第7話:戦後処理と、宇宙への招待状(後編)[リメイク版]
銀河帝国からの「宇宙への招待状」を受信してから、さらに一ヶ月が経過した。
地球上の混乱は完全に収束し、日本を中心とする『新地球連盟』の統治のもと、人類は「エネルギー問題や環境破壊から解き放たれた黄金時代」を享受し始めていた。
神威島の地下工廠。その最深部に建設された巨大格納庫には、一隻の漆黒の宇宙船が静かに佇んでいた。
全長約二〇〇メートル。
滑らかな流線型の艦体には、エリスの探査船から抽出した最新の重力制御装甲と常温核融合ジェネレーター、そして超光速航行を可能にする「空間跳躍ドライブ」が組み込まれている。
和也とエリス、そしてアリスの三人が自ら設計し、ナノマシン工廠で組み上げた、人類初となる本格的な銀河探査船——【アーク・プロトタイプ・Mark-1】だ。
「ついに完成したね……!」
格納庫のキャットウォークから漆黒の艦体を見上げて、アリスが感無量といった様子で声を漏らした。
「全システムのチェック完了! 船内の量子ネットワーク、生活維持装置、自動防衛プラズマ砲……全部オールグリーンだよ! これなら銀河系のどこへ行っても快適にハッキング……じゃなくて、データ解析ができるね!」
「ああ、完璧な仕上がりだ」
和也は作業服の腕をまくり、艦体の金属肌を優しく撫でた。
かつて札幌の小さな下請け会社で、粗悪な基板の不具合に頭を抱えていた男が、今や地球の運命を変え、宇宙船の船長として星々の海へ飛び立とうとしている。
『マスター。内閣官房長官の桐生氏から、最終確認の暗号通信が入っています』
軍服姿のエリスがホログラムで現れ、静かに告げた。
「繋いでくれ」
和也が頷くと、キャットウォークの空中へ桐生官房長官の立体映像が投影された。画面の向こうの桐生は、寂しさと惜別、そして溢れんばかりの敬意が混ざり合った複雑な表情を浮かべていた。
「佐藤CTO……いや、佐藤船長。本当に行ってしまうのだね」
「ええ。地球のインフラと自動防衛システムは完全にアリスの自動AIプログラムへ引き継ぎました。日本政府と『新地球連盟』がルールを守り続ける限り、この星の電力と平和は永久に担保されます」
「感謝してもしきれんよ……」
桐生は深々と頭を下げた。
「君がこの国に与えてくれたのは、単なる新技術ではない。『エンジニアが誇りを持って、未来を切り拓く力』そのものだった。……世界中の若きエンジニアたちが、今や君の姿を追って、目を輝かせてモノづくりに励んでいる」
「光栄です」
和也は誇らしげに口元を歪めた。
「官房長官。俺たちが留守の間、この地球という最高の『故郷』を頼みます」
「任せておきたまえ! 君たちがいつ帰ってきても胸を張れるよう、最高の地球にして見せよう! ……道中、どうか無事で!」
通信が切れ、静寂が戻った。
「よし……行こうか」
和也、アリス、そしてエリスの三人は、漆黒の宇宙船【アーク・プロトタイプ】のブリッジへと足を踏み入れた。
白い光に包まれた未来的で洗練されたブリッジ。
中央の船長席に和也が腰掛け、右手のコンソールにはアリスが陣取る。エリスのホログラムは和也の傍らに寄り添うように立ち、その青い瞳に未来への輝きを宿していた。
「メインエンジン、常温核融合リアクター臨界突破。出力……定格の100パーセントで固定」
アリスが軽快にキーボードを叩き、アナウンスする。
『空間歪曲フィールド、全開。当艦を包む重力バリアの展開を完了しました。……マスター、いつでも発進可能です』
エリスが可憐な声で告げた。
和也はメインスクリーンに映し出される、日本の、そして地球の美しい青い姿をじっと見つめた。
下請けエンジニアとしての鬱屈した日々。手稲山の夜山で拾った一つの星。そこから始まった、世界をひっくり返す大冒険。
だが——これは終わりではない。
自らの手で理不尽をデバッグし、新しい時代を創造していく「エンジニアの逆襲」の、真の第一章がここから始まるのだ。
「全システム、オールグリーン」
和也は前方を指差し、力強く宣言した。
「アーク・プロトタイプ、発進! 目標……火星軌道上に眠る第一の『銀河門』!!」
ドォォォォォォン……ッ!!
神威島の断崖絶壁が左右に滑らかに開口した。
その割れ目から、一本の眩い青い光の筋が立ち上り、一隻の漆黒の船が重力を振り切って一瞬で夜空へと駆け上がっていった。
札幌の街並みを抜け、雲海を切り裂き、大気圏を突っ切る。
一瞬にして青い地球が眼下に小さくなり、視界全体に何千億もの星々が散りばめられた深遠な「銀河の海」が広がった。
『マスター。火星軌道上の『銀河門』よりアクセスコードを受信。……向こう側には、まだ見ぬ未知の星系と、未開放の『銀河遺産』が眠っています』
エリスが可憐な笑みを浮かべて囁いた。
「へへっ……わくわくして手が震えてきたよ、和也!」
アリスが銀髪を揺らして身を乗り出す。
和也は自らの手を見つめ、不敵に、そして少年のような真っ直ぐな笑みを浮かべた。
「待ってろよ、宇宙。俺たちの技術で……銀河中のバグを全部直してやる!」
漆黒の艦体が加速し、光の尾を引いて星々の彼方へと消えていく。
エンジニア佐藤和也の逆襲と創造の物語は、いまや地球を飛び出し、果てしなき銀河の歴史へと刻み込まれていくのだった。
(第7話・完)




