第7話:戦後処理と、宇宙への招待状(前編)[リメイク版]
漆黒の暗黒が広がる太陽系外縁部、天王星軌道上。
全長三キロメートルに及ぶ不気味な黒結晶の怪異——浸食型自律兵器『ヴォイド』が、赤黒い光を歪ませながら地球へと一直線に突進していた。
ヴォイドの先端部(開口部)に、超高密度の「崩壊粒子」が収束していく。それが解き放たれれば、地球の大気圏は一瞬で焼き尽くされ、星の表面に存在するすべての炭素生命体が死滅する。
地球上の各国の天文台や軍事衛星がその恐怖の映像を捕捉し、ホワイトハウス、北京、そして東京の首相官邸は悲鳴と絶望のパニックに包み込まれていた。
「だ、ダメだ……! 米軍の核ミサイルも、中国の対衛星兵器も、あんな怪物には届かない……! 地球は……終わりだ!!」
モニターの前で頭を抱える各国の首脳たち。
だが——ただ一箇所、北海道・神威島の地下工廠だけは、冷徹なまでの「エンジニアの闘志」に満ち溢れていた。
「パニックになるな! 相手が何キロあろうが、宇宙の物理法則に従っている以上、必ず攻略法はある!」
作業服の袖を捲り上げた和也の怒号が、司令室に響き渡る。
「アリス! 月面防衛陣地『ヤマト』の重力偏光砲、エネルギー充填率は!?」
「常温核融合ジェネレーター八基、フル稼働中! エネルギー充填率……九十八パーセント! でも和也、相手の崩壊粒子の発射まで、あと十五秒しかないよ!!」
アリスがキーボードを血を叩くような勢いで打ち込みながら叫んだ。
『マスター。当機の分析によれば、ヴォイドの表面を覆う結晶体は通常の重力波を散乱(拡散)させる特性を持っています。単純な直線照射では、表面で弾かれます』
軍服姿のエリスが、冷静に、しかし鋭く告げた。
「散乱させるだと……? だったら、散乱される前に『点』で穿つ!」
和也の目が青く輝いた。
「エリス、アリス! 月面砲の出力波形を『多重位相干渉パターン』へ変更だ! エリスの量子演算で相手の結晶構造の歪みをリアルタイム解析し、その間隙へ三次元の『点(焦点)』を合わせろ!」
『了解! 思考演算フレーム、一〇〇パーセント解放……! 未開の捕食者へ、銀河のデバッグを完遂します!』
「よし……月面重力偏光砲『ヤマト』……発射命令!!」
和也が叫び、手の中の端末の画面を叩いた。
次の瞬間。
地球の衛星である「月」の表側——「静かの海」に建造された巨大地下陣地が、青白い爆発的な光を放った。
月面のクレーターが直立し、幾何学的な超巨大砲身へと変貌する。
ズドォォォォォォン……ッ!!
真空中にもかかわらず、空間そのものがきしむような巨響が駆け抜けた。
月面から放たれたのは、一筋の美しい「青い光の槍」だった。
常温核融合炉八基分——実に一億キロワット以上の莫大なエネルギーが、エリスの極小量子演算によって「針の穴を通すような高精度」で収束された絶対的な重力偏光光線。
光線は地球と月を飛び越え、光速で天王星軌道上のヴォイドへと一直線に突き刺さった。
ヴォイドが放とうとしていた赤黒い崩壊粒子の濁流。
その「発射の瞬間」のわずか〇・〇〇一秒前。
和也たちの青い光の槍は、ヴォイドの表面の防衛結晶を完璧に打ち破り、その核心部へとピンポイントで貫通した。
『ギ……ギギ……ギガガガガガガッ……!?』
宇宙空間に、ヴォイドの悲鳴とも取れる謎の重力ノイズが響き渡る。
核心部を撃ち抜かれた黒い巨大結晶体は、内側から青い光を噴出し、自らが溜め込んでいた崩壊エネルギーとともに、超巨大な光の華となって宇宙の闇の中ではじけ飛んだ。
爆炎すら生じない、空間そのものが再構成されるような美しい消滅。
地球を滅ぼすはずだった銀河の捕食者は、月面からのたった一撃によって、跡形もなく宇宙のチリへと分解されたのだ。
「……消えた……?」
ホワイトハウスの大統領が、絶句したままモニターを見つめていた。
「嘘だろ……あんな怪物を、月からのたった一撃で……物理的に消滅させたというのか……!?」
全米、全欧、そして日本の全画面に、天王星軌道上でヴォイドが完全に消滅したリアルタイム映像が映し出されていた。
数秒の沈黙の後。
全人類の叫びのような大歓声が、地球全土を駆け巡った。
『勝った……! 僕たちは勝ったんだ!!』
『日本の超技術が、地球を救ったんだ!!』
『佐藤和也! アーク・テクノロジーズ万歳!!』
ホワイトハウスでも、永田町の首相官邸でも、閣僚たちが抱き合って涙を流していた。
「ふぅ……間一髪だったね……!」
神威島の地下工廠。アリスが椅子にへたり込み、安堵の溜息をついた。
「月面砲の冷却システム、ギリギリだったよ! あと一秒遅れてたら、月面の送電線が焼き切れてた!」
「よくやってくれた、アリス。エリスもな」
和也は二人に向かって笑顔を見せた。
一人の冴えない下請けエンジニアと、傷ついた銀河のAI、そして行き場をなくしていた天才ハッカー。
三人が手を取り合い、知恵と技術を振り絞った結果、今、地球という星の滅びの運命が回避されたのだ。
『見事な手腕でした、マスター。未開の地球人でありながら、帝国軍の正規戦艦すら凌駕する照準精度を叩き出すとは……私の『マスター』として誇らしく思います』
エリスが可憐な軍服の裾を優雅に引き、和也に向かって深々と一礼した。その瞳には、かつて和也を「未開人」と見下していた冷たさは微塵もなく、絶対的な信頼と温かな情愛が宿っていた。
「さあ……これで地球を狙う脅威は去った」
和也はメインモニターに映る、青く美しい地球の姿を見つめた。
「次は……戦後処理(後始末)と、新しい時代の準備だ」
地球を救った「アーク・テクノロジーズ」と日本。
もはや誰も、和也たちの進撃を止めることはできない。
だが——事件はこれで終わりではなかった。
ヴォイドが消滅した天王星軌道の宙域から、新たな「超空間通信パケット」が、神威島へ向けて届き始めていた。
それは……崩壊したヴォイドの残骸の中から放たれた、銀河帝国の「真のメッセージ」だった。




