悲鳴を上げながらキーボードを打ち鳴らす。
「ボクたちの『自由意志』そのものを『バグ数値』として検出して、書き換えようとしてる……! 演算速度が桁違いだよ!!」
「くっ……! なんという強烈な精神的圧迫……!」
第一皇女セレナ・アルカディアが、胸元を強く押さえながら膝をついた。
黒き和也が構築した管理システムは、かつて火星や帝都で戦ったどの敵よりも強固で、隙がない。なぜなら、自分自身と同じ「高度な技術的論理」を知り尽くした男が作った完璧なディストピアだからだ。
『マスター……当機の思考保護バリア、限界値まであと十五秒です……!』
軍服姿のエリスのホログラムが明滅し、可憐な表情に痛々しい歪みが生じる。
圧倒的な支配力と論理の暴力。
だが——佐藤和也の目は、死んでいなかった。
「……ハッ……あははっ……!」
静まり返るブリッジに、和也の冷ややかな爆爆笑が響き渡った。
『何がおかしい、不完全な私よ』
黒き和也が眉をひそめる。
「可笑しくてたまらないのさ」
和也は作業服のポケットから改造端末を取り出し、コンソールへカチリと深く叩き込んだ。
「お前は『管理』を気取ってるが、やってることはただの『手抜き』だ!」
『何……!?』
「ユーザー(人間)の使い方が不規則で予測不能だからって、ユーザー側の思考や自由を削り取ってシステムに合わせさせる……そんなものはエンジニアの仕事じゃない! ただのヘボな仕様押し付け(怠慢)だ!!」
和也の言葉に、黒き和也の表情が一変した。
「システムがユーザー(人間)の自由な感情と多様性を受け入れられないなら、直すべきは『人間』じゃない……お前のその狭苦しい『システムそのもの(お前自身)』だろ!!」
和也の指先が、神速の速度で光の鍵盤の上を疾走し始めた。
「アリス! 敵の思考抑止波の波形を逆位相で折り返せ! エリス! 帝都コアと外銀河ネビュラのエネルギーを束ねて、あいつの『絶対管理プログラム』の核心に、自由意志のカオス(ランダムデータ)を叩き込め!!」
「了解っ!! ボクたちの自由な魂……見くびるなぁぁぁっ!!」
『御意、マスター!! 全論理回路、解放……!!』
和也、アリス、エリス、そしてセレナ姫の想いが一つとなり、輝く青純白の「創造と自由のデータ波動」が、黒きアーク・ラグナロクの防衛壁を一瞬で突き破った。
ドォォォォォォン……ッ!!
『な……なんだこの膨大な『不確定データ』の流入は……!? ボクの絶対管理システムが……処理不能を起こしているだと……!?』
黒き和也の不条理な絶対統制が、内側から激しくきしみ始めた。




