第8話:火星の紅い森、銀河の影(中編)[リメイク版]
「ギギギガガガガッ……!!」
血のように赤い胞子が舞い散る火星の樹海。
樹木の蔓と古代ドローンの金属骨格が歪に融合した「浸食型変異体」の群れが、赤く光る眼球をギラつかせながら和也とエリスへ襲いかかった。
地球の三分の一の重力の中、異形たちは驚異的な跳躍力で空を舞い、鋭利な金属の爪を振り下ろしてくる。
「アリス、敵の制御信号の周波数は特定できたか!?」
和也は重力バリアスーツの噴射ノズルを全開にし、岩場を滑るように回避しながらマイクへ叫んだ。
『ばっちりだよ、和也!』
上空の『アーク・プロトタイプ』のブリッジから、アリスの疾走感あふれる声が響く。
『変異体たちの動き、単なる動物の本能じゃない! 地下のテラフォーミング中核炉から放たれている暗号化メインフレーム信号で一括制御されてる! 周波数は5ギガヘルツ帯の変形プロトコル……ボクの量子PCでノードを特定したよ!』
「よし! エリス、迎撃だ!」
『御意、マスター! 当機のナノ粒子フィールド、展開!』
和也の傍らに立つエリスが軍服の袖を滑らせ、可憐な指先を翻した。
バチバチバチッ……!
和也たちの周囲数百メートルに、幾何学的な青い光の防衛陣地が一瞬で構築された。飛びかかってきた変異体たちがバリアに接触した瞬間、強烈な電磁収束波によって金属骨格が分子レベルで加熱され、悲鳴を上げて弾き飛ばされていく。
「行くぞ……! 重力パルス、照射!」
和也は手にした小型重力ガンを構え、襲いかかる変異体の中心核へ向けて引き金を引いた。
ズドォォォン……ッ!
放たれたのは、見えない「局所重力波の塊」だ。
直撃を受けた変異体は、爆発するのではなく、自らの質量が数千倍に跳ね上がったかのように地面へと叩きつけられ、植物の蔓と金属パーツがみしりみしりと音を立てて圧縮・砕け散っていった。
「す……すごい威力……! 手のひらサイズのガンで、あの巨大なモンスターが一瞬で鉄くずになっちゃった……!」
通信越しにアリスが息をのむ。
「暴走している原因は、やつらそのものじゃない。根元を叩く!」
和也とエリスは弾け飛んだ変異体たちの残骸を飛び越え、アシダリア平原の中央に聳え立つ、幾何学的な巨大コンクリート状のピラミッド構造物——【テラフォーミング中核炉・メインエントランス】へと駆け込んだ。
中核炉の内部は、外の灼熱の紅い森とは一転して、静寂と冷気に満ちた幾何学的な大空間だった。
だが、壁面や巨大なパイプ群には、まるで血管のように太い紅い蔓が巻き付き、淡い脈動を繰り返している。中央に聳え立つのは、高さ五十メートルに達する巨体なホログラム・コアタワーだ。
『マスター。当中核炉のメインフレームに到達しました』
エリスがホログラムの端末を操作し、コアタワーのデータアクセスを開始した。
『メイン制御システムの汚染率……九十四パーセント。「ルブラ・フローラ」の無制限増殖プログラムが、核心アルゴリズムを完全に書き換えています』
「書き換えの実行ログを掘り起こせ、エリス。誰がこんな真似をした?」
和也がコアタワーのアクセスパネルに手の中の改造端末を接続すると、画面に膨大なエラーコードと、数千年前に記録された「ログの痕跡」が高速スクロールし始めた。
それを見たアリスが、画面越しに叫んだ。
『……待って! 和也、これ単なるプログラムのバグじゃないよ!』
「何……!?」
『ログのタイムスタンプを見て! 今から約三千年前……銀河帝国がヴォイドとの戦いで崩壊する直前、この火星中核炉に外部から「意図的な暗号ウイルス」が打ち込まれてる! 送信元の署名データは……【銀河帝国第4暗黒艦隊・叛乱派】!』
「銀河帝国の……叛乱派……!?」
和也は息をのんだ。
かつて銀河帝国を滅ぼした「ヴォイド」の侵食。それは単なる外来の異形ではなく、帝国内部の反乱分子が自らの覇権のために生み出し、暴走させた「禁断の兵器」だったのだ。そして、この火星のテラフォーミング炉もまた、帝国の遺産を地球人に渡さないために彼らが仕掛けた「罠」の一つだった。
『ふん……見苦しい旧帝国の亡霊どもですね』
エリスの瞳に、冷酷なまでの侮蔑と怒りの炎が宿った。
『マスター。彼らが遺したこの下品なウイルスのコードなど、私の量子演算コアにとっては赤子の落書きに過ぎません。……今すぐ、根こそぎ消去いたします』
「頼む、エリス! 火星の生態系を本来の正常な状態へと再初期化してくれ!」
『了解。——システム・アドミニストレーター権限を行使。全プロトコルの強制上書き(オーバーライド)を開始!』
エリスが可憐な手を高く掲げた。
ドォォォォォォン……ッ!!
中核炉全体から、澄み渡るような「純白の重力波動」が放射された。
波紋のように広がった光の波は、コアタワーに巻き付いていた不気味な紅い蔓を一瞬で枯らし、解体し、灰へと変えていく。
さらに光は中核炉を突き抜け、地上全域の「紅い森」へと広がっていった。
地上で蠢いていた「浸食型変異体」たちが次々と光に包まれ、暴走シグナルを失って静かに機能停止していく。血のように赤かった火星の空が、少しずつクリアな透明感を取り戻し、テラフォーミング炉本来の「安全な大気ろ過システム」が再起動を始めた。
『システムクリーン完了。……火星テラフォーミング中核炉、正常稼働状態へ復旧しました』
エリスが可憐に微笑み、和也に向かって深々と一礼した。
画面の向こうで、アリスが大歓声を上げる。
『すごーい!! 火星の変異反応が完全に消えたよ! 火星静止軌道上の【第零号・銀河門】に、中核炉からの大容量パワーが送電され始めた!!』
「よし……成功だ!」
和也は拳を固く握りしめた。
古代の叛乱派が遺したバグを打ち破り、ついに開かれた「星々への扉」。
だが——中核炉のメインモニターの奥深くから、消去されたウイルスの残骸とともに、新たな「暗号化映像ファイル」が自動再生され始めた。
そこに映し出されたのは——漆黒の軍服を着た、不気味な男の姿だった。




