第8話:火星の紅い森、銀河の影(後編)[リメイク版]
「……我が名はヴォルコフ。旧銀河帝国第4暗黒艦隊・最高司令官である」
復旧した火星テラフォーミング中核炉のホログラム・コアに、不気味なホログラム映像が浮かび上がっていた。
そこに映っていたのは、漆黒の軍服に身を包み、右目に幾何学的なサイバネティクス眼帯を装着した、威圧感溢れる初老の男だった。その瞳には、並々ならぬ冷酷さと選民思想の狂気が宿っている。
『このログを再生しているということは……貴様は当艦隊が遺した「防衛阻害プログラム」を打ち破ったということだな。……旧帝国の哀れなAI【エリス】の残骸を携えた、どこかの未開惑星の虫ケラか?』
「ヴォルコフ……!」
和也の傍らで、エリスのホログラムが可憐な眉をひそめ、冷ややかな殺気を放った。
『マスター。彼は数千年前、皇帝陛下の平和主義に反旗を翻し、禁断の自律侵食兵器「ヴォイド」を軍事利用しようとして帝国を崩壊へ導いた、最大級の叛乱分子(反逆者)です』
「あのヴォイドを生み出した張本人ってわけか……」
和也の目が鋭く光った。
ホログラムの中のヴォルコフは、嘲笑うかのように口元を歪めた。
『喜ぶがいい、虫ケラども。貴様らが手に入れた銀河門の先……【オリオン腕・第7星系】には、我が暗黒艦隊が築き上げた無制限の自動兵器工廠と、完全なるヴォイド制御コアが眠っている』
画面の中で、ヴォルコフが不気味に手を広げた。
『来るがいい、新しき「管理者」を気取る者よ。貴様らの矮小な技術と知識など、我が軍勢の前には赤子の戯れに過ぎん。……星々の海で、我らが新しい銀河帝国の礎となれ』
プツン……!
不気味な高笑いとともに、ホログラム映像は消滅した。
静まり返る中核炉の最深部。
「オリオン腕・第7星系……暗黒艦隊の兵器工廠……」
アリスの声が通信越しに聞こえてきた。その声には、微かな緊張が混ざっている。
「和也……相手は数千年前の銀河帝国の本物の軍隊だよ。地球の兵器や、そこら辺のハッカーなんて比べものにならないレベルの『本物の悪魔』たちだよ……」
「ああ。分かっている」
和也は作業服のポケットに手を突っ込み、手の中の改造スマホ——エリスの端末をしっかりと握りしめた。
かつて、札幌の小さな下請け会社で、理不尽な上司やコストカットに怯えていた自分。
だが、今の自分には、世界を驚かせたオーバーテクノロジーがあり、信頼できる仲間たちがいる。そして何より、エンジニアとしての「不条理なバグは絶対に許さない」という誇りがあった。
「エリス、恐れているか?」
和也が尋ねると、エリスはふっと力強く首を横に振った。
『いいえ、マスター。むしろ心が歓喜で震えています』
軍服姿のエリスが、可憐な胸を張って凛とした笑みを浮かべた。
『我が主は、貴方です。旧帝国の亡霊どもがどれほど兵器を連ねようとも、貴方の持つ「創造と修正の力」には敵いません。……私はどこまでもお供いたします』
「そうこなくっちゃな!」
和也は不敵な笑みを浮かべ、中核炉を後にして地上へと向かった。
数時間後。
火星の静止軌道上に待機していた探査船『アーク・プロトタイプ』のブリッジ。
火星中核炉からの大容量パワーが送電されたことで、目の前に浮かぶ【第零号・銀河門】が、ついに覚醒の瞬間を迎えていた。
全長十キロメートルにおよぶ、幾何学的な巨大環状構造体。
その中央の空洞部分に、眩いばかりの青純白の空間歪曲プラズマが渦を巻き、向こう側に何千光年と離れた「未知の星雲」の光芒が透けて見え始めていた。
「すごい……! 本当に空間が繋がったよ! 太陽系から一瞬で何千光年先の星系へ行けるんだ……!」
アリスがブリッジのメインコンソールで目を輝かせ、叫んだ。
「全システム、オールグリーン! 銀河門の通過プロトコル、完了したよ!」
「よし」
船長席に深々と腰掛けた和也は、目の前に広がる無限の星々の海を見つめた。
地球での下請けからの逆襲。
日本の「超技術国家」への脱皮。
そして、火星の試練の突破。
すべての準備は整った。
次なる舞台は、未知の星々と古代の悪魔が蠢く「銀河系そのもの」だ。
「アーク・プロトタイプ、発進!」
和也は力強く前方を指差し、叫んだ。
「ターゲット……『オリオン腕・第7星系』! 銀河のバグを、俺たちの手で全部叩き潰してやる!!」
『御意、マスター!!』
ズドォォォォォォン……ッ!!
常温核融合リアクターが全開となり、漆黒の艦体が圧倒的な加速で【第零号・銀河門】の光の渦の中へと突き進んでいった。
光が弾け、空間が歪む。
一人の下請けエンジニア佐藤和也の冒険は、いまや一惑星の枠を完全に超え、大宇宙を揺るがす壮大な「銀河無双SFファンタジー」へと加速していくのだった。
(第8話・完)




