第7話:戦後処理と、宇宙への招待状(中編)[リメイク版]
ヴォイド撃滅の歓喜から、数週間。
地球上の政治、経済、そして社会構造は、かつてないほどの平穏と建設的な活気に包まれていた。
和也率いる『アーク・テクノロジーズ』と日本政府が中心となって発足した『新地球連盟』は、旧来の国境や覇権争いを過去のものとし、全世界のエネルギーおよび生産インフラの共有化を進めていた。
アフリカの乾燥地帯には常温核融合を用いた超大型海水淡水化プラントが建設され、食糧難と水不足が一瞬で解消された。貧困地域への電力無償供給により、教育とITの爆発的な普及が始まり、かつて紛争の絶えなかった地域から兵器が姿を消した。
「全人類の生活水準が、この二ヶ月で半世紀分上がったよ……!」
神威島の地下工廠。アリスが最新の全地球経済インジケーターを見ながら、感動に声を詰まらせた。
「世界中のCO2排出量はほぼゼロ。飢餓人口も急減してる。和也……君が作ったのは、ただの会社じゃなくて『楽園』だよ」
「楽園なんて大層なもんじゃないさ」
和也は作業服の腕をまくり、コーヒーを一口啜った。
「俺はただ、エンジニアとして『理不尽な構造』をデバッグしただけだ。安く綺麗で無制限なエネルギーがあれば、人間が余計な奪い合いをする必要はなくなる。当たり前の結果だよ」
『ふふっ……相変わらずどこまでも現実的で、青くさいマスターですね』
軍服姿のエリスがホログラムで現れ、可憐に微笑んだ。
『当銀河帝国の歴史において、未開惑星がこれほどの短期間でカテゴリー3(恒星系利用段階)の文明レベルへ到達した例はありません。……間違いなく、貴方はこの星の歴史上最大の発明家です』
「お褒めに預かって光栄だよ、エリス」
和也が苦笑した、その時だった。
ピピッ……ピピッ……!
メイン司令室のコンソールが、静かな、しかし重厚なパルス音を鳴らし始めた。
「……ん? 和也、天王星軌道上に残されたヴォイドの残骸から、何か届いた!」
アリスが表情を引き締め、キーボードを高速で叩いた。
画面に映し出されたのは、消滅したヴォイドの核心部に封印されていた、超高密度のデータ領域だった。月面重力砲『ヤマト』の直撃によって外殻の暗黒結晶が砕け散ったことで、内部に隠されていた「本物の通信データ」が解放されたのだ。
「エリス……解読できるか?」
『はい。以前の壊れたパケットとは異なります。データ構造が完全に保たれています。……これは、当銀河帝国中央評議会、および皇室直属の【超高度構造管理プロトコル】です』
エリスが可憐な手を掲げると、地下ドーム全体に息をのむような幻想的な光景が広がった。
ドーム天井一杯に広がる、何千億もの星々が渦巻く「銀河系の立体マップ」。
そのマップの中央、銀河中心領域から発せられた黄金の輝きが、神威島のドーム全体を温かく包み込んだ。
『——我が帝国の遺産を拾い上げし、遠き辺境の知性体へ』
ドーム内に響き渡ったのは、エリスの声とは異なる、優雅で厳かな女性の概念音声(思考波)だった。
『我が銀河帝国は、数千年前に猛威を振るった自律侵食兵器「ヴォイド」との決戦の末、その大半の星系を休眠状態へ移行させ、深宇宙へと退避した。……だが、帝国の灯火は消えてはいない』
光のマップ上で、銀河系各地に点在する無数の「未開放の超技術工廠(銀河遺産)」が、次々と青く点灯し始めた。
『このメッセージを受け取った者よ。そなたが帝国の管理AI【エリス】とともに、あの忌まわしきヴォイドの影を撃ち払ったことを讃える。……そなたには、壊れかけたこの銀河の秩序を再構築する『銀河遺産の最高管理者』としての資格が与えられた』
「銀河遺産の……管理者……!?」
アリスが息をのんだ。
『銀河の各地には、ヴォイドによって封印された数万の超技術工廠、テラフォーミングプラント、そして未知の惑星文明が眠っている。……来るのだ、星々の海へ。そなたの手で、この滅びかけた銀河を再び「再構築」してみせよ』
黄金の光が収束し、和也の手の中の端末へと吸い込まれていった。
画面に表示されたのは、一通のデータファイル。
タイトルは——【銀河門起動キー、および全銀河星図】。
静まり返る地下司令室。
アリスとエリス、そして和也の三人は、言葉を失ってその星図を見つめていた。
地球という一小惑星のエネルギー問題を解決し、世界を救った和也たち。
だが……彼らの目の前に提示されたのは、地球など比較にならないほど広大で、果てしない「銀河系そのものの再建」という、壮大すぎる新しいステージだった。
「……ハッ……あははっ……!」
静寂を破ったのは、アリスの突き抜けた爆笑だった。
「すごい……すごすぎるよ和也! 地球を救ったら、次は銀河系全体のデバッグ(再構築)だってさ! スケールが狂ってるよ!!」
アリスは目を輝かせ、和也の肩をバシバシと叩いた。
「どうするの、和也!? 行くの!? 星々の海へ行っちゃうの!?」
和也は手の中の端末を見つめ、静かに不敵な笑みを浮かべた。
元・冴えない下請けエンジニア。
不条理な現実に押し潰されそうになりながらも、技術への情熱だけは捨てなかった自分。
その自分が今、銀河全体の管理者として指名されている。
「断る理由がないだろ」
和也の目が、青い野望と情熱の炎を宿して強く輝いた。
「地球のデバッグは終わった。……次は、銀河系全体のバグを取り除いてやる」
『ふふっ……さすがは私のマスターです』
エリスが可憐な胸を張り、眩しいばかりの笑みを咲かせた。
『未開のエンジニアから、銀河の管理者へ。……参りましょう、マスター。貴方の手で、新しい星々の歴史を刻み込むのです』
地球という揺りかごを飛び出し、無限の宇宙へと至る「銀河超技術ストーリー」。
和也たちの本当の冒険が、いま静かに、そして力強く幕を開けようとしていた。




